episode 44 【Black day】
次第に熱を帯びる、瞳に滲ませた視界。見失いかけた自身の夢。
共に駆け抜けた、いつかの日々の数々を思い出す。
そして、俺は殺害対象に目を向ける。頭数に入れていなかった、この聖堂の玄関口を担う者に____受付嬢に________。恐らく、聖堂の奥に隠れて俺達の動向を見張っていたのだろう。
「____何でこんなことしたんだ」
冷たい怒りは冷たいまま、冷酷に、そして冷徹に剣を握らせようとする。
「_____」
返答は返ってこない。ただ、震える体と目で俺達を見ているだけだった。その様子があまりにも許せなくて、俺は____。
「だっ・・・て・・・・・・・」
何かを思おうとした時、視線の先のそれは口を開いた。酷く脱力した口調と硬直した精神状態で発せられる言語は辛うじて聞き取れたものの、それ以上の続きが途切れていた。
「_____ディセル」
俺は両手に抱き続けている少女の眠る様に閉じた瞳を見つめながら名を呼んだ。聞こえてくるはずもない、少女の声をもう一度聞きたい一心で・・・ただ、それだけの願いで名を呼んだ。
「ごめんなさい・・・・・・・ごめんなさい・・・」
不意に聞こえてきたのは、俺が今、一番聞きたくない言葉だった。
「_____謝るなら・・・何故・・・・・・何でディセルを撃ったんだっ____!」
怒りが爆発する。体の血が沸騰する感覚が俺を支配した。
だが____
「____っ痛い・・・」
それを制止させたのは左目に宿った《赤い瞳》だった。まるで、ディセルに止められているような気がしてそれ以上は何も行動を起こすことが出来なかった。このまま、ここで一生を終えるのも間違いではないのかもしれないと思ってしまう。約束と誓い、そして誓約____。ディセルは俺とレイスの誓約について何を言いたかったのだろう。もし、彼女がこの先も生きていたとしたら何か、話をしてくれたのだろうか?
ふと、そんなことが頭をよぎった。
「・・・は彼を・・・・・・彼の・・・・を・・・たかったのっ!!だから・・・だから・・・・・・・その《白魔術》が必要だったのよっ____!だから、それを持っていこうとするから・・・・・・・仕方なく・・・仕方なっかのよ!」
ゼオルから吹き込まれた、嘘に今もなお、《信じる》という意思を持ち続けている者に俺は再び怒りが溢れ出し始める。この怒りはゼオルや黒魔術に対するものではなく、理由を言い訳とし、正当化しようとする目の前の者にのみ対して起こったモノだった。
幻想を見て、それでも望みを捨てないその姿に俺はいつしか、終わりを告げようとしていた。
それでも俺はディセルから手を離せなかった。
少しずつ消えかかってゆく、彼女の温もりを忘れたくないという気持ちが他のどんな事よりも勝ってしまっていたからだ。
懐かしい思い出に浸る様に見つめた少女の頭を撫でる。
「____ごめん、ディセル。俺はまた君を一人にさせてしまった。一人で逝かせてしまって____」
本当は一人が怖くて、一人が嫌で、それでも一人だった君を唯一の安らぎから引き離してしまって____。
________そっちでは一人で大丈夫かい?
________出来ることなら君の近くで寄り添いたいよ____。
どうにもならない結末と変えられた俺の気持ちはもう戻らない。
「____なぁ、あんた これが本当に白魔術に見えるのか?」
下を向きディセルから視線を話さず、声をかけた。その際、一瞬ビクついた様子をみせたものの返ってきた言葉は都合のいい、《エゴと言う名の思い込み》だった。
「・・・こ、これだけの・・・・・・魔力があるならきっと・・・そうよ・・・絶対に・・・!」
真面な精神状態ではない口から発せられるのは、一言一言が癪に障る、歪な音色だった。そして、その発言から俺は彼女の立場を大方理解した。彼女は《黒魔術信仰》とはあまり関りは持っていなかったものの、その黒魔術の効果に未来を見て、ゼオルに付け入られた人間の一人なのだろう。だが、本来の姿を知った彼女は動揺し、葛藤した故に自身の願いを優先した。
「____そうか」
会話は沈黙の訪れと共に終わりを告げ、聖堂には儚い寂しさと美しいほどの孤独感だけが残った。これからの事も先の事も決められないままの俺は永遠にこの場から腰を上げられないのではないかと思ってしまう。そして、それでもいいと、諦めにも似た、肯定感が俺の心を優しく包む。
「・・・い、いやっ!・・・・・・こ、来ないで・・・・お願い・・・こっ・・・!」
静寂を破るその声と共に感じた、異様な違和感に俺は息を止める。
(____なんだ?この感じ、前もどこかで____)
不意に現れた不可解な現象と受付嬢の言葉に俺は止まっていた思考を巡らせる。そして、考えがまとまらないまま次の《事》が起こった____
ザシュッ________
肉を刺す音がする。
そして、何度目かの静寂が姿を現す。
『これでお相子ってことでどうでしょうか?』
タイミングを見計らったかのように言葉が発せられる。それはどこかで聞いた言うよりも、一方的に聞かされた声だった。下を向き続けていた視線を上げる。眼前には薄紫色の髪を持つ、騎士が立っていた。ここに近寄るだけでもかなりの戦闘は避けられないはずだった。しかし、マルスの衣服には血は愚か、傷一つ付いておらず、まるで新品の騎士服をそのままここで着たのではないかと思う程だった。
「____何がだ」
突然の出来事に臆すことをせず、俺は単調に言葉を返す。
『ですから、キット=レイターさんはこの女に大切な人の命を奪われた。だから、俺はその女の命を奪う。こうすることで《やった事とやられた事》の度合いは相殺されたというわけですよ』
そう言い切ると、頬に飛び散った赤を舐める、マルス。不気味な雰囲気に輪をかけたその行為に一瞬、俺の背筋が凍る。そして、一人の少女の命とそれを殺した、女の命が同じ価値なわけがないと思ってしまう。
「____黙れ」
『ま、無理もないですよね。相殺だけじゃその気持ちは抑えきれない。っといった所でしょうか?なら____』
マルスはそんな俺の気持ちを読み取ったのか、『分からなくもないですよ』と言いたげな顔で地面から、かつて人だったモノを拾い上げ____
グサッ____!
