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Last Rotor - Resurrected as Kit -  作者: キット
Twilight Lady
90/100

episode 8

 シーンとした部屋には、混乱した宿主と切羽詰まった面持ちの客の二人きりだった。


 先程まで一時的な騒動があったことは言うまでもない・・・・・・。そして、今に至る_____。


 「あ、あの・・・キット。さっきの事はどういう意味で・・・・・・?」


 震える声で俺に問いかける少女は腰かけた椅子に委縮いしゅくしそう言い放つ。つつましく両膝の上に交差する形で置かれた手は彼女の緊張が解けていないことを意味していた。


 「いきなり、あんなことを言ったら誰でも驚くよな・・・・・・ごめん。・・・でも、俺が言った事が全てだよ」


 順序を間違えたことに謝りながらも、俺は目的への決意を諦めてはいなかった。


 「いえ・・・・・・私の方こそ、いくら動揺したからって、こんな時間に悲鳴を上げる私も私ですし・・・。明日、改めて謝らなきゃ・・・・・・」

 (本当はもっと、()()事を考えてたなんて、口が裂けても言えないなぁ・・・・・・)


 手に持ったペンを指先で遊ばせながら俺は少し後ろで反省気味の少女を再度見た。灯りの消えた部屋に、しんみりとした時間。前に戻した視界に映る、液タブの光だけがかすかに頬の辺りを照らし出す。カチャカチャと音を立てて、タイピングされるキーボードが今の情景を文字として表す。


 「そう言えば、キットはここに来た時から、それを使っていましたよね?聞いて良いのかわかりませんが、それは一体何ですか?」


 聞かれて当然の言葉が俺の耳に届く。


 「____簡単に言うと、これは絵をより鮮明に描くための道具ってところかな?液晶ペンタブレット、通称_液タブって言うんだけど・・・分かるかな?」

 「エキ・・タブ?聞いたことない名前ですね?でも、絵を描くってところは理解しました」


 イヴの覚束(おぼつか)ない、単語の発音に俺は懐かしさを覚えると共に、どこかに罪悪感を感じえていた。どうやら、その時の感情が顔に出ていたらしく、イヴは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


 「うわっ!イ・・・イヴッ!?ど、どうかした?ち、近い・・・・・・・」

 「寂しい顔をしていたのでつい・・・すみません。キットの顔が曇ったのを感じてしまったので・・・・・・」

 「____やっぱりそうか。以前、君と同じような言い方をした人がいてね。ただ、それだけなのに____」


 後ろめたさと、過ぎ去った事への思いが優しく、そして冷たく俺をさらう。変わらぬ日々はいつも、そこにり続け、ただそれだけで____。


 「いいんですよ。悲しい時には悲しい顔を、嬉しい時には嬉しい顔を____。そうやって、時には感情に身を任せてみることも私は大事だと思いますよ」


 彼女の言葉はとても自然で、何一つ偽ってはいなかった。だからこそ、俺の考えを全否定された気持ちになってしまう。これまでの行動の意味とそれにともなった結果と結末。それらを俺は無かったことにはできない。分かり切った事を改めて、思い知らされた様な気分が心をシルクの様に包み始める。その優しい肌触りと、見たくないモノから目を背けることを促す、感覚に俺はあらがいの《意》で口を開く。


 「それでも________それでも俺は過去を変えたい」


 初めて本心を口に出した気がした。今までの《全部》が嘘であるかのごとく、言い切ったその言葉は美しいほどに透き通り、瞳の中に真意を宿らせていた。


 「分かりました。でしたら、私にもあなたの過去を変える手伝いをさせてください。キットが何者で今まで何をしてきたのかは、あえて聞きません。そして、これからやろうとしていることも、決して止めたりはしません」


 無垢な少女は俺を許す様に声を発した。


 「________ありがとう イヴ」


 「________いえ、別にお礼を言われるようなことは何もしてませんよ」


 温かみのある微笑みと安堵の呼吸がそこにはあった。


_____________________________________



 「ところでさ・・・・その・・・・・・・俺がさっき言った頼みなんだけど_____」


 恥ずかしさと、もどかしさの入り混じった声色で俺は先程の続きを言おうとした。だが、それよりも早く、目の前の少女は口早にその続きを言い放った。


 「「女にしてくれ________!」・・・・・・・でしたよね?」


 赤面しながら問いかけてくるイヴは「本当ですか?」と訴えかける目で俺を見つめ続けていた。


 「イッ・・・・イヴッ!?えーっと・・・これはその、そう意味とかじゃなくて・・・・」

 (じゃあどういう意味だ?)

