episode 5
「あの、どうかなさいましたか?」
白金の前髪を斜め左下に流す様に首を傾げ少女は俺に尋ねる。
「い、いや・・・・えっと・・・」
返す言葉が何も見つからず、俺は曖昧な返答をしてしまう。
「____?」
少女は疑問の表情を浮かべながらも、言葉を続けた。
「もしよろしければ、あなたのお名前をお聞かせくださいませんか?」
優し気な笑顔と澄んだ瞳が俺に名を聞く。その素振りでさえも、俺の歪んだ瞳には演技に見えてしまい、名を口にする事さえも躊躇ってしまう。
「俺は____」
口を開いた時、ラクトが助け舟を出す様に俺と少女の会話に割って入ってきた。
「名前ぐらい答えてやれよ。レディちゃんも聞きたがってるだろ?」
その声で我に返った意識は先程までの、どうしようもない思いを消し去っていた。
「____俺はキット。 キット=レイター」
「キット・・・キットさんですね!覚えておきます」
パァッと明るい声色で光のともる、青と黄色の瞳をこちらに向ける少女に俺は答える様に笑みを返す。
「ところで、君の・・・《スレイシア》の姓の上の名前は何て言うのかな?」
「どういうことですか?」
少女は幼い顔立ちに疑問の表情を浮かべ、俺の問いに質問で返した。
「君が女の子って言うのは分かるんだけど・・・。その、【レディ=スレイシア】って言い方だと、【少女とか女の子】のスレイシアって意味にならないかなって・・・・?」
伝えるのが別段、難しいわけではないのだが、言葉の選び方と年頃の少女にも分かるようにするための説明をするのはこれが初めてだった。現にレイス達との会話に気難しさを覚えなかったのは単純に考えて、歳の差だろう。俺とレイスは歳が二つしか離れておらず、これと言って会話に単語を選ぶと言った気づかいはいらなかった。もちろん、彼女自身が剣士という役目を担い、日々、他人との関りをしてきたことも要因の一つと言えるのだが。
しかし、今、目の前にいる少女はそんなレイスとは違い、見た所、歳がまだ一桁と思われる。そんな、少女に比較的簡単な言葉で伝えたいことを的確に伝えるの難があると思われたしかし________。
「________だーかーらー私は_レディ レディ=スレイシアです・・・!!レディは名前であって性別のことじゃないです!」
返ってきた言葉は俺の言いたいことを完璧にカバーし、そして名前についての補正を行っていた。
「あ、そうなんだ・・・てっきり、俺は____」
「もぉ・・・私と初めて会う人は皆、同じような反応をするんですよね・・・全く、お父様は何でこんな名前をお付けになったのか・・・・・・」
溜め息をこぼし、目を閉じて少女はそう言った。
「でも、俺はその【レディ】って響き好きだけどな」
「え!?そうですか!」
軽い気持ちで口にした言葉にレディという少女は一気に顔を明るくし、さらに俺の胸元に詰め寄る様に距離を縮めてきた。その行動にサリアは慌てる素振りを微塵も見せず、それ以上を抑抑止させた。
「お嬢様、スレイシア家の当主たるもの、行動には常に厳粛な態度を心掛けて頂きますようお願いします」
聞き取りやすく、澄んだ声色でサリアは白金の少女に発言する。
「サリアはいつも厳しいんだから・・・!たまには、普通の街娘になったっていいじゃない。それに、今はその呼び方は____」
「____当主」
俺はサリアの言葉を一語一句聞き逃してはいなかった。それは、一息の呼吸でさえもだ。
そして、その発言の中に俺の知識に加筆する様に綴られた、一つの重要語句があった。《スレイシア家の当主》という言葉には不確かながら、違和感を感じずにはいられなかったのだ。何故なら、スレイシア家の当主はロイ家が劫火の元に伏して数日後に失踪し、今は当時の執事がその役を担っていると、書館で読んだ本に記されていたからだ。仮にも名家である、《スレイシア》が当主の失踪に事件性を感じていたのなら、今後、このようなことが起こった場合を想定して、影の当主を立てた・・・とも考えられる。それは、元より純潔の血を絶たないための唯一の隠蔽工作だろう。
