episode 2
芝生を踏み鳴らす音がいつしか、土を踏みしめる音に変わった頃、目の前には巨大な壁が姿を現していた。森を駆け抜け、行きついた先にそれはあり、俺が立っている場所から数百メートルと離れていてもその大きさは計り知れるものではなかった。そして、夜の深さは壁を黒に染め、圧倒的な威圧感を醸し出していた。
「ここか。あの時、セレクトリアから見た街並みと随分と雰囲気が違うな」
俺は以前、セレクトリアの城からこの街を見たことがあった。と、いってもあの時はかなりの高低差がある場所から見ていたので、街を覆ている壁など気にも留めていなかった。それが今になって、俺を精神的《圧》として追い込んでいた。
コンッ____!
気分を変える様に道端に転がっていた石を蹴ると、そのままの勢いで走り出した。靡くコートと髪を揺らしながら地を駆け抜けた。かじかんだ手を温めることもせず、俺はただ新たな街へと《感情的一歩》を踏み出した。
「あそこに行けば中に入れるのかな?」
俺は街の門から離れた位置にある、灯台のような建物を見つけそう言った。
「あの、中に入りたいんですが入れてもらえませんか?」
その場所に着くと、受付をしているであろう、一枚の硝子張りに阻まれた窓の中の人に向かって声をかけた。深緑色のロングコートをしっかりと閉め、左胸にはペンや勲章の様なバッジが付けられているその制服に俺が気を取られていると、すぐ目の前の小窓が開いた。
「ようこそ 【帝都_サータリア】へ それでは、《入行認可証》の提示をお願いします」
差し出された手は白い布製の手袋に覆われており、俺はその手に何も返すモノがない事を悟った。
「えーと・・・《入行認可証》は持っていないのですが・・・・・・」
俺がその発言をしたと同時に受付の顔色が曇った。先程までの来るもの拒まずといった雰囲気から一転し、今度は侵入者を見る様な目で俺を睨みつけた。
「____なら駄目だ。どんな理由であれ《入行認可証》を持っていない人間を中に入れることは出来ない」
マニュアル道理の返答が返ってくる。
「それでも、俺は中に____」
カチャッ____。
銃を突きつけられる。
「警告だ。もし、それ以上の言動をするというのであれば命は無いと思え。だが、お前の様な【ブラッキー】達に命をどうこう言うのも無駄だがな」
「ブラッキー?」
「言動は慎めと言ったはずだが?まぁいい、どうせ去るのなら最後に教えてやる。帝都_セレクトリアには明確な階級制度があるんだ。それは簡単に説明すると、【色】だ」
色?最初に思った事はそんなことだった。
「最上位階級を【金】、副最上位階級【銀】、上位階級を順番に【オレンジ、赤、水】、下位階級を順番に【紺、緑、茶】と定められているんだ。これは【髪色】を示す。貴族や王家の生まれの者は無論、この上位二色に多く分布している」
話の内容は大まかではあったが理解することが出来た。だが、今の話を聞く限り、俺の髪色はその中に含まれていないことに気づいた。
「だったら、【黒】はどうなんだ?」
俺はすかさず、疑問をぶつけた。これを聞いておかない限り、今後の行動方針に響きかねないからだ。
「そうだったな。お前は階級を付ける価値の無い、最下位階級の【黒髪】だったから説明に入れるのを忘れていたよ」
鼻で笑う男に俺は怒りを覚える。
「最下位階級・・・」
「黒以外にも【例外色】はあるが明確に最下位なのは、お前の様な黒髪、つまり黒ずくめだけだ」
「だが、もしも俺の黒髪が黒じゃなかったとしたら?」
「どういう意味だ?」
受付の男は眉をひそめ、俺の髪を観察する様に凝視した。しかい、どこをどう見ても黒色なのに変わりは無く、すぐにその表情を元に戻した。
「どう見たって黒だが?」
「あんたは言ったよな、【紺】って。もし、俺の髪色が限りなく黒に近い紺色だったらどうするんだ?」
「なに・・・?そんな、惑わしが通じる程、私は甘くはないぞ」
「じゃあ、あんたのその髪色はどう説明するんだ?俺から見たら、その色は黒に見えるけどな?」
男の髪色は、はっきりとした黒ではなかったものの、あいにく今はどんな色でさえも深い色味に変えてしまう程の夜が滞在している時間帯だ。だとすれば、俺の意見も一概に間違いだとは決めつけかねないと考えたからだ。
