語られていない分岐点
石壁に低い天井、隅に積まれた酒樽に小さな格子窓。
広さはそれなりにあるが、薄暗く冷たい空気が流れる室内は、どこから見ても地下か監獄にしか見えず、此処が王城だと言われても信じられないだろう。
Sランクという人間達の宝が帰還した先としては随分な場所ではあるが、
此処が王都かと問われたら困惑してしまうだろう。どう見ても地下か牢獄にしか見えない。人間達の宝であるSランクの帰還先としては随分な場所だが、魔族からの報復を回避するための措置だ。
魔法石を使用して転移したということは、魔族と衝突しその場から直ぐに離脱する必要があったということ。ギルドに依頼した事実は上層部の人間だけに知らされ、ラニエ達のことは極秘扱いとなっているからこそ人目を避けての帰還となり、ギルドにあるはずの依頼書は既に破棄されている。
(直ぐには帰れないわね……)
街や村に張られている結界程度なら擬態を解き結界そのものを壊せば転移が可能だ。
けれど、王都にある城となれば話は変わってくる。
他国、他種族対策に張られている結界は、主に魔力の高い魔族を意識して張られたものなので、より強度は高く精密に練られているのだ。それを壊すとなれば私の魔力が尽きるのが先か、結界が壊れるのが先かの戦いとなり、最悪なのは結界を壊せず魔力が尽きた状態で聖騎士に取り囲まれるパターンだろう。
元々数日間は理由をつけ城に留まり色々探る予定でいたのだが、今直ぐに戻らなくてはならない理由ができてしまったのだ。
――あの鬼畜が、性悪、エセ紳士がっ……!
転移前に目にしたルトフィナ様の姿が頭を過り胸が苦しくなり、カッリス様のほくそ笑んでいる姿を思い浮かべ殺意が湧く。
「顔色が悪いわ。シュナ、しっかりしなさい!ローガンの治療を、早く!」
「フローリアはちょっと落ち着いて。傷口が大きいからそんなに早くは治らないって、シュナ、動かないで!」
「何しているのよ、そのままでいなさい!」
転移後、周囲に目を走らせ状況把握をしたあとはずっとルトフィナ様の元へ戻る方法と、脳内でカッリス様をフルボッコにしていたので、私の背中に手を当て治療を始めていたローガンに今更気付き、距離の近さに眉を顰め押し退けようと動いたら二人から怒鳴られた。
(そうだ……鬼畜野郎にお腹に穴をあけられたんだっけ)
高魔力保持者は身体の治癒力が高いのでこれくらいの傷なら放っておいても問題はない。擬態の所為で傷が塞がる速度は衰えているが、リシュナに戻ればものの数分で塞がる軽い怪我だ。だから特に慌てることなく思考に没頭していたのだけれど、普通の人間ならこれはかなり危険な状態だった。
「魔族を挑発したりするからこんなに酷い傷を負うのよ……」
「でも、シュナがああしていなかったら、何も得られず無駄足になるところだったよ」
「分かっているわ」
「素直に心配だって言えばいいのに」
「べ、別に、そういうわけでは……」
傷が深くて床の上から動かなかったのではなく、ルトフィナ様のことを考えていたからなのだが、良い感じにフローリアは誤解して好感度を上げてくれたらしい。
「治療はどれくらいで終わるの?」
「傷はもう塞がるけど、動き回るのは駄目だよ!暫くは絶対安静だからね!」
「傷が塞がったらもう大丈夫よ」
「大丈夫なわけがないでしょう!自分の姿を見てごらんなさい!」
傷口が見えるよう捲られているシャツは所々破れ、泥と乾いた血で彩色されている。上だけでなく下も同じような状態なのだから、恐らく顔や髪も酷い有様なのだろう。
「取り敢えず、ラニエは……」
リーダーであるラニエから許可をもぎ取ろうと彼の姿を探せば、隅のほうで偉そうな人間達と真剣に何かを話し合っている。彼等が立つ壁際には数人の冒険者と思わしき者達が床に座り込み項垂れている。恐らく転移を発動させたラニエの仲間達だ。
私ですら行わない魔の森からの転移を可能とする魔法石……。
