会議ですよ
侍従見習い達に囲まれながらドナドナされてやってきた会議室。
最早この行進は城の名物化としているのか、初めの頃とは違い道中行き交う人にギョッとされることなくスルーされていたりする。
リシュナが将来有望な魔族の子供達に目を付けているという大変不名誉な噂があると、二度目の会議のときにお父様から耳打ちされ即否定してもらえるよう頼んだのが懐かしい。
そもそも、厳しい顔をした侍従見習い達に逃げ出さないよう左右から腕を掴まれ連行される私を見て、目を付けているのではなく別な意味で目を付けられているのだと気付いてほしい。どこからどう見ても囚人の護送だというのに……。
「……あら、皆様もうお揃いで」
会議室の前に待機している護衛に扉を開けてもらうと、部屋の中には五大侯爵家の当主は勿論、その傘下の者達といった錚々たるメンバーが着席した状態で待って居た。
上座の席は空席のまま、その左右には私の父親であるリベリオ・サヴィオとヘイルの父親であるカッリス・スラッツイアが。
一斉に視線を向けられ内心ビクビクしながらも真っ直ぐ前を向いたまま上座の席に腰掛けた。
「リシュナ嬢は今日も綺麗だね」
左隣から掛けられた言葉にうっそりと微笑む。
カッリス様の持論では女性は褒めて愛でるものらしく、息子のヘイルとは違って社交辞令がとてもお上手だ。ヘイルも同じ遺伝子を持っているのだから、表面だけでも取り繕えるこの方を見習うべきだろう。
「私の娘が美しいのは当然だが、あまり褒めるな。調子に乗ると厄介だからな」
右隣のお父様からは痛い苦言が飛んできたがコレも毎回のことなので笑って流す。
厄介だと口にしながらもお父様は娘であるリシュナが可愛くて仕方がないのだ。流石に我儘が過ぎるとお説教が始まるが、それすら甘いものなのでリシュナが堪えることはなく次から次へと問題を起こしていた。
「娘は可愛いよね……うちは男の子ばかりだからリベリオが羨ましいよ」
「やらんぞ」
「それならヘイルを婿にやろうか?それでも私は構わないよ」
「必要ない」
五大侯爵を束ねているお父様を支えているのがカッリス様で、この二人は親友のようなものらしい。親同士は仲が良いのに子供同士は険悪で困っていると、二人からは度々愚痴を言われてきたが鼻で笑って気にしたこともなかった。
だから、私とヘイルが人間の街に視察に行ったことを知った二人は嬉しそうな顔をしていたが、残念ながらヘイルと私には越えられない溝があるのでお父様達の期待には応えられないだろう。
現に、私の背後に控えて居るヘイルからの視線と魔力が背中に突き刺さっている。婿という言葉が出た辺りから殺気まで飛んできている。お父様達の冗談なのだから軽く流してほしい。
「では、会議を始める」
お父様からの宣言によって始まった会議は、各領地の報告、資金対策や最近増えた冒険者に対しての防衛策など、魔族であっても人間と大差ない。領地があり税金も課され、災害だって普通に起こるので対策だってする。家族や友もいて、食事や睡眠だって必要。稀に魔力の豊富な他種族を食する者がいたりもするが、人間だって家畜を食べるのだからそれと同じことなのだろう。
例外があるとすれば排泄だろうか。お腹に入れた物は魔力に変換されるので出すものはない。
こういった会議は大切だが、月に一度か半年に一度でも良いくらいだ。
それなのにこうも頻繁に会議が必要となっているのは冒険者の所為で、各領地の報告を早々に終え最近頭を悩ませている問題へと話が変わった。
「ではそろそろ私のほうから良いだろうか。前回も報告したが、私の領地に入り込んでいる冒険者の数が多くてね。私はそれほど人間を嫌ってはいないから、此方に被害がない限りは多少のことも多めに見ているんだよ。でもね、他の領地では別だ。ある場所では冒険者狩りなどということを行っているらしく、それに対抗するかのように高ランクの冒険者が増えてきた。残念なことに、彼等は友好的な私の領民に対して少々横暴でね……そろそろうちも本格的に冒険者を狩るべきだという声が多くなってきたので皆の意見を聞きたいのだが」
カッリス様が何やら大事な話を始めたタイミングで、私はテーブルの上に用意されている紅茶を飲みつつ目の前にあるティースタンドを物色する。下段にはサンドイッチ、中段には温料理、上段にはデザート。その周囲にはジャムやクリーム、スコーンも用意されていて定番のアフタヌーンティーとなっている。
部屋の隅に給仕として侍従が控えて居るが、魔王様代理の私や五大侯爵の当主には専用の給仕が付き、リシュナの給仕は背後で不機嫌なことを隠しもしない部下三名だ。
これに関してはリシュナの我儘ではなく、カッリス様が決めたことなので私に非はない。
それなのに、ティースタンドと彼等と交互に視線を向けるが分かっていて知らない振りをされている……。
自分で取って食べても良いのだけれど、ナイフとフォークを使って綺麗に取り分けられる自信がないのだが……もしかしたら、リシュナなら素手でひょいと摘まんで食べても怒られないのでは?
