揉め事
「シュナは、良いところのお嬢さんなのか?」
突然振られた話題に足を止め、自身の恰好を確認したあと首を傾げた。
本日の擬態も冒険者シュナの通常仕様で、茶色の髪に青い瞳。服装は短めのスカートにヒールの高いブーツと、育ちの良さなど微塵も感じさせない装いとなっている。
良いところのお嬢さんとは、商家の娘とか下級貴族の令嬢のことだと思うのだが、コレはないと思うよ?
「えーと、ラニエの言う良いところのお嬢さんっていうのは、私じゃなくてフローリアちゃんのような人のことだと思うけど」
「わ、私!?」
ラニエと並んで数歩前を歩いていたフローリアは聞き耳を立てていたのか、私の言葉に素早く反応し狼狽えている。
真っ白なローブを身に纏い、宝飾品が付いた杖を持つ美女エルフは暗い魔の森の中でもキラキラと輝いていて、容姿も恰好も言動も、どこからどう見ても彼女のほうが良いお嬢さんだ。
「フローリアは爵位持ちだよ」
「ちょっと、ローガン!」
「本人が爵位を持っているのね、どうりで品が良いわ」
「ほ、褒めたって、貴方のことなんて信用しないんだから!」
「ツンデレか」
私の腕に纏わりつくローガンが「ツンデレ?」と上目遣いで甘えてくるが、可愛くも何ともないので手加減せずに額を叩いておいた。
「んー、上手く言えないが、言葉遣いや仕草が……」
一応コレでも侯爵令嬢なので、礼儀、行儀作法の教育は受けているのだが、私がそれらを魔族領内で使う機会はなかった。魔力量を重視する魔族のなか魔王様の次に地位が高いリシュナは、公式の場であってもマナー云々は無視し、私が法だと言わんばかりに振る舞っていたからだ。
あの頃よりは今のほうが多少はマシだとはいえ、冒険者シュナのときにはそれらを一切気にせず好きに振る舞っているので、令嬢疑惑をかけられるとは思っていなかった。
やはり正体がバレているのだろうか……?とラニエを窺うが、「上手い言葉が出てこない」と何やら考え込んでいるし、フローリアは私に杖を向けながら「あの女はそんなに上等な者じゃないわ!」と本人を前に叫んでいる。ローガンに至っては幸せそうに妙な鼻歌を歌いながら私の腕にへばりついているし、この人達だけは本気でよく分からない。
呑気に歩く三人を眺め考え過ぎかと、身体から力を抜いた。
「Aランクになれば貴族からの依頼も受けるから、一応それなりに気を付けて生きているだけよ。ラニエなら貴族どころか王族にだって面会するでしょう?」
「それはそうなんだが」
「シュナは、偶にギルドにふらっと現れて、依頼も選り好みしているから、お金なんて必要のないお嬢様なんじゃないかってギルド内で噂になったことがあるんだよ」
「それだけじゃないでしょ。他にも色々噂になっているわ……」
「他って、あ、貴族に飼われているんじゃないかってやつ?」
「か、飼われ……もう、折角濁してあげたのに、ローガンには配慮ってものがないの!?」
お嬢様の噂は知らなかったが、今フローリアが口にしていたようなものなら冒険者を初めて直ぐの頃から噂になっていた。
それに、貴族に飼われているなんて可愛いもので、もっとえげつないことを直接言われたことや、実際に貴族から愛人になれと声が掛かることもある。全て返り討ちにしたが。
「私が貴族でも平民でも、今回の依頼には関係がないわよね?」
「気を悪くさせただろうか……依頼主が少し興味を持ったいで」
「探ってこいとでも言われた?」
「いや、命令されたわけではないが……そういう言い回しが上手い人だからな」
「……そういう人とは関わりたくないわ」
「そのほうが良いよ!シュナは僕だけがいれば……っぶっ!」
横でピョンピョン飛び跳ねているローガンに手刀を叩き込み黙らせる。「痛いよー」と文句を言うわりには嬉しそうなのはどういうことか……。
それに、こんなに和気あいあいとしているが此処は魔の森で、そこかしこに魔獣が潜んでいる危険地帯だ。
先頭を歩いて居るラニエが飛び出してきた魔獣を剣で一刀両断し、彼の隣を歩くフローリアが息絶えた魔獣の亡骸を一瞬で燃やし、周囲に血の匂いが充満しないよう処理していく。
その二人の背後を歩いていると何もやることがないので、腕だけではなく隙をついて腰に腕を回そうとするローガンを剥がすことに専念する。
この辺りの魔獣の住処となっている魔の森に入れるパーティは限られている。
