episode 10
ざわざわと耳に届く街の男の声。噂話でもされているかの様な街の異変に俺は気恥ずかしさと逃げ出したい気持ちを必死に押し殺し、先導するイヴの後に続く。身を守るようにして両腕を軽く組み、キョロキョロと体の前身と平行して辺りを見渡す。それでも、消えない多数の視線は俺の羞恥心を遠慮なく抉り続け、赤く染まる頬をより一層赤くする。靡く髪を気にも留めず、ただただその場から消えたいと切に願う俺に対し、悠々《ゆうゆう》と街を歩く目の前の少女に何とも言えない嫉妬心が芽吹く。
「うぅっ・・・・やっぱりまだ早いんじゃないのかな・・・?イヴ・・・・・・・ちゃん」
途切れ途切れの声で問いかける。
「そんなことないですよ!」
「そうかなー・・・・・・」
「街の男の人たちの視線がその証拠です」
そう言われるともう何も言い返せなくなってしまう。なにせ、俺がそれを一番に分かっていたからだ。それでも、俺にはその事実が受け入れられず今もこうして、イヴの後ろに隠れる様にして歩いているのだ。
「ね、ねえ・・・イヴちゃん」
「何ですか?」
「その・・・・・・・そろそろ、宿に戻りませんか?俺・・・私、少し疲れてしまいましたので・・・」
「はぁ、そうですか・・・予定通り、服も揃えられましたし、今日はこれで帰りましょう」
「えっ____!いいんですか?」
「駄目って言ってあげましょうか?」
「そ、それは、やめてください・・・!」
「ふふっ、仕草的には申し分ないんですけどね」
嬉しそうに笑みを浮かべ小さく笑う少女に、ひきつった笑いをする自分。この行為はもちろんイヴの発言が起こさせた生理的現象であることに間違いはないのだが、それでも もう一つ理由があるとすればそれは自分自身が理解し分かってしまっていることにある。
「分かりました。それじゃあ今日は宿に戻りましょうか」
「え、ほんとっ!?いいの?」
「だからそう言ってるじゃないですか?何です、またさっきと同じことを私に言わせたいんですか?」
「いや・・・それはやめてほしいかな・・・・・・?」
所々で自身の優位性を権力に俺をもて遊ぶ少女に半分疲れ気味だった俺は脱力した体と心を休めるべく、出来るだけ波風が立たない発言を心掛けた。しかし、どれだけ自分が迷惑的現象の発生を避けても、それは自然とあたかも、必然の様に向こう側から現れた。
ドンッ____!
「いたっ____!」
右肩に強い反動を受け思わず後ろへと倒れる様によろめく体。何とか持ちこたえようと左足に力を込め地に足を押させつける。
「おっと、すまねぇな嬢ちゃん?でもよ、ぶつかってきたのはそっちだぜ?それによ、今ので腕の骨が折れたかもしれねぇんだ?だからよ、医者に診てもらう為に金が必要だよな?・・・・・・だよな!!」
聞こえてくるのは因縁を押し付けようとするガラの悪い男の声。怒声がうるさく、耳障りだ。
「あ、あの・・・でも、そんなに強くは____」
「うっせぇんだよっ____!ごちゃごちゃ言わず、金を置いてきゃいいんだよ!お前みたいな、黒髪はしょせん俺達の様な《色付き》には逆らえないんだからよ!」
グッ____!
強引に掴まれる手首。男の指の骨がギシッと縛り上げてくる。利き腕である右手を損傷しかねない力でそのまま路地裏へと引きづられる。
(こんなに力が出ないモノなのか・・・!?)
