epilogue
大聖堂での死闘から数日後____
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風音が耳障りだ____。
木々の揺れる音が耳障りだ____。
人の話し声が耳障りだ____。
足音が耳障りだ____。
鳥のさえずりが耳障りだ____。
鏡に映る自身の姿が目障りだ____。
話しかけてくる少女が目障りだ____。
心配そうなその瞳が目障りだ____。
胸を打つこの鼓動がうっとうしい____。
生きている自分が嫌いだ____。
雨の様に降り続ける雪は深々《しんしん》と俺の周りを降下していく。スローモーションの様なスピードのそれは留まることを知らず、今もなお、世界を真っ白な虚無へと染めてゆく。それはまるで俺の心を現したかのように鮮明で、絶望的に美しかった。
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俺はあの日、ディセルが孤独な空に一人旅だったあの日、彼女を自室へと運んだ。傷口を治し、衣服に染みついた血を出来る限りふき取り、ベッドに寝かせた。もう喋ることも、体を動かすこともしなくなった、人形に俺は何を思い何を望んだかは分からない。心配そうに俺の事を気にかけ扉を叩く少女には反応することもできず、訳の分からない感情に体を拘束されていた。
それでも、俺は筆を持っていた。依頼は絶対に____。
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そして、現在に至る。
枯葉が視線の先を横に散ってゆく。
モノクロの視界を持ったまま、煉瓦の道を歩くのは酷く精神的に疲れを生じさせた。
真っ黒な服と両手に持った花束を抱えて目的地へと歩みを続ける。
視界の横を通り過ぎてゆく人の視線が突き刺さる。
それでも、俺は歩く____向かう____ 赴く事をやめない。
黒い柵に囲まれた、大きな広場に着くと冷めた瞳で大切な名を探す。
目線を左右にゆっくりと向けてゆく。
いつしか、それは俺の目に留まった。
自然と目尻にじんわりとした温かみが込み上げる。
そっと置いた花の束から手を離すと、自然と持ってきていた銃を見つめ、数秒間の時間を静止しそれを戻した。
意識の波が変わり、俺は本来の目的へと行動を移す。
「____出来ることなら、リテイクを頼まれたかったよ________」
差し出した一枚のイラストを優しく見せると俺はそう言って、あの日と同じように空を見た。
過ぎ去った日々の思い出を想像しながら俺はその場を後にし、元来た道を再び歩き出した。
その時、一人の男性に声をかけられた。
「あなたもあの事件で大切な方を失くされたのですか?」
不意な質問に俺はすぐには言葉を返すことが出来ずその場に立ち尽くすことしか出来なかった。そうしている間にも男は一人、語る様に話を続けていた。
「私の大切な人はあの聖堂で働き始めてばかりだったんですよ。理由は恐らく、私の為だったんだと思います。まぁ、今となってはそれを確かめる手段は何一つないんですけどね____」
男は悲しげな表情ではあったが涙を堪えているような感じは不思議と感じえなかった。それは男のこれまでの経験がそうさせているのか、もしかしたら《死》というモノになれているからなのかと俺は考えていた。
「おっと、私としたことが・・・すまないね。つい____」
「_____いえ、別に大丈夫ですよ。・・・後、ここに来た理由も同じなので____」
「そうか・・・私ばかり話してしまって申し訳なかった。よかったら、君の話も聞かせてくれないかな?」
「_____いえ、俺は特に話すようなことは無いので____」
「そ、そうか・・・すまない。なら私はここで____」
「____はい、それでは____」
俺と男は短くもどこか空っぽな会話をした後、お互いの目的を胸に抱き歩き出した。俺の横を通り過ぎてゆく男からは何も感じられず、かという俺も何も思ってはいなかった。けれど、そんな心でも揺らぐことはある____。
「蝶が羽ばたきましたね____」
振り返ると男は空を見上げぽつりと呟いた。
「____えぇ、その蝶の羽ばたきは疾風を起こし、今も俺の心に嵐を____」
本当に蝶が飛んでいただけかもしれない。
男は俺ではなく、ただそう言っただけかもしれない。
けれど、もしもその男が言った言葉の意味が俺が見つめていた、ディセルの銃_の事を指しているのだとしたら____。
それはきっと____。
____銃に詳しいという事実だけを残すのだろう。
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溶けかかった朝に俺は目を覚ます。
何かが無くなり何かが始まる。
それでも俺は重たくなった心を引きずるように生き続ける。
一日が永遠と感じられるほどに俺は【死ぬことを望んでいた】。
機械の様に与えられた任務をこなし、剣を振るう。その一瞬、一瞬に彼女を思い出す。その度に俺の手元は僅かに狂う。
剣先を引く、朱色の線に目を汚し、澄み切った瞳から光を吸い取ってゆく。そう、俺は一人の狙撃手_ディーセルシ=ラニのかつてを鏡に写し、行動を起こす。そうしなければ、忘れてしまいそうだったからだ。
「____同じ景色を見ても、つまらないよな?ディセル・・・・・・」
分かっていても今、自分がすべきことが定まらない。あの時の情景が嫌という程、思い出される。何故?どうして?何で?と言った言葉だけが繰り返しリピートされる。
俺の決断は間違っていたのか?俺の存在は間違いなのか?俺の居場所はここではないのか?