「今はあまり事を起こしたくはないが、あまりにも目に余るようであれば仕方がないだろう。私兵で事足りるのか?」
「全ての人間を殲滅するわけではないから私兵で十分だよ。けれど、聖騎士が出てきたら厄介かな……城の護りは足りているかい?」
「魔王様のお側には常にリシュナと師団が控えているからな……リシュナ、何をしている」
「おや……?」
そろりと伸ばした手がサンドイッチを掴んだと同時に、右隣りのお父様からは咎められ、左隣からは苦笑交じりの声が聞こえた。
だって、ルトフィナ様と遊んでいたからお昼ご飯食べそこなったのよ……。
そーっとお父様を窺うと眉間に皺を寄せ左右に顔を振っている。駄目かと手を引っ込めるとカッリス様が「ヘイル」と物凄く低い声で息子を呼び寄せた。
「お前は何をしていたのかな?女性の給仕すらまともにできないとは、私はそのように教育したつもりはないよ」
「すみません」
「不甲斐ない……下がりなさい」
肩を落としたカッリス様がそんざいに手でヘイルを追い払い、ナイフとフォークを手に立ち上がり自ら給仕を始めた。普段はされる側であるというのに……完璧な給仕に流石カッリス様!と尊敬の眼差しを向けると甘く微笑んでくれる。
「私の好みで選んでしまったが、構わなかったかな?」
「はい。どれも好きな物ですから」
優雅な仕草で料理をお皿に取り分けそっと差し出してくれるカッリス様はヘイルなんかよりも余程絵本に出てくる王子様のようだ。お父様は常日頃からカッリス様の性格はよろしくないと口にしているが、今のところは優しいおじ様だし、ルトフィナ様と私に害がないのであればどうでも良い。
お皿の上に乗せられている物は全て一口サイズなのでパンやスコーン以外はフォークでパクリといただく。うん、美味しい!と感激していると、お父様の隣に座るご老人はコホンと小さく咳払いをしたあと口を開いた。
「どうも話が逸れてしまったようだが、冒険者狩りはどうするのだ?」
「一旦保留で」
モソモソと口を動かしながら右手を上げ冒険者狩りにストップをかけると、発言していたご老人から睨まれた。
厳格そうなご老人ルーベ・ラウレンティはラウスの祖父であり、大の孫馬鹿だ。一族の中で一人だけ白髪で生まれたラウスを物凄く溺愛しており、その愛する孫を虐げるリシュナを嫌っている。
「……保留とは、リシュナ嬢は他に何か良い策でもお持ちなのか?」
「策がどうと話をする前に、冒険者狩りをしたあとどうなるかは分かっているのよね?」
「どうとは……?」
「あのね、冒険者としてギルドに登録しているのは人間だけじゃなく、魔族……は少数かもしれないけれど、他の種族もかなり多いのよ。しかも、高ランクの冒険者パーティだと必ず一人か二人はエルフや妖精が混ざっているから、下手に手を出すと報復措置を取られる可能性があるの。それに対しての対策があるのであれば冒険者狩りに文句はないわよ」
妖精やエルフの報復はえげつないわよ?と首を傾げるとルーベ爺は黙ってしまった。
「必ずそれらの種族は混ざっているのか?」
「嫌だ、お父様、当たり前じゃない。回復系統のエルフ、身体強化系統の妖精はどのパーティでも取り合いになるほどなのよ」
「リシュナ嬢は詳しいのだね」
「私もギルドに登録しているもの」
「……リシュナ」
両手で顔を覆い項垂れたお父様の背中をそっと撫でてあげる。
魔族が人間の組織に属しているなんて有り得ないことだものね……でも、リシュナだから諦めてお父様。
「だったら人間だけに狙いを定めれば良いだろう?」
「高ランクの冒険者となればそこそこ強いし、人間は頭脳戦も得意なの。いくつかのパーティに連携されたらカッリス様なら兎も角、短期なルーベ爺じゃ無理よ」
「何だと!?」
「ほら、すぐ怒る。そもそもルーベ爺の領地は結界さえ張っていないじゃない。先ずは余所者が入って来られないように、或いは入って来たときに印を付けられるよう結界を整えるべきでしょ?」
「そんなものは必要ない」
この脳筋が……。
魔族の領地は魔王様が住む魔王城を中心とし、我が家は城がある王都、残りの四侯爵はそれぞれ東西南北と分け領地を治めている。
ルーベ爺の領地は人外側に近く、人間の領地と森を挟んで隣り合うカッリス様のとこと比べて比較的穏やかだ。だからこそ結界を張らず稀に訪れる好戦的な他種族との戦闘を楽しんでいるらしい。
前魔王様が存命だった頃は力で人外を押さえ込み、力のない人間は玩具のように甚振っていたらしいが今はそうはいかない。迂闊に冒険者狩りなどして人間が魔族以外の者達と協力でもされたら本当に困る。それでなくても聖女が召喚されたら全ての種族が敵に回るかもしれないのに。
「ルーベ、結界は必要だと思うよ。私はね、力を過信してまたあの時代を繰り返したくはないのだよ」