俺は心の奥で起こしてしまった失態へ深く反省していた。
「や・・・め・・・・・・!」
声が出ない。手首に伝わる痛みに目尻に涙が浮かぶ。細く伸ばされた腕に不釣り合いな男の手は今もなお、その不適切な行為を続けていた。
「抵抗も虚しいなっ____!しょせん、女は男の遊び道具にしか過ぎないんだよっ!」
屈辱を浴びせられる。それは、俺にとっては関係のない事かもしれない。けれど、男の発した言葉よりも男の目線が俺の怒りに触れた。
『____お前、死ぬ覚悟はできたか?」
闇が訪れる。
「あぁ?何だその口調は?俺に勝てるとでも思ってるのかよっ!」
「____いいえ、消し去るだけだ』
剣も力も無い、懐に忍ばせたナイフさえ持ち合わせてはいない。なのにどうして、こうも勝てる気がするのか____。
一瞬、深い闇に触れた気がした。これから何かしらの結末があることだけは理解できた。そして、それに全てを委ねようとした。
だが、俺の視界から見えない場所で一人の少女が行動を起こしていた。
「とおおおぉぉぉぉうううううりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ________!!」
威勢の良い声が語尾を伸ばしながら街中に響き渡る。
「な、なんだっ・・・!?____て、うあっ____!」
影が男を覆うと、次の瞬間、ゴンッ____!と鈍い音が耳に届く。
「さっ!今です!」
「えっ?」
「今は私に任せてください!この街の抜け道なら、意外と詳しいですから!!」
「あ、あぁ・・・なるほど」
あろうことか、イヴはどこからか持ってきていた木の角材を男の頭部へと振りかざし、その隙に俺の手を引いていた。タッタッタッ____!と煉瓦の道を踏み鳴らし追手の追跡を交わす。おぼつかない足取りで駆ける体は思うように動かず、咄嗟の切り返しに対応できない。
「あっ!____と」
躓きそうになるほんの手前で態勢を取り戻し、そのまま駆け続ける。
「このまま行きますよ・・・!宿にはもう少しで着きます!」
「イヴちゃん・・・大・・丈・・・・夫?」
「え?何がですか?」
「さっきの人、「俺達」って言ってなかった?」
「・・・・・・あ」
振り返ると同時にイヴは真っ直ぐ正面に向き直り____
「スピードを上げますよ!」
「ちょっ・・・!イヴちゃん・・・・・!?」
イヴは意を決し、地を蹴り直した。先程までの速度が嘘であると思わざるを得ない勢いで前を行く少女。俺は魅かれていた手がいつの間にか解けていることに気づくと同時に血の気が引く感覚に捕らわれる。
「これってやばいんじゃ・・・・・・」
「待ちやがれっ____!」
「俺達から逃げられると思うなよ!」
「よくも殴りやがったな!!ただじゃすまさねぇぞ!」
声から分かるのは追手が少なくとも三人はいることだ。そして、今、自分が置かれている状況が最悪だと言事だった。慣れない体に慣れない服装。何もかもが真新しい、自分を未だ完全に受け入れていない俺は数秒間の間、状況打破の策を練る。その間も追跡者との距離はジリジリと縮まり、いつしか数メートル先まで近づいて来ていた。
「____仕方ない、あれをやるしか」
嫌な記憶を思い出す。
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____だから俺は君の様に非情には生きられない。
____だから私はあんたの様に感情を持ちたくはない。
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ディセルと交わした言葉が脳裏をよぎる。誰かの命を救う為に使った魔法は結果的に二つの命を奪い去った。それも、たった一人の____独りよがりな正義感が起こした行動によって。だから、俺はこの魔法が嫌いだ____。
「《我地を駆けし疾風なり・我理を変革せし者なり・我時間を崩す者なり》」
疾風の如く、風を切る身体____。
乱れ切った髪____。
狭まる視界____。
飛躍的な加速を遂げた速度は街を駆けるには十分すぎる程だった。
「____相変わらず凄いスピードだな」
眼前に捉えた少女を逃さない様に伸ばした左手で彼女の右手を引く。いくら走りに自身があろうと魔法には到底かなわない。そして、その魔法を使えない男たちは用済みという事だ。
「きゃっ!____て、えぇぇぇーーーー!?」
「おいてくなんて酷い____」
抱きかかえた少女を一瞥し、眉一つ動かさず淡々とそう言った。
「それは・・・気づかなかったんだからいいじゃないですか・・・・。私だって一応・・・怖かったんですよ?」
「____本当?」
続けざまに問いかける。
