episode 6
歩くたびに横を過ぎてゆく窓硝子を俺は横目に見ていた。規則的に連なっているそれらは隅々《すみずみ》まで綺麗に掃除されており、街の景色を鮮明に映していた。そして、俺とレイスの姿を鏡の様に反射させていた。剣士服の白髪と着慣れていない服をそれらしく着こなしている少年は階段を降り、一階の広間に出た。
「団長に出された提案なんだけど、キットって剣とか使ったことある?」
「使いたいとは思っていたよ」
「その感じだと経験なしってことか・・・・・・今から修練すればそれらしくはなるはずだけど」
「ディセルって子と戦う時は模擬刀とか使うってことでいいのかな?」
「修練場での試合と思うからその考えであってるとは思うけど。その日にならないと分からないかな」
「まだ聞いてなかったけど、ディセルはレイスと何か関係があるのか、さっき名前を聞いた時少し黙ってただろ?」
その質問をした時、レイスの顔が一瞬曇った。聞かれないはずはないと分かってはいても、いざ聞かれたら答えたくない、というような表情がレイスの顔に現れる。
「ディセルは私と同じ時期に組織に入ったの。最初は仲が良くて、いつもお昼を一緒に食べたり、お泊まりとかしたかな」
無理やり作った笑顔で仲の良い友達の話をし始めたレイスだったがそれは長く持つはずもなく、話の核心に迫るにつれ徐々に声が薄れていった。
聞かなければよかったと思った時には遅かった。レイスは黙り込み。俺はそんな彼女を慰めることもできずにただ彼女の隣に寄り添うことにした。
「ごめん____言いたくないなら言わなくていいよ」
これは確実に逆効果だ。もしかしたら、これを機に心の内を解放する事が出来たかもしれない彼女の機会を奪ってしまうからだ。声に出すことで楽になることもあることは俺には痛いほどわかっていたからだ。
「ううん、出来れば聞いてほしい。話せば長くなる、それにキットが私と出会ったあの夜の日にも関係する話なんだけど・・・いい?」
「____どんなことでも聞くよ」
俺はレイスの意思を尊重し返事をした。
「ディセルと私はここでの任務を一緒にすることが多くて、頼まれた任務は確実に成功させていたんだ。その成果もあって、《次期副団長候補》は私かディセルのどちらかになるだろうって組織内でも噂されていたの」
(今の話を聞く感じだと、俺の対戦相手は副団長並みってことか・・・まだレイスの力もあまり知らないけど、あの夜の日の剣先のスピードは異常だったな・・・・・・)
そこからレイスは懐かしい思い出を語る様に話始めた。
_____________________________________
14歳になった次の日、私は剣士学校に入学した。
「ここで会ってるのかな?」
慣れない道を心細く歩いていた私はいつしか、それらしい場所の前に立っていた。回りには自分と同じような子がたくさんいて、皆目の前の門の中に入って行った。間違いないだろうと確信した少女は一歩を踏み出そうとした。しかし、今まで家庭での英才教育しか受けたことのないお嬢様には知らない人と勉強をすること、ましてやたくさんの人が集まる場に一人で行くには気が引けた。
そんな時、横から声をかけられ振り向いた。
「早くいかないと遅刻になるけど、いいの?」
声の聞こえた方に目線を向けると、そこには自分と同じような黒い髪をした少女が立っていた。黒と言うには少し暗さが足りなく、どちらかと言うと深い群青といったところだろうか?
