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Last Rotor - Resurrected as Kit -  作者: キット
Twilight Lady
91/100

episode 9

 「はいっ____!それでは皆さん、各自持ち場についてください。今日も一日、お嬢様の為に丁寧かつ迅速な仕事を心掛ける様にしてください」


 両手に着けた白い手袋越しに叩いた手の平から曇った音がする。


 「分かったよ・・・まったく、お前はいつもそうやって仕切るよな?」

 「仕方ないですよ、ミスティさんはここの、執事長 何ですから」

 「そうですよー、それにミスティさんが来てからというもの、あのワガマ・・・・・・あのお嬢様も随分と変わられましたし」


 執事長_ミスティの態度に反発する一人の男に対し、その場にいた残り二人の男女には好意的な印象を与えていた。当主が目覚める時間よりも早く、正装を身にまとい四人の使用人は朝の朝礼を交わす。窓硝子から吹き抜ける、風と微かに芽吹き始める朝の光がミスティの瞳に映る。


 「おやおや、今日は何と良い天気なのでしょうか。これなら、シーツも早く乾きそうだ」


 右に傾け、窓の外をゆっくりと閉じた瞳のまま向き直り、開ける。顔にかかる髪を払う様に仕事へと意識を向け直し、廊下の端まで少しの、ほつれも無くかれた赤い重厚なカーペットを踏んだ________。


 _____________________________________


 ほこりが被った、金属製の鎧に人差し指がなぞる。灰色の粉が指紋を覆い隠す。


 「うわぁ・・・これ、いつから使ってなかったんだ?と言うか、このご時世に甲冑かっちゅう何て、無駄に重いだけだぞ・・・」


 参ったなと溜め息交じりの弱音を吐きながら、一人の使用人は明かりにさえぎられ、光がほとんど入らない部屋で茶色い髪をかいていた。


 「槍や剣は需要あると思うんだけどな・・・!って、俺が使う日が来るとは到底思えないがな・・・・・・そうだ、なら、今使っちまうか!?」


 ガシャンッ____!ドサッ____!


 耳を突く衝撃音が地下の武器庫に響き渡り、それに加え閉じた扉がそれを木霊こだまさせる。


 「すげぇな____!やっぱり、本物は手に持った時の質感、それに重さも、そこいらの安物とは段違いだ。もし、壊したりなんかしたら_________」

 「________死ぬまで働くことになるでしょうね」


 いつからそこにいたのか、扉が開く音も一切聞こえなかった状況下でのミスティの登場に威勢よく声を張っていた男の手が止まる。


 「全く・・・あなたと言う人は何度、屋敷の備品を壊しかけたら気が済むのですか、イヴェルさん?」


 はぁっと、疲れ気味な息を漏らし、ミスティは手に持っていた、はたきを左手の平に、トンッと軽く叩く。


 「これでは余計な仕事が増えるだけです。イヴェル、あなたはシェルの手伝いをしてきてください。ここは私がやりますので」

 「お、おぅ・・・!わかった、庭の掃除と花の手入れだよな!それなら、俺にだって、出来るぜ!」


 怒られるかと思っていた、イヴェルはミスティの予想外の行動と他の仕事を頼んでくれたことに少しばかり、期待されているのだと感じ、より一層、力強く返答する。


 (・・・分かりやすい人ですね。私はただ、これ以上屋敷内を破壊されたら困るから、あなたを外に出したのですが、まぁ、最悪、外ならどうにでもなりますし)


 「行きましたね。それでは_____」


 扉の閉じる音を確認したミスティは、はたきと共に持ってきておいたエプロンを身に纏う。見た目は料理用の物とは違い、腰のあたりから膝丈ほどの長さをした物を着ていた。動きやすく、無駄がないその作りは、食堂・書庫・客室と、どのような場面でも違和感なく着こなせる執事御用達の一品に過ぎなかった。


 「まずは、埃の一掃と致しましょう_____」


 戦場の中で鮮血を散らせながら、死体の丘を舞い踊る。身を置く場所さえ違っていれば、そんな存在になっていたと思わざるを得ない程に仕事に対する手際は良く、ものの数分で廃墟同然だった地下の武器庫は軍事国家の設備並みに整えられていた。


 「終わりましたね。さて、次はあの方の所にでも行きましょうか」


 呼吸は乱れず、整った容姿は美しいままに漆黒の執事は手袋を着けなおす。


 _____________________________________


 トントントントントントントントンッ________!