「ふん、最期の悪あがきと言ったろか」
「もしも、俺の言っていることが正しかった場合、あんたは俺より一つ下になる」
「なら、見てみろ」
そう言うと男は施設内に備え付けてあった、ランタンを手に取るとすかさず自身の頭部へと近づけた。
「どうだ?これを見てもまだ、お前は俺を黒髪と言うのか?」
「・・・・・・ディープグリーン・・・・深緑か・・・・・・」
男の髪色は限りなく黒に近くはあったが、俺の目に映るそれは紛れもなく、緑系統の色だった。
「どうやら理解したようだな。俺の髪色は緑系統に位置しそれは、階級の緑と同等だ。しかし、お前が立てた仮説には大きな欠点がある。それは、【紺】には系統と呼ばれる色は無いんだ」
「____なるほど」
「随分と大人しいな?てっきり、もう一工夫を仕掛けてくるのかと思ってはいたのだがな?」
「____無駄な思考は使いたくないんでね」
「そうか。それは賢い判断だな。じゃあ、俺から一つ助言だ。色は絶対の規則で階級は絶対の力だ。それだけは覚えて置け」
俺は男の話に耳を貸したものの返答はせず、静かにその場を後にした。しかし、この【サータリア】以外に行く当てを決めていなかった事も相まって、俺はしばらく帝都の壁を添うように歩いていた。もしかしたら、どこかに穴が開いていて、そこから不法侵入できるのではないかという淡い期待が俺をその行動へと移させていた。
_____________________________________
「夜も濃くなってきたな・・・そろそろ、考えないといけないな・・・・・・」
壁を剣でコツコツと叩きながらため息の様に呟いた。このまま、ここで野宿をするのも視野に入れてはいたが、いざ、それが本当になったらこうも嫌な気分になるのかと落胆し肩を落としていた。見渡す限りの平原と空を包む群青色の色彩と散りばめられた金は手を差し伸べるわけでもなく、静かにそこにあり続けていた。
________バンッ_____。
静寂の硝子を破る、衝撃音が耳に届く。そして、それは俺へと目掛けて行われたモノだった。
________キンッ_____!
咄嗟に出した剣の腹にそれは辺り甲高い金属音を立てて、微かな余韻と共に消えた。
「ヒューーーー、俺の弾丸を防ぐとはあんた、相当でしょ?」
次に聞こえて聞いたのは、賞賛にも似た口笛と敵意を感じさせない男の声だった。背後からの声に警戒しながらも踵を返すと、そこには、まだ青年と呼ぶべきであろう風格の紳士服が立っていた。
「____あいにく、銃使いには慣れてるんでね」
皮肉を込めて返した言葉に男はすぐには返事をせず、少しの間を置いて再び口を開く。
「今のは俺の使う弾の中でも至高の一品だったんだぜ。それを防ぐ、その剣は一体なんだ?ダイヤでも練り込んでるのか?」
「____そんな高級なモノじゃない」
「嘘を吐くなよ。ありえないだろ?弾丸を斬る剣なんて・・・・・・」
「____お前の銃だって相当なもんだろ?」
「まぁな。何せ、俺の銃は弾の射出速度を何倍にも引き出せる特注品だからな。だが、お前の剣は見た所、街の衛兵が持っているような剣・・・いや、道具屋で変える木剣よりも貧相に見えるけどな?」
確かに男の言っていることは間違いではない。それに、持ち主の俺でさえもこの剣の潜在能力は計り知れなかった。単純に考えてみれば、弾丸を一発でも弾くと剣には亀裂が入るだろう。しかし、右手に握るこの剣は亀裂どころか、傷一つ入っておらず、逆にその光景が不気味さを覚えさせる。
ここまでが一般的な考えが辿り着く、一つの思考の終着点だろう。
だが、俺にはそれを可能にする能力を【代償】と引き換えに手に入れていた。
________それは、【栞】だ。
どんな物にも効果を発揮するそれは、挟んだ以前を記録し保持する。つまり、栞が挟まっている内はどんな、破壊行動が行われようと、形状が変わることはなく、反対に相手側の武器を壊すことも、消耗戦での耐久力を気にする必要はない。
____だから、俺の剣は栞を挟めば、ダイヤにだってなりうる。
「____そんなに気になるんなら、もう一度やってみるか?」
「あぁ、そうさせてもらう。今度は少し、勢いをつける。重厚な壁を二枚とも貫通せるぐらい____」
カチャッ____カチャッ____!
