episode 39
「これは・・・っ!」
俺はすぐさま立ち上がると、灯りを片手に地下室のあらゆる方向に視線を向けてゆく。
「キット・・・?急にどうしたの?」
「____レイス、見せたかったものって魔法陣だよな?」
「うん・・・・・・そうだけど。それがどうかしたの?」
「魔法陣がここにあって、そして、【電子機器の類】がここにあるんだ。確証はないけど、もしかしたらここが【アシエルの作業場だった可能性があるんだ】____」
「えっ____。でも、私がここに来た時、そんな物は無かったよ?」
「無かった、じゃなくて、気づかなかった、の方があってるかも」
「それって、どういう事?」
ランプを床に向けるとそこには、俺の足を引っかけた黒い電子ケーブルがはっきりと姿を現し視界に映る。
「以前、レイスは俺と出会う経緯を話してくれたよな。その時にこの地下で【小さな板に硝子
《がらす》が張られた物、比較的軽い素材で作られた見たことのない文字が散りばめられた盤の様なものがあったて言ってたろ?」
「うん、言ったよ?でも、それがどうかしたの?」
レイスはまだ気づいていないらしい。それもそのはずだ、異世界人が俺達の文明機器を見ることはまずないからだ。それに、もしもそれが俺のいた世界の物だったとしても、そんなことを考える者はまずいないからだ。しかし、レイスがそれらの物を見た上で、俺の持ち込んだ《ノートパソコン》を見ても気づかなかったと言うと、それは恐らく用途の違いだろう。
俺は基本的に外でも《ノートパソコン》を使う機会が多い故に、《液晶ペンタブレット》とは釣り合わない低スペックの物を使っていた。
だが、ここを仮にもアシエルがイラスト作業をしていた場所だとすれば話は別だ。基本的に22インチ以上(縦27.38cm_横48.62cm)の大きさの液タブを外では使わないだろう。もし、アシエルがそれ以上の物をここで使っていたとしたら、恐らく使用されるパソコンは《デスクトップ型PC》で間違いないだろう。
だとすれば、レイスが俺の《ノートパソコン》のキーボードを見ても地下室で見たものと同じだと気づかなかったことにも少しの合点がいくはずだ。何故なら、《デスクトップ型PC》は《モニター》と《キーボード》部分は分離しているからだ。
「この線を辿ってゆけば・・・あった!」
俺は床に魅かれたケーブルを辿る様に灯りで照らしその先を追った。そして、そこに現れたのは俺の予想通りの物だった。
「何があったの?キット」
「これだよ」
俺はレイスにキーボードを差し出す。
「それって、キットの部屋にあった物と似てる____それに____」
「うん?どうかしたか、レイス?」
キーボードを見た後、「はっ____」と何かを思い出したかの様に息を吸ったレイスは何かを考えた後、言葉を発した。
「もしかしたら、それ、お父様が貿易で所有していた物かも」
「どういうことだ、レイス?」
「以前、《ロイ家》についての本を読んだときに____」
【ロイ家の貿易には利益のが出ないにも関わらず継続して続けられていた貿易があったされている。手に収まる程の大きさのガラス張りの板の様な物や無数の台形をした物が埋め込まれている盤があったとされる。それは、ロイ家の当主である_アルカナ=ロイの個人的な理由で行われていたモノなのかそれとも何か別の理由があっての事かは真意は不明である。】
レイスは本で読んだ文面を俺に話した。彼女の父であるアルカナ=ロイについての情報は薄いものの、大事なのは今はそこではなく貿易で取引されていたものだった。《手に収まる程の大きさのガラス張りの板の様な物》や《無数の台形をした物が埋め込まれている盤》の二つだ。
俺の考える限りでは、後者は恐らく、このキーボードで間違いないだろう。そして前者は硝子という部分に手掛かりがあると考えた俺は知りうる限りの物を脳裏に浮かべた。そして、次に手に収まるという一文を加え再度考え直す。
「なぁ、レイスはアルカナさんの仕事について他に知っていることは無いか?」
「残念だけど、私も良く知らないんだ・・・貿易物だって、今、キットに言われて初めて見たから。それにあの頃の私はまだ幼かったから____」
「そうか。でも、何でアルカナさんはこんなものを集めてたんだろう?それに何でこれがこの世界に____」
一人呟いていると脳裏にスッと疑問の答えが映った。
「そうか____っ!」
「え、何か分かったの!?」
「あぁ、《ガラス張り》の正体が分かったんだ」
そう言うと俺は先程、キーボードがあった場所の辺りを再び探し始める。
「____あった。これだったんだな、全くいつも触っていたのにあんな書き方されると分かりづらいな」
俺は見つけ出したそれの埃をはたくとレイスに見せた。
「これは?」
不思議そうに差し出されたそれをまじまじと見るレイスに俺は言葉を続ける。
「まずは名前から、これは_______っていって俺達の世界では恐らく全世界に広まっている物さ」
簡単な説明をした後、俺はそれを元あった場所に置き、次の行動に移った。レイスはそれを興味深そうに眺めていたが、本題に入るとなるとすぐさま意識を変えた。
「そこだよ、キット」
レイスの指さした床には魔法陣が描かれていた。円形の主線に見たことの無い模様と文字がきめ細やかに施されており、それは一種の芸術の様だった。
「これが____」
「ねぇ、キット?」
「うん?」
「その魔法陣の上に立てばきっと、帰れるよ____」
「____」
「君と会えてここで生活して、本当に楽しくて嬉しくて____」
並べられた単語の数々はどれも幸せなモノだったけど。言葉を紡ぐ本人の表情にはそんな単語とは真逆な顔をしていた。
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「だから、君がここで辛い思いをするのは、私、嫌なんだ。キットがいなくなっちゃうのは悲しいけど、それでも私は君の____」