 ガサゴソガサゴソガサゴソガサゴソッ________!


 「うっ・・・うわぁ・・・・・・!!どうして、こうなるの!?」


 ガッシャーン____!!・・・・・・カラン・・・コロン・・・・・・。


 真っ白な闇が室内を覆う。モクモクと煙が経った、その中で一人のメイドが慌てふためき・・・右往左往。

 どこを見ようと視界に入るのは、自身が起こしたミスによる残骸と、その結果が起こした末路。


 「は、早くどうにかしないと・・・!そ、そうだ!?水、水で一気に洗い流せば、こんなモノ一気に!そうと決まれば、ホースを_____」


 閃いたと同時に平常心を取り戻し、立ち上がったメイドは白く染めた衣服と顔、そして髪を気にせず、ホースを探しに駆け出そうとする。

 しかし、それを一人の執事に制止される。


 「そんな事をすれば、掃除の仕事が倍になるだけですよ、ディゼ?」


 ディゼというメイドの前に立ちふさがるように現れ、的確な事実を告げる。


 「でも、そうでもしないと・・・」

 「水で洗い流す。それはあながち間違ってはいません。ですが、あなたに任せるときっと・・・・・・」


 ミスティはディゼの顔を一瞥いちべつし、キョトンとした彼女を見ると同時に、物凄く迷惑そうな顔をして見せた。そして、追い打ちをかける様に軽く溜め息を吐くと、ミスティは目をつむった。


 (もちろん、これは演技であって本当の事ではありませんよ?ですが____)


 「そ、そんなに信用無いですか、私!?これでも、一人のメイドですよ!」


 強気に出たメイドを執事は受け流す。


 「だったら、この場を一人でどうにかできるという事ですね?」


 決定打を撃つ。


 「うっ・・・それは、その・・・・・・一人より二人でやった方が仕事も速いかな?・・・なんて」

 「はぁ・・・分かりました。手伝います。それに、あなたには本来、掃除ではなくお嬢様のお食事の準備をお願いいしていたはずですよね?」

 「だから、それをしていて・・・・・・・」


 チラッと後方を確認し、ミスティの方へと向き直るディゼ。その表情は悪さをして、叱られる前の子供の様な顔をしていた。と言っても、彼女は隠すどころか、さらに被害を拡大しようとしていたことは目に見えている。


 「まずは_____分かりますね?」

 「はっ____はい!」


 その後、ミスティの助力もあり、食堂は新設と見間違える程に片付き、粉まみれになっていた食器類も指にグリップがかかるまでに綺麗に現れていた。


 「見渡す限りは綺麗になりましたね」


 一息つきディゼはそう言った。


 「見渡す限りではありませんよ?私は全てをやりましたよ」

 「えっ?」

 「さっ、時間はさほどありません。急いで食事の準備に取り掛かりましょう」

 

 漆黒の執事は、そんなメイドの疑問を取り払う様に次の仕事へと、意識を向ける。襟元を直し、一歩前へと足を踏み出すその執事は食器棚にあった包丁にを手に取り、ディゼに仕事をうながす。


 「ディゼ、まずは食料庫から鶏肉と野菜類を持ってきてください」

 「分かりました!」

 「後・・・」

 「まだ何か?」

 「つまずかないように」


 ミスティは気遣いと言うよりも、これ以上の被害及び自分への仕事の追加を避ける為に念押しの意味での発言だったのだが、どうやらメイドには別の意味でその声が届いたらしく____。


 「_____はい」


 ポッと赤くなる頬を両手で隠し、不十分な視界のまま、ディゼは食堂を後にした。


 数分後____


 「ミスティさん、持ってきましたよ!野菜は今朝、市場から直送された新鮮な物でとても綺麗です」


 バケットに詰め込まれた色彩豊かな野菜たち。その中でも一際目を引く、赤いトマトは朝露を添わせながらつやのある光沢を生み出していた。


 「いいですね。これならあの、《野菜嫌い》なお嬢様も少しは口を付けてもらえるかもしれませんね」

 「そうですね。お嬢様には、好き嫌いを直してもらわないと、ですね!」

 「初めて意見が合いましたね」

 「えっ?あ、そうですね_____」


 シャキッ____!


