episode 42
「____ディセル、なのか・・・?」
声を聞いただけでそんなことは分かっていた。だけど、そうやって確認する行為が俺の気持ちを落ち着かせる。一発の弾丸と同時に聞こえた、黒蝶の声は聖堂内に反響し、俺へ向けられていたゼオルの注意がほんの一瞬、崩れた。それは、まさしく想定外の出来事だったのだ。俺にとってもゼオルにとっても、この緊迫した戦場に舞い降りた、異分子的存在と言うほかないだろう。
「どこだ!どこにいる・・・っ!私のこの神聖な場所を妨げる、虫けら風情はっ!」
怒りを露にするゼオルの言葉をもろともしない様子で、声の主はただ静かに息を潜めていた。俺の視界からも視認できない、ディセルの姿に俺はすぐさま、遠距離攻撃の可能性を想像したが、どうやらその考えは的外れの様だった。
何故なら、この聖堂内を包む、ステンドガラスはどこにも割れた形跡がなく、入ってきた扉はすぐさま施錠されたからだ。
だとすれば、考えられることは一つ____
____黒蝶はすでに、この聖堂内にいる____。
意図的に俺達の視界から姿を消したのはゼオルの隙を突く為だろう。そして、放たれた弾丸には微かだが魔力が感じられた。それは、同時に俺の計画の意図をくみ取ったことを意味していた。
弾線を突き進む弾丸は瞬時にゼオルの脳天を狙って放たれていた。数メートルの距離からの攻撃にゼオルは反射的に動くことは敵わず、それを受けると思われていた。しかし、その予想は大きく崩れ去る。ゼオルの周りの空気が歪み、銃弾のスピードが鈍く遅いものへと変えられてしまう。
「どんなに隙を突こうと、私のこの黒魔術からすれば底辺の攻撃に等しいのだよ」
そう言うとゼオルはローブに隠し持っていた短剣を取り出し、弾丸を弾いた____。
その時、俺は強張っていた表情を崩し、口元に笑みという歪みを浮かべた。
「キット=レイター、君のその顔・・・どうやら勝ったと思っているようだね?だが、この先も私は____っ!?」
そう、俺の計画は今この瞬間を持って完遂されたのだ。弾が弾かれた刹那、ゼオルは圧倒的な戦力差を見せつけた、そして次の瞬間、顔面蒼白になった。
その表情を起こさせたのは俺の思考を読んだ瞬間だったのだろう。
一度起こしてしまった事は取り消しはできない。例え、黒魔術という力をもってしてもだ。
ここに来て、雪山で採集した《反射輝石》がその真価を見せる。あらゆる魔力源を反射するその輝石はこの聖堂内に散りばめられていた。
「貴様・・・!」
ゼオルの焦りと怒りの声が届く。
俺は数日前、クレイに渡した《反射輝石》を思い出していた。ここに初めて来たとき、虹色に光を射すステンガラスに魅了されるのと同時にある計画を思いついていた。仮にこの場が最終決戦の場所になるのだとしたらこの手を使うしかないと思ったからだ。その考で俺は初日に雪山に赴き、必要な物を入手した____。
後はそれをこの聖堂内を取り囲む全てのステンドガラスとすり替えれば良いだけの話だ____。
(____どうやら気づいたようだな?あぁ、そうだ俺の心なんていくら読んでも意味は無かったのさ____)
弾かれて弾丸は勢いを取り戻し、ステンドガラスの窓に当たった。そして____
シュッ____!
矢を放つ様に跳ね返った。それは絶え間なく、ありとあらゆる方向に行き交い、際限なくこの聖堂を反射し続ける。
「・・・何故だ・・・?何故、お前はそんなにも冷静でいられる・・・・・・っ!?私は・・・私はお前の考えを全て読んだのだぞ!?それに・・・・・・何故、その足を止めないっ!この不規則に飛び交う、弾丸をもろともしないのか!?」
慌てふためく、《禁忌者》を見据え俺は一直線に聖堂を歩み続ける。それは祈りを捧げに来た者の様に____。
「・・・くっ、来るなっ!これ以上近づくと____」
想定外の出来事とこの場の出来事全てに思考を使い続けるゼオルはいつしか、行動制限を起こしていた。
(____馬鹿かお前?いくら相手の思考が読めようと、思考という概念が存在しない、単なる物理攻撃の法則には通用しないんだよ。だから、お前が俺の心を読もうとそれは予測できない。そして、俺自身もこの反射がいつ、どん形で終わるのかを知らない。だが、一つだけ言えることがあるとすれば、この弾丸は俺には当たらないという事だけだ____)
それを聞いてゼオルはすぐに俺の心を読もうとしたのだろう。激怒した目で俺を睨み続ける眼光が血走っていた。だが、そんなことをしても無意味だと気づいたのだろう。すぐさま、ゼオルは弾丸を放った狙撃手を探し始めた。
「(弾は後、二発。大事に使いなさい____)」
そんな時、左耳からディセルの声がした。
(えっ____?)
