Angel Memory
明けましておめでとうございます!
今回の小説は本編とは少し違った時間軸での話になります。
ここまで読まれているのであれば、内容はついてこれると思うので、よろしくお願いします。
キット
月の光が雲間に影を落とし、その高度を下げる。
《新たな365》への時の刻みはそこから始まる。夢はいつだって幻想的で現実離れしているモノだ。そうであるという確証はどこにもない。けれど、夢の狭間で見聞きしたものは紛れもなく、事実で偽りではないのだ。陽の当たる場所への静かな余韻と清々しくも寂しい過ぎた季節の清算。そうした一通りの整理と分離を終着させるのが、今この瞬間____
________12月31日の紺色の空の下なのだろう。
「1年は、こうもあっさりと過ぎてしまうんだな」
こんなものかと、俺は意味も無く開いた右手を見つめながら呟いた。異世界に来ての初めての年越しは妙に心地よく、不思議と新鮮さを感じへはしなかった。そもそも、この世界自体が俺の夢の中なのではないかと言う疑問は少しばかりある。
「はは・・・まさかな?もし、そうだったら俺の・・・この世界の美少女は全部、嘘だって言うのか!?そんなこと・・・ないよな?」
焦りが出る。
「でも、それでもいいのかもな。もし、そうなら俺はあの少女に何も思わなくていいのだから」
報われない寂しさは体を冷やしてゆく。大切な人を失った寂しさは今も心にあるのだと実感する。
「・・・ダメだな俺も・・・・・・すぐに泣いてしまいそうになるよ」
それは、ほんの気のゆるみに過ぎなかった。絵描きがスランプに陥った際に零す溜め息にも似た、感情の語源化。誰に届くはずもない心の叫びは静かにその音を落としてゆく。思えば俺は誰かを好きになったことはあったのだろうか?《好き》という感情に種類があるのだとすれば、1つは《Like》、もう1つは《Love》なのではないだろうか?単純に考えればこの2つは《好き》と言う意味合いでは同じ言葉なのかもしれない。だが、前者と後者には明確な違いがあった。
・《Like》は感覚的な好きを意味している。
・《Love》は本質的な好きを意味している。
答えは分からない。それでも、俺にはこのどちらの意味も今は身近には感じられなかった。
「いっそ、この身を投げ出して_____」
弱い言葉で誰かの慰めを期待する。傍に居てくれるだけでいいと____
________何回、言わせるのよ?泣き言を言ったら、その首を刎ねるわよ?
刹那、涙腺が一気に熱くなりそれは溢れ出す。
「_____ディセル」
意図して思いの縁にしまい込んでいた名を口にする。声にならない声で感情をのせて。
「あんたねぇ、出会ってすぐにその反応はどうなの?普通、もう少し、気の利いた事とか言えないわけ?」
「・・・うっ、うぅ・・・俺は・・・・・・俺は君を_____」
思い起こす、変えられない過去。未来をいくら変えても、それだけは変えられなかった、忘れてしまいたい事実。
「何?私に会えてそんなに嬉しいわけ?ま、そりゃそうよね、こんな可愛い娘と年を越せるんだもん。当たり前よね・・・ふふ」
もてあそばれている感は否めなかったが、今はそれでもいいと思える自分がいた。乾ききっていない、頬の涙跡を置き去りに俺は言いたかった事、伝えたかった事、聞きたかった事を言葉としてしっかりと発する。
「ディセル、俺は君に言っておかなきゃいけないことがあったんだ」
「_____うん、何?」
深呼吸をし、心音を整える。
「君を一人にさせてしまって_____ごめん」
それは彼女のこれまでの境遇を知っていたからこそ、言わなければいけない事だった。ディセルはたった一人の親友とも言える、少女_レイスと共にこれまで生きて来ていた。互いの気持ちを誰よりも分かっている二人だからこそ、それは俺が語る事ではないのかもしれない。だから、俺が言えるのはこれだけだ。
「柄にもなく謝ってるんじゃないの。私はいつだって一人じゃないわよ?」
口元が少し笑ったディセルは微笑みながら、俺に目線を合わせる。
「それでも、それでも俺は____!」
言い切れない後悔が喉に詰まる。呼吸が苦しく、息ができない。そして、嬉しい。
何故だろう、何故、俺はこんなにも寂しくて、苦しくて、辛くて、死んでしまいたいのに_____。
「あんたの泣き顔見るの、これが初めてかも」
波長を変える様にディセルは声を出す。
「えっ・・・?」
「仕方ないんだから」という表情でディセルは俺の眼もとに白く細い指を付け、その雫を一滴乗せた。微かに感じる、彼女の温度は皮膚越しに俺へとそれを伝わせてゆく。
「今まで我慢してたんでしょ?私が首を刎ねるなんて言ったから。まさか、本当に言いつけを守っていたなんてね・・・キット、あんたは全く何なのよ」
嬉しそうに話す彼女の顔は満足そうで悔いが無いように思えた。そして、先程までの俺と同様に目尻に累積した水滴を必死に堪えていた。
「_____俺は君を描いた、たった1人の【最期の描き手】だよ」
穏やかな声色で時折、靡かせられてゆく前髪の奥に見え隠れする、瞳に温もりを宿し、そう告げた。
「_____うん・・・うん。キット・・・いや、カイトは私を____」
共に生きた1人の、街にいる少女と何一つ変わらない、ディーセルシ=ラニという一人の少女。街を歩いたいつかの記憶、作戦を考えた日々、銃口を向けられた時間の刹那。あると思っていた、それからの日々、今はもう願いにすらならない、その夢は幻想の中だけではしっかりと実現させていた。