疑問という否定が俺を突き動かす。そして____
____俺は大きな過ちと言える、【分岐】を辿り始めた。
晴れることの無い黒く濁り切り、墨のように澄み切った心は俺を、ある組織へと向かわせそこで最初の罪を作った。
本当はこんなことをしたとこで何かが変わるわけでもなく、消えるわけでもない____。それでも、俺は退くことをしなかった。だって、それが俺の存在意義なのだから____。
________剣を持った青いコートを斬り捨てた。
「きっ・・・貴様っ!何をっ____!?」
想定内の反応が返ってくる。
「____驚く事じゃないだろ?これは当然のことだ。たった・・・たった一人の少女も守れなかった奴らにはな________っ!!」
もう、自分が何をしたくて何を求めているのかも分からなくなった。
「キット・・・・・・君は、お前はもう____」
金髪の剣士が冷ややかな視線で剣を抜いた。黄金に輝く剣を____。
「____________」
「話しはいりません。答えは剣戟が決めるので____」
クレイはあの時の様に剣を天に向かって構えた。それは同時に大きな隙を作り、俺に攻撃の時間を誘う。だが、金色の騎士を中心に溢れ出すオーラは触れるモノを昇華させ、近づけさせない。
エミュレータとアシエルの剣を十字させ防御の姿勢に入る、そして____
クレイは剣技を発動させる合間に言葉を発した。
____僕の血は特別なんですよ。そう、竜の血ですから_____。
その発言の意味を俺は深くは考えなかった。今更、そんなことを言われた所で驚きもしないし、言及する気も起きなかった。そして、第一にもう、俺の心は揺れ動くことは無かった。数秒と絶たないうちにクレイは、あの日の様に剣技の名を口にする。それはこの静寂を刺す様に反響し、辺り一面に剣の在り方を示したかのようだった。そして、俺は心の中で「アニメと一緒だな____」っと呟いた。
【________エクスカリバーーーーーーーーーーーーーッ!!】
これではっきりした、俺の眼前で【黄金に輝く剣を持った騎士_クレイ=スペシャリティ】の祖先は、かの騎士王_アーサー王だという事が。星の様に輝く髪色と青い瞳がそれを肯定する様に存在していた。だが、そんな答えを知ってもなお、俺は騎士王に剣では互角だった。
対必殺剣技 《ゼロ・バーサス》
俺は愛剣のエミュレータに意識を込めると、防御姿勢に入って態勢を崩し、クレイの剣技を真似るように剣を振りかざした。一瞬、クレイの顔が不穏な表情に変わったがそこは騎士の精神と言うモノなのだろうか、すぐにそれを戻し、技を発動させ続けていた。そして____
ビッグバンの衝突を再現したかの如く、視界が真っ白な光に包まれてゆく。何も見えなくなった視界の中で俺は大きく飛躍する。雲を突き抜けるように高く飛んだ俺の身体は翼が生えたように軽やかに宙を舞い、俺はそのまま飛び去った。クレイとの決着の結末は今も分からないままだ____。
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これが最後であるようにと、俺は悟った面持ちで自室に着く。
机に置いていた液タブとノートパソコンのそれらを魔法で粒子に変換し持ち出す準備を始めていた。それは同時にこの家_レイスから離れることを意味し、追い打ちをかけるように、彼女との誓約を放棄する意味合いも含まれたいた。
だが、俺には誓約さえも軽く思えてしまい、そんな自分に苛立ちと殺意を感じずにはいられなかった。不思議なことに閉めていたはずの窓が開いており、そこから肌を刺す冷たい風が吹き抜ける。俺はその自然現象で改めて、今の季節が冬だという事を実感する。
これからの事を考え、手を掛けたクローゼットから厚手のコートを取り出すと俺は特に何かを考えるわけもなくそれに手を通した。姿見に無かくはずの足は何故かそれを拒否し、俺を静止させる。数秒間の沈黙と空気に身を委ねると俺は静かに部屋を後にした。
時間で言うと今は昼前で、当然、レイスは家にいるわけもなく、聞こえてくるのは虚しい鼓動だけだった。
不意に外から焦りを感じさせる足音が聞こえてきた。無数に聞こえるそれに俺は複数人が走っているのだと考えた。理由は恐らく、俺を捕まえに来た騎士や警備隊の類だろう。
