episode 40
数時間の睡眠の後、俺は目覚めた。瞬きを数回、繰り返すと外に目をやる。全体的に群青色のフィルターがかかった景色が視界に入る。日の出にはまだ早い時間帯なのだろう。
「____っ!」
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地面を震撼させる様な殺気が伝わる。それどころか、この辺り全体が・・・いや、セレクトリアの街全体が何か良くないモノに包まれている。そんなことは俺や隣にいるクレイも気づいているはずだ。だが、本当に気づかなければいけないのは上下左右を敵に囲まれていることだ。
「予想よりも随分早く復活たな」
不意打ちを狙ったのかそれとも、今までため込んできた魔力を爆発させたのか、ゼオルはまだ日が昇っていない朝方に脅威を放った。
それでも救いだった事があるとすれば、レイスが眠っていたことだ。もし、俺が彼女なら大切な人が死地に赴くと分かっていて、止めないわけがないからだ。それに、どうしても、行くと言うのなら、確実に「私も行く」と彼女は言うと分かっていたからだ。
レイスがこの戦闘に加わってくれたら、きっと戦況は大きく有利になるのは間違いなかった。しかし、それはあくまでもこの状況を打破するという結果しか残さない。俺が本当にこの戦いの中で求めているモノは____。
____失った、ディセルとの距離だった。
だから、この全ては俺自身がどうにかしないといけない。
そうすることが、彼女への償いなのだから____。
「その様だね。ですが、例の依頼の件は確実に」
「あぁ、なら後はこの魔物の群れをどうにかするだけだな」
「はい!」
俺は右手に握った愛剣の《エミュレータ》とアシエルの剣と思しき《白黒の剣》を左手にその場をかける。
「きっとは二刀流の戦闘スタイルを取るようにしたんですね。てっきり、片手直剣の技量を突き詰めるものだと思ってました」
初撃の一振りを行う際にクレイは俺にそんな緊張感をほぐす為の他愛ない会話をかけてくる。
「二刀流________か。そんな生易しいモノじゃないさ。俺が使うの____」
そう言って俺は剣技とあらかじめ発動させておいた《装填擬似剣技》を同時に発動させる。
一薙必殺剣技 《アナザー・エリュシオン・アブソリュート》
触れた相手を確実に仕留める、片手直剣の最高位の剣技。剣先が赤黒く光、青い閃光を放つ。俺をそれは両手の剣から発動させ、標的に振るう。
時異連撃技 《ツイン・フェイス》
同時併用したもう一つの剣技はあまり実用的なモノではなく、どちらかと言うと、威力の高い剣技の補正に徹したモノだった。
周りを取り囲む様に集まり続ける、黒き獣たち。それを一掃するかの如く、剣はこの朝方の闇を舞い続ける。流れ星の様に降り続ける閃光と血しぶき、気づけば俺は実に十数体もの魔物を消し去っていた。
だが、俺の剣技の本質はこんなものではなかった。時異連撃技は発動主が発動させた攻撃系の剣技を身体的負荷無しでもう一度繰り返し発動することが出来るものだ。つまり、今も集まり続けている無数の魔物達に同じことを行うことが出来るのだ。
____だから、俺が倒した魔物の数は優に二十体を超えることになる。
「流石ですね、キット。ですが・・・あいにく__」
クレイは額に汗を浮かべ、言葉を続ける。
「魔物達は今もなお、増え続けています。このままでは埒があきません。」
そう言って、クレイは剣を構えなおす。両手で構えた、剣を真っ直ぐに持ち、そのまま天に向かって刺す。地上から無数の光の粒子が溢れ、クレイの剣に一つの集合体として集まり続け、いつしかその剣は黄金の輝きを放っていた。夏の夜に河川から飛び立つ、蛍の様なその粒子はクレイ自身にも纏わりつき、彼を神格化させていた。
「クレイ____なにを________」
「キット、危ないですから少し離れておいてください」
