episode 14
まるでスローモーションの様だった。声の聞こえた方向に自分が向くのと、ほぼ同一のタイミングで引き金に指を置く音が聞こえた____。
鈍く低速した身体の錯覚が自身を襲う。水中の中にいる様に思うように速さで動かない感覚。その中で本当に大事な瞬間はこうも、上手く動けないのかと自分を責める。
________ディセルの時だってそうだった。
俺がもう少し、早く気づけていれば。
俺がもう少し、周りに気を配っていれば。
そう思った。
そう思わなければ、上手く生きられなかった。
だから、この結果の見えた展開を終わらせる事が逝かせてしまった黒蝶への最初の断罪になるだろう。
詠唱を口ずさむ。時を制御する高等魔法。効果範囲が膨大である上に使用する魔力は計り知れない。それ故、魔術行使後の身体への負荷は想像を絶するだろう。はたして、俺はそれを行った上でも身体を動かすことが出来るのだろうか____。
いや、出来なければいけない。
後悔は無く、後戻りも考えなかった。
《時の理は生命の下に下り・生命は時の歩みを抑止する・我________》
後、2節。たった、それだけで全てが上手くいく。上手くいかせて見せる。
呼吸を整え、息を吸った。残りの言葉を口にする為に____。
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そんな時、順調に進んでゆく己が思惑に水を差さした、たった1人の男の声____。
________お嬢様っ!!
パーティー会場に轟いたその声は俺は愚か、駆け寄ってくるレディにも効果は絶大で一瞬にしてその場は静寂に包まれた。気づけば、ラクトの威圧的な雰囲気は息を潜め客人の1人へとなりを潜めていた。
「えっ?! これってどういう事!? 体が・・・体が動かない____」
微弱に体を震わせながら、言葉を口にする金髪の少女は右手に持ったグラスをそのままに緊迫した表情を浮かべていた。その様子を見ていた俺は何が起こったのか見当もつかず、しばらくの間、動向を見守ることにした。
ヒソヒソと招待客の噂声が聞こえてくる。どれもこれも、大した会話ではなかったものの今の事について話しているようだった。
コツ_コツ_。
徐々に近づく先程の声の主。心なしかレディはその足音に怯えているようだった。
「ワイングラスを持って走るとはマナーがなっていませんね」
視界に移ったのは紙を白く染め、漆黒の執事服にその身を包んだ、甘いマスクの従者だった。
「ミスティ、何で・・・?! これって・・・・・・」
集まる客人の視線に、ばつの悪そうな顔で何かを理解した金髪の少女は僅かに動く体を使い、自身の身を見つめ直す。そうしている間にも、ミスティと呼ばれた男は近づき、少女の元に至った。ミスティはゆっくりと視線を少女に合わせ、耳元に手を当て何かを囁いた。
(何て言ってるんだ、この位置からだと聞き取れない)
「分かった・・・分かったわよ・・・・・・」
「それなら良かったです。 いくら何でも、色だけで全てが通るとお思いの馬鹿お嬢様ではなくて____」
「馬鹿・・・!? ミスティ、あんた____」
「お静かにしてください。 他の方のご迷惑になります」
「あんた、後で絶対____」
「はい、楽しみにしております」
皮肉めいた笑顔でレディの感情を逆なでする。一向に退かないミスティに苛立ちを押さえられない少女は次の一手を必死に模索している様に見えた。しかし、その思考も従者の方が圧倒的に勝っており____
「お客様の大切な時間を取ってしまい、大変申し訳ございません。 お手元のグラスも少々ぬるくなっておいででしたので全て新しい物へと、お取替えいたしました。 ささやかながら、年代物のワインです」
周囲への気遣いと波長の変化を一度に行った。
レディに向けられていた、視線はグラスへと注がれ、2人への注意は完全に消え去った。機転の利いた、行動と不可解な言動が生み出した現象。今のあの一瞬でこの場にいた全員のワイングラスを取り換える事なんて不可能だ。たった1人の人間がするにはあまりにも不可能で無理に近い。そんな、疑念はグラスを一目見るだけでかき消された。新鮮な液体が冷たく泡を立たせ、透明な曲線の中で光を反射させていた。
「きゃっ_! ちょ____」
その際にもレディの声は耳に届いた。
「お嬢様、今日はもうお部屋にお戻りになってくださいね。 お話はそれからという事で・・・・・・」
笑っているのにどこか怖いミスティは少女の手を掴むと、左手を軽く上げた。
「ケリスさん、お嬢様をお部屋に」
ミスティの合図に反応したのは1人の銀髪メイドだった。顔色一つ変えず、淡々と歩くその姿は感情を押し殺しているというよりも、興味と言う概念そのものが無いように見えた。
「や、嫌っ!」
手に持ったワイングラスを忘れ、涙目で抵抗する金髪の少女。依然としてミスティの拘束は振りほどけない。それだけ、力が加わっているのかあるいは、単に力がそれ程ないのか。
いくら足掻いても、無意味だと悟った少女は最期に思いっきり力を込めた。「はっ_!」と声を出し、体を捻った。だがしかし、無意味な行動だった。
それよりか、その行動が自身の状況をさらに追い詰めることになる。
パシャッ____!