「えっと、あなたはここの生徒さんなの?」
「どこを見たらそういう考えになるわけ?」
「え?」
どこを見たらと言われても、今の段階で分かることは風になびくツインテールとその髪の色に合わせた様な色合いのローブを羽織っているという外見的な情報だけだった。
「まぁいいわ、私は今日からここに入学するの」
「あなたもなの?」
「その言い方だとそっちも同じようね。それと、そのあなたって言い方やめてくれない?」
「じゃあなんて呼べばいいんですか?と言うかまだあなたの名前を聞いてませんでしたね 教えてくれますか?」
「名を訪ねるときはまず自分からでしょ?」
「うっ、すみません・・・。私の名前はレシウル=ロイです」
「レシウル=ロイ・・・・・・ロイ家のお嬢様か・・・」
黒髪ツインテールの少女はロイ家と言う単語を聞き、顔を曇らせ分かりやすい溜息をついた。お嬢様と言うだけで学校側からも優遇されるんだろうという考えが頭によぎっての事だろう。そのことを察したレイスは「それが何ですか!」と言いかかる様に目の前の少女に言い返した。
「お嬢様とか今は関係ないです!それよりあなたの名前も教えてください!」
「ずいぶん威勢がいいこと・・・・・・私はディーセルシ=ラニ」
「ディーセ・・・ル・・・シ・・・・・・ラニ?言いにくい名前ですね?」
「殴られたいの?」
この時、ディーセルシ=ラニの感情に殺意が芽生えたこと言わないことにしておこう。
「い、いえっ・・・別にそんな怒らせるつもりは無いんです・・・ごめんなさい・・・・・・」
「はぁ、冗談よ冗談。こんなこと真に受けるなんて、やっぱりお嬢様なのね・・・」
「だからそれは関係ないです・・・!」
「それにあなたの名前も大概よ?」
「え?」
「《《レシウル=ロイ》》っていう名前、意外と言いにくいのよ」
「名前だから仕方ないじゃないですか。それに家族にはレイスって言う呼ばれ方をしてますから」
「じゃあ レイス 私の呼び方はディセルでいいわよ」
「ディセル?・・・はい!」
「それじゃあ、行きましょ?」
「はい!」
____これが私ともう一人の黒髪少女との出会いだった。
出会いは友好的なモノとは言えなかったけど、何故か彼女と話していると剣士になる事への不安が消えていた。いずれは、ここを卒業し一人の剣士となるその時まで私はこの_ディセルと共にいようと思った。そして、いつかの未来、互いの正義の為にぶつかることになってもこの時の事だけは忘れないと強く誓った。
月日は流れ、季節は春を迎えた。本来ならこの季節からの入学が好ましいのだが私とディセルは秋に入学していたこともあって、春にいまいち思い入れが無かった。学年で言えば、私たちはまだ一学年でこの学校は三学年制を取っている。当然なのだが一年で習得するはずの単位やその他もろもろの知識を得とくしていない私たちは二学年に進級できるはずもなく、他の生徒よりもかなり遅れを取っていた。
このままいけば、二学年にれるのは秋ごろだと学校の人に手紙で伝えられた。早く剣士になって活躍したかった私にはこのことがどうも気がかりだった。
____だがそれよりも、私の心はあの入学式の日に酷く壊れていた。
「レイス いつまでそうしているつもり?このまま、ベッドで一生を過ごすつもり?そういうのを何ていうか知ってる?引きこもりって言うのよ」
私は《とある事件》に巻き込まれ家族を失った消失感ですぐに不登校になった。それも、あの入学式の次の日からだ。
家が全焼し、焼け跡からは身元不明の遺体が二つ発見されたが、私にとっては身元不明などではなかった。それは間違いなく、お父様とお母様なのだと確信できたからだ。
そして、家が完全に焼けたことを見計らったかのように無数の灰の上に花びらを置くように黒い手紙が置いてあった。
事実を受け止めきれない、私はその情報のほとんどをディセルから聞かされた。
そして、私は自分を見失い、ロイ家が所有する別宅に身を置いた。
「・・・・・・」
「そうやって、自分と世界を遮断することで心を保つつもり?」
「・・・・・・」
「家族を失うことは悲しい、辛いことだと思う・・・まぁ、家族が元々いない私にはよくわからないけど」
ディセルはディセルなりに私の事を気づかってくれていた。そのことに私は痛いほど気づいていたのだが心がそれを否定する。他人に私の気持ちなんて分かるわけがない、と。そんな、悪循環な心が私の言葉を黒く濁す。
「ディセルは家族がいなくていいね」
私は下を向き、少しひねくれた笑みを浮かべそう言ってしまった。取り返しのつかないことを言ってしまった実感がなかった私はディセルの次の行動を予測できなかった。