「____あんなことがった後じゃ警戒もより強固になるよな」
軽く皮肉めいた言葉を発した俺は窓から外の要素を伺った。幸いなことに俺の居場所はレイスしか知っておらず、騎士たちはこのセレクトリアの街をしらみつぶしに駆けまわる事でしか俺を探しだす手段を持ち合わせていなかった。
「____《今は無き最高位》も団長亡き今、誰が指揮を取っているのかと思えばまさか、クレイだったとはな」
そう、《今は無き最高位》の団長_ディース=クロロはあの聖堂事件の日に姿を消し翌日、遺体となって見つかったのだ。そして副団長であった騎士も魔物との死闘で命を落とした。それに伴い、次期副団長候補だったマルスが団長の代理となり騎士たちの指揮をとるはずだった_____。経緯はこんなもので、順番的な意味合いで剣術に置いてマルスと互角であったクレイが正式に《今は無き最高位》の団長へとその身を置くことになった。
「____行き先は_____________」
新たな旅立ちを予感させるようにそう呟いて俺は二階の窓から散った________。
________【レイス、きっとお前が俺を殺してくれ】________。
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どこかも分からない闇が広がる路地を一人の者がフロアを踏み鳴らす様に歩いている。
右手には眩く光る何かを持ち、左手には本を持っていた。
『まさか、団長さんもこの、黒魔術の力を悪用しようとしたなんて驚きですね』
不敵な笑みを浮かべ本を見つめる。
『ま、どれだけそれを欲しようと殺されてしまえば意味は無いんですけどね?あの日、騎士たちに魔物や信者の死体の片づけをさせている間に聖堂に忍び込み、そのまま本を持ち去るとは・・・・・・まさかと、思いましたよ。____団長亡き今、《今は無き最高位》は本当に《今は無き最高位》と言えてしまいますね・・・ふふ____』
この時、ある違和感を覚えた。団長が来るまでに確実に《一人》、あの場に居た者がいたはずだと。だとすれば、何故、本を持って行かなかったのかと____。
『それどころじゃなかった・・・と言ったとこでしょうか。私にはそんなこと一生かかっても分かりえますけどね。でも、それを知ってしまったら私は____。どうなってしまうのでしょう?』
柄にもないと、軽く頭を振り、右手に持っている物に目を向けた。
『本当はこんな物を使わなくてもいいのですが、そこはまぁ、興味と言うべきなのでしょうね。確か、ここを押して・・・後は____』
物珍しさと興味深さでそれを操作する。暗がりが広がる路地に小さな光が揺らめく。
『あの人、名前がいまいちなんですよね・・・。だったら、あの見た目をそのまま名前にして差し上げましょうか?えっと・・・いつも黒いローブを被っているから・・・・・・。____【黒ローブさん】にでもしておきましょう』
何かに名前を付けた。今度はそれに意思を送る。
『_(本は無事に取り戻しました)。こん感じでいいでしょう。文章は短めに、そして的確に____。所で黒ローブさんはこれを扱えるのでしょうか?見た感じこういった物には疎い様に思えますが・・・』
右手のそれを使い終えると、それは光を消した。辺りが黒一色に染ま上げられると、同時に声が響いた。
『そのような物、我らが使う意味は無に等しい。何故、お前はこうも我らと異を成すのだ』
その声に若干、不機嫌そうにしながら返答をする。
『うるさいですね。それに、いたのですか?』
『あいにく、お前のその楽しそうな雰囲気に割って入る隙が見いだせなかったのでな』
『はぁ、それって言い方を変えれば監視と一緒ですよ?それに私の送ったモノは見ていただけました?』
『無論。本の回収については特にいう事もない。だが____』
一瞬、世界が凍りつく。これには【マルス】も少しの恐怖を感じずにはいられなかった。震撼した空気と凍てついた地がこの冬の季節をさらに真っ白に染めてゆく。そして____
『この【マルシュ】って名前は何だ?お前にしては珍しいな、こんな可愛げのある名を考えるとは・・・』
『はっ・・・?』
『お前の名は仮にも【マルス】のはずだ。それなのにここでは何故・・・だ?』