 刃を入れた野菜がかもし出す特有の音色。それを奏でる奏者は狂うことなく、タクトを振るう。見る者にそう思わせてしまう程の手つきと手早さで取れたての新鮮を仕上げてゆく。細く白い指先に迫っては離れる、鋭利な刃先は紙一重でそれと交わることはなく、上下左右へと刻まれてゆく。


 「ディゼ、あなたには肉類の調理をお願いしたいのですが、頼めますか?」


 手は止めず、口だけを動かす漆黒。


 「え、えーと・・・切ればいいんですよね?」

 「当たり前です」

 「・・・・・・分かりました。出来るだけやってみます」


 メイドは手に取った刃渡り20cm程の包丁を片手に、まな板に置いた鶏肉を見つめていた。


 (やれやれ・・・あなたは、未だに包丁を持つのが怖いというのですか。案の定、手元が震えています。それで肉を切れば、折角せっかくの繊維が崩れてしまいますね_____)


 さらに加速を増す手はいつしか、全ての食材を切り伏せていた。


 (何とか、間に合いましたね。ディゼが刃を入れる前に_____)


 「私ならできる 私ならできる 私ならできる 私なら________」


 刹那、閃光にして静寂。恐怖にして緩和。

 舞踏会に一人、相手を見つけられず取り残された淑女(レディ)の手を引く様にディゼの手元から包丁は取られ、気づけばディゼ自信もその場から離れた位置に移動させられていた。


 「離れていてください。ここは私が引き受けます。ディゼ、あなたの指がお嬢様へお出しする料理の具材になっては困りますので」

 「でも、私_____」

 「あなたはそのまま、そこで大人しくしておいてください」


 淡々と言い聞かせるように_____。


 しつける様に____。


 「_____いきますよ」


 数秒後____


 「終わりましたよ」


 一瞬の出来事と言わざるをえない速度(スピード)で刃先を遊ばせた執事は「これが当たり前です」と言わんばかりに、後ろで静かにその様を見ていたメイドに均等に切り分けられた肉と共に、いつもの顔を向けた。


 「あの・・私・・・何もできなくて・・・・・・・そ、そうだ!これ全部、こっちのテーブルに運びますね。それじゃあ____」


 駆け出した。


 いや、少しでも役に立とうと・・・もっと言えば、不甲斐ない自分に抗う為に_____。

 しかし、ディゼはあることを忘れていた。


 ____それは忠告。食材を取りに行く際にミスティから言われた些細な気遣い。けれど、ディゼという一人の少女(メイド)に限ってはそうではなかったのだ。


 「だから私は先程、()()()()()()()と____!」


 咄嗟の判断で危機を感じ取ったミスティはディゼが駆け出す一秒前に既に動いていた。キュッ!と床をする音と共にきびすを返し、そのままメイドの前へと滑り込む。そして、一秒が経過し、大惨事が起こり始める。盛り付けていた野菜の数々、鮮度を損なわないように暗所で寝かされていた食材が宙を舞う。もちろん、この惨事を起こした当の本人も後ろに倒れ始め_____


 ________メイドはメイドらしく、頼まれた事だけをすればいいんです。


 後頭部に強い衝撃が走るのを恐れ強くつむったまぶたは、すぐには開かず、執事の呼びかけでようやく開く。


 「一体・・・どうなって・・・・てっ!?え、え、えっ________!」


 背中に感じる力強くて優しい感触。左の脇腹に軽く食い込む様に関節を曲げた指先。そして、斜め上の視界に映る、美しい容姿の紳士。それは紛れもなく、執事長のミスティだった。 