「だーかーらー!本当ですよ!ほ・ん・と!・・・・それと、男の人たちに殴り掛かったのはこれが初めてなんですよ?・・・まぁ、木でですけど・・・・・・」
「そう?私には随分と手練れている様に見えたけど?」
慣れない口調で会話をする。
「もう何なんですかーーーー!そんなに疑わなくてもいいじゃないですか!あぁ、今日のキットはやり辛いです!・・・・・・何であんなことしちゃったんだろう・・・私」
溜め息交じりの表情で目を閉じたイヴは「お好きにどうぞ」と諦め半分な仕草でその後の身を俺に預けた。
「なら、少しぐらいは我慢して____」
ギアを一段入れ替える。超加速を起こしている体にさらに負荷をかける。体にかかる空気抵抗はより一層に圧力を増し、過ぎ去ってゆく景色の一コマ一コマが一瞬に思える程に____。無論、イヴにかかる負担も相当のモノなのだが・・・・・・。
「出来るかな?まぁ、やってみないと分からないか」
栞を取り出した。
「挟む場所は____《体感》」
口にした瞬間、栞はスウッと霧が晴れる様に霧散し、疾風に中に溶けた。
「これでいいの?」
目線を向けるとイヴは何事も無いようにそこに在った。どうやら、栞の効果は物以外にも効果が発揮されるらしい。だが、それも束の間だった。
「くっ____!栞の効果は対象者限定か・・・これなら、自分に使えばよかった・・・・・・。というか、もう追っては来ていないんだし、魔法を解いても大丈夫なはずなんだけど・・・」
そう言っている間にも宿までの距離は近くなり続け、魔法を解こうとしたその時には既に宿に着いていた。
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その後、宿に戻った俺は真っ先にイヴにあることを問い詰めた。
「ねぇ、イヴ?ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・・・いいかな?」
他の客の目など気にも留めず、詰め寄った壁越しに事の顛末を問いただす。口調が強制的に女の子っぽくなる事、力が思うように出せない事・・・などなど、その他にも言い出したら切りがない。
「あっ!ちょっと、お客さんに呼ばれてるんだった!それじゃ____」
ドンッ_!
「ひぃっ____!」
俺の横を過ぎようとする少女を背後の壁を強く叩くことで威嚇し、足止めをする。
「今はそうゆう事をしていい時じゃないと思うけど?」
「ご・・・ごめんなさいっ!」
「謝るんじゃなくて、私に何をしたのかを聞いてるんだけど?分かりやすく説明してもらえる?」
「は、はい・・・」
観念したのかイヴは肩を落とし、宿のカウンターの方へと歩き出した。その顔は悪戯をして怒られた時の子供の様にも、今にも泣き出しそうな様にも見えた。
軽く伸びをし手を伸ばした戸棚からイヴは僅か数10センチ程の小瓶を取り出し、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
「これは?」
俺が尋ねると少女はすぐには返答をせず、若干、目線をずらした。何かを言い出そうかと気まずそうにしているその様子が目に取れる。
「これはですね・・・その・・・薬といいますか・・・秘薬といいますか・・・・・・」
ボソボソと曖昧な回答を口にするイヴの発言。しかし、そんな発言にも共通して分かることがあった。それは《薬》というワードが二度も出てきた事だ。恐らく、イヴが手に持っている小瓶の中には本来、赤い液体で満たされていたのだろう。その証拠に小瓶の底には極少量の薄ピンク色の液が付着していた。
「イヴちゃんはそれを私に使ったんだ」
「はい・・・いえ!・・・・・・はい、そうです・・・」
「それで?その薬の効果は?」
「・・・・・・・霊薬です」
「霊薬・・・それってもしかして____」
嫌な予感しかしなかった。逆にこの状況で嫌な予感以外に何があるのだろうと考える自分がいた。
「____はい、【性転換の霊薬】です」
その瞬間、俺は稲妻に撃たれた様な衝撃を感覚で感じた。そんな物が本当にあるのかと考えるよりも先に俺はこれからの事を切に考えていた。イヴの言っていることが確かだという根拠は確認をすれば済むことなのだが、そんなことはもう____必要ない。何故なら、俺が一番、起こっている異変に敏感になっているからだ。
「________」
言葉が出なかった。
「本当にすみませんでした。ここ数日間、キットに頼まれたことをしていくうちに無理だって思ってしまって・・・・でも、霊薬の効果は数日すれば無くなりますし・・・」
キッ____!と睨んだ俺の顔を見てイヴは黙り込みその場に頭を落とした。反省していることは伝わってくるのだが、それでもどこかでイヴを許せない自分がいた。
「____もういい。今日は部屋に戻るから、後で何か飲み物を持ってきて」