 「資料集めだ!絵描きには、どうしても実物を見ないといけない時があるんだよ・・・!だから_____」


 咄嗟に嘘を言ってしまった。


 「・・・キット・・・・・・・」

 「・・・・・・・イヴ?」

 「・・・・・・し・・・た」

 「?」

 「分かりました。そう言う事なら、仕方ありませんね!私に出来る範囲でアドバイスしてあげます。それでも、いいですか?」


 割り切って、出された提案に驚いたものの、それがイヴの背一杯の演技で俺を元気づけようとしていることが容易に分かった。キラキラと自身に満ち溢れた瞳に闘志のみなぎ雰囲気(オーラ)。そのどれもが眩しく、俺は元気と言うよりも勇気を貰えた。そんな気がした。

 そして、俺は一切の迷いも無く、イヴの問いに「うん」っと首を少し縦に振り返答した。


 「それじゃあまず、キットにはどういう感じの女の子になりたいか聞かないといけませんね?」

 「どういった女の子?」

 「そうですね、例えば、《元気な街娘》とか《名家の令嬢》あるいは《気品のあるメイド》とかでしょうか?この街には様々な職や階級が存在していますから、とても言葉だけでは言い切れないんですけどね?まぁ、どんなに綺麗で可愛くても、色が全てですから・・・・・・」

 「色・・・か。もし、レイスがこの街にいたら・・・・」


 ぽつりと呟いた俺の発言にイヴは眉を細め、疑いの目の向けてきた。


 「誰なんですか・・・その人?」

 「イヴ・・・!?ちょっと、顔が怖いよ・・・・・・?」

 「全然っ!全然、怖くなんてないんですから!私はただ、その()()()って人について、詳しく・・・より正確に聞いてるだけなんですから」

 「だから、それが・・・・・・・」

 「言い訳無用っ!私にあんな頼みごとをしておきながら、自分の事は一切話さないなんて、これ()()()ですよね?」

 「いや、それは・・・というか、俺達は客と宿主の関係であって・・・そもそも________」


 それからの事はあまり覚えていない。ただ一つ、覚えていることがあるのだとすれば、俺はイヴの一方的な言い分に言いくるめられ、()()関係の事柄を強制的に話させられ・・・・・・。


 「なるほど。つまり、キットは自身の()()()()()()()_()()()()の事を言っていたんですね?」

 「____うん。だから、さっきからそう言ってるんだけど・・・」

 

 嘘は言わない。という、嘘を吐き、俺はイヴの尋問に架空の名前と経緯を話し続けた。


 (よし、何とか危機回避は出来たぞ・・・まさか、イヴに、あんな一面があるなんて思いもしなかったな)


 「ところでキット?まずは、そのレイスちゃんのイラストを見せて頂けませんか?もしかしたら、そこにキットの理想の姿が見いだせるかもしれないので」

 「うん、別に構わないよ。それじゃあっと」


 俺はPCのマウスを操作し特定のフォルダを開く。カチカチッとダブルクリックされたそれはわずか一秒程度の遅延(ラグ)を起こし、すぐさま開かれる。数枚のファイルにはそれぞれ題名が描かれており、俺は【with】と表示されているモノを開く。


 「わぁ、綺麗。これがレイスちゃんなんですね!」

 

 イヴは画面に現れた、白髪の少女を見て初めにそう言った。これは、俺がレイスと初めて出会った日に描いたイラストで今でも、あの日の事を鮮明に思い起こさせる唯一の《記憶保護録(メモリー・レコード)》と言える。


 「どうかな・・・?俺的には、こんな感じでいきたいんだけど」

 「見た目 的には問題ないとは思いますが・・・それにはまず・・・・・・」

 「うん・・・?何か問題でもあるのか?」

 「そうですね・・・・少し。やりよう、はいくらでもあると思いますが、まず髪色が真逆ですし。染めるっていう手段もありますが、もしも、それがバレたら、《死罪》は、ほぼ確定です」