低ランクだと何人揃えても手前で命を落とす確率が高く、高ランクになると多少は日数が掛かるが生きて魔の森を抜けることができる。
けれど、それがSランクパーティともなれば、一日も掛からず雑談をしながら通り過ぎるらしい。
今は魔獣が活発に動く夜中ではないが昼間でも十分に強く、人間より魔力も身体力も優れている魔族であっても苦戦する者達は数多くいる。
それなのに剣で一刀両断、または素手で撲殺するラニエを見て、何故Sランクが人外呼ばわりされているのか分かった。コレがあと二人もこの世に存在しているうえに、聖騎士団という面倒な奴等もいて、追加で聖女などというチート能力を持つ化け物まで現れたら、魔族が勝てる未来が見えない……。
「良かったわ……」
「ん?何か言った、シュナ?」
「別に。さぁ、行くわよ」
自ら偵察に来て本当に良かった……。
この森を抜けた先は魔族領となり、一番近い街がカッリス様の治めている領地の入り口となる場所。
さて、ここからが腕の見せ所だと、森を抜け街道を歩き辿り着いた街の門を潜りほくそ笑んだ。
「随分とあっさり入れたな……」
「門番のような者も居なかったわ」
ラニエとフローリアが驚くのも無理はない。
人間の街ではどこも魔族や魔獣用に結界を張り、聖騎士を常駐させ、厳重に門を守っている。それは魔族も同じで、幾重にも結界を張り同族以外は街に入れない者もいれば、ルーベ爺みたいに敢えて何もせず獲物が掛かるのを待つ者だっているのだ。
カッリス様が治めているこの街には門番が居らず、人間でもその他の種族でも自由に入ることができる。他の種族と交易を行っていないので、稀に護衛を雇い魔の森を抜けて訪れる商人達との物々交換がそれなりの利益をもたらすらしく、本格的に戦争になり、聖騎士が雪崩れ込んで来ない限りはそこまで厳重に門を閉ざすことはしないらしい。
排除できる力があるのもそうだが、とても寛容な人なのだ。
それなのに、そんなカッリス様でも許せないアホが最近この街には増えている。
「……ねぇ、あのお店の前に居るのって、冒険者よね?」
私が指をさした先、宝飾品が置かれている店の前で店員らしき者を相手に怒鳴っているのは、服装からして明らかに冒険者だ。彼等もギルドから依頼を受けて此処に来ているはずなのに、何故あんなに目立つことをしているのか……。
「揉め事みたいだな……少し様子を見てくる」
「私も……!」
「フローリアちゃんとローガンは容姿が目立つからお留守番よ。私が行くわ」
何か文句を言おうとするフローリアに「目立たず情報集でしょう?」と言い聞かせ、ロニエと二人で店に向かって歩いて行く。
何を揉めているのかなど訊かなくても大体予想はついていたが、店に近付くにつれ聞こえてくる会話の内容に呆れ思わず溜息が零れる。
「どうかしましたか?」
同族である人間ではなく、魔族である店員に話し掛けたラニエに密かに感心しながら、彼の背後に隠れるように立つ。
ラニエの行動に冒険者達は眉を顰め、店員は一瞬驚きながらも嬉しそうに微笑みこの揉め事の経緯を話し出した。
店に入って来た人間達にケースの中にある宝飾品を見せてくれと言われ、指定された物をケースから出して並べて見せた。それを手に取り眺めていた人間達は全て買い取ると口にしたあと、数枚の硬貨をケースの上に投げ捨て宝飾品を持ち去ろうとしたらしい。
魔族領ではその硬貨が使えないということを説明し、何か同等の価値がある物との交換であればと提案したところ、人間達が怒り出したと言う。
店員を無視して宝飾品を手に店を出た人間を引き留めていたところに、私達がやって来たと……。
魔族領で取れる宝石は珍しく、他では価値が高い。冒険者達が手に持つ宝飾品はひとつだって硬貨数枚で買えるような品物ではない。
はい、有罪決定。それ泥棒だから、種族関係なく、犯罪だからね。
子供でも分かる悪いことを平気で行う冒険者達は、何が悪いんだと言わんばかりにラニエを睨みつけている。
人間側からすれば悪である魔族には何をしても良いと思ってしまうのかもしれないが、その行いは貴方達が憎み嫌う前魔王がしたことと変わらないと気付かないのだろうか。
「君達、ギルドカードを見せてもらえるか?」
ラニエらしからぬ低い声に、お怒りだと咄嗟に姿勢を正すが、当の本人達はヘラヘラ笑いギルドカードを出す素振りもない。
「聞こえなかったか?ギルドカードを見せろと言ったんだ」
「はぁ?何でお前に見せる必要があるんだよ」