だから、レディはサリアに対して、当主という呼び方を止めさせたのだと考えるのが妥当だろう。しかし、それなら何も俺達の様な身元も分からない者に《スレイシア》と名乗るのは少しおかしな気もする。
「あっ・・・・・・。今のは気にしないでください!えーと・・・その、《名家ごっこ》を・・・そう!《名家ごっこ》なので!それに、私の姓は《スレイシア》ではないので・・・!____で!・・・ね?サリアお姉ちゃん」
「____はい。少しばかり、レディの遊びに付き合っていただけなので・・・その、妹がご迷惑ではありませんでしたか?」
あからさまな態度と苦し紛れの言い訳、そして《スレイシア》という姓までを咄嗟に否定した、レディからは目に見えて大きな焦りが伺えた。
「大丈夫ですよ。・・・それで、スレイシアではないって事でいいのかな?」
落ち着きを取り戻させるのと、何も知らない、一市民を装う様に俺は何の疑いも込めず、ただ純粋に返答を求めた。
「____はい。私達はその様な高位な名家とは関係ありません。なので、当主と呼ばれていたのはお姉ちゃんの趣味と言いますか・・・・・・・」
「そ・・・そうなんだ」
ここまで来たら、もうどちらが嘘を吐いているのか分からなくなってきていた。仮にレディがスレイシアという名家の真似事していたというのなら、それには少しながら肯定的な理由がつけられた。それは、レディの____年頃の少女ゆえの好奇心か憧れからくる、モノだろう。そして、何よりもこんなに幼い少女が《スレイシア》という貿易業の舵を取れるとも思えない。これが一般的かつ、ごく普通な見解だろう。
「コラッ!レディ、あまりお姉ちゃんをからかわないの・・・!」
サリアはレディを叱ると、すぐま近くに駆け寄ってきた。これは、姉妹ならではの特有のやり取りなのろうか?
「____ごめんなさい お姉ちゃん・・・もうしません」
シュンとした佇まいと、しょんぼりとした眉毛でレディはその場で静かに謝った。その様子を傍から見ていた俺は何とも言い難い空気感と絵にしやすい情景を密かに脳裏に刻んでいた。
「もう・・・レディはいつもそうなんだから・・・・・・。今回は許すけど、次は____分かってるわね?」
「は・・・はいっ!」
サリアは首を軽く傾げ にこやかな笑みと言えなくもない暗黒微笑を向けそう言った。どこかで見たことのある光景と懐かしさを覚える、少女同士のやりとりは俺の心の空白に補完という形で残された。
「それでは私たちはこの辺で失礼させてもらいます」
「えぇーーーーもうちょっと、お話しようよ!せっかく、知り合ったんだし!」
「____レディ 最近、少し調子に乗りすぎね。そんな妹にはお仕置きが必要ね____」
「あぁ・・・あっ!そ、そうだ!お姉ちゃん、この後、行きたいところがあったんだ!パーティーに着るドレスを選ばなきゃ・・・!だからその・・・早く行こ?____ね?」
「そう____。なら、行きましょ」
「う、うん!」
レディという少女はこれ以上、事を荒げることを恐れたのか、急用を思い出しかの如く、焦り交じりの早口で状況の機転を変え、次の目的を定めた。
そうして、レディとサリアは俺達に別れを告げ、早々に街の中へと消えて行った。
「なぁ、キット。あのサリアって人、綺麗だったよな?」
ラクトは頃合いを見計らったかのか、二人が完全にいなくなった瞬間に俺へと話しかけてきた。
「あぁ、綺麗な人だったよな。あの金髪も良く似合ってたし。それに、あのレディって子の髪色も白みがかった金色で何て言うか、特別な感じだった」
「確かにな・・・!でも、二人は金髪だから俺達がどれだけ力を持っていても、このサータリアでは敵わないよな・・・・・・。まぁ・・・金色ゆえの苦悩ってもんもあるかもしれないけどな・・・・・・」
「苦悩・・・?」
「金ってことは高位な階級ってことだろ?だったら、それだけ身の危険もあるはずだろ?例えば、命を狙われるとか、誘拐とかかな?」
ラクトは当たり前の様に自身の考えを俺へと述べ初めった。普段はこういった、堅苦しい話など、俺が持ち掛けない限り決して、話題に上がらないことだというのに、今のラクトはそんな印象を崩す様に話続けていた。