バサッ
無理やりはがされる毛布。
一瞬何が起こったのか分からず、ひるんでしまう。
視界には床に投げられた毛布があり、目線を少し下げると首元に鋭利な銀が突きつけられていた。
「ひっ・・・!いや、いや・・・」
私は以前同じような経験をしたことがある。その時の記憶が封印を解き蘇る様に脳内で再生され始める。
『呪いは不十分だが____時期に__する。その時から____それが残りの____』
記憶の断片が頭で喋る。忘れてしまいたいことだったため、聞こえる声の所々が擦れたレコードの様に聞こえなくなっており、ノイズがかかる。
そして、霧が晴れる様に先程までの光景が再び戻ってくる。
「自分だけが一番不幸だなんて思うな!家族を失ったからなんだ!それが剣士になる夢を捨てる理由なの?」
「ちが・・・違う・・・私は・・・・・・ぐすっ・・・・・・」
本当はどうしたらいいか分からなくて、誰かに助けを求めたかった。
でも、私にはそこまで信頼できる誰かがいなくて____。
「次、泣き言言ったらその首をはねるから?後、涙も」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・」
「あぁ、もう そんな顔されるとどうしていいか分からなくなる・・・・・・。私だって家族が・・・。本当はあなたみたいに泣き・・・たい。時もある____」
「でも、私は____ディセルみたいに強くない」
「____別に私は強くなんてない。強くないから、いつも武器は銃で一歩引いた場所から物事を考えてるのよ・・・・・・。そうしないと、私は・・・私じゃなくなりそうだから・・・。そんな私を救ってくれたのがレイス、あなただったのよ?」
「私が・・・?」
「そうよ、だから、もし今後あなたがいなくなる様な事があれば私はどうしたらいいか分からない。今だって、あなたはいない・・・」
「私はここにいるよ?」
「肉体はあっても、心が無い。それは人間とは言わない。ただのお人形よ____」
「そう、なの・・・?____大丈夫だよ ディセル。私は私のままだから。それに完全ではないけど心の方はもう大丈夫だから」
天使の様に微笑む、黒髪の少女にディセルは胸を打たれた。それまで自分だけが抱いていた憤のない気持ちは目の前の天使の笑みで浄化され、ディセルもつられる様に笑みを浮かべていた。
(天使みたいなのにその黒髪で台無しね?どちらかと言うと、堕天使ね。____ありがとう レイス)
ディセルは心でそう思った。
「最後にこれだけは伝えておく もしまだ剣士になりたいのならこんなところに閉じこもってないで外に出なさい。そして、剣士になって仇を討ちなさい」
「私はみんなよりも遅れてます・・・それに私はさらに・・・・・・」
数々月間、不登校だったレイスはディセルよりもさらに遅れており、このままでは剣士になるのは数年先になってしまうのだ。そうなれば、私が仇としている_《黒の手紙》を学生の間は野放しにすることになってしまう。レイスはこのことが唯一、許せなかった。
「学生でも許可が出れば、剣士と同じ仕事を受けることができるのよ」
「それは?」
「せいぜい軽い仕事だけど、それでも数と功績を残しさえすれば、組織からの引き抜きとかもあるらしいわ」
この話はレイスにとって願ってもないことだった。もし、今の話が本当ならこうしてはいられない。レイスは心を取り戻し、制服の袖に手を通した。
「私は剣士になって、いつか仇を討つ」
その日から、私は取りこぼした物を全て拾い集める様に今自分ができる全てに力を注いだ。始めは分からないことだらけだったけど、ディセルのサポートもあり、徐々に他の生徒との距離も近づきつつあった。午前中は勉学にいそしみ、午後からは剣の修練という日々を繰り返していた。そして、私はディセルと共に剣士の仕事の許可を貰えるまでに成長した。
初めての仕事は街に出没する、盗人を捕まえる仕事だった。相手の思考とこれまでの犯行場所を推測し、仕事を引き受けたその日に事件を解決した。これには現役の剣士たちも驚きを隠せていなかった。次に受けたのは森を縄張りにしている、魔物の群れの討伐だった。今度は意思の疎通ができない生き物が相手なだけに立ち回りは苦労した。俊敏に動く魔物は私の剣を軽々と交わし、逆にその隙をついて間合いを詰めてくる。
しかし、そんなときはいつもディセルが危機を回避してくれた。ディセルは私とは戦闘スタイルが違い。近接戦闘の私に対してディセルは遠距離戦闘を好んだ。もちろん剣が使えないこともないのだが彼女の持つ先天性の魔眼は自由に発動可能で相手の動きが遅く見えたり、数十メートル先の的も見えるといった反則ものだ。ディセルはそんな瞳を生かして、メインの武器を剣から銃に変えたのだ。
