episode 11
お互いに強張った肩を解除しないまま次の行動に移っていた。下着姿の少女はベッドのシーツを手早く手に取り、すぐさま巻き付ける様にして体を覆い隠した。対して現在進行で胸の急速に高鳴る胸の鼓動を押さえようしている狙撃手は目を背けようともせず、サプライズ的展開に口元を緩め、品定めする様にまじまじと室内にいる少女を見続けていた。
普通ならここで俺が家具を投げつけ、強引にでも不法侵入者を追い返すのが適切な対応なのだろう。しかし、自分の体と心が不透明な俺はどんな行動が正しいのか分からなかった。そうしている間にも、ラクトの歩みは留まることを知らず、刻一刻と絶対的な一線への間合いを縮めて来ていた。
「____あ・・・あの」
先に声を出したのは俺だった。
ラクトの方へ伸ばした手が小刻みに震える。それは、今までに経験したことの無い緊張感と不安な空気が取り巻く、この室内では極めて当たり前の様に感じてしまっていた。
「____あの・・・・・・」
すかさず、声を投げかけるが相手の耳に俺の声は届き得てはいなかった。
バタッ________!!
瞬きをした。
視界が数秒間、遮られる。
その瞬間、俺の体は力の籠った腕と圧力に押し負け、そのままベッドに押し倒される。抵抗しようと込めた力は両手を強く握られているせいか、普段の三分の一すらも出すことが叶わず、ただただ、相手の行動に自身の運命を委ねるしかなかった。
脱力した体と愛玩人形と化した自分を呪う。ラクトは俺の事を俺だと思っていない。それに、仮に真実を伝えたとしても信じてはくれないだろう。数日過ごしてみて気づいたのは、ラクトは《大の女好き》だという事。もしも、今の彼に満たしてくれる誰かがいないのなら、この先の結果は容易に予想できた。
深く考えるわけでもなく、天井に向いた視線をゆっくりと右に倒す。女体化で伸びた黒髪がサラサラとまとわりつく様に重力に従う。そうして、口元にかかった一本の髪が唇に留まる。拘束具を付けられていると錯覚した、自由を奪われた身体にラクトの温もりを感じる。これが、あの狙撃手の心の温度なのだろうか?
寒空を照らす月の光が差し込んだ部屋で歪で美しい時間が過ぎる。
胸元に落ちた液体状の温もりが俺の意識を回復させる。虚ろになっていた瞳を開けると、声が聞こえた。
「____良かった・・・本当に良かった・・・・・・・君は・・・君は俺の瞳に映らなかった唯一の人だよ。君だけは・・・君だけは・・・・・・殺さなくて済むんだ。____死なせなくて済むんだ」
何を言っているのか分からなかった。暗殺者が口にするにはあまりに滑稽なその言葉に____。
「俺が・・・この街に来たのは、とある仕事をする為で、その仕事が達成できたとしても・・・・【街の全滅】は避けられない。口封じって言うのかな?いや、恐らくそれは無いな。多分、俺が仕事に失敗した時の保険だろうな・・・・・・。だからさ、俺が知らない君はこの街の人間じゃないんだろ?だったらさ・・・殺さなくても____助けてもいいよな」
押し込んできた気持ちが決壊し、濁流の如く溢れ出る。ラクトの企みや言葉の意味を一つ一つ理解するには要素が不十分で曖昧な言葉が多すぎる。けれど、何かに苦しんでいることだけは分かった。
「____助ける?」
静かに聞いた。
「ごめん、これ以上は言えない。でも、もしもこの街で大きな災害が起こった時、君は俺を頼ってくれ。必ず助けるから____だから、今だけは・・・・君を________」
無抵抗な《心体》に欲望が迫る。強く握られ続ける腕は鎖の拘束を解こうとした時の様に無謀に等しく、暴れさせた体は言うことを聞かなかった。
____痛い。
____怖い。
____辛い。
____苦しい。
そう言った感情を全部混ぜた瞬間、俺の意識は途方もない虚無の旅路へと葬られた。
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目を覚ました。涼しくも暖かい春の風が頬を通り過ぎた。眩しいほどの陽の光が視界を遮る。
体は自由で心もどこか、別人の様に感じられる。
弾む様な足取りで靴底を鳴らす。
穏やかで不穏な視界が時折、ひびが入る。
そうして俺は気づいた。
________ここはどこで俺は誰なのだろうと。
数秒前の景色とは真逆に月が去ったある朝の日。
自身の立場が不明で容姿・性格____誰なのか?
グシャグシャになる感情と意識が自らを壊し始める。
【________おい、____何をしてるんだ。今日は、お前の好きなダリアの花を見に行くんだろ?】
聞き馴染みのある声が耳に届いた。それも、とても身近で親近感のある声。そして、何より安心感があった。遂、さっきまでの柵が全て壊されたかの様に。
「はい、そうでしたね。今日はありがとう_____」
そう言って声のする方へ振り返った瞬間、心臓が止まり、呼吸が消えた。
眼前に映るのは、真っ白で銀色な糸の様に柔らかな髪をし、淡く揺蕩った青紫色の瞳をこちらに向けた________
________紛れもない、【自分】だった。