「確かにそれは考えられるな。仮にもここは色が全てを支配する、《絶対遵守》の街だもんな。だから、こそなのかな_________」
もう、分かっていた____。
もう、気づいていた____。
もう、耳を塞ぎたかった____。
「キットもそう思うよな?でも、俺にはそんなこと関係ないぜ?どれだけ、階級の差があろうと俺は好きになった人にはどんなことをしても・・・・!!」
_________なぁ、ラクト?
「街の女の子は全部、お前にやってもいいが、あの二人だけは絶対に譲らないぜ!」
_________どうしてなんだ?
「でも、イヴちゃんは正々堂々と奪い合いたいけどな!」
_________本当はお前が一番分かっているんじゃないのか?
「おい?聞いてんのか?何、ボケーっとした顔してんだよ?おーい、聞こえてるか?」
_________そんな、望みは決して叶わないことを_____。
「ははーん・・・まさか、お前あの二人に悩殺されてしまったのか?まぁ、無理もないけどな!これから、楽しくなるぞ!」
_________そんな、一人の人としての願いが叶わないことを_____。
気を逸らす様に、現実から目を逸らす様に_____。
確信した事実を真実と受け止めない様に、いつもの自分を演じるラクトを俺は遠い目で見ていた。好きな子の話を楽しそうに話す、その狙撃手は決して俺と目を合わせる事はせず、背を向けたまま空を見上げ、声を発していた。それでも、感じる、その《震え》に俺は返す言葉も無く、ただ、心の中でしか返答をする事が出来なかった。
「______ラクト」
名を呼ぶ。
「どうした、キット」
名を返される。
歩みはしなくても、縮められる距離があるはずだ。そう信じて、俺は最初の言葉を発する。
「_______ならさ、どうして______」
________【泣いてるんだ?】
嫌という程、この瞳に写してきた、誰かの泣き顔。
それは、いつかの天使であったり_____。
それは、束の間の蝶であったり_____。
幾度となく、自身の心象に潤いを落とす様に頬に光の線を伝わせた人の顔が脳裏をよぎる。過ち、後悔、懺悔、憂い______。そんな、言葉では図り切れない程の負傷を俺の心は壊れながらに受け止めて来ていた。だからこそ、後一度でもそれを受け止めれば俺はきっと______。
_________【壊れるだろう」
何も聞こえなくなった路地裏に沈黙と静寂が姿を現し、虚無の時間軸を生む。灰色の景色が視界を包み、やがて街角には俺達しかいなくなった。これはきっと、《ラクトのパンドラの箱の中》なのだろう。触れてはいけないその人の心情。それでもなお、俺は足を踏み込まずにはいられなかった。
「_____お前の本来の役目は【暗殺】だったな?そして、俺がかつてやらなきゃいけなかった事は【最期まで共にいること】だったんだ」
そう、俺はレイスという一人の少女と初めて会った時に、そう契約した。根底は違うかもしれないが、いつしか俺はそれを本当に求め始めていた。誰かを助けたいなどという、綺麗ごとを並べようとは思わない。それは、もう_____遠い過去に置いてきた、烏が奪い去った俺の気持ちだから。だからこそ、俺はこれから新たな思いを作らなければいけない。
もしも、それが何かを犠牲にする事だったとしても。誰かを殺すことになっても_____。
「お前にもいたんだな_____好きだった人が_______。あぁ、俺にも当然、いるものだと・・・出来るものだと思っていたよ________」
諦めを感じせる声色でラクトは肩の力を抜き、呼吸をした後、ゆっくりとこちらを向いた。その顔はとてもやさしく、偽らない笑顔だった。目尻に累積させた、水滴を必死に堪え初めて会った時の冷徹な顔立ちで、オレンジ髪の狙撃手は静かに口を開いた。
________【俺の暗殺対象は、あの二人だ】____。