「ランクと名前を確認し、ギルドに報告するからだ」
「だから、何で報告されなきゃならねぇんだよ!俺達はちゃんと金を払って買ったんだよ」
「その宝飾品は君達が払った硬貨では買えない品物だ」
「そんなもんお前に分かんのかよ?あー、もしかして、お前も魔族か?」
ヘラヘラしていた冒険者達は魔族を庇う発言をしたラニエが気に食わないのか、どんどん態度を悪くし魔族だと言い出した。
Sランクなんて滅多にお目に掛かれるようなものではないから、彼等がラニエの顔を知らないのは分かるが……もう、何と言うか相手が悪過ぎる。
さっさとギルドカードを出せば良いのにと呆れていると、冒険者達の一人と目が合ってしまった。ラニエの背後を覗き込もうとする男から顔を逸らすが、どうやら遅かったらしい。
「やっぱりそうだ、あんたシュナだろ……!」
「シュナって、あのシュナか!?」
冒険者の一人が私の名を叫ぶと、その男の仲間達も目を輝かせわあっと騒ぎだした。
私がラニエの背後に隠れるように立ち気配を殺していた理由は、悪名高い冒険者シュナがこういったクズな輩から好意を持たれているからだ。私からすれば黒歴史であるシュナの行いに憧れ、真似をする人間は多く、それが格好良いと思っているのだから手が付けられない。
「本物だ、すげー、Aランクのシュナだ!」
「俺達、大ファンです!」
何も凄くはないし、その差し出した宝飾品は受け取らないからね?というか、気付いて、あんた達の目の前に居る人のほうが私よりよっぽど有名で凄い人だから!?
振り返り私に向かって苦笑しているラニエに頬を引き攣らせながら首を左右に振った。あれらと同類だと思われたら最悪だわ。
興奮する冒険者達に私に構うなとぞんざいに手を振るが通じるわけがなく、余計に騒ぎ出したので仕方なくラニエの前に出た。
右手は腰に、左手を冒険者達に差し出して微笑む。
前の私であれば彼等を一瞥しただけで素通りしただろうが、今の私は違う。私の可愛い天使の治める国で好き勝手させるわけがない。
「あんた達、ギルドカードを出しなさい」
「え……でも、なぁ?」
ラニエのときとは違い若干怯んだ冒険者達に再度「出せ」と口にし、彼等の手に持つ宝飾品へ視線を向けた。
「その宝飾品も全て返しなさい。あんた達がしたことは、種族が違うとはいえ立派な犯罪よ」
「犯罪って、魔族相手だぞ?」
「だから何よ。魔族なら許されるなんて誰が言ったの?」
「でもな……」
私を窺いながら渋る冒険者達に近付き、手前に立つ男の耳を指で引っ張り囁いた。
「あんた達がどうなろうと私には関係ないけど、そこの男はSランクよ」
「……っは!?Sランク!?」
ラニエを侮っていた冒険者達は、身体を硬直させ顔を青褪めさせている。
そりゃそうだわ、Sランクなんて雲の上の人に暴言を吐いていたんだから。
冒険者達は慌てながら手に持っていた宝飾品を店員に押し付け、そのまま私達に背を向けるが……。
「逃がすわけがないだろ」
「……っ、離せっ……!?」
「お前もだ」
「ちょっ、待ってくださ……いっ!?」
一人一人無力化していき、蹲る彼等からギルドカードを取り上げていく。
これが人間や、その人間達と友好的な関係を築いている種族の国で起きたことであれば、ラニエがギルドに報告した時点で彼等のギルド登録は抹消される。
でも、今回迷惑を被ったのは魔族なので注意程度で終わってしまうかもしれない。
ラニエに怯えながら走り去る冒険者達を一瞥し、私は店員に宝飾品が全て戻ってきたか確認させた。
「ありがとうございました」
ここ数ヵ月は先程のようなことが日常茶飯事で、助けてもらったとはいえ同職である冒険者に文句のひとつやふたつ、私が店員の立場なら捲し立てていただろう。でも店の店員は、あのカッリス様の領地の住人なだけあり、ラニエに向かって頭を下げお礼を口にした。
「いえ、大変でしたね……」
「そうですね、ですが、今回が初めてのことではありませんので」
そう言って苦笑する店員にラニエが首を傾げた。
「初めてじゃ……ないのですか?」
「はい。最近は人間の冒険者がよくこの街を訪れるので、どの店でも先程のようなことが頻繁に起こっています」
「頻繁に……」
カッリス様からの報告で知ってはいたが、こうして実際に目にすると物凄く腹が立つ。
これではルーベ爺の言う通り冒険者狩りもしたくなるというものだ。
「この街を守る治安部隊のような者達はいないのか?」