バンッ
放たれた一発は確実に心臓を貫き、息の根を止めた。
そんな日々を一年過ごすうちに、私たちには_二人の黒 《ローゼン・ミッドナイト》という通り名がついた。それに伴うように、いつしか私たちには組織への誘いが届いていた。これは同時に剣士学校からの脱退を意味していた。
「すごいね ディセル。私たちいつの間にここまで来たんだね!」
「そうね。私たちなら当然と思うけど」
「もう、そんなこと言わないで」
机の上に散りばめられた、手紙の数々にはどれも組織名と私たちの名前が書かれており、中には入団の同意書と活躍に対する評価の文書が入っていた。読むだけでも相当の時間がかかった。
「入団って言っても、私たちまだ学生だよね・・・」
「そんなの関係ないでしょ。この世界では結果が全てなんだから」
「そうだけど」
一つ一つ手紙を開け読んでいる中で他のどの手紙よりも真っ白でまるでシルクのような色をした手紙が目に入った。
「うん?」
私はそれを手に取り開けた。
内容は今まで呼んできたものと大体一緒だったけど、読み進めた最後の文字で私の心は決まった。
「ディセル 私ここがいいな」
「《純白の剣軌》、王国直属の組織じゃない」
「私ここがいいな」
「レイスがそういうなら、私は構わないけど」
「ありがとう ディセル」
ディセルは私の意見に異論を唱えることなく、入団先を私に委ねた。もし、ディセルに反対されたとしても私はここへの入団を諦めるつもりはなかった。それは、手紙の差出人の名前が私の心をここに決めさせたのだから。
_____________________________________
「それじゃあ入ろうか?」
「うん」
目の前の扉の先には夢にまで見た世界が広がっている。だけど、緊張感が扉に手を掛けることを静止させる。
「入らないの?なら私が開けるけど」
「あ、待って!」
ギィッ
ディセルは中々、扉を開けないレイスに痺れを切らし、自ら扉に手を掛け、そして開けた。
中は想像以上に広く、街で見かける様な剣士たちがいた。中に足を踏み入れると剣士たちの視線が一斉に自分たちへ向き、一気に緊張感が押し寄せてくる。
「お嬢ちゃんたち ここに何のようだい?」
銀色の鎧に身を包み、仮面で顔を隠した剣士が話しかけてきた。その風貌に言葉が出ない私に対して、ディセルは毅然とした態度で言葉を返した。
「私たちはここへの入団をするためここに来ました」
「入団?お嬢ちゃんたちがかい?見たところ武器の一つも扱ったことが無いように見えるが」
剣士は冗談だろと言いたげな口ぶりで笑った。
「そうですか・・・なら」
カチャッ
「えっ?」
ディセルは懐に携帯していた銃の口を剣士のこめかみに当てた。感情を殺した瞳で突きつける銃口は例え弾が入っていなかったとしても、その瞳と雰囲気だけで十分な精神攻撃にはなる。ディセルはそれを知っての事かは定かはではないがもし、知らず知らずのうちに習得したのだとすればそれは先天的なモノだろうとレイスは思った。
「これで分かってもらえましたか?」
「・・・あぁ・・・・・・よくわかった。すまなかった・・・・」
今の好意でその場にいた、他の剣士たちにも緊迫した空気が漂い始める。
「ところで一つ聞きたいのですが団長の部屋はどこにありますか?」
「あ、ああ・・・と、ここを真っ直ぐ行った先にある階段を上がればすぐさ」
「そうですか、ありがとうございます。行こ、レイス」
「う、うん」
剣士に言われた通り、私たちは階段を上がった。二階に位置するフロアに着いた時、聞き覚えのある声が聞こえた。懐かしくもあり思い出深いその声に私は安らぎを覚えていた。
「やぁ、久しぶりだね。確かレイスだっけ?」
「あなたは____。以前は助けてもらいありがとうございます」
「お礼はいらないよ。それより、ここに決めてくれたんだね」
「あの手紙を見たらここしかないと思ったんです」
「そうか_ありがとう」
(実は頼まれて、名前だけ貸したなんて言えないな・・・)
「私こそお礼なんて」
「それより、何か用があるんじゃないの?」
「あ、そうだった。団長に挨拶をしに行かないといけないんだった」
レイスの発言を聞いて、____はニヤリといたずらっ子ぽい笑みを浮かべ返事をした。
「団長ならこの通路の先の部屋にいるよ」
「ありがとうございます。てっきり、あなたが団長なのかと思っていたんですよ?」