「前魔王様が亡くなられたあと魔族領は荒れたからな……カッリスだけでなく、此処に集まる者達は皆二度とあの光景を見たくはないだろう」
前魔王様は私の祖父の時代に勇者によって討たれている。
当時の領主が王都に召集されている間はその妻や子供達が領地を守っていたらしいが、侯爵家の当主が次々と亡くなり残された者達は相当苦労したという。
魔王が消滅したからと魔族を根絶やしにしようとした人間達。それに便乗し魔族領を荒らし回った獣人族。それらに抵抗するべく今の当主達が頑張ったのだ。
幸いなことに妖精やエルフは争いを好まないので傍観していたらしく、そのおかげで今があると語っていたのを聞いたことがある。
沈黙してしまったカッリス様とお父様の代わりに会話を引き継ごうと、口の中の物を紅茶で流し込んだ。
「昔とは違って聖騎士の数も増えているし、冒険者の高ランクは技能を磨き高みまでのし上がった猛者達なのよ。魔力があるというだけで優位だった時代は終わったの、ルーベ爺」
「……」
「それにね、冒険者なんて出自関係なく誰でもなれるのだから、汚い手段を使う奴が沢山いるわ。領地で暮らす幼い子や女性だって平気で狙ってくるわよ?」
「高ランクはギルドの顔だろう?貴族とも関わることがあるだろうに、人柄は見られないのかい?」
「Sランクになると人柄も見られるけれど、その下は結構悪質な奴等が多いのよね」
「リシュナが登録できるくらいだ、そこまで色々と調べはしないのだろう」
「あぁ……そうだね」
どういう意味よ、お父様……。
そして、何故に頷いたの、カッリス様!?
「まぁ、要は高ランクと称されるSやAランクパーティー相手に人間だけを選んで消すなんてかなり面倒だから。私ほどじゃないにしろ、ヘイルクラスなら沢山いるし」
「……ヘイル達は魔王様の側近だぞ?」
「ルーベ爺、昔と今は違うって言ったでしょ?人間だって馬鹿じゃないのだから力をつけるに決まっているじゃない」
「言っても無駄だよ。ルーベは私達以上に苦労したというのに、未だに領地に結界を張らないのだからね」
「あの時代を乗り切り、次世代には魔力の豊富な者達が沢山いる。魔王様もお生まれになったのだから人間如き恐れるに足らん!」
「その次世代筆頭が私よ、ルーベ爺」
「力だけは認めている」
「歴代最強の魔王様であるルトフィナ様はまだ赤子なのよ?」
「……分かっておるわ」
「本当に?些細な争いごとも、不安要素も全部ぶっ潰しておかないと……私の大切な天使に危険があっては困るのよね」
「天使……?」
眉を顰めたルーベ爺に深く頷いておく。
「で、思いついたことがあるのだけれど」
一度言葉を切り、周囲を見回したあとにっこり笑みを浮かべた。
「ちょっくら私が冒険者の偵察に行ってくるわね」
「リシュナ……!?」
はーい!と手を上げ頭上でヒラヒラ振っていたらお父様に腕を掴まれ強制的に下げされてしまう。
「何を言っている……ルトフィナ様が成長されるまではお前が代理だろ言い聞かせてあっただろう」
「でも、何も知らず表立って迎え撃つより、内部に潜入して崩したほうが良いわ。力のある危険な冒険者パーティには誤情報を与えて追い返して、中堅と下位パーティは身体に言い聞かせれば二度と来ないだろうし」
「待ちなさい、偵察だと言っていなかったか?」
「パーティに潜り込まないと偵察もできないわ」
「だとしたら、お前はその危険なパーティに潜り込むつもりなのか?いや、高ランクでないと……」
「私Aランクだし、魔法と剣で登録しているからSランクパーティにも入れるの」
「……何故そんなにランクが高い」
「やるねぇ、リシュナ嬢」
またもや顔を覆ってしまったお父様を放置し、ぐるーっと周囲に顔を向け反対意見が出ないのを確認したあとカッリス様に協力をお願いしてみることにした。
「カッリス様には援護を頼んでも良いかしら?」
「勿論だよ」
「Sランクパーティに入れればお城にも呼ばれるかもだし、王族とお近づきになれれば召喚魔法も探ってこられるわ」
「お願いだから、あまり無茶をしないでくれ……」
「心配しないでお父様。引き際くらい心得ているわ。それよりも防衛ね……ルーベ爺は当てにならないから、ラウス!ルーベ爺の領地に結界を張るまで登城禁止ね」
「は……?」
「呆けてないでルーベ爺を連れてさっさと領地へ帰りなさい。可愛い孫の頼みならお仕事するでしょ」
「仕方がない、取り敢えず帰るかの」
「は、ちょっと、待て……!」
生贄としてラウスを差し出したが、可愛い孫が手元に帰ってくることにルーベ爺はとても嬉しそうだ。逆にラウスは今にも抱っこしそうな勢いの祖父から引き攣った顔で距離を取り物凄く嫌そうだけど。
さて、これから忙しくなるわよ。