暗い闇を切り裂く様に金色の閃光は発行し続け、振りかざした瞬間に爆散する。その瞬間、街がほんの数秒だけ《朝》になった。そして、数秒後に再び《夜》が訪れた。あまりの眩しさから、手で覆っていた目を慣らしながら開くと、そこには魔物の姿が跡形もなく消え失せていた。剣技と呼べるのかは分からないが、クレイがその輝きを放つ際に、技名を発したようだった。だが、その神々しさと群がる魔物達の咆哮で聞き取ることはできなかった。
「これでひとまずは凌げましたね。ですが、これから先どんな魔物が出現するか分かりません。だから、キット、君だけは先に聖堂に____」
「クレイ・・・お前は大丈夫なのか・・・・・・?」
「はい、僕は・・・クレイ=スペシャリティはその名の通り、特別ですから」
「・・・そうか、ならここは頼んだ」
抜いていた剣を鞘に戻すと、俺はクレイとは逆の方向に踵を返し、背中を預ける形で走り出した。その時、クレイは俺に剣を振る形で「ご武運を____」と言い残した。
俺は仲間を切り捨てる様に地を蹴った。この戦場と化したセレクトリアの街は魔物や魔獣、それに剣を取った者達の流血で染められてゆく。俺は・・・俺はこんな事の為に____と、考える思考を無理やり抑え込み、地を駆け抜ける。視線の横を突風が過ぎてゆく。流れゆく景色は酷く鮮明で美しかった。連なる家の壁に咲き誇る、《返り血で咲いた赤い花》が街を庭園にしてゆく。
「《今は無き最高位》の騎士もこの数にはお手上げってところかな」
視界に映ったのは金髪の剣士とは真逆で銀の剣を持った騎士たちだった。そして、赤く染まり、所々が斬られている青いコートは紛れもなく、《今は無き最高位》の騎士たちだった。対して俺達、《純白の剣姫》の剣士達の姿は殆ど無かった。それもそのはずだ。何故なら、俺の所属している組織は女性が殆で名前の通りの組織だったからだ。それに、彼女たちは《魔竜討伐戦》で親を亡くした少女に過ぎない。それを、団長のセリカが組織に入団させただけの事。だから、戦闘慣れした少女だけが今回の作戦に参加しただけの話だ。
ドンッ____!
刹那、大砲を発射させたような鈍い重低音が辺りに響く。
バンッ____!
ドンッ____!
ザンッ____!
あらゆる衝撃音が響き続ける。頭上から聞こえるそれに俺は視線を一瞬にして向ける。
「最終防衛ってとこか____なら____」
目線の先には聖堂へと続く灰色の階段が姿を現しており、その頂上で黒いローブを被った者達が杖を片手に詠唱を絶え間なく唱えている。それは広範囲の《広域詠唱》だったり、レーザービームの様に一つの標的を狙う《選的詠唱》だったりとありとあらゆる、殺傷能力が猛威を振るっていた。このまま、階段を突っ切れば恐らくあの詠唱にその身を焼かれるだろう。それに、千を優に超える信者たちは交代に魔力を行使しているため、半ば半永久的にあの、防衛を続けることが出来る。
ガアアアァァアァァァァアアアアアアッ!
背後からは鬣を震わせ、咆哮する魔獣が迫って来ていた。背水の陣といったこの状況で俺は何故か、落ち着いていた。それは精神的感覚が麻痺したせいなのか、それともこの展開を楽しんでいるのか____。
「敵は無制限、たいしてこっちは一人の剣士のみ。なら____」
俺は近くに停めてあった、荷車から自身の体がある程度、隠せる大きさの木の板を取った。
そして____
「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
脚に力を込め、階段を駆け上がる。
無数に飛んでくる。光の線。術者の詠唱は絶え間なく、唱え続けられ侵入者の行く手と命を奪う。
「____無駄なことを、ゼオル様に歯向かうなど無駄な事」
「____反逆者はここで散りなさい」
あざ笑うかのように言葉を浴びせ続ける信者たち。その間も彼らの攻防は止まない。
そして、俺にその全てが集中し降り注ぐ。
その瞬間____
「____ここだ。特殊異能限定解除____《この身に触れしものに栞を挟んで」
握った板が青く透明に光る。それを確認すると、俺は降り注ぐ詠唱の産物をもろともしない面持ちで疾風をかける。そして、赤や緑、黄色といった火炎放射の様なものの数々が射出され、俺を囲み____
ドカンッ____!