 苦渋の決断を迫られた時の様に言葉をにごらせる少女は力になることが、俺を殺す事になると悟り、顔に暗い影を落とす。


 「________それでもいい。何もないよりも、結果を起こせる手段が一つでもあるのなら俺は命をして、それを受け入れるよ」


 前しか見ていなかった。後をさげすむことよりも、これからをどう生きるかを_____それだけを考えていた。


 「キット・・・・・・キットは命が惜しくないの?もしもの事は考えないの!?ねぇ、死んじゃうんですよ____?どうして、そんなにはっきりと言えるんですか!?」


 信じられないとイヴの目は訴えかけていた。それが当たり前で、ごく普通だ。


 「仮にも俺は黒髪でこの街に入れたのだって、運が良かっただけなんだ。だから、どうにか_____」


 ________どうにかならないよっ!!いつも、自分の思い通りに事が運ぶなんて思わないでください!


 怒声と悲声が入り混じった、少女の心からの思いが意識を貫く。それは、今までに経験したことの無いモノだった。


 「_____イヴ・・・・・・・」


 言葉が出ない。


 「・・・・キットだって本当は死にたくはないでしょ?」


 どうしてこうも、俺の周りの人は俺を気に掛けるのだろう。


 「_________」


 黙り込む。


 「キットが何を思って、ここまで来たのかは知らない。でも、目の前で命を軽視する人を見過ごすことは出来ない。だって、そうでしょ?キットは_____キットは________」



 ________また、()()()()()()に会いたいんじゃないんですか?



 深い所を突かれた気分だった。安易な嘘は当たり前の様に見抜かれ、俺に槍となって跳ね返ってきた。



 「______会いたいよ。できるなら、もう二度と離れたくはない」

 「なら、どうして・・・・どうして、その人から離れたんですか?」


 まぶたを閉じて、息を吐く。


 「________大切だからじゃないかな?大切だから、その人を心配させない様に、その人の元から去る。大事だから、辛い思いをさせない様に消える。」



 ________好きだから、いや、好きだったからじゃないかな。



 「それがキットの答えですか」

 「イヴ・・・?」


 肩を震わせ、さっきまでとは何かが違うイヴの雰囲気に俺は背筋がゾッとするのを感じ、腰かけていた椅子を少し後ろに引く形で距離を取った。


 「そうですか・・・・・・それが、キットの言い分ですか・・・えぇ、えぇ、いいですよ。そうやって、自分の事を肯定するのは、とても見苦しいですね」


 不敵な声色が耳を惑わす。


 「なら、私にも考えがあります」


 サッと椅子から立ち上がった宿主は殺気をただよわせながら、ゆっくりと俺の方へと足を運ぶ。俺は金縛りにも似た、拘束を解けず____。


 「キット、覚悟してくださいね?ふふっ____」

 「えっ________?」


 いつものイヴとは完全に一転したその変わりようと、口調に違和感を覚えずにはいられなかった。そうして、俺は今から起こりうるであろう、ある程度の事柄を思考に生じさせながら、手を震わせていた。


 「_____猛省してくださいっ!!」


 むにゅっ________!


 視界には目尻をうるうるさせ頬を赤く染めた少女。次に両端の頬に感じた熱のこもった、皮膚感。これ以上の事は起きないと察した俺はゆっくりと静かに呼吸を整え、口を開く。


 「イヴ、これは?」

 「まだわかりませんか?これは、矯正きょうせいです!」

 「矯正?」

 「キットは分かっていなかったかもしれませんが、ここに来てからというもの、キットは一度も笑顔を見せていませんでした」

 「いや、人並みには笑ってたと思うぞ?」

 「いいえ、それは嘘ですね。仮にキットが笑っていたとしたなら、それは作り笑いであって、心からは一度も笑みを見せてませんでしたから。だから、これはその矯正と作り笑いをした罰です」

 「えー・・・・と、それは今必要な事かな?」


 一方的に言われっぱなしの俺は無理やり作られた笑顔のまま、両端の唇を吊り上げられ動かしづらい口を動かし少女に尋ねた。

 