________【ナトリ・カイト】君の心を守りたい。
そう言い切るとレイスは俺の背にそっともたれかけた。顔を背中に当て、俺を後ろから抱きしめていた。
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____あっち側での生活の事
____セレクトリアに残した大切な人の未来
____それとも、その両方なのだろうか?
静かに閉じた瞳の中でこれまでの軌跡を思い出す。儚くも美しい、出会いと別れ。過ぎ去った日々に残した、思いの数々。その全ての欠片を俺は一つ一つ摘み取ってゆく。
唯一の帰路に向くはずの足はレイスの行動によって、静止する。それは物理的な拘束ではなく、精神的拘束がもたらしたモノだった。ほんの少し、この足を動かすだけで俺はいつもの日常に戻れるというのに何故か体が動かない。
________【レシウル=ロイ】。
少女の名を口にする。様々な思いが入り混じった声色で一文字ずつ丁寧に口ずさむその名____。
「俺は____」
彼女に胸中に抱いた思いを告げようと口を開いた時俺は、風にそっと押されたかのように前へ一歩体が踏み出していた。
「____っ」
すると、足元から眩いほどの光が溢れ出しいつしかそれは俺の体を包み込んでいた。水色の閃光が部屋中を照らし出す。そこでようやく、俺はこの空間の全貌を把握した。机の上に置かれたモニターとその横に備え付けてある、液晶ペンタブレット。そのセッティングと配置から俺は全てを悟った。
____あぁ、やっぱりこここは《一人の絵師》の作業場なんだと。
今更、そんなことが分かったところで意味のないことぐらい分かっていた。だって、俺が立っているのは魔法陣の上で今も現在進行形で俺を元の世界に帰そうとしているのだから。
レイスは俺の為を思って、そっと背中を押してくれたのだ。この一人では何の判断も出来ない俺の背中を____。
消えゆく視界に映る少女を最後まで鮮明に記憶に留めようと目を見開いた。胸に手を当て、微笑み涙を零すその姿。小さくて今にも消えてしまいそうなのは彼女の方なのではないかと思ってしまう。
「____カイト、君だけはどうか生きて___」
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遠くから発せられた少女の言葉に俺は何かが蘇る気がする。それは過去の記憶かそれとも未来の想いなのか。その刹那____脳裏に黒い髪を靡かせた少女が映り、声が聞こえた。
________【《かいと》君、君だけはどうか生きて】
走馬灯を見ているかのようにゆっくりと映し出されたその黒髪の少女はどことなくレイスの面影を感じさせていた。そんな彼女とレイスの顔があまりにも似ていたから、俺は尚更、躍起になってしまう。
________ 楪葉。
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知らない名を口にしていた。俺の記憶にない人の名だ。けれど、そんな見知らぬ少女の言葉とレイスの言葉はあまりにも俺の心に突き刺さってしまう。自身を犠牲にして、他人を助ける。そんな、自己犠牲をあたかも当然の様に行う、純白の少女に苛立ちと悲しみを覚えてしまう。本当の気持ちを押し殺したその判断に____。
____なんで____なんで・・・・・・・・・。
「____最後までそうやって、お前はそうやっていられるんだよっ!」
怒りと悲しみ後悔と失意。
限りない感情が少女に向けられる。それと同時に俺は近くに置いてあった剣を手に取る。
「________ッ!?何を________!」
鞘から抜けれた剣は全体が真っ白な素材で作られており剣線の先まで全てが純白だった。そして、鋭利な刃の部分を添うように黒いラインが装飾されており、そのデザインから一般的に出回っている剣でないことぐらいは容易に分かった。そして____