ブレることなく正確な転移先に感心し、床に転がっていた魔法石の欠片をひとつ手に収める。
聖魔法だけでも厄介なのに、魔力が渦巻く魔の森の中であったとしても指定した先に簡単に転移できるアイテムなんて、こんな物を量産されてはたまったものではない。
この魔法石を作った者を見つけ、生かすか殺すかは相手の出方次第だ。
「シュナ……他に怪我はある?」
「大丈夫よ」
「良かった。本当に、心配したんだよ……」
ギュッと私を抱き締めるローガンに苦笑し、目の前に立つフローリアを見上げた。
「フローリアにも心配をかけたみたいね」
「……」
「フローリア?」
「……もう、もう!貴方は無茶し過ぎなのよ!少しは私達のことを頼りなさい!し、死んじゃうかと思ったんだから」
ローガンをドンと押し退け私に抱き着くフローリアに驚き、涙声で「ありがとう」と呟いた彼女に苦笑した。
「ほら、あんたも泣かないの」
「だって……」
ローガンの実年齢ならおっさんの領域なのに、見た目が美少年だからか泣いているのを邪険にできず、つい彼の頭を撫でてしまった。
頬を染めて私をジッと見つめるローガンに気付き即座に手を離したが……遅かった。
「シュナ……!」
「ちょっと、何をするのよ!」
今度はローガンがフローリアを押し退け、治療したばかりのお腹に腕を巻き付け肩に頬をぐりぐりと押し付けてくる。嫌がらせか何なのか、「痛い」と口にすると少しだけ離れ私の様子を窺うローガンを睨んで威嚇していたときだった。
「治療は終えたのか?」
人を従えさせる声音と重い靴音に顔を上げると、高貴な身分と一目でわかるような男性が膝を曲げ、私を窺うように立っていた。その男性の背後には白銀の鎧を纏う男性も……。
この二人に対して「どなたですか?」と尋ねる者などいない。種族が違う私でも知っているくらい有名なコンビなのだから。
よりにもよって転移先がヴェレンデル国か!と、遠くを見つめたあとガクッと項垂れた。
「え、シュナ!?」
「どうした?意識を失ったのか?」
「陛下は一先ずお下がりください」
「だが……」
「血を流し過ぎたのかもしれない。シュナ、返事はできる?」
「直ぐに部屋を用意しろ」
何だ、どうした、と更に距離を詰めてくる人達に向かって手を上げ、大丈夫だからと示す私を放置して勝手に話を進め始めている。
今回の依頼は国からのものであることと、もしもの場合は王都にある城へ転移するとだけ事前にラニエから聞いてはいたが、それがヴェレンデル国だと察せるわけがなく……。
要塞として造られた城だからこそ煌びやかさなど皆無で、外観は美しさではなく頑丈さを追求し、贅を尽くした内装の代わりに地下を拡張し見張り台を完備。聖騎士に莫大な援助を行い、聖騎士専用の施設もある要塞城。
この世界で最も攻めにくく、一度捕まれば脱出不可能なほどに警備の厚い場所。
そして、乙女ゲームのヒロインである聖女が召喚される国なのだ……。
ヴェレンデルの賢王として名高いジョス・オランド王と、白銀の騎士と呼ばれる聖騎士団長マリス・ウダール。この二人はゲームの冒頭に何度も登場し、ヒロインを召喚した張本人でもある。
「ロニエ達のパーティですらこうも簡単に追い払われるとは……やはり、魔族は未だに力を衰えさせていないのだな」
「聖騎士を派遣したところで結果は変わらないのでしょうか?」
「聖騎士は剣に聖魔法を付与させ戦うから、多分剣を交える前に撲滅されるよ」
「それほどのものなのか……」
「魔法の展開も早くて、なにより威力が桁違いだからね」
「恐らく、私達が交戦した者は魔王の側近かと。ラニエですら苦戦する相手でしたから」
「そんなのに奇襲されたら、僕達でも後手に回るよね」
一国の王と聖騎士団長相手に敬語を使うことなく淡々と会話するローガンに呆れながら、彼等の会話に耳を傾ける。重要な情報があれば是非とも持ち帰りたい。