『はぁ・・・そんなことですか。あなたには到底分かりえることのできない事ですよ?ま、それは人間にも言えた事でしょうが・・・・・・』
『予想はつくが言及した方が良いのか?』
『果たしてあなたに出来るのでしょうか?私は無理だと思いますけど____』
『それはお前が____だからなのだろう?どの世も違いの特徴はあるモノだそれにお前は今もあの方を____』
『それ以上発言を続けると言うのなら、あなたもいつかの女の様に串刺しにして差し上げますよ』
『ふっ、まぁいい。だがな、マルス。お前は決して、自分の思いには答えられない。それだけは覚えて置け____』
『ご忠告、感謝いたします。ですがその様な指図は受ける気はありませんので____』
『なら、事実を告げてみてはどうだ?あれだけ近づいておきながら、それを告げないのもどうかと思ったのだが』
『いいえ、私が求めているのはあの者ではなく、あの方なので________』
マルスが言葉を言い終えると、そこにはもう黒いローブの姿は無くなっており、ただ一人残された紫色の花が立ち尽くしているだけだった。
『________そんなこと言われなくても分かっています。ですが、それでも私はあの方に____』
不意にポケットに入れて置いた、物が振動し光を放つ。マルスは不思議そうにそれ取り出すと____。
『なんですこの文章は?誤字が多すぎます・・・・・・やはり、黒いローブさんにこれは似合いませんね?そう____』
________【スマートフォン】は________。
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その後、セレクトりの街がどうなったのは分からない。本来、分からないことだらけだった俺が知らないのは必然的だろう。そして、これは俺が最後に《純白の剣姫》に行ったときに聞いた話なのだが、この組織は団長・副団長、といった一般的な階級の他に【天使階級】というモノを設けていたらしく、団長のセリカには【座天使_スローンズ】の階級が副団長のレイスには【能天使_エクスシア】の階級が施されていたらしい。そして、ディセルには【一介天使_エンジェル】の階級が定められていた。
俺はその話を聞いた時、自分にはどんな【天使階級】があるのかと考えていた。しかし、そんな考えも今となっては意味がない事だ。天に背き、組織を逃げ出した俺には、そんな階級を持つ権利などあるわけがないと____。
それでも、俺という存在に天使が階級を付けたというのなら、きっとそれは【最も最強で最も最凶】な階級____【天死】だろう。
日が昇り切った、セレクトリアを翼を羽ばたかせるように駆ける俺はいつしか、疲労によって静止させられていた。これは恐らく、逃亡からくる精神的な疲れと魔力を行使し続けた故の魔力切れだろう。姿を隠す様に街角の階段に身を潜め、荒い呼吸を整える。あいにく、水分を取れる状況ではなかったので過度な深呼吸は避けるようにした。
これからの事と誓約の事、もっと言えばたった一人の純白のことが頭から離れなかった。どこで間違えたのかは分からない。けれど、起こしたことに修正はかけられない。それは、油絵を描く様に____。
騎士の気配を感じた俺は再びその足で地を駆ける。真冬の肌寒さよりも心の虚しさの方が冷たく感じられ、目尻に吹き付けた冷気が感覚を刺激する。滲む始めた視界が俺の速度を遅くする。
「このまま、ここで死んでしまえば俺はこれ以上悲しまずに________」
完全に止まった足は俺をその場に止まらせる。また、泣き言を言ってしまったと、泣きながら口にする。そんな時だった____
「________こんな・・・ことも・・・・あるの・・・かな・・・・・・・・?」
泣いていた。感情が心を突き破った________。
いつからそこにいたのか。
いつからそこに現れたのか。
かじかんだ、右手の人差し指にそっと羽を休ませるように舞い降りた、【黒い蝶】が何もかもを打ち消す様にその人差し指を噛んだ________。
満足げにそれを見つめた俺は瞳の温かみを再度、確認し前へと歩みを進めるのだった。
そして、この白銀の世界になり果てた世界を静かに、瞳に写し、俺はただ一言____
________【この真っ白な世界で君という存在が一番目立っているよ】____。
【終わり】