 「そ、それは・・・!必要です!必要ですとも!!」


 すかさず、追い打ちをかける。


 「どういった点で?」

 「うっ・・・・。女の子に・・・そ、そう!女の子になるには外見だけではなく、内面もです!だとすれば、必要なのは《笑顔》に決まってるじゃないですか!?」


 目をぱちくりとさせ、少女は苦し紛れの言い訳を言い放つ。まともな言い訳が返ってっこないと踏んでいた俺はその、返答が瞬発的なモノだと分かっていたが、何故かその理由に「一理ある」と思ってしまった。


 「分かってくれましたか?」


 「どう?」っと問いかけてきそうな顔でイヴは俺を見る。その様子は自身の行動を無理矢理にでも納得させようとしていて、どことなく可愛らしさを覚えずにはいられなかった。


 「分かったよ」


 それが失言だと気づいた頃には遅かった。俺はイヴの流れに飲み込まれ、言われるがままにその身を奪われた。と言っても別段、深いことではなく、矯正を強制させられ続けたと言った方が適切だろう。

 そして、数十分の時間が過ぎた頃、俺は解放され落ち着けるようになった。


 「どうです?少しは笑えるようになりましたか?」


 にこやかに暗黒微笑を浮かべる少女の発言に俺は戦慄せんりつを覚えると同時に「あ、あぁ」と声を返し、苦笑いを浮かべていた。



 「む?どうやらまだのようですね?」


 怪しんだ顔でイヴは俺を見る。


 「いや、大丈夫だよ!?大丈夫だから!!それより、本題に入らないか?」


 これ以上は精神的に、やばいと確信した俺は少女が次の行動に出るよりも先に話題を切り替えた。


 「そうですか?なんだか、はぶらかされた気もしますが・・・まぁ、いいでしょう。それじゃあ、本題に入りましょうか」

 「うん。そうしよう・・・・・・・」


_____________________________________



 レイスのイラストが表示された画面を切り替え、今度は衣装についての話し合いを始めた。描き貯めて置いた数々のイラストに目を通し、最善だと思われるモノを探す。和装から洋装、それに王道とも言うべき、ファンタジー衣装に身を包んだ少女のイラストが展覧会の様に並べられたフォルダを見つけ、そこに目を向けた。ファイルのプロパティを開くと、今から約一年程前の日時が表示され、俺に遠い過去の記憶をかすかだが思い起こさせ始めた。


 「ねぇ、キット?このイラストの事かはどうでしょうか?」


 横から覗き込んでいたイヴが真剣に最適なモデルを模索し、とある一人の少女のイラストを指さした。


 「_____っ!」


 その指が指示した先にあったイラストは視界に入れると同時に俺の呼吸を飛ばす。酷く激しい頭痛が一瞬、電流を流す様に頭を横切った。


 「どうかな?・・・キット?キット・・・・・・・!?どうしたの!?」


_____________________________________



 声は聞こえるが体が____意識が返ってこない。それは、封印が解かれた記憶の反動で体に故障を起こさせているかの様に______。


 「_____うっ・・・あ、あぁ!はぁ・・・はぁ_____」


 高熱が体を包む。頭が熱い。口が乾く。視界がはっきりしない。手足が動かない。どうにかしないと。どうにもならない。


 「ゆ・・・・き・・・・・・・。あ・・・・はぁ」


 必死に何かを言葉にしようとしていた。それでも、抑止力よくしりょくによって閉ざされる記憶の解放。張り裂けそうな頭の痛みが意識を朦朧もうろうとさせる。次第に何も感じなくなる。


 ____ 水面みなもの下に落ちてゆく。


 そこで意識が目覚め肉体以外の全ての機能が回復する。


 

「そうだ、俺は_____を____したんだ。だから、そのまま_____したのに・・・何で、どうして俺はこんな_______」


 プツンッ__________


 そこで切れた。電源を落としたモニターの様に呆気なく、過去の記憶は再生を止め、真っ黒な闇が瞳の先に滞在する。瞬きをしているのかも、目を開けているかも分からない深淵しんえんの中、俺は不思議と落ち着いていた。胸を締め付ける苦しさも、誰かを好きになる感覚も忘れ去り、今、この瞬間ときだけは、何も感がられず、いつかは訪れる、《覚め》を待っていた。