「だがその者が側近だという確証はないのだろう?」
「アレが村人だったら僕達に勝ち目はないよ」
「まだ魔王は姿を現していないからな、召喚魔法は時期尚早か……」
「あれ、ラニエから報告を受けていない?魔王の復活に関してだったら、シュナが頑張って情報を引き出してくれたよ。推測でしかないけど、魔王はまだ復活していないんじゃないかな」
「余裕があるようには見えましたが、シュナの言葉に苛立ちを見せていましたし」
「それについては先程ラニエから報告を受けている。マリスからも、まだ事を荒立てる必要はないという意見が出ていたしな」
「今はそれよりも大事なことがありますので」
カッリス様とのやり取りはちょっと無理があったかな?と思っていたのに、どうやら私の思惑通りにいきそうだ。
上手く事が進み過ぎて怪しくも思えるが、人間からすれば魔族なんて魔獣に少し知識が備わっているくらいの認識なので裏を読みはしないのだろう。前魔王様の頭のおかしな行いのおかげなのだけれど、魔族全体がアレだと認識されるのはちょっと嫌だなぁ……。
「依頼はこれで終わりだし、僕も向かおうか?」
「それは助かる。治療師を待っている街が結構あるんだ」
「マリスの奥方は?」
「それは……」
「かなり悪い。エルフに治療してもらうよう言っても、こいつが首を縦に振らん」
「私の妻には専属の治療師がいますので、治療師が足りていない街に先にエルフを派遣してください」
「この通りだ」
「頑固だね」
治療とかエルフとか何の話をしているのだろうかと首を傾げていると、近付いてきたラニエが私の横しゃがみ込む。
「傷は?」
「もう平気よ」
「すまなかった。シュナにだけ無理をさせた」
「あれは予定外のことだから仕方がないわ。それに、最後は抱えて連れ帰ってくれたでしょ?」
申し訳なさそうな顔をするラニエに向かってニッと笑うと、彼は肩を竦め苦笑した。
「どうやら、予想よりも早く流行病が広まっているらしい」
「流行病……?」
「半年前から徐々に増えていたらしい。まだ王都には至っていないが、もうかなりの街や村に広がり、国から派遣している治療師の数が足りていない状況だ」
「そんなこと初めて聞いたわ」
「どの国も口を閉ざし、上層部が秘密裏に動いている」
「公表すれば民が混乱して王都に押し寄せるかもしれないものね。治療薬は?」
「まだらしい。明日からローガンとフローリアは治療師に合流して各地を回るらしいが」
「治療法も薬もなかったらお手上げね」
召喚魔法を自在に行えるとしたら、魔王が復活するという神託を受けた時点で勇者を召喚し備えればいい。それをしないのは召喚魔法には何か制約があるのか、それとも根拠もなく楽観視しているだけなのか……色々考えてはいたが、どうやら理由があったらしい。
治療法のない流行病が蔓延し、それがたったの半年ほどで王都まで迫る勢いだと言うのなら、魔王よりも人間の存亡危機のほうが優先順位は高いのだろう。
ゲームはヒロインの召喚から始まるので、それ以前のことは攻略に関係していることしか語られていないので全く知らなかった。
ルトフィナ様の成長する時間くらいは稼がなくてはとかなり焦っていたから助かった。この流行病は直ぐには終息しないだろうから。
「ラニエ様!」
地下室と思わしきこの場所にはそぐわない子供特有の高い声。
開かれたままの扉には身形の良い幼い子供が立ち、呼ばれて立ち上がったラニエを目にした途端にダダッと駆け寄って来た。
「お怪我はありませんか!?」
「あ、俺は大丈夫ですよ、ファリス殿下」
「良かった……」
忙しなく目を動かしラニエの怪我を確認している子供の顔と、ラニエが口にした名前に意識が遠のきそうになった。
まだ六歳前後だというのに既に整った容姿、地位に驕らず冒険者にも丁寧な対応。この子供がこのまま成長すると、王族としての知性に気品、美貌を兼ね備えた完璧王子と呼ばれるようになる。
