episode 16
そそくさと会場に戻った俺は止めどない鼓動を抑えることを忘れ、完全にこっち側の空気に飲まれていた。胸に突き刺さったミスティの発言が今もなお、尾を引いていた。
この事をラクトに言うべきなのだろうか?もし、ラクトがここで強行手段に出れば、こちら側の存在を警戒している執事が一枚上手を取る未来が容易に想像できた。かと言って、ラクトがその程度で屈するとは到底思えない。もちろん、俺も今までの経験で積み上げてきた戦歴がある。
だから、どちらに転んでも最悪的な状況に陥ることはそうそうないと思えた。
(全く、全然大丈夫じゃないじゃない・・・! あの時、ラクトがレディに銃口を向けていなかったのが唯一の救いね。 あの執事なら、その一瞬も見逃しそうにないし・・・・・・)
どっと疲れが出た体を抱え、俺は会場の外にあるバルコニーへと足を運ぶ。その際、使用人のウェイトレスに飲み物を即されるが今はそんな気分にも慣れず、軽くあしらいをする。
「素性はバレてないけど、警戒されてるのは事実だし・・・それに、このドレスも相手側の物だったわけだし・・・・・・拘束されてるみたい・・・・・・・・・」
深い溜息をついた。前かがみに体を預ける形でもたれかかった、バルコニーの手すりの冷たさがひんやりと肌に侵食する。
「冷たい」
気づけば、独り言の様にそう言葉を発していた。
「会いたい」
辛い記憶が呼び起こされる。鍵をかけ、その鍵すらも捨てたというのに____。
彼女に会う前、そう俺がまだこっちの世界に来る前の記憶だ。所々が断片的に崩れ落ち、今はもう鮮明には思い出せない、そんな過去の心象風景。
レイスと出会ったのだって、きっとその過去に繋がりがあるのだろう。定かではないが何故かその考えが正しいと思ってしまう。
あの日、病室で目を覚ました俺は逃げる様にその場から走り去り、意味も無くどこかを目指した。乱れた呼吸と額を伝った汗の感触は今でも忘れない。ただ、その苦しみから逃れたくて消えたくて、無我夢中だった。そんな自分が何故、こんな場所にいるのだろうと思った。
もちろん、答えは簡単でいつだって言うことが出来る。レイスに出会い、誓いを交わしたからだ。
走っている最中、俺は絶望し死を望んだ。だからこそ、尚更、自身の経緯に絶対的な疑問が生じる。今の話を踏まえると、必然的になる疑問だ。死にたいのなら、道路に飛び出すなり、屋上から身を投げ出すなり、いろいろな方法があったはずだ。それなのに、どうして俺は庭園にいたのか?
唯一覚えていることがあるとすれば、俺はあの月の夜________
________病院の屋上から飛び降りたこと。
パンッ____と頭の中で何かが切れた。
パンドラの箱を開けてしまった自分への罰なのだと思った。
湧き上がる気味の悪い記憶の数々に狂いだす精神。俺はいつしか、手すりに目をやっていた。
あの時と同じ風景、同じ感覚。
上手くできない呼吸はやがて、過呼吸へと発展し意識を奪う。楽になれるならいっそのこと、ここから・・・・・・。
最悪な最善手が脳裏をよぎり始める。悪魔の囁き、それとも死神の独り言?どちらにせよ、一つの生命の終わりを望んでいることに変わりはない。今更、抗う気力も起きることは無く、俺はゆっくりと促されるままに絞首台と言う名の空に身を投げ________
「今夜は月が綺麗ですね」
鮮花やかな声が聞こえた。それは、俺に「生きて」と言っているかのように。
混沌の顔色で振り返った先には、ただただ真っ白で清廉潔白な白が立っていた。
「えっ・・・?」
思わず声が出た。
「見てください、あの月。青くて美しい。 まるで、青い瞳の様です」
「・・・・・・」
「初対面の方にこんな事を申し上げるのはどうかと思いますが、あなたのその黒くて長い髪、とても綺麗ですね」
「・・・あ・・・・ありがとうございます」
他人行儀な会話が続く。それもそのはずだ、俺は彼女の事を知っていても、彼女は今の俺を知らない。そして、何より何の為に彼女がこのスレイシアの屋敷にいるのかという事。
「それと____」
伏目がちに白は口を開く。そうして、声を出さずに何かを言った。
「今・・・何て・・・?」
「何でもありませんよ。 そんなことより少し話相手になっていただけませんか?」
「え、えぇーと、別に構いませんよ」
「はい、ありがとうございます」
右手を上にして、両手を前に添えた彼女は自身の趣味の話や好きな事、友人の他愛ない話を時折、笑顔を交えながら俺に話した。全てではなかったが所々、知っている話題が上がり、俺は懐かしむと同時に目の前の話に虚言で返事をかえした。
それでも何故か、彼女は寂しそうで、それが一つだけ気がかりだった。
「私ね、大切な約束をした人が居たんだ」
その言葉だけで涙腺の機能が異常を起こしかける。必死に堪えた目尻は熱を上げ、今にも溢れ出しそうになる。
「________約束?」
「そう、約束」
「居たんだって事は今は?」
「今はもう・・・・・・居ないよ。 気が付いた時に私の前から、居なくなってた」
「そう・・・なんだ・・・・・・」
「でもね、今もその約束は続いていると思うんだ」
「________」
もしも、神様がいるのだとすれば、この巡り合わせは何の為なのか?と問い詰めたかった。気まぐれでここまでの事をしたのなら、俺は神でさえも許さない。
訳の分からない、入り組んだ人間同士の思惑に巻き込まれ、閉じ込められ。たった一つの約束でさえも果たすことの出来ない、理不尽。
俺がこっちの世界に来たのだって、そんな理不尽や不条理から解放されたかったから。どこかにそんな思いがあったからだからと、改めて思い知る。
そんなこと・・・・そんな・・・それでも彼女は交わした誓いを忘れてはいなかった。消えかけた灯にたった一人で抗い、火をくべていたのだと思うと胸が苦しくなる。いっそのこと、全てを打ち明けて____
「あの________!」
手を伸ばす。
頬に触れる様に眼差しを向ける。
「________うん」
微笑ましい笑顔で声が聞こえた。
後少しで彼女に触れることが出来る。触れた後の事なんて、考えてはいなかった。
そっと肌を重ねるだけで、ただそれだけで________
ドガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ________!!