階段の三分の二を破壊したそれは、俺が駆け抜けていた足場はおろか、この数百はあるであろう、段差の灰色を上段と下段に寸断した。後に残ったのは衝撃が巻き起こした砂ぼこりと、粉々に砕け散った岩石の破片のみだった。のうのうと立ち込める、煙はこの薄暗い視界をさらに狭め、擬似的な暗黒が聖堂付近を支配する。
無残な階段を視界に入れた信者たちは、敵のその行為を自殺行為か自棄になった故の蛮行だと思ったのか。詰んだ一人の剣士を確実に殺す事もせず、詠唱を唱えることをやめていた。
「たかが剣士風情が魔術に敵うとでも思ったのか」
「いくら修練を積もうと、遠距離からの攻撃に近接戦闘しかやってこなかった剣使いは敵いっこないのよ」
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____あぁ、そうだな。だから________
遠距離からの____
地面を蹴った。
数秒も満たない速さで上空に飛躍び暗黒の世界を抜ける。
そびえたつ聖堂と無数の術者が視界に入る。
右手に持っていた、板は挟んだ栞の効果で傷一つ付いておらず、全ての攻撃を防いでいた。
重力の力を利用し、体を疾風の如く降下させる。
地に着く足先は足音一つ立てず、静かに降り立った。
そして、右手に剣を持ち帰るとそのまま横一直線に薙ぎ払った____。
____近距離攻撃。
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「なっ____あの魔法を全て交わしたのか・・・!?あり得ない、あれほどの魔力を受けきれる、モノなどありはしないはず____」
俺は空間を転移したかの如く、奴らの背後を取った。
いきなりの出来事にすぐには行動を移さない信者の集合体。それが彼らの最後だった。
ザシュッ____。
線を引く赤い血。
スローモーションの様に視界を横に過ぎてゆく。
光を消した瞳で目の前の敵を制圧する、黒き髪の筆。
いつしか、感じた頬の暖かさそれは次第に手、そしてコートまでをも染めてゆく。
流血で空間に赤で筆を走らせて行く。
そんな、錯覚を俺は起こしてゆく。
振り向いた方向と真逆に流れてゆく、瞳の水滴と鮮血の雨。
「はああああぁぁぁぁーーーー!」
後には退けない____。
だけど、これでようやく縮められた気がした。
____ディセルとの距離を。
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聖堂の前には血の海が広がっていた。次第にそれは階段の方へと流れ、赤い絨毯を敷いてゆく。ビシャッビシャッと踏み鳴らす足音が気持ち悪い。赤く染まった剣を俺は鞘に戻すこともせず、そのまま聖堂の扉へと歩みを寄せる。死神と呼ばれてもおかしくはない俺が、こんな神聖な場所に足を踏み入れていいのか分からない。けれど、一つだけ確かなことがあった。もしも、ここで俺が彼らを止めなければ、赤く染まっていたのは街そのものだった。
だからと言って、俺の行いに肯定的な意見を述べようなどとは思わない。
ただ、あの【黒い蝶】なら何て言ったのかな____と。思ってしまう。
精神的負荷が限界に達した俺はよろめく足取りを余儀なくされ、視界も、かすみ始める。
そんな中、俺は____
________【心意の瞳で扉に手を掛けた】。