「_____ディセル、その顔をもう少し見せてくれないか?」
好きと言うより、一緒に居たいと_____。
「_____いいよ」
黒く束ねた髪をツインテールにした黒い蝶はあの時の様に優雅に舞う。誰にも囚われない、誰にも汚されない、何もかもから解放された少女には世界を、いや、理不尽に始まった自分の人生をもう呪ってはいなかった。
それから俺達はしばらくの間、時の許す限り会話を続けた。他愛もない会話、思い出の話、全てを語りつくすことが出来たかは分からなかった。それでもいい。だって、無いと思っていた奇跡が起きたのだから俺はそれだけで十分だ。
近くにいてくれる当たり前を俺は今、宝物の様に感じ、いつしかそれが心の温度を温めていた。
気づけば俺はレイスの家の自室にいた。見覚えのあるノートパソコンと液晶ペンタブレットが電源が付いたままで放置されており、隣には変わらず、ディセルが興味深々に画面を覗き込んでいた。照明の消えた部屋に淡く光る、液晶の灯りは俺達を照らし出し、眩く目を細める。
「これで私を?」
「そうだよ。このペンと液タブでディセルを描いたんだ」
「そう、これで。私との約束、守ってくれたんだね」
「約束?」
「魔眼は描かないでほしいって言う依頼」
「そう、だよ・・・」
彼女がそれを知っているということはそう言うことだ。薄々は気づいていた。でも、気づきたくないという思いが感情を埋め尽くしていた。現実に引き戻される。
本来の自分の生活へと。夢なんて見るなと言われているかのように_____。
出来るなら、このまま深い眠りに落ちて、ずっと傍に居てあげたい_____居たいと思ってしまう自分が滞在し続けていた。
「それと、これは伝えられなかったから、言うね?」
________私を描いてくれて本当に嬉しかった。
________それと、私を忘れないでいてくれて、【ありがとう】。
ディセルも分かっていたのだろう。これが本当ではなく、奇跡とも言い難い、夢という名の幕間だという事を_____。
「なら、これは聞けなかったから聞くよ」
_______そっちは【1人】で寂しくないかい。
_______傍に居た方がいいかい。
答えが欲しいわけじゃない。ただ、彼女の思いが知りたいだけだ。
俺の問いにディセルは天井を見上げ、ゆっくりと俺を見た。その瞳は愛おしいほどに澄んでいて、両目を彩るエメラルドの輝きは今もそこに彼女らしく在り続けていた。
「私は寂しくなんかないよ。だって、今も君の【左眼】として同じ世界を観ているから_____」
そこで俺の意識は薄れ始める。瞬き程の時間に一生分の気持ちを詰め込む。抑えきれない感情に抗えない自分は目覚めを拒絶する。それは、生きる事への否定を意味する様に_____。
その時だった、視界から消えかかる少女が最後に口を開いた。
「キット、あんたは《Like》と《Love》どっちなの?あの子には悪いけど、これだけは、はっきりとさせておきたいから。_____私は_________」
_____________________________________
無感情に開いた瞳に映るのは灯りの灯っていない、冷たい壁。ベッドに預けた身を起こす気にもなれず、ただ、じっと思考を巡らせる。
頬を伝った涙は乾ききり、何かを繋ぎ止めようとしていたのか右手は天井に向かって伸ばされていた。痺れた腕を庇いながら、名残惜しそうにベッドを出る。誰もいない、静寂の中で夢を思い出す。一時の安らぎは心の中で光り続け、俺は言い出せない思いのたけを感情で発する。
ディセルが残した、問いには答えられなかった。そして、彼女の答えも聞くことはできなかった。
伝えられずに消えた少女を俺は脳裏で蘇らせる。肌に感じた温度、傍に居てくれたという感覚、感情を揺さぶった出来事を鮮明に思い出す。
「____?」
不意に俺は視界の隅で光るそれに気が付いた。それは宿屋に備え付けた、俺の液タブとノートパソコンだった。昨夜は確実に電源を切っていたそれは、俺の考えを全否定する様に起動しており、微かな風音をさせている。スリープモードにしていて、キーボードに何かが当たった、もしくは誤作動で点いてしまったと考えられなくもないのだが、それはここでの生活では、まず有り得ない事だ。理由はノートパソコンに内蔵されている、バッテリーの消耗を少しでも抑えるためには、夜通しの運用は避けているからだ。いくら、低電力だといっても、そう言った油断が機械の寿命を早める。
そして、何より、電源が入っている以前に不可解なのは、俺がイラストを描く際に使用するソフトが《新規キャンバス》という題名でモニターに白紙の用紙を写し出していた。
「これって_____」
静かな部屋の中で表示された画面を見る。
________だったら、俺はその答えが答えだよ。
1月1日、何もかもの始まりの朝。俺が最初に抱いたのは誰かを思うという気持ちだった。いつだって、そこに君はいて俺は君を見ていた。これから先にどんな結末が待っているかは、今はまだ分からないけど、それでも君から教えてもらった事。君から受け継いだものは決して失くさない。
それが今の俺に出来る、唯一の行動原理なのだから。
モニターに映し出された、A4サイズの大きなキャンバスに黒い文字でたった2文字のアルファベットが記されていた________
________【L e】。
【終わり】