バアアアァァァァァァアアアアアァァァァァァァァァァアアアァァァンッ________!!
一瞬、何が起こったのか分からなかった。耳を破壊する程の衝撃音とそれに伴って降り注いだ、燃える様に赤い水滴が降り注がせる空が頭上に見えた。夜だというのに朝陽が昇り切った昼下がりと変わらない明るさが、サータリアを包み込む。
次に感じた、異常な暑さは次第に地面を侵食し、ドロドロと解け始める。誰かが溶岩を流し込んだみたいに広がりを見せるその光景は地獄絵図という言葉とは比にならない位だった。
無数の悲鳴が木霊する。助ける者は誰一人としておらず、むしろそれがこの状況ではある意味正しく思えてしまう。
俺が居たバルコニーにも当然、その影響は訪れ、彼女との間に一直線上の亀裂が生じていた。それは次第に解け始め、内側から劫火が立ち込める。爆風と高温のそれは勢力を留める事無く、さらに威力を増す。
先程まで彼女に伸ばしていた手は結ばれることは無く、指一本でも伸ばせば致命傷は免れないだろう。
たぎり続けた劫火が怒り狂い、爆風を起こした。それが引き金となり、俺と彼女は後方へと弾き出される様に吹き飛ばされた。最早、この天災とも呼べる状況下で次に会える確率は0に等しい。そう思った瞬間、俺は自然と声を上げていた。
________レイスーーーーーーーーッ!!
聞こえるはずもないのに、声を出した。
________キット--------ッ!!
名前は教えていないはず、それなのに何故かレイスの口から俺の名が聞こえた気がした。
そして、消えかけた意識の中で甲高い獣の咆哮が聞こえた。
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その後、奇跡的に目を覚ました俺達が見たのは深淵の赤に染まる空と、かつて人だったモノが無数に転がっている、サータリアの街だった。元凶である巨大な影が空に飛翔し、脅威は去った。
しかし、失ったものはあまりに多く到底、取り返せないモノばかりだった。
《純白の剣姫》の団長を含めた、全ての剣士。《今は亡き最高位》の全部隊。
残ったのは紛れもなく俺とレイスだった。詳しいことはあまり語ってはくれなかったがこうなる事を予測して、団長はサータリアの街に部隊を編成したらしい。
でも、今はそんな事はどうでもよかった。
溶け続ける城壁と絶え間なく咲き誇り続ける、熱を持った花が二つの魂を囲む。
夜空に上る小さな火の粉はこの闇をぼかす様に照らしていた。
肌に伝わる暖かさは次第に殺傷力を備え初め、いつしかその瞬間を迎えようとしていた。
「すっかり、焼け野原になっちゃたね____」
純白の天使が瞳に写した光景を口にする。
「うん、そうだね____」
純黒の天死が意思を通わせるように言葉を口にする。
逃げ場を失い、明日を見失った二人の双翼はその在り方を風に散らせ、黒と白の色彩を情景に刻む。
無数の屍の中に立つ、黒き羽のその人は、例えるなら____。
対照的に地に足を付け、その白き羽を舞い散らせるその人は、例えるなら____。
家屋が崩れ始めた。勢いを増した劫火が音を立てて、その無垢な殺意を剥き出しにした。
「____頼みがあるんだ、レイス、死んでくれ________」
最初で最後の願いをする。
「____いいよ_____」
最初で最後の返答をする。
俺は静かに剣を抜いた。
レイスは何かに納得する様に頷き。瞳を閉じた。
交わす言葉はそれだけだった。けれど、発した言葉の一つ一つに二人にしか分からない思いが込められたいた。それは、出会いと別れ、始まりと終わり、再生と崩壊。幾多の物語を紡いで来たゆえに出たモノだった。
だから、何が起ころうと二人には後悔という感情は一欠片も存在などしえなかった。
サッと一人の少女の前に降り立った、一人の少年はあの月の日、初めて出会った時の様な表情で優しく微笑みかけ、右手に握った剣に意識を向けた。
胸に両手を置いた、柔らかな白はそれに答えるように笑みを浮かべ、瞳を閉じた。その際に左の頬に一筋の光の線が伝った。
________もし、また会えるなら今度は君が俺を_____。
黄金比に従ったかのような少女の体を鋭利な思いが貫いた_____________________________________________________________________________________________________________。
【次回 最終回】
何もかもが歪んだ世界でただ2人。
そして、記念すべき第100話という事で重大発表があります!