言い残す形で階段を上る俺は背後に感じた視線に後ろ髪を引かれ、ゆっくりと振り返る。するとそこには先ほどと変わらないままのイヴの姿があり、心配そうな瞳で俺を見つめていた。手を差し伸べようとしたのか途中まで伸ばした右手を左手が添える様にして置かれていた。
「____勝手に薬を飲ませたのは許せないけど、イヴが私の為にした事ってことは分かったから。____一応、ありがとう」
流石にあのままのイヴを店に立たせるのは不味いと思い、かけた言葉は予想以上に少女の心に光を差し、数秒前まで暗い影を落としていた顔は嘘のように晴れ、いつものイヴへと戻りつつあった。
「う・・・うぅ、キット!そうですよね!霊薬はやっぱり必要ですよね?だって、キット あのままだったら、全然、女の子っぽくなかったですもん。・・・あ、性格と喋り方だけですからね?・・・ね?容姿は申し分ないほどでしたから________あ」
不要な発言は発言した後に気づくものだ。
「____やっぱり、許さない」
「ああああぁぁぁぁ!ごめんなさい、ごめんなさい!!」
涙目で必死に謝り許しをこう少女を尻目に一段一段、一歩一歩、階段を踏み進める。決して振り返ることせずに____。その後のイヴがどうなったかは想像に任せるとして(同じ宿屋にいる以上、嫌でも顔を合わせるのだが)、俺は自室の扉を開けた。
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時間の流れは瞬き程、明るく照りつけていた太陽はその光を落とし、夜の顔へと全てを委ねる。身を包む服は着慣れないなりにも今の身体には当たり前の様に合い、再度、霊薬の効果が本物であることを実感させられる。鏡に映るのは身に覚えのない黒髪の少女。長く顔にかかった前髪と胸元に沿う様に垂れたそれらは月光の青さに染められ黒色から群青色へと、今の俺の気持ちの様に静かに揺蕩っていた。
「まさかとは思うけど____ 流石に下着までは________」
シャツのボタンを一つ、また一つと外してゆく。それは、単純な脱衣の動作に過ぎなかったけれど今の自分を見て、それをやめようとする自分がいた。布一枚隔てたその先に感じるのは妙な胸の縛り。今までに感じたことの無い拘束の様な違和感。そして、最後のボタンを外し、同時に履いていたスカートを下げた。真実を受け入れるなら、一気にという覚悟が俺にそうさせていた。
「____嘘でしょ・・・?」
姿見に映るのは色白の肌に黒の下着を身に纏った黒髪の美少女。頬が赤く染まるのと同時に体に火照る感覚が伝わる。
「____」
言葉が出なかった。と言うよりは、これからどうしたらいいのか?どうするべきか?と焦り交じりに考え始めていた。
「と、取り合えずっ____」
トントンッ____。
「きゃっ____」
不意に聞こえた扉のノックオン。鍵を閉め忘れていることに気づいた俺は急いで扉に近づこうと駆け出す。
(____イヴ?でも、こんな時間に来るわけもないし・・・誰?それより、早く鍵を閉めないと!)
「____キットいるか?俺だ」
聞き覚えのある声がした。
(____ラクト!?何で、どうして?と言うか、こんな姿見られるわけには____!!)
扉が開くのが先か鍵をかけるのが先か、紙一重の攻防が突如として幕を開ける。
ガチャッ____!
瞬間的な行動で言えば俺の方が早かった。しかし、力が思うように出せず力と言う勝負で負けてしまった。そして____。
(やばい。とにかく隠れないと、今のこの恰好を見られるわけには____!?)
そう、今の格好と言うのは一人の少女が下着のみで部屋にいるという、ベタなラブコメ的展開を体現させたかの様な恰好の事だ。右へ左へ、隠れる場所を探している間にも訪問者の足取りは室内へと迫っていた。
「覚悟は変わらない。俺は確実にあの二人を殺す。そう、ラクトイレミアの名に懸けて。だから、最後に敵になるかもしれないお前に挨拶を________」
無理だった____。
隠れる場所も隠れる時間も無かった。
無慈悲な展開に結末を後悔する。
月夜が照らした月光が射す、室内にレースのカーテンを背景に立ち尽くす、下着姿の少女。そして、見開いた目で驚きを隠せていない一人の狙撃手。この異様な光景が永遠にも感じられる。
(____あ、終わった)
そして、次の瞬間________
________きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ____!!
________え、えぇ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ____!?
二つの叫び声が静かな夜を台無しにした。