 「あなたを守ったせいで折角の食材が台無しです。ここは私に任せて、まずはその汚れた衣服を着替えて来てください」


 怒りもせず、ただ、身なりの清潔さを優先する、その意向は紛れもなく執事そのものの考えであり、一人の雇人として、当たり前の考えだった。


 「・・・はい」


 すっかり大人しくなったメイドのディゼは反省を顔に出し、落ち込みを隠しきれていなかった。


 (参りましたね・・・・・・お嬢様の前でその様な態度を取られては、執事長として召使をしつける身の私の品が疑われてしまいます。・・・これだけはしたくないのですが、仕方ありません)


 包み込む様にディゼを支えていた、左腕に力を入れ、クイッ!と自身の体に近づける。突然の出来事に声が出ない、ディゼを、今から何をされるのか分からない恐怖と言葉にならない胸の高鳴りが支配していた。


 「あ、あの・・・ミスティさん・・・・・・?何を____」


 二回ほど瞬きをし、視線の先のうるわ《麗し》に心を捕らわれる。


 そして____


 サッ____。


 「屋敷で働くメイドである以前にあなたは女性です。これぐらいの事は、させて頂きますよ」


 ディゼを支える左手とは反対に、伸ばされた右腕が彼女の顔に届く。影を落とす顔にミスティは躊躇ためらい無く触れ、顔にかかった紺色を払い分ける。


 「・・・今のは?」

 

 驚きと緊張が入り混じった空気の中でディゼは言葉を発する。


 「それでは後はお任せします。いいですか、ディゼ?もし次、同じようなことがあれば私の権限であなたをこの屋敷から排除しますよ____」


 不敵に笑った執事は遊び半分、真面目半分といった所で食堂を後にする。その様子を、うつろながら覚えていたディゼはミスティの事を後に悪魔の様だと語ったとか_____。いないとか____。


 _____________________________________


 緑色で広大な庭に朝陽が照り付け、自然に生える植物たちに一段とり方を強めさせる。その中でも屋敷の外れにある、大きな庭園には色彩豊かな花々が植えられ、赤・黄・青・ピンクとその他にも個性のある色味を出す、花弁が咲き誇っていた。


 「シャッキーーーーン____!今日も綺麗に咲いていてくれて嬉しいな。僕も剪定せんていのしがいがあるよ」


 剪定せんていバサミを片手に目を輝かせながら、水やりと葉を切っている一人の青年。庭園に限っては保護色と思える程に緑色をした髪が木々のザワつきと共に揺れる。


 「さて、次は水やりをしないとですね」


 いつもの様に決まった動作で道具を置き、次の道具へと手を伸ばす。アンティーク調の鉄製のじょうろには、ひたひたと水がめられており、持ち手からの振動で水面に波紋が出来る。


 「おーい、シェル!そっちの手伝いに来たぜ。何かやることはねぇか?」


 腕を振り遠くから聞こえた声に視線を向けるシェル。じょうろに手が伸びた低姿勢で振り向いた、そこにはイヴェルの姿があった。


 「イヴェル、どうしたんですか?武器庫の掃除はもう終わったんですか?」

 「い、いやぁ・・・その、ミスティが・・・・・・な?」

 「・・・・なるほど」

 「だから、何か手伝えることはって聞いたんだ」

 「そうですね。もう少し、早く来てくれていれば木の枝を切ってもらおうと思ったんですが、全部やってしまいましたし・・・・・・。あっ!・・・やっぱり、いいです」


 口を開け何かを思い出した仕草を見せた、シェルは次の瞬間、何事も無かったと、装うように近辺の花々に水をやり始めた。

 だが、その一瞬の変化をイヴェルは当然、見過ごす訳もなく、黙々と仕事を続けるシェルに問い詰める。


 「何か今、言いかけなかったか?言いかけたよな?」

 「いえ、何も_____」

 「そうか____なら、これでどうだ!」

 「え、あっ_____!イヴェルッ!」


 目線の先にはシェルの愛用する剪定バサミを今にも振りかぶりそうになっている、イヴェルの姿があった。いたずらっ子ぽく、ニヤッと笑ったその顔に苛立ちを感じずにはいられなかったシェルは怒声を交え、名を呼ぶ。