「こちらが迂闊に手を出してしまうと、揉め事で済まなくなることもあるかもしれません。領主様からは命あってのものだからと無理をしないように言われていますし、損害分は補填してもらっていますので」
「そうか、このことは俺のほうからギルドへと伝えておく」
「伝えたところで何か変わることはないでしょう。それに、そんなことをしては貴方が先程の者達に恨まれるだけですから、黙っていたほうが良いですよ」
「そのようなことは……」
「貴方から報告を受け、彼等を諫める方もいるかもしれません。ですが、大抵の人間は魔族がどうなろうと気になどしませんよ」
「……」
「ですから、どうかお気になさらず」
言葉が出ず俯くラニエの代わりに私が店員に対応し、そのまま置物のようになってしまったラニエの腕を引っ張って店から離れた。
そんな私達の姿を見て困惑しているエルフ二人に説明しながら足を進める。
人間と魔族の溝はかなり深い。
前魔王様が行ったことを正当化するつもりはなく、だからといって悪いとは思わない。相容れない種族同士なのだから衝突することもあるし、どちらかが駆逐されることもあるだろうから。
人間と魔族の違いなんて瞳の色か魔力量だけ。姿形も話す言葉も同じだし、家族や友達、大切な人と共に生きている。
幼い子供達が走り回る広間を横目に、賑わう露店や宿屋や酒場を覗いていく。
「もうひとつ先の街を目指すわよ。そこがこの辺りでは一番大きな街だって聞いたから」
此処へ来た当初とは違って私が先頭を歩き、他のメンバーは黙ったままついて来るだけ。
この街の者達は、冒険者だと分かる恰好をした人間達が街中を歩いていても嫌な顔をせず、それどころか笑顔で私の質問に答えてくれたが、その度にラニエ達の顔が歪み空気が重くなっていく。
――何もかも、俺達とあまり変わらないんだな……。
今夜は野宿だからと火を熾しテントを用意して、夕食に街で買っておいた物を食べていたときにそうラニエが呟いた。
その言葉に同意するかのようにフローリアは無言で頷き、ローガンだけは変わらす私にくっついたままで何を考えているのかさっぱり分からない。
何を今更……と溜息を吐き、とっとと寝ろ!と各自テントに押し込んだ。
テントは男性陣と女性陣の二つを用意してある。
私を警戒するフローリアの監視の目をどう潜り抜けようかと考えていたが、フローリアは今日起きた事が余程ショックだったのか無言のまま寝袋の中へ潜っていってしまう。
「フローリアちゃん……フローリア、よし」
暫くしてジッと耐え、寝息が聞こえてきたので声を掛けて確認してから、転移を踏んだ。
「リシュナ!」
ルトフィナ様の居室へ直接移動すると、ロイラックに抱っこされたルトフィナ様がお出迎えしてくれた。もう、可愛い……と両手で口元を押さえながらフラフラと近付き、私に向かって手を伸ばす天使を受け取った。
「予想外な展開で、今夜は楽に戻れましたよ」
「ん」
「はぁ……ほんと、癒される」
ギュッとルトフィナ様を抱き締め、一緒にふかふかのソファーに沈み込む。
嬉しそうなルトフィナ様の頭をナデナデしていると、部屋の中央から熱い視線が……。
そちらへ顔を向けなくても分かる。うん、そっか、護衛としてルトフィナ様の側に居るんだった。
「無事でしたか」
「え、俺達は視界にも入っていないよ!?」
まだ初日だというのに色々あって、ヘイルとトイスに構う時間も勿体ないのよ。
「ロイラック、報告を」
「今朝の起床時間は普段よりも遅めでしたが、それ以上はお変わりありませんでした。詳しくは後程書面でお渡しします。それと、リシュナ様が毎晩読まれている絵本は、このあと私が」
「よろしくね」
「はい」
「……書面?」
「絵本って、今……リシュナが読んでいるって言ってなかった!?」
ボソボソ話すヘイルとトイスを睨むと、二人からは何か奇妙な生き物を見るような目で見られた挙句、文句を口にする前にサッと顔を逸らされてしまった。
「あー……戻りたくない……」
嘆く私の頬を小さな手で優しく叩くルトフィナ様に癒されながら、明日を思う。
まだあと早くても数日はラニエ達と行動を共にする必要があり、今日のように楽に転移できるとも限らない。
しかも、最終日は……とヘイルを見たあと、ソファーに倒れ込みながらルトフィナ様を抱き締めた。
調査を終える最終日、私……生きていられるかなぁ……。




