episode 37
帰路に着くには早すぎる程、俺は時間を持て余していた。そして、俺を必要としてくれている人なんて・・・・・・いや、本当の意味ではここに誰もいないんだ。俺を知っている人間なんて____。
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その後、俺は街が闇に包まれるまで街を彷徨い続けた。ゼオルの放った黒き魔物たちはどうやら追うのをやめたらしい。それ以前に術者の方が力を弱めたと考えた方が良いだろう。俺の放った、要高等技量剣技はその単純な挙動とは裏腹に絶大な威力を備えている。その剣先が刺したモノを内側から崩壊させてゆく、特殊効果を持っており、ゼオルの大量の出血は恐らく、細胞の破壊や血管の爆散が起こったことを意味していたのだろう。だから、持って後一日程は動くことは出来ないだろう。
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そして、いつしか俺は自室のベッドに体と意識を手放していた。ひんやりとしたシーツに俺は肌寒さを覚え、目を覚ます。かけていた毛布がいつの間にかはがれていた。そして、もう一つ、顔に感じた冷たさがあった。
「____もう、帰りたい」
俺の口から予想だにしない言葉が出る。こんな気持ち絶対に抱かないと思っていたのに____。
「____!?」
眠気がすっかり消え失せた俺は久々にイラストを描こうとベッドから体を起こそうとした時、新たに一つ違和感を感じた。それはいつからそこにあったのか?いつからそこにいたのか?目線を横にずらすと、そこには真っ白な髪を月の光に照らされた純白がスヤスヤと寝息をしながら眠っていた。
「____うわっ!レ・・・レイス?何でこんなところに!?」
少女を起こしてしまうかもしれないことを考えずに俺は声を発していた。
「・・・・・・うん・・・キット?・・・・起きたの・・・?」
目をこすりながら俺に声をかけてくる少女は顔にかかった髪を分けながらそう言った。
「えっと・・・起きたって言うか・・・・・・何でレイスがここで寝てるんだ?」
「あ・・・そっか・・・・・・えっとね、キットが帰ってきた時、いつもと違う雰囲気がして心配になって。それでも、キットは気丈に振る舞ってくれてたけど、それが余計に・・・ね?」
「レイスは凄いな____すっかりバレてたのか・・・でも、何で俺のベッドに?」
俺は最初の疑問に話を戻す。
「えーと・・・それは、その・・・・・・寝付けなくてキットなら起きてるかなって思ったからかな?でもキットの寝顔を見てたらこっちまで眠くなっちゃて・・・本当は様子を見てあげようと思ってたんだけどね」
「様子?」
「うなされてたんだよ?覚えてないの?」
「俺がうなされてた・・・?」
俺が知りうる限りでは、うなされたことなど今まで一度も無かった。
「どんな感じにうなされてたんだ?」
「キット、誰かに謝ってたよ?それも泣きながら」
それを聞いた時、俺は微かに感じた頬の冷たさの正体を改めて確認する。するとそこには、乾いた涙の跡がそこにはあった。
「____ねぇ、キット 何かあったの?」
レイスの問いかけで溢れ出る感情が俺を追い込んでゆく。きっと、これがうなされていた原因なのだろう。そして、それしか考えられなかった。
「・・・レイス・・・・・・俺は・・・俺は・・・・・・うぅっ____」
いつの間にか泣いていた。というより。感情が身体の制止を無視し、無理やり決壊したのだ。そんな俺をレイスはどう見ているのだろう?塞ぎ込んでシーツを涙で濡らす俺の姿を純白の少女はどう思っているのだろう____。
それからしばらくの間、俺は何を言ったか覚えていない程、何かを言った。そして、時間は経ち____。
「____うん?」
頭に感じた優し気な雰囲気に意識がそちらに向く。次に感じたのは柔らかな暖かさだった。
俺はその正体を知る為、顔を上げる。その際に感じた若干の頭の重みで俺はすぐさま、理解した。
「レイス____?」
「____あの日のお返しだよ」
そう、今も感じているその優し気な感覚はレイスが俺の頭を撫でているモノだった。
「お返し?」
「そう、あの夜の日、私の頭に手を置いて撫でてくれた、そのお返しだよ」
「____レイス」
言葉が出なかった。何て返せばいいのか、どんな反応をすれば良いのか。複雑な心境と感情を入り混じらせた俺にはそんな、簡単な事にさえ十分に振る舞うことが出来なかった。
「____キットのやったことは間違いじゃない。それにディセルの行動も間違いじゃないよ」
俺は知らず知らずのうちに今朝の出来事を全て彼女に話していたらしい。そして、その話を全て聞いてなお、レイスは優しく微笑みかけた。
「・・・でも、でも俺はまた・・・・・ディセルに同じことを____俺が魔眼の少女を助けさえしなければ」
それでも心に刺さる出来事の数々。そのどれもが間違ってはいなかった。十分すぎる程、道徳的な行動だった。しかし、その行動が結果的に誰も救わなかった。慰めも許されない事実だけが残ったのだ。
「キットがそう思いたいなら、そう思っていてもい、いいよ。でも、本当に大事なのはこれから君がどうするかだよ?このさきベッドの上で塞ぎ込んで自分を呪い続けるか、奪った思いを背負って生きていくかは自分で決められるんだよ」
この言葉はレイスだから言えたことだと俺は思った。彼女の過去が彼女をそうさせたのは言うまでもないだろう。それと同時にレイスに言われたからこそ、その気持ちには真実味があった。
「____キットは帰りたいの?」
心の核心的部分に言葉が刺さる。
「・・・レイス、聞いてたのか?」
「ううん、なんとなくそう思ってしまっただけだよ。でも、やっぱりそうなんだね____」
俺の言葉を聞いた、レイスはどこか寂し気に目を斜め右下にそらした。その顔は諦めたというよりは、「やっぱり、仕方ないよね____」と聞こえてきそうな顔をしていた。
揺れる白髪に淡く揺らめく青い瞳。月明かりが朧げにその白を青白く輝かせる。
「・・・・・・レイス・・・」
帰りたいという言語にこれだけの重みがるのかと痛感する。それは単に異世界から現実世界に帰るという意味合いだけではなく、俺達にしかわかりえない、約束を秘めていた。だからこそ、レイスはそん顔をするのだと思った。そして、俺は苦渋の決断をする様に眉間にしわを入れ影を落とした。
「____キットに見せたいものがるんだけど」
「俺に見せたいもの?」
「うん。本当はもっと早くに話すべきだったんだけどね・・・もし、キットがそれを知ってしまったらって思ったら中々言い出せなくて。だから、ごめんなさい」
「別に謝らなくても・・・それに俺はそれが何かもまだ知らないし・・・・・」
「____でも、もしそれを知ってしまったら・・・きっと、キットの気持ちをかき乱してしまうかもしれない____それでも・・・それでも・・・・・・私を許してくれる?」
今にも泣きだしてしまいそうな声色で純白の少女は俺に問いかける。二つの青い月に水面が揺れ、その青を滲ませてゆく。
「____あぁ、俺は何があってもレイスを怒ったりはしない。____後悔はしない」
俺の言葉を聞いてレイスは張りつめた表情で俺を見た。ほのかに赤くなった彼女の白い頬に伝い続ける涙を俺は右手の人差し指でゆっくりとすくった。




