episode 15
ジリジリと間合いを詰めてくる、ミスティの気迫は修練で手に入れるそれとは度合いが桁違いだった。一歩でも後ずされば、その刹那に首元を掻き切られる。そんな、恐怖心が絶え間なく湧き上がる。
「え、あの・・・それは・・・・・・」
「霊薬、と言えば伝わるだろ」
何もかも、見透かされていた。
「____!?」
「答えなくていい、それが答えと取る」
淡々と静じかに進む解釈の道。
「____何が目的ですか」
「____こっちのセリフだ」
口調は違えど、俺はいつもの様に声色の温度を下げ殺意の籠った語源の断片を告げる。同じように返されたミスティの声は先程と差ほどの変化は無く、いつまでも冷静な排除心が伺えた。
手持ちに対抗手段は無く、着飾ったドレスが身動きを鈍くする。もしも、ミスティがここまでを考えて行動していたのなら俺には勝ち目はない。そう____例え、《天使の眼》と《黒蝶の魔眼》を以てしてもだ。今の瞳は何色に染められているのか、敵意はあるが戦おうとは思っていない。ならば、この場では普通の黒のはず。
「何もしないのなら、今回は見逃してやる。だが、次に行動を起こせば容赦はしない」
「____」
黙って廊下を歩き始めた俺の背後に感じる、気配は消えないままだった。
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偽飾の麗人が去った通路に一人、残された執事に纏わりつく冷たい虚しさ。思うとこはあるが、今ではあれも遠い過去。(私の役目は過去の記憶に捕らわれる事じゃない)と言い聞かせる様に左手を胸に置き、気持ちを切り替える。客人の前で見せる、完璧な品格は姿形を見せずそこには、ただ一人思い人の事を思う優し気な青年の姿があった。
「あーあ、メイド仕事もめんどくさいわね」
わざとらしく吐かれた大きな溜息を携えて、白髪のメイドが廊下の奥から姿を現した。色白の肌にスラっとした細身の体は屋敷に来ている婦人達をも凌ぐ程であった。
「ケリスさん、この場にいたのが私だけだから良かったものを、もし、お客人がいたらどうするつもりだったのですか?」
「は? 何が?」
挑発的な眼差しでミスティに問いかけるケリス。
「先程のメイドらしからぬ言動です」
「うるさいわね? いい、私だってこんなことやりたくてやってるんじゃないのよ。本来、私は人の下にいていい存在じゃないの。 まぁ、ある意味では殿方に____」
執事の注意に苛立ちを覚えた、ケリスは眉間に軽くシワを寄せ、ミスティの襟元を左手で掴み反論した。そして、最後に言いかけた言葉と同時に見え隠れした彼女の影の落ちた顔に執事は違和感を覚えた。
「無粋な。 あなたはそうやって、今までも、そして、これからも男を惑わし誘惑し続けるのですね。 何と哀れな」
それでも、口喧嘩ではミスティの方が多少上の様で持ち前の話術と芝居じみた演技で相手の感情を逆なでする。
「なっ____!!」
カァッーーーー!っと赤くなるケリスの顔にミスティは動揺1つ見せず、次の発言をする。
「あー、それとお嬢様をお部屋にしっかり戻してくれたのでしょうね?」
「ちょっと! まだ話は終わってないわよ!?・・・・・・はいはい、あのワガママお嬢様ならしっかり、部屋に閉じ込めたわよ。・・・離せっ! この、無能メイドって言われたけど・・・・・・」
意外にケリスは相手からの罵倒には弱いらしく、今度は落ち込んだ溜息を吐いた。
「それはそれは、成長なされましたね、ケリスさん。 以前のあなたなら、いくら相手が子供でも血の海をお作りになられていたのに。 やはり、年齢を重ねると性格までも変わるのでしょうか」
皮肉った言い回しをするミスティの顔にはどこかしら笑みが見えた。言っていることと、お世辞にも釣り合っていない表情の執事には底知れぬ余裕が見て取れた。彼の背景にはどんな世界が広がっていて、どんな思いが渦巻いているのか____。
それを知るには、あまりにも早く、真実を口にするにはあまりにも時間が無さ過ぎた。
「言うようになったわね、たかが人間の癖に」
相手の動向をたしなめるように、覗き込んだケリス。フワッと軽やかに間合いに入った彼女の身体と見透かす様な視線はミスティに一瞬の恐怖心を生じさせる。次の瞬間には消え去っている、彼女の雰囲気は男の感情を乱す。
しかし、人としての気持ちよりも己の信念に従い生きている、ミスティにその類は通用することは無く。返ってくるのはいつもの彼の発言だった。
「随分と丸くなられましたね、たかが悪魔の癖に」
ヒューと開け放たれた窓から入った、風が吹き抜けの通路に寂しく笑った。