「その考えはあながち外れては無いかもだけど。俺はここの人間じゃないからね・・・今日は用事で。あと、怒らせると怖いから、言動には気を付けた方が良いよ」
「そうなんですか!?それは少し残念です・・・・・・。あ、でもご忠告感謝いたします!」
「それじゃ、俺は仕事があるから行くね。また、レイス、それからディセル」
____はレイスだけでなくディセルの存在も忘れてないと言いたげに二人の名を呼びその場を後にした。階段を降り、二人の姿が見えなくなったことを確認した____は心の中で(やっぱり、かわいい子はいいな)などと思いレイスのイメージとは違う性格を表していた。
「あの人とは知り合いなの?」
ディセルは当然の様に質問をした。
「うん、ちょっとね。昔、一度助けられたことがあって」
「ふうん、そうなんだ」
「それより、早く行こ」
話をたぶらかす様にレイスは本来の目的地への歩みを早めた。
重厚な扉の前でまたしても、躊躇ってしまう。そろそろ、慣れても良いころなのにレイスは何度経験しても慣れる感じがしなかった。
「今回は私が開ける」
レイスはいつまでも克服しないのはダメだと思い。感情の勢いに任せ、扉をノックした。すると、部屋の中から女性の声が聞こえた。
「入れ」
言葉の意味をそのまま受け止め二人は部屋の中へと歩みを寄せた。
部屋の中には椅子に腰かける白髪の女性がいた。見た目からは剣士と思えないほどの美しさを感じさせており、聖女と呼ぶ方がしっくりくるほどだった。
「えっと、私たちは今日からここに来ることになっている者なんですけど・・・挨拶にと・・・・・・」
「話は聞いている、レシウル=ロイとディーセルシ=ラニだな?」
「はい」
「私は_セリカ=イグナイトだ。それで用事はそれだけか?」
「は、はい!」
「なら、仕事に戻れ。・・・・・・と言ってもまだここの案内もしていなかったな。ちょうどいい、一階に降りたら、お茶くみをしている者がいるはずだ。それに頼めばいい」
「わかりました。それでは失礼します!」
少なくとも私はその場の緊張感に耐えられず、足早に部屋を後にした。きっと、この感覚がと良いというものだろう。
それから私たちは慣れないなりにも、与えられた仕事と役割をこなし一年の歳月が過ぎようとしていた。学校にいたころとは違って、周りにいるのは皆、年上の人ばかりで誰と話すにも敬語を使わなくてはいけないので常に気を張る日々だった。入団した時点で私たちは学生の頃の様な仕事の許可も取らなくてよくなった。逆に言えば、それはもう剣士になったことを意味していた。
どの仕事もハードなものが多くて、森を生業にする盗賊の排除、突然起こる犯罪を未然に防ぐための夜の警備といった一日を使った仕事が毎日続いていたそんなある日、私とディセルの関係に深い溝を作ることになる事件が起きた。
「お前たちに《殺人事件》の捜査を依頼をしたい」
セリカから言われたのは、今まで受けたことのない内容の依頼だった。確かに犯罪が存在している時点で殺人が起こってもおかしくないの分かるのだが。なぜ、私たちにこのような仕事を任せたのかと言う疑問が残った。
「今回の犯人と思われる者は人であって人ではない」
「それはどういうことですか?」
「呪いの体現者ですよね?」
質問をした私に対して、ディセルは聞き覚えのない単語を口にした。
「ディセル分かるの?」
「噂ぐらいなら耳にしたことがある」
「ほう、それでどんな噂を聞いたんだ?」
セリカがディセルに問う。この感じだと、ディセルの予想は当たっているのだろう。
「実態は存在しないが器を手に入れさえすれば、活動ができるモノ、と聞いたことがります」
「ディセルの話はあながち外れではないが、それだけではない」
「それはどういうことですか?」
今度はディセルがセリカに問う。
「器_すなわち生物の体を依り代にするそれがもし、器を無くしたとしたらどうなると思う?」
「それは・・・新たな器を探し求めるということですか?」
「そうだ。しかも、それが元の器から次の器へと移動する機会は《器が死んだときのみ》だ」
セリカに言いたいことを二人は理解するしかなかった。呪いの体現者と呼ばれるそれは生き物の体に憑依することで擬似実態を手にし殺人を犯す。そして、憑依された人間の意識はそこにはなく殺人に手を染めたことも分からないまま警備隊に殺されることもあるだろう。だがしかし、ここに大きな落とし穴があることにセリカやレイス、それにディセルは気づいていた。
それは《器の消失》だ。
セリカが言ったように呪いが次の器へと移動するのは依り代の生命が立たれた時で警備隊は犯罪者を始末したと安堵するだろうが、それは大きな間違いだ。