今目の前に居るこの子供が、ゲームのメインヒーローであるファリス・オランドだ。
「殿下はどうして此処へ?」
「父上に頼んでこの場に同行する許可をいただきました」
両手を胸の前でギュッと握って上目遣いとか、ふとしたときに見せる冷たい眼差しが良いと人気があった完璧王子も、子供のときはこんな……こんな……。
「ぶはっ……!っと、失礼」
乙女か!と吹き出しそうになるのを堪えていたのに、ラニエに向かって可愛らしく飛び跳ねるものだから我慢ができなかった。
「貴方は……」
この人は誰だろうか?と私を熱心に観察している王子に向かって、何の変哲もないただの一般人ですよという意味を込めヘラッと笑っておく。
「Aランクのシュナです。普段はソロで動いているのですが、今回だけ協力を頼みました」
「この方は怪我を……?」
「情報を得られたのも、俺達が無事に戻れたのも、全てシュナのおかげです」
「凄い方なのですね」
ラニエに向けられていたキラキラした目が私にも向けられているのだけれど、残念なことにあと数年経ったら私は王子の前に敵として現れることになります。
「シュナ!今日はこのまま城内に泊って怪我の様子を見るようにって!」
「……っ、ローガン」
「痛っ!」
いつものように私の腰にタックルしてきたローガンに鉄拳制裁するが離れる気配がない。
パーティを組む前なら、少しでも嫌な顔をすれば直ぐに離れたくせに、絶対に調子に乗っているわ……こいつ。
「もう大丈夫だって言ったでしょ?」
「陛下が数日は泊っていくようにって、もう部屋は用意されているよ?」
「数日……」
「うん。シュナは直ぐに無理をするから、僕が側に居てあげなくちゃ」
「あんたが側に居るほうが危ないわよ」
意外と筋力のあるローガンを引き離すのは至難の業で、腰から腕を外そうともがく私を嘲笑うかのようにローガンは更に力を込めてくる。
横で王子が「あのローガンが……」と驚愕しているのはどういうことか……。
「二人は、仲良しなのですね」
「どこをどう見たら仲良く見えるのかしら……?私は一方的に執着されて困っているのよ」
「僕の片思いだよね?」
「嬉しそうに言わないでくれるかしら?王子も、そこは微笑むところじゃないから」
既にこの部屋から王と聖騎士団長は退出していて、此処には私達と乙女な王子の護衛らしき騎士が数人留まっている。扉の側には私達を客室に案内するために侍従が待機していて、このまま逃げられる状況ではないらしい。
「取り敢えず、逃げないから離れなさい」
「逃げるつもりだったの!?」
「ローガン、見苦しい振る舞いはよしなさい。シュナは怪我をしたばかりなのよ」
「どうしよう……フローリアたんのデレが止まらない」
「何よ、フローリアたんって!?その、たんってどういう意味なのよ!」
「三人共少し静かに、此処は城内なんだぞ……」
すみません……とこのパーティの中で一番常識人であるラニエが王子や騎士に向かって頭を下げている。Sランク冒険者というある意味雲の上の存在に謝罪されている騎士は顔を引き攣らせながら頷いているが、間違えないでほしい、騒いでいるのは三人ではなくローガンとフローリアだけだから。
さて、今日中に此処を抜け出してルトフィナ様の様子を見に行かないと。
何も知らされず……ということはないと思いたいが、例え事前に説明を受けていたとしても、母親代わりの私の血だらけの姿を目にしたのだから幼子にはトラウマものだろう。
何か理由を作って城から抜け出せないだろうかと、侍従に先導されながら城内の廊下を進んでいると、柱の陰から顔を出し此方を窺っている子供がいた。
「ラニエ」
「……あぁ、あの子は」
ジッと私達を見つめる子供はこれまた身形の良い子供で、私の隣を歩くラニエの腕に肘を当てたあと小声で名を呼び子供の存在を知らせる。