『これでどうです?見てください、とても無残で残酷ですよ?』
「____」
視界に入るのは受付嬢の首だった。無表情で息をしておらず、首の中心から頭蓋骨までを剣で真っ直ぐに通されたそれをマルスは無邪気に刺しうがち俺の方へと向け、見せた。ポタポタと規則的に滴る朱色の液体が地面に触れるたびに、その鈍い音が反響する。実際には音はしていなかったがその雰囲気と視界に映る、《事実》が俺の脳に錯覚的な補正を加え、その音を聞かせる。
『キット=レイターさん、こういうの何て言うか知ってますか?』
「____?」
『BBQの下準備って言うんですよ?』
そして、マルスは無造作にそれを剣ごと適当な場所へと投げた。甲高い金属音が響いた後、聖堂には黒い違和感が姿を現した。フロアを踏み鳴らす様に軽快な足取りで近づいて来る、騎士に俺は身動きすることができづ、そのまま呆然とそれの到着を待つしかなかった。
『改めて、初めまして_キット=レイターさん。いや、ナトリ・カイトさん____』
この状況下で名前がバレたことぐらいで俺は驚きはしなかった。そんなことは容易いことなのだろうという、俺の考えが働いたからだ。それにこの聖堂内に他の騎士たちも連れづに侵入出来る時点で、コイツは他の連中とは違う。もっと、言うとすれば、マルスという騎士には以前から良くない違和感を感じていた。それはこの、捜査が始まった時から、それよりも《少女誘拐事件》が始まった時からだろう。
理由は後から、いくらでも思いつくものだ。だが、そんなことよりも気にかけないといけないことがあった。それは____
________【俺を見つめるその両眼の瞳が引き込まれるような深紅色をしていたことだ】
「____お前」
____もっと早く気付くべきだった。
____でも今はそれよりも目の前の敵を排除しなければ俺が死ぬ。
____ 退けなければ、何も守れない・・・いや、もう守れなかった。
____本を死守しなければ、レイスを救えない。
____《反転の呪い》を解呪して本当にいいのか?
____だが、そんなことよりも俺には明確な気持ちがある。
____レイスが呪いにかかったのも、ディセルが命を落としたのも、元を辿れば全てが黒魔術に繋がるという事だ。
____だとすれば、マルスもその例外では無い。
____だから、俺は剣を取る。
『どうやら、俺にも怒りを向けられている良うですね?でしたら、教えてあげましょう』
「____」
俺との対角線上で距離を取り、斜め上を見つめる様にしてマルスは話し始めた。
『絶望と希望。かつてそのような事柄を題材にしたモノがあったでしょ?俺はそこに疑問を抱いたのです。隣り合わせの絶望と希望、それを巡り合わせいようにしているのは何か?____と。そして、俺は気づいたのです。この二つの出会いを邪魔する存在に』
軽くこちらを向き、赤い瞳で語り掛けるマルス。
「____なんだ」
『ここに何の変哲もない一枚の紙があります。ですが、これはとある言葉の中では白にも黒にも染まる物なのです。例えば、【絶望と希望は紙一重】。仮にその紙がこれだったとしましょう。』
コートのポケットから取り出した、便箋ほどの紙切れを右手の親指と人差し指でつまみ、ヒラヒラと靡かせる。
「____何が言いたい」
マルスの独壇場と化したこの場に俺は終わりを告げようと意識的に瞳の色を青に変えた。赤く燃える左の瞳を青く染め、両眼が蒼穹に染まった俺を見て、マルスは息を呑み、持っていた紙をこの空間に投げた。
『もう少し、話をしたかったのですがあなたはどうやら正気を保てそうにないので簡潔に話しましょう。その紙を引いたのは俺ですよ』
「____」
『そして、あなたは一つその意味合いをはき違えています。元より、絶望と希望は何もない虚無の中には生まれないんですよ。そう、それに至る根源が何限りはね____』
________《絶望》・《希望》この二つの中心で不安定に煌めき、そして静かに濁っている根源。
________そう、【願望】です。
『あなたは彼女に対して何かしらの願望を抱いてたのではないですか?だからこそ、今もこうして感情を使い、俺に剣を向けている。違いますか?』
奴の言い分は正しかった。正しすぎた。だからこそ、腹が立つ。そんな、思いにさえ気づけなかった俺自身に____。