男はいつの間にかもう一丁の銃を取り出し左手に握っていた。
「________《双弾》」
目の色が変わった、狙撃者を視界にとらえると剣を前に構えた。この場合、もう一本の剣を取り出して、二刀流になるのが妥当な行動なのだが、今の状況ではそれをする暇は無に等しく、少しの判断の揺らぎが、負けを確定させる。そんな、緊迫した空気感で男は引き金に手を掛けた。
バンッ____! バンッ____!
バンッ____! バンッ____!
バンッ____! バンッ____!
左右の銃から三発ずつ____。
キィンッ_____!
胸部を狙って撃ち続けられるそれを、俺は必死に堪える。と言っても、剣の方は不自然な程に無表情でむしろ、自分の方が表情を表に出していた。
キンッ____キィンッ_____!
剣に伝わる振動に震える手を左手を添える様に抑え、とめどなく続く攻撃に耐える。
「・・・嘘だろ・・・・・・こんなに的を集中させて撃ってるのに・・・一体どうなってるんだ!?」
銃弾は剣先、腹、持ち手との連結部分を下から上へと規則的に放たれてゆく。
(____これは俺の方が先に落ちそうだ・・・・・・そろそろ、弾切れか・・・?)
そう思った時だった。
「やめだ。これ以上、撃っても弾の無駄遣いだ。なぁ、俺はもう攻撃しない。だから、剣を収めてくれないか?」
男は諦めたというより、戦況を見定めた様にそう言った。
「____いいのか?俺がこのまま、斬りかかったらあんたはどうする?」
「それは心配いらない。見た感じお前はそう言った人間じゃない。それに、俺はそんなことで隙を突かれるほど弱くはない」
狙撃手はこちらを警戒しながらも、手に持っていた銃を閉まっていた。
「____わかった」
俺は剣を鞘に戻すと共に栞を抜き取ると、コートの内ポケットに挟んだ。
「見た所、お前はこの街に入れずじまいってところか?」
「____そうだけど」
「なら、交渉しないか?」
「____交渉?」
「あんたは街に入りたい、俺はとある仕事を遂行するための相棒が欲しい。見た感じ、あんたは俺の仕事を進めるうえで十分な働きをすると思ったんだけど・・・どうだ?」
「____確かに、街には入りたいけど。今の攻防を踏まえて言わせてもらうと、あんたの腕はまだ半人前だ。それに、剣と銃なんて・・・・・・」
俺はこれ以上を言いたくは無かった。だって、思い出すだけであの日の記憶が鮮明に蘇ってしまうからだ。ずっと、大切だって思ってた人。いつも、俺の周りを舞う様に寄り添ってくれた人をこれ以上は____。
「あなどってもっらては困るんだけどな?____銃と指先が動けば人は殺せる。これでもラクトイレミアの後継者なんですけどね」
____時が止まる。
____呼吸が止まる。
____世界が静止する。
そして、鼓動が動き出す。
「ラクト・・・イレミア・・・・・・!?」
それは以前、ディセルから聞いた、狙撃手の名だ。
「そう、俺は【レ・ラクトイレミア=バレット】の正当な後継者だ」
「____あんたは正体を知っているのか?」
「もちろん。でも、これ以上は言えない。あの人と約束したからな。それはそうと、どうする?俺との交渉は破棄するか?それとも、受諾するか?」
「____内容は?」
「【暗殺】だ。それもとびっきりの上玉って聞いてる」
街に入る引き換えに命を摘み取る____。天秤にかけるまでも無く、答えは拒否を示していた。しかし、俺には一つだけ気になることがあった。それは、ここでラクトイレミアとの何かしらの縁が生じたことだ。ディセルと同じ狙撃手に何かを感じたわけでもないのに、何故か男の提案を受け入れてしまいそうな自分がいた。
「____街に入ってからでもいいか?その答え」
「・・・・・・それは詐欺じゃないのか?」
「____いや、街には入りたいけど、暗殺は嫌なだけ」
「・・・ワガママかっ!・・・・・・まぁいい、どうせ街に入った時点で答えは「イエス」って取るからな?」
「____」
だんまりを決め込むと、俺と狙撃手は先程の受付までを歩いた。