ラニエは直ぐに子供に気付き何か口にしようとしたが、その前に柱から出て来た子供が恐る恐る私達に近付き通路を塞ぐように立ったと思ったら、勢いよく頭を下げた。
「お願いがあります!僕の、母上を治療していただけませんか……!」
あぁ、これはたった一人に対する懇願だ。
私の腰に巻きついている変態の腕を剥がし、そのまま子供の方へとローガンを押し出した。
「カミル……発症している病にはまだ治療法がないんだ。マリスから聞いていない?」
ローガンの口からマリスという名が出て、この子供が誰なのか気付いた。
現聖騎士団長の息子であり、次代の聖騎士団長を務めるカミル・ウダール。彼もゲームの攻略対象だ。
「聞きました……」
「僕はエルフだから、治療師よりも力にはなれると思う。でも、魔法は万能ではないから、未知の病を治せると断言はできないんだ」
「それでも、僕の母上を見ていただきたいのです!」
「既に何人か同じ症状の人達に治療を施したけど、病の進行を抑えることはできても、病そのものをなくすことはできなかった」
「進行を抑えてもらえれば十分です。だから、お願いします……っ!」
確か、中盤に起こるカミルとのイベントで、幼い頃に母親を失ったとヒロインに語る場面があった。その病は魔族が広めたものだと信じて疑わず、怒りや悲しみをぶつけるかのように魔族に剣を向けていた。その病というものが、今回の流行病なのだろう。
これから長い年月、この流行病に人間は苦しんでいく。
それは魔王様が成長するために必要な年月であり、チートな攻略対象者達に試練が与えられる年月でもあるのだ。
「カミルの気持ちは分かるけど、君の母上の治療はマリスの許可が必要なんだ」
「でも、父上は駄目だと、母上ではなく民を優先するようにと!それでは……母上は助からないのです!」
カミルの悲痛な訴えに皆の心は動かされ手を差し伸べたくなるのだろうが、ローガンの言った通り貴族の女性を治療するのだから家族であり夫であるマリスの許可が必要だ。
非情だと思われるだろうが、カミルが先ずしなければならないことは父親を説得することで、手を出すことのできない私達に懇願することではない。
ふうっ……と溜息を吐き、涙を流しながら訴え続けるカミルの背後へと目を向けた。
「……カミル!」
「父上……」
「此処で何をしている?部屋に居るようにと言っておいただろう?」
「ローガンが戻って来ていると、殿下に教えてもらって。だから……」
「カミル」
「父上も母上の治療をしてもらえるよう、一緒に頼んでください!」
「馬鹿なことを……すみませんでした、この子が無理を言ったようで。どうぞ、聞き流してください」
「父上!」
通路の奥から此方に向かって走って来たマリスは、涙を流す息子の姿に一瞬辛そうな表情を見せたが、直ぐに何かを振り切るように顔を振り私達に謝罪した。
「カミル。病に掛かって者達は皆治療を受ける順番を待っている状態だと教えただろう?治療師は自身が病に掛かることを恐れずに治療にあたってくれている。身分が高いからといって、順番を守らずに治療を受けるようなことはしてはいけない」
「……ですが、母上はもう、限界なのです」
「カミル」
「……っふっ……すみませんでした」
マリスは必死に涙を堪えるカミルの肩を優しく叩き、軽く頭を下げ息子を連れ離れて行く。
(あぁ、だから彼はあの日、あの場所へと足を向けたのだ)
カミルの後ろ姿を眺めながら理解した。
ゲーム内ではあまり深くは語られなかったカミルの過去。
彼の口から語られた幾つか腑に落ちなかった部分は、こうした道筋を歩き辿り着いたものだったのだろう。
「シュナ……?何でそんなに嬉しそうなの?」
「親想いの良い子だと思って。あの子の母親は幸せね……」
「そうだね」
自然と口角が上がっていたのだろう。
カミルには悪いが、私が大切なルトフィナ様の元へ帰るために、彼の道筋を使わせてもらおう。