生命を絶つ=次の被害者(器にされる者)が出る
という考えになる。
つまり、最低でも一つの命を絶たなければ呪いは本体を現さないことになる。
「でも、実態を持たないんですよね?それなら、器から出た瞬間、何て視認することは不可能と思いますが?」
私は最もな意見を口にしたつもりだった。
「それなら、対策がある。このレンズ越しになら呪いを視認することができる」
セリカが差し出したのは左目だけに付ける特殊な形状をした眼鏡の様な道具を差し出した。
「このレンズは《幻視の硝子》を素材に作られているから、あらゆるモノを見ることができる」
「これ付ければ呪いは見えるわけか」
ディセルは納得したというような口ぶりだった。
「でも、実態がないなら物理攻撃は通用しないはずじゃ?」
次にディセルは現実を突きつける様にセリカに質問をぶつけた。
「それなら問題ない。魔法なら通用する。どちらかが呪いをあぶりだし、片方がとどめを刺せばいい」
セリカは簡単に呪いの倒し方を私たちに話たがその口調は自分の思いを殺しているようだった。対象の特性上、最初から私たちに全てをやらせるつもりで依頼したのだとだとここでようやく理解した。
「でも、相手がもし人だったら・・・」
私は最悪の未来を口にした。
「器にされた時点で_人ではない」
セリカの冷酷な発言に私は言葉を失った。
今思えばここでの選択を変えていれば、未来は変わったのだろうか?と私は不意に思うことがある。
「分かりました。明日にも任務を始めます」
____そして私たちは《その日》を迎えた。
「準備はできた?」
「えぇ」
「それじゃあ始めるわよ」
こうして私とディセルは夜のセレクトリアへ駆け出した。
街は人ひとり歩いておらず、いつも通りの静寂が辺りを支配していた。この感覚には慣れたはずだったのに今日だけはこの静かさが妙に気になった。嵐の前の静けさと言う言葉が適切なこの状況に私は腰に付けている剣に手を添えた。
私の後方を援護する形でついて来ている、ディセルも持っていた銃に弾を込める。カチャッという音が路地に小さく響く。ブーツが地面を踏む音を最小限にし、私はさらに先へ進む。今までの出現場所の情報を統合するとちょうど、この道を真っ直ぐ行った辺りだという。
(それにしてもこの感じは何だろう?胸の鼓動が遅くなる感じ、前にも同じようなことがあったような?)
「レイス、前!」
静けさを裂くようにディセルの声が耳に響く。その声に反応し前を向く。
サッ____
不意に右目の視界に何かが横切った。風の様な何かが。
バンッ! バンッ!
銃声が二発、聞こえた。
「ディセルッ!」
振り返ると、ディセルの前には人影があった。
「あれは・・・少女?」
目線の先には歳がまだ一桁ほどの少女がディセルの前に姿を現していた。そして、少女の手には鋭利な刃物が握られており、先端からは朱色の液体が滴っていた。私は少女が駆け抜けてきた方角を見た。そこには少女の家族と思しき女性と男性の遺体が転がっており。その惨劇の有様に足が震え動かなくなる。次第に煉瓦の隙間をあみだくじをなぞる様に伝ってくる、朱色の液体は私の足元にまで達し、せき止めた靴先をそうように流れていく。そこには血で出来た泉が姿を現していた。
「嘘でしょ・・・・・・」
あろうことか今から自分がしないといけない事をする相手が自分よりも年下の少女だと分かった瞬間、レイスの思考は考えることをやめ同時に体から力が一気に抜けた。遠くから、聞こえるディセルの声に反応することもできず、ただ意識の深い海へと落ちていく。
__レ____
_レイ____
_レイス____
「レイス!」
意識を覚醒させれる様に心響いた、声。
「ディセル・・・?」
徐々に回復する意識と視界。そして、訴えかける様に聞こえる《親友》の声。
「この子はもう・・・人としては死んでいるの!自分の役割を忘れたの?」
「でも、私には人殺しなんてできない!」
「この子・・・こいつは人じゃない!人に死をもたらす呪い!」
「だからって____」
「レイス・・・あなたができないのなら____私が」
全てを悟ったかのような言葉でディセルは持っていた銃に新たな弾を装填した。引き金にかかった指は微弱ながら震え。その様子がまるで泣いているようだった。この行動はディセルも望まないことぐらいは分かった。でも、呪いに取りつかれた少女の方が一番の被害者なのだと思った。目線の先にある銀に付着している朱は考えるまでもなく人の血だろう。人を殺してしまった事にも気づかず、誰かに殺されるまで次から次へと殺戮を繰り返してしまう運命をあの子はきっと望まないだろう。もし、仮に少女と呪いを分離させることができたとしても、現実を突き詰められた時、幼い少女はどう思うのだろうか?親を殺したのが自分だということを知ってしまたら____。