 「・・・・・・ット!・・・・キ・・・ト・・・・・・・!キット____!!」


 声がした。


 誰かの声がした。


 誰かの俺を呼ぶ声がした。


 そうして____


_____________________________________



 「_____っは!」


 目が覚めた。

 荒い息遣いと瞳孔が開ききった瞳で声のした方へ視線を向ける。


 「・・・キット?キット、どうしたの?何で急に黙り込んだりなんか・・・・・・」

 「イヴ・・・・・・?俺は何を?」

 「イラストの女の子を指差したら、急に何も喋らなくなって・・・それで____」

 「何分ぐらい?」

 「えっ?ほんの数秒ぐらいでしたけど?」


 おかしい。俺は確かに数時間の間、意識を失っていたはず。だとすれば、そう感じていたのは、この世界の時間軸ではなく、俺の体感時間だけなのか?


 「そ、そうか・・・分かった。それじゃあ、続きを再開しようか?」

 「大丈夫ですか?体調が悪いなら、また明日にでも」

 「ううん、大丈夫。それに時間が無いんだ。だから、今、出来ることはなるべく早めに処理しておきたいんだ」

 「わ、分かりました!!それなら、この私、イヴ=ラビリンス 持てる知識と力を使い必ずやお客様の満足いただける、ご奉仕をさせて頂きますね!」


 やる気があるのは良い事だが、この真夜中に男女が二人っきりの部屋で躊躇ためらいなく発言できる、少女に俺は圧倒されつつも、「誰かに誤解されるような発言はやめろ・・・!それに、宿主が()()()と分かったら客が減るぞ!?」っと的確に返すのであった。


 「なるほどなるほど。この方が着ている服は《ガクセイフク》と言うのですね。サータリアにも剣士学校や魔術学校はありますが、そのような呼び方はしていませんでした」


 イヴは画面上の少女の服について俺にいくつかの説明をしてきた。どこで着るのか?どういった意味があるのか?どういう名前か?など、俺には分かり切った答えの質問をされ、困っていた。というのも、《当たり前の事》理由をつけることが、まず、無いからだ。そう決められているから、そうであって。異論を唱える者はいない。だからこそ、イヴの質問は簡単でとても答えにくかった。


 「じゃあ、何て呼んでるんだ?」

 「そうですね。一般的には《礼衣れいい》でしょうか?」

 「礼衣。違うのは呼び方だけだよな?」

 「はい、そうですね。用途や意味合いは《ガクセイフク》と何も変わりありませんよ?あの、少し気になったのですが、キットが居た街の名前は何て言うんですか?呼び方はもちろん、見た目も随分と異国の物の様に感じたので」


 聞かれても仕方がない事をイヴは純粋に質問した。だが、俺が答えるには少々、難しく、話した所で信用してもらえないだろうと言うのが第一の考えだった。


 「それはちょっと言えないかな・・・あはは」

 「えー何でですかーーーー?」

 「うーん、言ったところで意味のない事だし。それに、今は必要のない事だろ?」

 「それはそうですけど・・・。キットは見かけによらず意地悪なんですね?」


 ふてくされた顔でそっぽを向いたイヴは、チラチラとその目をこちらに向け、俺の動向を伺っていた。それに気づいていた俺はワザと気づかない素振りを取り、淡々と次の話題へと切り替えた。


 「髪の長さとか瞳の色は今のままでいいかな?」

 「あー話をそらしましたね?いいですよ、いいですよ。キットはそうやって、女の子から嫌われればいいですよ!」

 「なるほど。そういった行為が嫌われると、ありがとう イヴ。それを俺に教える為に質問してきてくれたんだな?全く、それならそうと_____」

 「ち・が・い・ま・す・・・・・・!」

 「____だよな・・・」

 

 イラストの少女は凛とした立ち姿で、どことなくレイスを思わせる様な雰囲気をさせていた。群青に近い長い髪を繊細に舞い散らせ、瞳の奥に宿した命があおく画面越しの俺の瞳を見つめる。身を包んだ制服は少女の髪色に合わせたかのように青黒く、全体的な色の統治がされていた。