________レイス、俺は君との繋がりをそう簡単には切らない。それに、そんな顔をした君を置いて戻る世界に何て用は無い____必要ない!
剣を握った手は頭上に挙げられ、そこから一直線に床を刺した。真剣の重みと振り落とす速さが相まって、床には数秒も満たない速さで到達した。
____グサッ!
貫かれた刃は床に深く刺さり、魔法陣に《欠け》を生じさせ、俺を包む水色の閃光が徐々に薄れてゆく。
「キット・・・・・・」
俺を責めることもせず、怒ることもしない純白の少女。ただ、一つ言えることがるのだとすれば、これで俺は完全に《戻る手段を失くした》という事だ。
「____レイス」
彼女の名を呼ぶ。
彼女の顔を見つめる。
彼女に歩み寄る。
____彼女にそっと微笑みかける。
「少し早いけど、ただいま____」
ただ一言、そんな冗談交じりの言葉を投げかける。
「____キット」
レイスがいつもの呼び名を口にする。そして、その足は静かにゆっくりと俺へと歩みより____
ドサッ____。
倒れかかる様に俺の胸へと顔をうずめた彼女は少しの力を入れた拳で俺の胸を叩いた。
トンッ_トンッ_と僅かな間を開けて、繰り返されるその感覚に俺はレイスが「どうして・・・どうして・・・」と言っているように思えてしまった。
「____早すぎるよ・・・・・・何でこんなに早く帰ってきちゃうかな・・・?私は____もう、キットの事を忘れて________最期のその日まで生きようって思ってたのに____」
顔は見えなかったがその声色からレイスは幼い少女の様に泣きじゃくっているのがわかった。きっと、これまでにため込んできた感情が溢れ出したのだろう。服を滲ませる彼女の水滴は俺の肌にまで浸透し、微かな温かみを感じさせる。それはレイス自身の心の温度の様に____。
「レイス、俺ともう一度交わさないか?」
「交わす?」
レイスの小さな肩に手でそっと触れ、俺から離す。そして涙でぬれた顔が視線の先に映る。
「あの日、君と交わした俺達だけの誓いをもう一度____」
「でも、あの誓いは今も守られているんじゃ____」
「あぁ、そうだな。だけど、大切な人にこんな思いをさせるようじゃ、それは本当の誓いとは言わない。だから、これは《約束》でも《誓い》でもない____」
________【誓約】だ。
「誓約?」
「そうだ、これは俺達に課した【命の鎖】の様なものだ。だから、そう簡単には崩されない。そして、崩さない。だから、もし、俺がその【誓約】を破ったとしたら____レイス、君が俺を殺してくれて構わない」
「____私がキットを殺す?そんなこと・・・するわけ・・・・・・」
困惑した表情でレイスは俺に顔を向ける。
「以前、ある人に言われたんだ____「本当に大切な人を守りたいのなら、いつかは悪魔になってならなければいけない瞬間が来るれが例え親しい人だったとしても首をはねなければ、自分が殺される。もしかしたら、レイスを手にかけなければいけない時が訪れるかもしれない」ってね・・・冗談だとは思ったけど、そうでもしないと俺は折れてしまうかもしれないだから____」
レイスを見る。
「____えぇ、わかった。だったら、私からもお願い。もし、私があなたの求めていたものではなくなったら、殺してくれて構わないわ____」
キットを見る。
そして____
純白の天使は傍に置いてあった、液タブからタッチペンを取り出し____
漆黒の絵師は命よりも大事な利き手を差し伸べ___
「あなたは私が最後の最期まで________」
「君は俺が最後の最期まで________」
________この身に変えても、生かす。
首元に向けられた、黒い光沢を放つペン。
剣の様に突き刺さる威圧感と向けられた意志の強さはそのまま首を斬り落とされてもおかしくない程の錯覚を生む。
少女の顎に手を置き、クイッとこちらに寄せた。その際に首元に迫っていたペン先がそっと、肌に触れる。
その時の少女の顔はいつもの可愛らしい少女特有のモノではなく、どこか大人びた顔立ちをしていた。それは彼女のいつかを見ているようだった。
「キット、あなたとの誓約は今ここに交わされた____」
「レイス、君との誓約は今ここに交わされた___」
背伸びをした口調と純粋な青い瞳を持った、一人の少女に俺はいつしか魅かれていた。
明日を見つめ、決意をした一人の少年に私は________【恋】をしていた。
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夜の風が部屋を通り過ぎ去ってゆく。
月明かりを通したレースのカーテンが天使の羽の様に靡く。
俺はベッドに腰かけると物思いにふける様に外の景色を眺める。そして、視線を落としたその先に大切な人が眠りについていた。白い肌に白い髪。シルクの様なその少女に俺は言葉では言い表せない感情を抱いていた。その感情はとても大切で絶対に失くしたくないと思ってしまう感情だった。
不意に彼女の顔に触れる。たったそれだけの事なのに何故だろう____
____こんなにも、心が落ち着いてゆく。
これはレイスが元から持っていた、彼女の性質なのかそれとも俺がそう感じているのかは分からない。
けれど、一つだけ変わったことがあるとすれば、彼女を見ていると遂、目線を逸らしてしまう様になったことぐらいだ。