それなら、いっそのこと____殺してあげた方が良いのかもしれない。
____ごめん、レイス。私はあなたの心が少しでも傷付かない方法を取りたい
ディセルの瞳から雫が伝った。
悲しくもう戻れないことを覚悟した表情だった。この時私は初めて、本当の意味での彼女を知った。今までの毅然とした態度は全て演技で溢れ出す不安をただ押し殺していただけなのだと____。
ダメぇぇぇぇぇぇぇぇっーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
________バンッ
_____________________________________
深い絶望と悲しみ、そして大切な人への抱えきれない罪悪感が私の体にある変化を起こした。
風になびく黒髪が月の光に照らされた瞬間、私の髪は真っ白な銀髪へと変わった。
_____________________________________
そこからの記憶は酷く欠落していて覚えていなかったが次に自我を取り戻したときは自室のベッドの上だった。
その夜を境に私はまた、あの学生時代の時の様に家に一人引きこもった。
おもむろに月を見た。
窓硝子に映る私はもう昔の様な自分ではなかった。
_____________________________________
____だから私はあなたのやり方が嫌い
____だから私はあなたの考えが嫌い
_____________________________________
これがあの夜、少女を____殺した後のディセルとの最後の会話だった。フラッシュバックするようにこの言葉だけはかろうじて思い出せた。
そして、あの日の事を忘れるなと言わんばかりに刻まれた体への罪《罰》。黒い髪は純白の白に浸食され、月明かりがそれを照らす。私はこの現象を知っている。呪いの中でも最上位の《反転の呪い》だ。昔、おじい様の書庫で見つけた分厚い本で読んだことがある。一度かかれば解呪不能の《万能の殺人法》と記されていたそれは黒魔術と呼ばれる、闇の魔法使いのみが使えたという。効果は対象が次に歳を重ねた時から寿命を残り二年にするという特殊なものですぐに殺すのではなく、少しずつ相手の体力と精神を削っていく最悪の呪いだ。なぜ、今それが発動したかを何度考えたことだろう。でも、いくら考えても答えは出なかった。一つだけ確かなことはこの呪いは《対象にされた者と行使した者が一定の距離にいないと付加させることが出来ない》ことだ。
もちろん、今までそんな者に接触した記憶もないし覚えもない。
いくら思考を働かせても、分からないことに私は取り返しのつかないことをしたことへの代償だろうと思った。親友に人殺しをさせてしまった事への____。
「いくら人ではないと言っても、あの子は確かに人だったんだよ・・・ディセル」
私はひとり呟いた。
_____________________________________
時折、窓の外から聞こえる話声だけが私の情報源だった。
その中で聞いた一つの情報が再び私を剣士としての世界に引き戻すことになった。
「おい、聞いたか?先月の魔獣討伐戦の話、討伐に向かった剣士は全滅し残ったのは純白の剣軌の団長だけだってよ」
「それは本当か!?それで戦果は?」
「聞くまでもないだろ?セレクトリアの戦力を大きく減少させ、魔獣はまた空の彼方に飛び立った、それだけだ」
「それで一人残った団長は今はどうしてるんだ?」
「今は元の組織が無いわけだから、一から再結成を考えてるらしい。確か組織名は《純白の剣姫》だったかな」
「なんか女性しか入れなそうな名前だな、それ」
「仕方ないさ、元々所属していた剣士たちの子供に女の子が多かったからな」
「それはどういう意味だ?」
「表向きは組織をやっているが戦いで死んでいった仲間の娘を集めてるんだとよ」
「剣士にでもする気なのか?」
「等価交換だろ?基礎的な知識と生きて行く術を教える代わりに剣士になれって感じかな?母親の同意も得てるらしいからな。それに組織は別に無いわけじゃないからな」
「なるほどな」
「ま、真意は不明だがな」
その話を聞いて私はセリカという女性の名前を思い出した。何もかもを忘却していた記憶に剣士時代の記憶が蘇る。始まりは憧れだったけど、剣士というもの実態を知って酷く後悔したこともある。それでも、セリカは逃げることよりも歩き出すことを選んだんだと思った。
