episode 41
光が指していない聖堂内は恐ろしいほどに暗く、そして静寂が包んでいた。警戒心を抱きながら、閉じた扉は同時に施錠され、完全に閉じ込められてしまった。両手に握った剣は無表情にその手に在り続け、その瞬間をただひたすらに待っていた。
細めた目で冷たい視線を作る。心は無くし、手は血で赤く染まっていた。
例えるとしたら、今この聖堂には《一人の禁忌者》と《一人の殺人者》がお互いの目的に為に存在しているといったところだろう。目線の先には教祖_ゼオル=ターニスが姿を現しており、左手に握られた、分厚く黒い本が禍々《まがまが》しくオーラを放っていた。
ズドン____ッ!
顔を合わせるよりも前に俺の左耳を鋭利な風が突き抜けた。それは、後方の壁に衝突し聖堂の一部を大きく損傷させた。
「不意打ちか?それとも、戦闘開始の合図か?」
俺はその攻撃をものともせず、言葉を発する。
「やはり愚かだね、君は。《魔眼の魔物》を助け出して、何か得られたのかね?あんな、生かす価値の無い、命を守って誰かが救われたというのかね?私には到底理解できないことだよ」
手に持った本を見せつける様に揺らしながら語り始めるゼオルに俺は何も言い返せなかった。そうしている、間も禁忌者は俺への警戒を一切怠っていなかった。
「____得られたものが無かった・・・だと」
「図星かね?君はあの魔物を助けたことで《得るよりも、失う》事の方が多かったのではないかね?《君の魔物》との決裂、そして失われた騎士たちの命。天秤にかけるまでもないかな。いくら、心を偽ろうと、私には通用しない」
「____《心読》。質の悪い、異能だな。それに、俺はどんな事でも創作の経験に生かすつもりだ」
「一人を救い、多くを救えなかった君が今、何が出来ると言うのかな?悪とは言え《千の命を奪った》君が____。先に言っておくと、これから先の展開も大方、読めているよ。だから、そんな可哀そうな君に私から、一つ提案があるのだが」
この提案は恐らく、言うまでも無く罠だ。それも俺の心に付け入る、最悪な罠だ。
「____何だ?」
「私も悪ではない。だから、君をここで殺そうとも思わない。抵抗すると言うのなら話は別だがね。この世界には様々な事があり、それが人にもたらす何かも計り知れない。だからこそ、私はそれらを乗り越え、克服していかなければ。だが、人にはどうしても超えることのできない一線があるものだよ」
ゼオルの、その遠回しな口調に俺は苛立ちと緊迫した空気への焦りをジリジリと感じていた。
「____回りくどいな。・・・・・・何が言いたい?」
臆してしまったら、相手の思うつぼだという事は明確に分かっていた。
「なに、簡単なことだよ。君は【反転の呪いの解呪方法を知りたいのではないのかい?】」
「____くっ・・・」
分かっていた。嫌という程、探していた。レイスを助ける方法を____《反転の呪い》から解き放つ方法を・・・・・・。どれだけ、力を持っていても、絶対に消すことのできないそれを消すことを模索していた。ゼオルの言っていることが本当だとしたら、俺はここでどう判断するべきなのだろうか?
・偽りの目的_大聖堂の《黒魔術信仰》の捜査
・本来の目的_レイスにかけられた《反転の呪い》の解呪方法を探す
はっきりと二つに分かれた行動動機は似ても似つかないもので俺にとっては後者を取る方が最も最優先で絶対にやらなければいけないことだと強く心に刻んでいた。・・・・・・いた、はずなのに____。
(・・・一体さ・・・・・・俺はどうすればいいのかな・・・ディセル・・・)
俺はあの時、知ってしまった。黒魔術に必要なのは赤い魔眼を持った人間だという事を。以前、ゼオルの魔の手から救った少女もディセルと同じ色の魔眼を持っていた。俺はその少女にディセルの過去を重ね、助けた。しかし、それがディセルとの間に大きな傷を作る要因になってしまった。だから、俺は迷いなく、レイスの《反転の呪い》を解く方法を得ることを選ばなければいけないと、強く心言い聞かせた。
だが、もしもまだ魔眼で苦しんでいる人がいると言うのなら、俺は・・・例えディセルと同じ手段を取ってでもその全てを《楽》にしてやりたいと思ってしまう。千を超える命を奪った俺なら____きっと、そんな事でさえも、やってのけれるような気がしてしまう。
____だって、それが俺に出来るディセルへの唯一の償いであり。気持ちを共有できる、最後の一線なのだから____。
「何を迷う事があるのかね?私を殺せば君は永遠に、それを知りうる術を失くすのだよ?それに魔眼持ちはしょせん、私達、《黒魔術講師者》の素材、あるいは道具に過ぎない。だから、君もそう思えば少しは選択肢が絞られるのではないかね?」
煽るように囁かれたその言葉に俺の何かが一気に跳ね上がる。
「____黙れ」
一言だけ言葉を残し、俺は一つの決断をする。それは、どちらも選ばないという選択だ。単純に目の前の敵を殲滅することだけを脳裏に記憶させる。
「なるほど、その様子だと。考えることをやめたようだね。しかし、本当にそれが君の最善の選択なのかね?まぁ、いいだろう。もう少しだけ時間をやろう。私も右腕をやられているしね。そのお返しをしないといけないからね。その間で君はもう一度考えてみるんだ」
ドンッ____!
