episode 36
地を蹴った足は絡みつく、赤を薙ぎ払ってゆく。
「____大丈夫だ。俺が君を助け出してやる。ここからも、その瞳の柵からも」
俺は魔眼の少女の方へと駆け抜け、すぐさまその体を抱きかかえ。先程のゼオルの行為が余程、恐怖心を抱かせたのか俺の手を振りほどこうと足掻く。だが、元々体が衰弱に近かった少女の抵抗は俺には効かず、そのまま抱き続ける。そして、隙を見て扉の方へと歩みを向けた。
「待てっ・・・!私がお前らを逃がすと思うのか・・・・・・?それにだ、そんな魔物を連れたとこでたかが知れている」
息遣いを荒くしながらゼオルは言葉を続ける。
「お前は魔眼持ちの最期に興味はないのか・・・・・・?それとも、知ってなおその様な無駄な行動を取るのか・・・・・・!」
「____知らないし、興味もない。俺はただ、救えるものを救うだけだ。例え、その行為が間違っていたとしても、俺がその全てを認めるだけだ」
「なら教えてやる。魔眼持ちが最期にどうなるのかを・・・・特に赤い《悪魔の眼》を持つ魔物の最期を____」
聞く耳は無かった。だが、体が止まる。
「そいつらはな、精神の乱れ、致死に至る傷を負うと魔眼が制御できなくなるんだ。そして、最も厄介なのが死んだ後だ。魔眼は宿り主を失うと、その《肉体的牢獄》から解き放たれる。そうなれば、後は分かるよな・・・?そう、魔眼が《魔》変わるんだ。そして、厄災を招くとされているんだ。特にその小物の様に赤い目を持つ《悪魔》はな____!」
ゼオルは全てを言い切ると、辺り一面に黒影が無数に出現した。ゆらゆらと炎の様に立ち込めるそれは次第に魔物の形へと形相を整えていく。
(____この子を抱いてこの数を相手にするのは厳しいな。仕方ない____)
「《我地を駆けし疾風なり・我理を変革せし者なり・我時間を崩す者なり》」
三節に分割された詠唱を口ずさむ。俺の足を円が囲むように風が吹く。体感的な感覚だが身体が軽くなった気がした。そのまま俺は扉を開くと、勢いよく駆け出した。疾風の如く聖堂内を駆け抜ける一人の剣士は追いかけてくる影に見向きもせず、ただ、ひたすらに出口へのルートを吹き抜ける。
(____術者の方はまだ動けないか。なら、このまま駆け抜けるまでだ)
いつ途切れてもおかしくない、生命を抱いて、俺は景色を横目に流してゆく。過ぎ去りし風は頬を掠め、足に纏わりついては、ほどけてゆく。
(____スピードが上がってきている!?)
振り向かずとも背中にひしひしと感じる、《魔》なる存在の雰囲気。それは次第に近くなり、気づけば2メートル程までその距離を縮めて来ていた。
だが、出口はすぐそこだ。後ろに気を配る時間があるのなら、先を急ごうと意識を眼前の通路と自身に向け直す。
ふと、俺はこの手で守り抜いた小さな命に目を見やる。そこにいたのは紛れもない、人間の少女だった。
(____こんな・・・子が魔物なわけじゃない。魔物になんかするもんか)
突風の勢いで加速した身体能力は脚力だけには止まらず、五感全てに影響を及ぼしていた。その為、俺は近づく出口に手を掛けずそのまま蹴り飛ばした。
バンッ____!
砕け散る、木々と硝子の破片。その全てがスローモーションに見える。
あの拷問部屋とは真逆で外の景色は青空に照らされていた。
「ディセルッ!聞こえるか!」
俺はすぐさま仲間に声をかける。
「(聞こえてるは!何があったかは後で聞くから、あんたはその場で待ってなさい!)」
「いやっそれじゃ、遅いんだ今からそっちに行くから、ディセルはそこで待っていてくれっ!」
「(何を言ってるの?あんたのいる場所と私のいる場所は____)」
ディセルはの言葉に耳を傾けながらも俺は自身が思った行動に出る。聖堂の扉を出ると、その直線状に数百からなる石畳の階段が存在するのだが。今、その階段を降りていては時間がかかりすぎる。それに魔眼の少女の命が持つかは分からない。だから俺は加速した足にグリップを効かせ、そのまま右に直角に曲がった。
階段の段数からも分かるように大聖堂はセレクトリア城並みの高低差を誇っている。その事が意味するのは、並外れた身体能力を持っていないと落下死は免れないという事だ。
(一か八かだよな・・・さぁ、行こうか____)
俺は一瞬の不安を消し去り、聖堂を囲む柵を飛び越えた。その際、背後まで迫って来ていた黒き魔物が牙をむき飛びかかる。しかし、俺の唱えた詠唱は想像以上の効果を発揮し、驚異的な跳躍力を見せた。街が一望できるほどの高さまで飛躍した俺の体はそのままゆっくりと地上に吸い込まれてゆく。着地点はセレクトリアの家々の屋根で比較的、聖堂からも距離を取れた。