 「いっくぜーーーー!」


 スナップを効かせて投げられた、それは風を切りながら一切の軌道修正を行わず一直線上に放たれる。


 「そんなことしたら!」

 「大丈夫。安心しろよ。ほら」


 軌道が向かう先には壁の様に分厚い皮が覆う巨木があり、イヴェルはそこにハサミをダーツと模して投げていたのだ。


 「でも、もし人に当たったら_____」



 ________死にますね。



 イヴェルとシェルの緊迫した会話に割って入った、涼しい口調。だが、その冷静沈着な態度とは裏腹に二人の視界に映ったのは到底、現実とは思えない光景だった。


 「ミス・・ティ・・・・・・お前・・・・・・・」

 「ミスティさん・・・・」


 巨木の前に、「どうしました?」と語り掛ける目で立つ執事。そして、右手を顔の高さにまで上げ、揃えた人差し指と中指を空に向けていた。カラスがどこにでもいる様に、ミスティは何時いついかなる瞬間ときでも、その場に現れる。

 今もそうだった。


 「この大樹は屋敷が建てられた事を機に植えられたものです。なので、傷一つでも付ければ取り返しのつかないことになるので、以後気を付ける様にお願いしますね?」


 薄い笑みを浮かべ首を少し傾け、ミスティはそう言った。

 普段なら、こんな小言を言われてもイヴェルはりずに、言い訳を言う所なのだが今は誰も返答をする事は出来ずにいた。


 そう、執事の指先に挟まれた、剪定バサミを見た今は________。


 _____________________________________


 朝に仕事も終わり、後は昼を待つだけになった使用人たちは各自、部屋に戻りしばしの休憩を取っていた。屋敷の大きさも相まって、雇人に割り当てられる部屋は広さも格段に違っていた。


 「いつもの光景なんだがな・・・ミスティ・・・・・・あいつは一体なんなんだよ」


 イヴェルは牙を抜かれた獅子の如く、脱力した体を椅子に預け深く座っていた。


 「剪定バサミが無事でよかったけど・・・・さっきのは驚いたな。ミスティさんってもしかして、元軍人さんなのかなー?って、それはないか、ははは」


 シェルはミスティの事よりも、自身の愛用する道具を守ってくれた事への俺にの気持ちの方が高く、机に並べた、様々なガーデニング用品を手入れしていた。


 「____ミスティさん。私は・・・私は・・・・・・」


 ディゼは未だに収まりきらない胸の鼓動を抱えたまま、自室に戻り、ほんのりと赤く染めた頬に両手を添えていた。そして、前髪に触れ、少し微笑んでいた。


 _____________________________________


 コツコツコツ____と足早に廊下を歩く音がする。規則的に一定の速度とリズムがカーペットを踏み鳴らす。焦りや緊張、そんなものは一切なく、ただ、じっと標的を捕らえる為に進行を進める。

 そして、標的の駆け出しと共に駆け出す。


 「____丁寧かつ迅速に」


 風を切った。視界の横を窓硝子と花瓶、それに吹き付けた風にさらわれるカーテンのレースが映る。前姿勢になり、空気抵抗を極限までに減らした状態での加速は急速に大きくなり、標的との距離を一気に縮める。


 バサッ________!


 「きゃっ____!」


 突然、目の前に現れた漆黒の翼に足を止められ、叫び声を上げる少女。


 「____チェックメイトです」


 ニヤッとあざ笑う執事はこの状態で勝利を確信する。行く手をはばみ、後方に逃げる余裕などない。それが、ミスティに余裕を与えてしまっていた。


 しかし____


 「そう簡単には捕まらない!」


 振り返る一歩手前、90度の所で足を踏み込んだ少女は目線の先にあった、扉へと飛び込む様に駆け込んだ。


 「なっ____!?」


これには流石さすがのミスティも驚き、細長の瞳を大きく見開いていた。


 「悔しかったらこの扉を壊して、私を捕まえたら?でも、ミスティにそれは出来ないわよね?だって、あれほど召使達に「物を壊すな」とか「丁寧に」とか言ってるんだから」


 漆黒の執事は、もて遊ばれていることを理解したうえで次の判断を下す。


 「では、お嬢様。あなたが入られたその部屋を見ても、同じことが言えますか?」

 「なに?この部屋に何か仕掛けでもしたの?」

 「いいえ。()は何も____」


 何もしてないからこそ、何かがある。そう察した、少女は「はっ____」っと息を呑み、部屋を見渡した。するとそこには眼鏡を掛け、淡々と書類を整理している、金髪の女性の姿があった。後ろで束ねた髪は繊細な黄金色を放ち、手先から指先までの曲線は《美》そのものだった。