俺は意味が分からなかった。先程、聞こえた声は確かにこの建物内からだったというのに今は____。
(そうか、今は敵に居場所を探られない為に小声で話しているのか・・・!だとしたら、さっき聞こえたのはディセルの通常の声量であって、秘具から聞こえたものだったのか)
「____分かった。タイミングはそっちに任せる」
「(何言ってるの?あんたが考えた計画なのに人に任せていいの?)」
「____本当の事を言うと、終着のタイミングが違うだけで弾丸はどの反射輝石に向かって撃とうと結果は同じなんだ」
「(・・・そんなことが可能なの!?それにあんたにそんな技量があるとは到底思えないんだけど?)」
「____一人の騎士が一晩でやってくれたよ。だから、ディセル、俺達はその分も含めて絶対に勝たなきゃいけないんだ」
「(えぇ、絶対に____)」
瞬きも許されない程、瞬時な判断が必要とされるこの戦況の中で俺は最後に問いを投げかけた。
「____ディセルはどうやってここに来たんだ」
安直な質問をする。
「(それはあんたと同時にここに入ったからよ)」
説明を必要とする回答をされ、俺はすぐさま疑問を口にした。
「____それってどういう意味だ?」
「(まだ分からない?左耳よ。それ、昨日から着けっぱなしだったわよ?それに私も・・・その・・・・・・。だから、それが答えよ____)」
「____じゃあ、ディセルはずっと俺の会話を聞いていたのか?」
左手で触れた耳には秘具が着けっぱなしだった。これで彼女が言ったことは本当だということが証明された。しかし、それが分かったところでここにでディセルがいるという理由にはならない。
「(聞いていたって言うと、少し違うわね。私は・・・私はあんたのすぐそばに____)」
言い切る前に声が薄れ聞き取れなかった。けれど、その声色には少しだけ恥じらいが感じられた。
「(それに・・・あんなことがあって、私も辛かったのよ。悲しかった、怖かった、寂しかった・・・・だから、だから・・・・・・一番、心が落ち着く人の・・・________)」
________【好きな人のそばに居たいに決まってるじゃないっ____!】
最後の言葉は秘具越しではなく、とても近くで聞こえた。それは寄り添うようにずっと隣にいてくれた人がようやく、姿を見せてくれ様だった。声は聖堂の二階から聞こえ。俺はすぐに視線を向けた。すると、そこには黒い霧を晴らし終えた、黒蝶の美麗で気品に満ちた、姿がそこにはあった。
ディセルは視覚遮断系の魔法で俺から見えない様になっていた。そして、昨日、彼女と別れてから一人、孤独を歩んだ俺のそばにいてくれたのだと思った。どこまでを聞かれて、どこまでを知られたのかは分からない。けれど、俺の彼女に対する償いは彼女_ディセル自身が一番近くで見てくれていたのだと____。
「____なら、これからはいつも傍に居てくれ、お前とは契約があるしな」
「(えぇ、そうね____。あんたには私を描く責任があるのよ。だから、キット、きっと勝ちなさい____)」
「____約束だからな」
一言、そう言い終えると俺とディセルは呼吸を合わせる様に意識を戦闘態勢へと変えた。
二本の剣と一本の銃を鍵として、聖堂の脅威を討ち倒す。前衛を俺が担当し、後衛と、とどめの一撃の引き金を引くのは黒蝶の仕事だ。
「己、己・・・ぐっ!・・・・・・がっガアアアァァアアァァァァァッ!」
ゼオルは追い込まれた精神状態と黒魔術の過剰な行使により、体を侵食され自我を失い____。
「____皮肉なもんだな?今のあんたは・・・お前が魔物といった《魔眼持ち》と同じ、魔物だよ____」
理性と制御を失った体を黒魔術が強制的に動かし、排除的異分子に襲い掛かる。剣技を発動させ無数の魔法を斬り続ける。空中で爆散するそれは花火の様に飛び散り、辺り一面を焦がしてゆく。その攻撃はゼオルが調整し使っていた魔法とは段違いの威力と射出量を誇り、急速な速さで聖堂を破壊してゆく。
俺はその光景に《黒魔術の真価》を見た気がした。そして、攻撃と攻撃の間の魔力装填の隙を見て俺は____
「____ディセル、全弾使ってくれっ!」
俺は頭上の狙撃手に合図を出す。
「分かった!」
バンッ____!