『俺はそろそろ行きます。あなたにはどうやら、何かバレているようですし。このまま、《今は無き最高位》にいるのも何かと面倒なので』
「____どこへ行く?」
『さぁ・・・俺にも分かりません。ですが、元あった場所に変えると言うのが妥当といった所でしょうか?』
「____そうか・・・・・・なら伝えて置け」
鎌をかけるように俺はマルスに宣戦布告を考えた。例え、その結末がどんな形であろうと今の、《この身》ならどんな苦痛にだって耐えられる気がしたからだ。そんな独りよがりな、考えを俺は口にする。
『・・・?』
「いつかお前らを____《黒の手紙》を________消し去る」
真実と仮定の間で俺は揺らぐ思考を固定し、自身の考えだけが正しいと決めつけた。どこかに怒りをぶつけないと俺はどうにかなってしまいそうで俺は視線の先の《因縁》にその全てを集中させた。
『はい?何の事ですか?俺にはそんな闇の組織の事なんか分かりませんよ。まぁ、伝えておきますよ』
あざ笑った顔から零れる皮肉めいた笑みを浮かべた。そして、ゆっくりとこの死地を楽しむ様に歩き出す。床に転がった死体を気にも留めず、蹴り飛ばし、そして踏む____。
「____マルス」
俺は特に何か行動を起こすわけでもなく、名を呼んだ。
『何です?まだ俺に用があると言うのですか?』
「お前なら《反転の呪い》を解くことが出来るのか?」
『____あぁ、彼女の事を気にかけてらっしゃるのですね?・・・えぇ、まぁ、出来ますが、それがどうかしたんですか?あっ、でも俺に解いてくれとか都合の良いことは言わないでくださいね』
「____」
『話はどうやらそれだけの様ですね。それじゃあ、わ・・・俺はこの辺で____』
視線の横を過ぎ、俺の背後へと歩みを進めるマルスに俺は、その騎士の行方を追いたい気持ちを抑え。せめてもの一心で振り返ろうとした。だが____
『おっと、振り返らないでください。もし、振り返ったら____この聖堂、爆破しますよ。と言っても、もう起爆は起こしてるんですけどね?』
その言葉は真実だった。気づかされて感じる温度の変化。それはこの聖堂内を見えない炎で燃やしているのではないかと思う程だった。
「くっ____!」
その頃にはマルスの姿は聖堂から消えていた。もしかしたら、奴の目的は俺を殺すこと____。
爆風と共に勢いよく割れたステンドガラスが頬を掠め、朱色の線を引く。
_____【このままここで燃え尽きたら、誓約を破ったことをレイスは許してくれるのかな】
_____【ディセルはそんな俺でも傍に居てほしいと思ってくれるのかな】
二つの疑問が生まれる。
そして____次の瞬間俺はその両方を壊し。前を見た。
「____もう、そんな甘いことを言っていいわけない」
託された銃には魔弾とは違った、狙撃用の弾丸が入っていた。俺はその弾を見ると、自然とトリガーを引き、そして引き金に手を掛け____。
バンッ_________________________
天に向かって放たれた弾丸は糸を引く様に細く、そして長く銃声を響かせた。
まるでそれが、【ディーセルシ=ラニ】という一人の少女への弔いであるかのように____。
失意と喪失で力が入らなかった体に意味を見出し、その場に立つ。両手に抱きかかえた【大切】に目をやり微笑むと俺はそれを最後に冷たい面持ちで最初の一歩を踏み出した________。
その時だった、聖堂を取り囲む様に備え付けられていたステンドガラスが一斉に音を立てて崩れ始め、内側へと火種の様に降り注ぐ。その一つ一つが鋭利な形状をしており、ナイフが降り注いでいると言っても過言ではないだろう。けれど、その色彩豊かな情景はまるで、【虹色の雨】が降り始めたのだと俺は思った。そして____
「《この世界に栞を挟んで》____」
空間上で停止させた、それらは射し込み始めた陽の光でより一層、鮮やかに輝きを増し始める。
「ほら、朝だぞ____起きろ ディセル・・・呼び方を変えないと起きてくれないのか?しょうがないな・・・・・・それなら、起きてください 姫様。朝ですよ____」
泣きながら笑っていた。
どんなに挑発をかけても、どんなに冗談を言っても聞こえてくるのは、自身の呼吸の音と胸を打つ脈の振動だけだった。
その後、俺は扉への歩みの時間、一瞬、一瞬を記憶と心に刻む様に踏みしめ、体を通り過ぎてゆく秋風を感じながら空を見た________。