 不意に少女は、その女性と目が合い苦笑いを浮かべる。


 「ここ、サリアの部屋だったはね・・・・・・」


 先に口を開いたのは「しまった・・・」と表情に出てしまっている少女の方で、金髪の女性_サリアは、口を開かず「何かありましたか?」という顔で見続けていた。


 「はい、そうですが。お嬢様、私に何か御用字でしょうか?申し訳ありませんが私はあいにく、事務処理が忙しく手が離せない状況なのです・・・・・・ですから、何か御用でしたら、ミスティさん辺りを探されてみてはいかがでしょうか?」


 サリアの言葉を聞いて、少女は観念したのか肩を落とした。


 「で、でも・・・!私ここに居たい!だって、サリアともっとお話ししたい!」


 最後の悪足掻きといった所だろうか?少女は切羽詰まった口調でサリアに訴えかける。しかし、その意図を組んだ、サリアは席を立ち、優しくほ微笑んで少女の肩に両手を置き、しっかりと動かないようにして。クルっと扉の方へと向き直らせた。


 「えっ____!ちょっ____サリア!?何を________!!」


 慌てふためく少女を気にもせず、サリアは扉へと摩擦に対抗する様に力強く背中を押す。


 ガチャッ____ギィ____。


 開かれた扉の前には先ほどの執事が立っており少女は血の気の引いた顔で顔を上へと向ける。身長差がある彼女にとって、それだけでも恐怖心をあおられるモノだった。


 「お嬢様、ご覚悟を____」


 深い深い闇が少女を取り巻く。涙目のままで一言も喋らなくなった少女にミスティは肩をトンッと叩き意識を戻す。

 

 「ミス・・ティ・・・?ミスティ・・・・・・・ミスティ!!何してくれるのよ!いくら何でも、さっきのは当主に対する恐喝行為だわ!それに、私に着やすく触らないで_____!」


 威嚇いかくする子猫をもろともせず、執事は少女の襟元の後ろを掴む。


 「ちょっと、これじゃまるで子猫じゃない!」

 「ですから、その様にしているのですよ_____」

 「きっ____!」


 鋭い目つきがミスティを睨む。神々しく燃えたぎる金色の瞳が闘志をあらわに輝く。だが、そんな攻撃的な意思には目もくれず、落ち着いた口調で話を続ける。


 「もとはと言えば、お嬢様がいけないのですよ?朝の勉強を抜け出し、街に出ようなどと考えるからこのような事態を招いたのです。()()()()()()の当主たるもの、何事も完璧であって頂かなくては____。さ、お部屋に戻りますよ。お嬢様には、やっていただかなくてはいけないことが、まだ、たくさんあるのですから」


 廊下を引きずるように執事は少女を強制的に部屋に連れ戻す。駄々をこねる、足元はバタバタと床に連続して叩きつけられ、「やだ!嫌だ!」と言う、年頃の少女らしい声が響き渡る。こういった事は、ほぼ毎日、日課の様に行われ、使用人の中でも日常茶飯事と化していた。


 「ね、ねぇ!ミスティ?」

 「何でしょう?」

 「あなた、自分の立場を分かった上で私にこんなことをするの?」

 「と、言いますと?」

 「私を引きずり回して、部屋に無理やり戻そうとしていることよ!!」

 「あぁ、なるほど。お嬢様は子ども扱いされるのが嫌だという事ですね?それなら、そうと仰って頂ければよいのに。分かりました。それでは____」

 「____?」


 次の瞬間、体が軽くなった。フワッと足枷あしかせが取れたかのように軽くなった。


 ドンッ____!