バンッ____!
放たれた弾丸はステンドガラスに当たり、瞬時に反射する。空間を駆けまわる、弾丸は流れ星の様に光の線を引いてゆく。そして、一筆書きの☆を描く様になった瞬間、それは対象者、目掛けて角度を変え。
「あがっ・・・!ぐっ・・・・・・!_____あっ____」
一発目は足を貫いた。
二発目は動きを止めたそれの腹を貫いた。
三発目は息の根を止める様に脳天を貫いた。
バタッ____・・・・・・。
その場に倒れた魔物に俺達はゆっくりと近づいた。辺りにはどす黒い血と一冊の本が落ちていた。
「____終わったのか・・・?」
黒魔術で体の制御が効かなくなったとはいえ、あれほどの強大な魔力を持ったモノをこうも簡単に倒せてしまうのかという疑心暗鬼が俺とディセルを襲った。だが、そんな疑問も全ては目の前の慣れの果ての死体が物語っていた。
「そう言わざる得ないんじゃないのかしら?だって、これはもう動いてないし、後はこの本を回収するだけで私たちの《黒魔術信仰》の捜査は遂行されってことじゃない」
「____そうだよな。なら、後の事は《今は無き最高位》の人たちに任せよう」
「そうね。とういか、何で私たちがこんな大掛かりな役目をやらされているのかが不満なのよね。今度、あちらさんの団長に文句の一つでも言いに行くわよ」
「・・・ディセル、それは・・・・・・」
「冗談よ・・・でも、あんたが無事でよかった」
「それは、俺のセリフだよ。あんなことがあって、もう会えないかと思っていたんだ・・・なのに、なのにどうして・・・・・・」
「____同じことを言わせないでよね。私はただ・・・あんたのことが_____」
こうして話をするだけなのに、何故だろういつもの様に戻れていっている気がした。それは、俺が《人を殺してしまった》故の共有的意識がそうさせたのかもしれない。だけど、今は今だけは、それに許されても良いのではないかと思ってしまう。奪った命を取り戻すことは出来ない、償う方法は分からない。だけど、それを探し生きてゆく事こそが俺やディセルの使名だと____。
「それにしても、まさかディセルが魔法で姿を消して傍に居たなんて予想もつかなかったよ」
「私の隠蔽スキルを舐めないでよね?その気になれば、もっと凄いことだって出来るんだから!」
と、自信満々に言い切ったディセルだが、それは一歩間違えれば俺達の世界で言うところのストーカーの類に該当するのではないかと思い、思わず苦笑いでその場をしのぐ。
「じゃあ、ディセルは昨晩から俺のそばにいたと・・・・・・」
「そうよ?何かいけない?」
罪の意識が無いのか、それとも鼻からそんなことを考えていないのか、ディセルはサラッと血の気が引く言葉を発した。
「いや・・・・レイスとのやり取りも見てたのかなって・・・?」
「____キット あんたはあの子と誓約を結んでしまったのね」
(やっぱり・・・・・・)
「____それが俺の決意だから」
「____なら、覚悟しておいた方がいいわよ?あんたはこれから先、その誓約という柵と生きてゆくことになったのだから____」
「____どういう意味だ?」
「____それは自分で考えなさい。それが誓約を立て、交わした者の宿命だから」
ディセルの意味ありげな言葉に俺は先程までの死闘から来た疲労を忘れていた。
「ま、そんなことより、これを回収しないと」
ゼオルの持っていた本は役目を終えた様にパタリとページを閉じ、無造作に転がっていた。その横で息絶えている、哀れな教祖の末路との対比に俺は本が持ち主の生気を奪った様に思えた。
「触って大丈夫なのか?」
「本自体に魔力を通さない限り、これはただの紙切れよ。それに私の様に体の一部に《魔》を宿した人間にならある程度の黒魔力は効かないわ」
本を拾い上げ、騎士たちの応援を待つことにした俺達は破壊しつくされた聖堂を見を見渡す。二階部分に備え付けられていた、手すりは崩れ落ち、所々に大きな穴が開いていた。床は凹凸が無数にできており月の表面の様にクレーターに近い、空間が闇を作っていた。それだけで黒魔術の威力の絶大さを思い知らされてしまう。
カチャッ・・・カチャッ・・・カチャッカチャッカチャッ・・・・・・!
そんな時だった、耳に微かな金属音が届く。それは震えている様に感じられ。俺は激戦の末にここまで辿り着いた騎士だと思った。そして____
バンッ____!
「___________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________」
俺の思考回路と身体的意識、そして精神が白く____真っ白に染まった。