 ________そして、俺は忘れていたモノを思い出し気がした。


 記録では確かに存在していたはずの、それを俺は無意識のうちに削除しかけていたのだと____。


 自身を形成するきっかけになった人を忘れようとしていたのだと____。


 向こう側で生きた時間を無かったことにしたかったのだと____。


 「そういえば、この子に名前はあるんですか?」

 「名前?」

 「あ・り・ま・す・よ・ね? どうせ、この子もレイスちゃんと一緒で()()してる人なんですよね?」


 またも、暗黒微笑で問いかけるイヴ。


 「なーんて、聞きませんよ。キットが言いたくなったら言ってくださいね」


 少しだけ微笑みを交えながら、身を引いた少女は、ほっと一息つき腰かけていた椅子に姿勢を正し直す。温もりと言うモノがあるのだとすれば今、この瞬間ときを言うのだろうか?寒空が滞在する真夜中に過去の思いをせ、誰かと何気ない会話をする。そうして、通じ合った思いの中に大切を見つける____。


 それが、俺の失ったモノの一つ。


 「____。それが彼女の名前だよ」


 スウッと、もどかしい気を払う。気が付けば自然と名前を言葉にしていた。


 「そうですか。いい名前ですね」

 「あぁ、いい名前だろ。本当に彼女らしい、いい名前だ」

 「好き________だったんですね」

 「えっ?」

 

 不意にイヴは真実味のある声色でそう言った。


 「どうして、そう思うんだ?」

 「だって、キット。名前を言っているとき本当に心から笑っていましたよ?」

 「そんな・・・俺は・・・・・俺は好きなんかなじゃ・・・好きなんかじゃ____」


 行き場のない思いは俺を黙らせる。


 「ねぇ、キット。まずは、《好きと言う感情を好きになる》という所から始めてみてはいかがですか?」

 「《好きと言う感情を好きになる》____」

 「そうです。今のは無意識のうちに起こしていた気持ちですが、いつかは本当にできる様に努力してみるのはどうですか?」

 「____」

 「今はまだ、そのままでも結構です。でも、好きなら好きと言えるように頑張ってみてくださいね」


_____________________________________


 そうして俺達の時間は自然と終わりを告げる。「また、明日。おやすみなさい」とだけ言い残し、イヴは部屋を後にする。閉じてゆく扉が作り出す、狭い長方形の隙間を少女が見えなくなるまで見ていた。そうして、完全に閉まりきった扉が一瞬の衝撃音を立てた後、静寂を部屋中に引き立たせる。


 こうして、いるのは何度目だろう?


 レイスの家で過ごした日々を思い出す。白髪の少女が暮らすには大きすぎる程の屋敷と広すぎる室内は俺が住んで家を遥かに上回っていた。彼女はそんな家で俺と出会うまで暮らしていたのだと思うと、心が痛んだ。そして、どれだけ部屋が離れていても、一つ屋根の下である意味を理解する。


 出会った頃の日々を思い出す。


 副団長補佐として《傍付き剣士》となり、剣を振るった日。

 街に出て、買い物をした日常。

 鮮やかに彩りを覚えていた確かな日を________。


 でも、今は彼女も俺も一人だ。


 ________いや、一人にさせたのは俺だ。俺なんだ。


 きしんだ椅子から立ち上がり、伸びをする。凝った右肩の気だるさと、寝不足気味だったことに眠気を覚える。深夜一時の宿部屋はむなしく旅人の気持ちを揺らがせる。揺らぎ切った俺の心は行き場を失い、冷たい葛藤と音の消えた叫びを即した。


 「________久々にその名を口にしたな」


 付けたままの液晶には先程の少女が表示されたままになっており、自然と声が出た。懐かしい嬉しさに笑みがこぼれる。しかし、その笑みもすぐに消え去り、次第に違和感へと姿を変えてゆく。


 不自然なまでに鮮明な記憶。


 不穏なまでに懐かしい名前。


 不思議なまでに現実味を感じられない。


 混乱する頭の中で答えを探し出す。それでも俺は答えを見つけることはできなかった。届きそうで届かない、正解に手を伸ばそうと必死だった。それなのに、どうしてこうも肝心なことは全て忘れてしまっているのだろう。かえりみる事もままならない、思考は考えることを中断し、俺に今を見させる。それは、過去を思い出させない様にしている様に____。

  

 立ち尽くす部屋の中で俺は画面に瞳を向け。




 ________【切峰 雪紗(きりみね ゆきさ)】・・・・・・誰だっけ____。

 

 


   


 




 


 

 


 


 


 

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