_____________________________________
トントンッ____。
軽く窓を叩くと受付の男が落ち着いた面持ちで窓を開けた。
「何だ?また来たのか?今度はどんな、機転を利かせてくるのか楽しみだな」
「____それはどうかな?」
「なに____?」
真打と登場と言わんばかりに、俺の背後に佇んでいた、狙撃手を指をパチンッと鳴らし呼び出した。
「悪いが受付さん、そこのブラッキーは俺が街内に連れてくぜ!」
「貴様、どこから湧いた!いくら数で勝とうとこの街では____」
受付の男が焦り気味に放った言葉に被せる様に今度は俺が追い付いをかける。
「____「色は絶対の規則で階級は絶対の力だ。それだけは覚えて置け」だろ?」
言い終えると、狙撃手は被っていた、イタリアブランド特有の帽子に似たボルサリーノを左手で外した。
「これでどうだ、受付さん」
「・・・くっ・・・・・・貴様・・・あなたは・・・・・・・オレンジ・・・・」
漆黒の闇でさえも照らしてしまうオレンジの髪を持つ、狙撃手は絶対的な力を示すと、にやりと笑い、すぐに帽子を被り直した。
「こいつを連れて行ってもいいよな?」
「・・・・・・はい、どうぞ」
受付の男は先程までの威厳をそがれたかの如く大人しくなり、力という色の前に敗北した。
________これが俺が初めて、この国の【絶対遵守】を目の当たりにした瞬間だった。
二人の黒とオレンジが居なくなった後、受付の男は腰けていた椅子に体を預けるといつもの様に書類を整理していた。してやられたと思わざるを得ない、状況と展開にそれどころではない体を動かし続け、今度はだらりと椅子にもたれかかった。
「まさか、オレンジがいるとはな_____。だが、私の負けだな・・・はは・・・・・。ブラッキーにも脳があるやつがいるんだな・・・。_____良い旅を」
誰が聞くわけでも独り言を男は一人呟きながら、天井を仰いでいた。
_____________________________________
街への道中で俺は隣を歩く狙撃手を見ていた。
「____なぁ、あんたは本当にラクトイレミアの後継者なのか?」
「まだ信じてないのか?本当だよ。それに、その・・・あんたって呼び方やめてくれないか?」
「____じゃあ、何て呼べばいいんだ」
「そうだな・・・・・・【ラクト】ってことにしておくかな」
「_____ことにって・・・・・・」
「仕方ないだろ?俺には名前が無いんだから・・・・だから、あの人から受け継いだこの名が俺の名だ」
「____そうか。俺はキット キット=レイターだ」
「じゃあ、キット 改めてよろしくな」
「____あぁ、・・・よろしくな・・・・・・これって受諾したことにならないよな?」
「さぁな」
ラクトの表情が曇った。
「キット 俺は会えるかな?」
「____」
思い悩んだような顔と影を落とした表情に俺は、かける言葉を探した。だが、その言葉はいくら思考の図書館を駆けまわっても見つけることはできず、ただじっとラクトの発言に耳を貸すことしか、今の俺に出来ることは無かった。もうこれ以上は誰であろうと、深くは関わらないと決めた俺の心がそうさせていた。
「可愛い子にさ!」
殺意が芽生える。
「____ラクト」
名を呼んだ。
「うん?キットも俺と同じこと考えてたのか?そうだよな!俺達も一応、男の子だもんな!」
「____悪いが、俺はこれでも大切な人はいるんだ」
「なに・・・お前そんな・・・・・・何でキットが暗殺対象じゃなかったんだろ・・・・・・」
「_____あっ!」
「謝るって!だから、剣を抜くなって!」
慌てる様に距離を置いたラクトは風に飛ばされた帽子によって露になったきめ細やかなオレンジ色の髪をこの月夜に舞い散らせていた。その様子は少女とは違い、また違った美しさを体現させたかのようだった。
「____まるで、星の王子様だな」
鼻で笑って、そう呟くと俺は抜きかけていた剣を鞘に戻し、ゆっくりと歩き出した。
青い月と糸の様に白い風が吹きつける道を歩きながら俺はこの先の事を思った。