 しかし、その感覚はすぐに消え去り次に感じたのは体に響く鈍い痛みだった。


 「いっ・・・た____」

 

 廊下に尻もちをつき、何事かを考えていると、ミスティが呼び掛ける。


 「大丈夫ですか?お嬢様」


 事の発端ほったんを引き起こした原因が何食わぬ顔で尋ねる。それは、明らかに、わざとで声色からも分かる。


 「・・・・・・ミスティ。・・・・・・・・・許さない・・・・許さない!このカラスっ____!」


 精一杯の声量で放たれる怒号は、甲高く、よく通り屋敷中に届いた。


 「おやおや、どうやら怒らせてしまったようですね?執事たるもの、当主を怒らせてしまっては執事失格ですね・・・。ですが、お嬢様、先程の《烏》と言うのは少々、驚きましたよ?」

 「な、何がよ・・・・・・まだ私を怒らせるつもり」

 「いいえ。ただ、的確な比喩ひゆ表現だなと思っただけです」

 「別にそんなんじゃ・・・・・・ない。それより、今はまだ、子供扱いで言い」


 目を逸らし、そう言った少女を執事は愛らしい瞳で見つめ。「しょうがないですね」と笑みを浮かべ、当主の傍でひざまづき、手を差し出した。背中と太ももの辺りに回した腕は華奢きゃしゃな体を包み込み、サッと立ち上がる。


 「そこまで、しろなんて言ってない____」


 赤くなる頬を隠そうともせず、ポツリと呟く。


 「お部屋まで、少しの辛抱を____」


 普段通りで会話をする。

 道中、少女は気品のある面持ちで自身を運ぶ執事を見ると、口を開いた。


 「一応確認だから、【あななたは私に逆らえない】。そして、【絶対服従】____これだけは、忘れないで」

 「はい、承知しております。私はあなたの手となり足となり、【命】となると____。ですが、私からも一つ、私がお嬢様に対して、教養・作法・公的態度(マナー)などのほどこしをする際は、【必然的誓約(ギアス)】により、その二つは無効となりますことを、お忘れなく」


 対を成す、髪色の二人は普段の生活態度が嘘であるかの様に冷たく、冷静で酷く静かだった。


 _____________________________________


 夜の静けさが青白く廊下に月光を誘い込む。一日の仕事は終わり、屋敷の使用人たちも各々の部屋に帰り、寝静まった時間帯。ザワめく木々が葉をこすれさせ、騒がしくもむなしい、心の隙間に入り込む。吸い込んだ息が肺を冷却し、鳩尾みぞおちを冷ましてゆく。

 青黒く静まり返る、廊下を烏は片手に持つ、火の灯ったロウソク台と共に見回りをしていた。


 鳥の冴え釣りも、温かみのある声も聞こえない夜を________。


 「こんな時間にまで、あなたは執務を全うするんですね」


 背後で聞こえた、聞き覚えのある女性の誘惑めいた声。


 「あなたこそ、こんな時間に私に何か用ですか____ケリスさん」

 

 振り返らずとも気配で分かるその人物にミスティは警戒心を強め返答をする。


 「あら、怖い。そんなに警戒しなくても良いのに」

 「別に私は警戒などしていませんよ」

 「あの三人はあなたの言葉一つで行動を制限できる。そして、当主の金髪には完全ではないけど、制御を掛けることが出来る。でも、あなたが最も警戒しないといけないのは【私】でしょ?」

 「____何が言いたい?」

 「だって、そうでしょ?あなたは私と()()。つまりはお互いに拒否することも歯向かう事も自由。なら、私が何をしてもあなたは、何も言えないし、何も出来ない。まぁ、それは私にも言えた事だけど」

 「言いたいことはそれだけですか?」


 再び歩みを再開する執事に背後の誘惑は甘く、あざとい誘いをかける。



 ________今夜は私の身体からだ あなたに預けても、いいのよ。



 震撼しんかんする空気に凍てついた床。芽吹いた可能性に拒絶はないと、確信するケリスに対してミスティは持っていたロウソクの火を消すと、月の光が放射状に廊下を照らす場所に立ち、右手で左手の白い手袋を下にはめ直し____



 ________いえ、結構です。あなたで私の手袋を汚したくはないので____。




 狂おしいほどになびいた髪を挑発的に【執事長_ミスティ=ディエルアル=イロ】は不敵に微笑んだ。

 

 

 

 


 


 


 

 

 

 

 

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