紫色をした炎が無数に飛び交い、俺を追尾する。それを紙一重で交わすと後方の壁に勢いよく当たり、壁を破壊してゆく。どうやら、ゼオルの持っている本を魔力源に《黒魔術》が行使されているようだ。
左に飛躍しステップをすると俺はそのまま、ゼオルの背後を取るべく走り抜ける。聖堂の一階部分と二階を支える支柱が時折、俺の視界を妨げる。それはまるで、映画のフィルムのコマの中で戦っているような錯覚におちい陥った____。
「____うっ・・・!」
炎が柱に当たり強い地響きを起こす。その拍子に俺は足元を踏み違える。それでも俺は止まらない。どんなに敵が強力な力を持っていようと、必ずいつかは隙を見せるはずだ。例え、それが自らの命と引き換えに決着がつく瞬間だったとしても俺は後悔はしない・・・してはいけないんだと。
「戦力差は歴然だというのに君はまだ戦う事を諦めないというのかね?それでこそ、私もやりがいがあるってものだよ。なんせ、この黒魔術を使うのは初めてでね。少々、力に押されてきているのだよ?だから、君という実験台で扱いを慣らせて私は嬉しいよ」
その言葉を皮切りに、さらに魔術が降り注ぐ。何万の軍隊が一斉に空に向かって矢を放った時の様に暗い色を炎が豪雨となって降りしきる。床は党にボロボロで、ここが聖堂内であることを忘れてしまう程だった。
(____どうする、あの魔術には恐らく限界は無いだろう。対して、こちらには《二本の剣》と《栞》、そして____。どこかで、きっかけがあればこの戦況を覆せるかもしれない)
グリップを効かせた足であらゆる方向に走り抜ける。その際も魔術の追尾は続いており、柱を使ってその全てを相殺するしかなかった。柱に向かって勢いよく走り、限界まで引き付けたそれを体に触れる少し手前で回避する、その他、柱のどちらかに回り二手に分かれた魔術をお互いにぶつけるといった、スリリングな方法でしか追尾を免れる方法は存在しなかった。
右に避けた瞬間に次の攻撃が右から迫っていた、左からは継続して、魔術が射出され続けており、行動範囲は前後のみと、かなりの死闘を強いられていた。
(____このまま攻撃をよけ続けても埒が明かない。それなら____)
「《我地を駆けし疾風なり・我理を変革せし者なり・我時間を崩す者なり》」
詠唱を唱え、自身の反応速度を増加させる。光を纏った身体はそのまま風になる。残像を残した過去の空間にゼオルの魔術が降り注ぎ、聖堂がさらに悲鳴を上げる。
「____戦況は五分五分といったところだな」
「確かに君のいう通り、今のままでは勝敗が決するとも思えない。それに____」
ほんの少し、俺より遅い紫の炎はコートの先端を掠めるだけで本命に当たることは無かった。
「君に一つだけ返しておかなければいけない物があるんだよ。私の腕を貫き、致命傷を負わせたこの、ナイフをっ____!」
完治したと思われる、右腕から放たれたそのナイフは、この聖堂内の空気を貫き裂く様に俺の方へと一直線に飛ばされた。その速さは強化された俺の速度を遥かに上回り、目線の数センチ先にまで迫って来ていた。
(____栞を挟むか?いや、この状況でそれは意味がない。だったら____)
グサッ____!
咄嗟の判断で体を捻った、俺は左肩を犠牲にする事で脳天を狙った鋭利を防いだ。
「____くはっ・・・!」
痛みに閉じていた瞳を開ける。すると、そこには最悪の光景が迫っていた。俺を中心として取り囲んだ、おぞましい魔物の数々、そして、振り続ける熱を帯びた紫の雨。
(____この展開は・・・流石に・・・・・・)
握った剣は小刻みに震えていた。 どうしようもならない現状に叶えられない願いの重みを背負った体はそれでも目へ進むことをやめない。魂の宿り主の意向を無視し、ただひたすらに剣を振りかざそうとする。
固有剣技 《Rough drawing》
曲線を描いた、剣先は空気を切り裂き、爆風を起こす。その衝撃は魔物の群れを爆散させ血が吹き散る。そのままの勢いで左手の剣を補佐役に回す。
とびかかってくる巨体にアシエルの剣を投げつけ、目に闇を生じさせる。その隙に愛剣のエミュレータで胴体を貫く。際限なく、出現する魔物群れと紙一重で交わし続ける、魔法の矢に俺はいつしか追い込まれてゆく。有利な状況に持ち込んだはずの展開が裏目に出たのだ。絶え間なく、行使した剣技と強化された身体はその継続時間と並外れた負荷に限界を迎え、強制終了した。
(____ここ・・・までか・・・・・・。俺は何のために、ここまで________)
止まっている間にも脅威はその勢力を増し続け。俺は処刑台に足をかけてしまっていた。
「____俺には無理だったんだ・・・たった一人の剣士がこの黒魔術をどうにか出来ると思っていた、俺への報いか・・・・・・」
絶望的な状況とすさんだ心が俺にそんな、泣き言を言わせていた。数秒後に訪れる、想像を絶する痛みと苦しみに目を背ける様に、閉じた瞳。もう決して、開くことの無いその瞳の中で俺は____。
バンッ____!
聞き馴染みのある、音を聞いた。そして____
________次、泣き言、言ったらその首をはねるから?後、涙も____。
聞こえてきたのは、たった数時間しか離れていなかったというのに、とても懐かしく、蝶の様に何処かに飛び立ってしまうのではないかと思わずにはいられなかった____。
________大切で傷つけたくはなかった、人の声だった。