宙を舞う、ワインレッド。景色を妖艶に浸し優雅に飛び散る。
あろうことかその液体は私の方へと軌道を確定させ、迷いなく降りかかった。
「え? 何これ?」
理解が追い付く前に胸元に感じた冷たさ。衣服を濡らす、それが微かに肌の色を浮き立出せる。突然の出来事に動揺していると、またしても聞き覚えのある声が聞こえ、意識を向けさせる。
「これは! お客様、大変失礼いたしました。 直ちに替えのドレスをご用意いたしますのでどうかこちらに」
焦りと失態を真に受け止めた顔で先程の従者が自らの仕事を進める。
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会場とは打って変わり、灯りの消えたくらい通路を歩いていた。着飾った黒のドレスは新調され、長く伸ばした髪には編み込みという名の装飾が施されていた。何故、そこまでされるのかという疑問は必要ないだろう。仮にも、ここはスレイシア家。ドレスの一着や二着は差ほどの経済的影響は無いのだろう。
完璧な執事に手入れされた屋敷。どこをとっても違和感のないこの場。怖い程に落ち着きを即されるゆったりとした空間は一種の魔法の様だった。
「先程はお嬢様が失礼しました・・・・・。 今後、このような事が起こらぬよう、私共は努めて参ります」
悲観しているのかミスティは暗く沈んだ声色で謝罪する。その姿は人前で見せた完璧ではなかった。
「いえ、大丈夫ですよ。 こんなに、綺麗なドレスを用意して頂いて、ありがとうございます」
「そうですか・・・・・・。 なら、良いのですが」
眉を下げ、小さく声を出した執事の瞳はドレス姿の自分を見つめていた。だが、そんなことよりも気になった事があった。
「あの?」
「はい、何でしょう?」
「私の顔に何か付いてますか?」
「いえっ! 何も付いてはおられませんよ? 気を悪くされたのなら、申し訳ありません・・・・・ただ、似ているなと思いまして」
「似ている?」
「お嬢様にです」
「お嬢様・・・?」
お嬢様と聞いてすぐに思い浮かぶのは、レディだ。しかし、髪色は愚か、背丈も顔立ちも違い過ぎる。それなら、ミスティの言った《お嬢様》は誰になるのだろう?
この姿も、元々は霊薬によって形成モノで実在する《個人》を模したモノではない。だとすれば、似ているという言葉の意味に霧がかかる。
「おっと、時間を取ってしまい、申し訳ありません! 私はこれで退散致しますので、引き続き、パーティーをお楽しみください」
「は、はいっ_!」
「会場への道順は突き当りを右にすぐですので____あぁ、そう言えば1つ聞き忘れていたことがありました」
闇に包まれた。 包囲網を突破することは敵わず、完全に向こう側の策略に入ってしまった。体が動かない。 呼吸が苦しい。
「な、何です・・・・・・?」
意識のある限り、声を出す。 重く重力に押す潰されそうな身体を必死に保ち続ける。
________ 小僧、此処へ何をしに来た?
生き辛いのは
生きる事で苦痛や悩みが生じるからじゃない。
順調な時ほど
後ろ髪を引かれるからだ。