そう考えているうちに、自然と体はベッドから出て、クローゼットにかけてあった剣士服に身を包んだ。そして、愛剣の刃を手入れし、扉を出た。
そして、新たに結成された純白の剣姫の施設へと向かった。
「レイス、久しいな」
「・・・・・・すみません、私今まで____」
「今はもうそんな事、気にしなくていい」
仕事を途中でやめ半ば、強引に姿を消した私をセリカは怒らなかった。それよりも、私の事を心配しているように思えた。
「その髪____」
「分かってます____次に歳を重ねてから二年です____」
「____そうか」
「はい」
「それでレイスはどうしたい?」
「私は・・・私はもう二度と後悔だけはしたくないです」
「なら、レイス お前にここの副団長を任せよう」
「え?」
「元から副団長はいないのだが、私はこの有様だ」
セリカはやらやれとと言う表情で机に重ねられた無数の書類を見せた。
「組織の登録、剣士の目簿の作成、依頼主のリストの制作・・・その他もろもろだ。こんなことやっていたらろくに仕事もできない。だから、レイス、お前がここの指揮をとってくれ」
「でも、私、そんな経験ありませんし・・・」
「やるまえから、無かったことにするのか?」
「い、いえ、私はその・・・」
「一人でやるのが不安なら傍付き剣士でも探してみたらどうだ?」
「傍付き剣士?」
「仕事の補佐をしてもらえばいい。ま、とにかくレイス、お前が今日から副団長だ」
部屋を後にした私は長い間、人に会っていなかったため人が近くにいると思わず顔を伏せてしまった。前の視界が不十分なままあ歩いていたため、目の間に迫った人を避けることが出来ずぶつかってしまった。
「す、すみません____えっ?・・・・・・ディセル・・・?」
目の前にいたのは月の日を境に一度もあっていなかった私の唯一の親友だった。
「・・・レイス?なんであなたがここに」
「それはこっちのセリフだよ・・・・・・ぐすっ」
私は思いもよらぬ、大切との再会に涙をこぼした。
「それにその髪・・・レイス、やっぱりあなた・・・・・・!」
「これはただ髪を染めただけだよ?・・・だから気にしないで」
「・・・・・・そうなんだ。うん、似合ってるよ」
「ありがとう」
ディセルはきっとわかっている、それでも私の言う事を信じてくれた。
溢れ出す感情のはけ口を見つけられず、通路で抱き合い泣いている私たちは他の人たちから見たらどう思われていたんだろう。そんな考えが脳裏によぎる。それでも今は、この時間だけを大切にしていこうと思えた。
後に分かった事なのだディセルも私と同じ日にここを訪れていたらしい。そして、セリカの副団長への誘いは断ったらしい。「私より、レイスの方がきっと向いているからと。それに、レイスはきっとここに来るから」、と。
こうして私は《新生_純白の剣姫》の副団長になった。
それから数ヶ月経った頃前に住んでいた別宅からもう一つの別宅へと私は引っ越した。こっちの方が風通しもいいし何よりも家族との思い出がここには詰まっていた。以前は家族の事を忘れようと思い出の少ない家にいたのだが今はもう大丈夫だと思えたのでここに身を置くことにした。
そして今日は私の誕生日の日で今思えばこれはお母様からの誕生日プレゼントだったのかもしれない。それは、自室に地下室があることに気づいたことだ。今は夜の十一時頃で霊的現象が起こるにはぴったりな時間帯で地下に降りるのには少し気が引けた。しかし、地下の存在が気になって眠れない気がした私はランプの灯りを片手に足を階段へと進めた。するとそこには、無数の書物と埃を被った道具の数々、そのどれもが見たことのないもので小さな板に硝子が張られた物、比較的軽い素材で作られた見たことのない文字が散りばめられた盤の様なものがあった。
「きゃっ!」
黒い紐に足がかかりこけそうになる。
咄嗟に部屋の中心に置かれた机に手を掛けると、机はスライドし動いた。
「転移の魔法陣?なんでこんなところに」
あらわになった床には魔法陣の様な者が描かれておりその横に所有時間は二つの針が天井を指すまでと書かれていた、怪しいしいと思いながらも触れたそれは青く光り出した。
「えっ?」
その瞬間、私の体は光に包まれ。
次に目を覚ますと、どこかの庭園に私はいた。外の景色は夜の闇が支配し、月の光が唯一の灯りだった。
状況が理解できないまま、辺りを見回した。
そして、視界に映った黒髪
その瞬間____【私は運命と出会った】。