「ディセルは今、城にいるのか?」
「(えぇ、そうよ。でも、本気なの?)」
「何が?」
「(私のいるところまではまだ距離があるわよ?それに追手も手強いわね・・・・・・)」
「あの程度の魔物なら相手にできる」
「(そう。なら、あんたは駆け抜けなさい!)」
「そうさせてもらう!」
風の勢いに乗った鳥の様に俺は屋根を駆け抜けた。途中、降り立った煉瓦の地面を蹴り近くの壁に飛んだ。重力に逆らう様に体は壁を垂直に駆ける。それだけ、俺のスピードが尋常ではないという事だ。体の一部となった革製のブーツは、その重さを感じさせない程にまでなっていた。そうして、数多の道を踏みしめ、気づけば、ディセルのいるセレクトリア城まで来ていた。そして、階段を駆け上がった。
「ディセルッ!」
「ここよっ!」
ここまで来れば、もう秘具なしでも声は届いた。空を見上げるとそこには屋根に座る、黒蝶の姿があった。風に靡いたツインテールを乾かす様に吹いた疾風に俺は目を瞑り、次に目を開けた時にはもうそこには黒蝶の姿は無く。俺の目の前に立っていた。
「・・・・・・ディセル」
「____その子を助けたいってことでしょ?」
「・・・あぁ、頼めるかな?」
ディセルは曇った表情で俺に問いを投げかけ、それに答えた。だが、そう聞いたディセルはどこか諦めているように見えた。
「____ねぇ、キット」
「・・・うん?」
「____あんたが助けたいのはその子の《生命》?それとも、《心》?」
「・・・・・・何を言ってるんだ?そんなのどっちもに決まってるだろ?」
俺にはディセルが何のそんなことを聞いてきたのか分からなかった。それに、助けたいものの中に《生命》と《心》の二択がある時点で何かがおかしいと思ってしまう。
「____それは___________________無理」
糸が切れた様に俺はその場でよろめく。何か大事な物をぽっかりと盗まれた様だ。
「・・・なんで?なんで・・・・・・そんなことを言うんだよ・・・」
「____魔眼持ちはね、体を治癒できないの・・・特に私やこの子の様な赤眼を持った者はね」
「・・・だったら・・・・・・だったら、何でディセルは傷を負っても治ってるんだよ・・・黒との時、ディセルは攻撃を受けてたじゃないか?」
《少女誘拐事件》の終盤で俺達は首謀者であるリフを追い詰めた際に突如現れた、《黒》にディセルは攻撃を受けた。それも、軽傷ではなく身動きが取れなくなるほどのものをだ。
「____言い換えれば、自分自身でしか出来ないのよ。だから、私は自分で治癒魔法を使い体を治したのよ」
ディセルの言葉で俺は全てを察した。
「・・・・・・じゃあ、この子は自分で体を治すしか____」
「____そうゆう事よ。でも、まだ、魔法が使えるようには見えないし。その傷はかなり高位な魔法じゃないと治らないわ」
「・・・そんなこと・・・・・・」
「____これが現実よ。守りたい、助けたい、救いたい。そんな言葉はいくらだって言うことは簡単よ。だけどね?それを実行に移すことが一番難しいのよ?あんたなら、分かるでしょ?」
____彼女が何言いたいのか。
____彼女が何を見せたいのか。
____彼女が何を思っているのか。
____彼女が何をするのか。
その全てを俺は悟った。そして、それを止めようとした。
だって、そうじゃないと____
____そうじゃないと、あの時と同じじゃないか____。
「____宿り主が死んだ後も魔眼は《魔》として生き続ける。そうなれば、この子は私の時の様に魔眼の暴走で人を確実に殺すは。そうなれば、一番辛いのは誰・・・?あんたに分からなくても、私が一番知っているし、私が一番分かってあげられる」
枯れた瞳で俺に手を差し出す狙撃手。その顔は冷徹で残忍かつ美麗。
「・・・・・・それじゃあ何も解決しないじゃないかっ・・・!魔眼の持ち主が死んでもその眼は《魔》となって暴走するんだろ!?だったら・・・だったら・・・・・・その行為に意味は無いじゃないか!」
最後の抵抗を口にする。それは魔眼の少女を守る意味でも、魔眼の黒蝶をこれ以上苦しめない為にもだ。
「____だからよ。だから私はその子が息をしなくなる前に【魔眼ごと消し去るのよ】」
体から力が抜ける。吐き気がする程の罪悪感が込み上げてくる。このまま手を離してしまえば、この少女は____。このまま、全てを委ねてしまえば、目の前の黒蝶は____。
「・・・俺には・・・・・・俺には出来ないっ!」
「____だから・・・だから・・・・・・・私がやるって言ってるのよっ!!あんたみたいに《人を殺したことの無い》様な人間がやれば必ず躊躇うでしょっ!?それじゃあ、意味がないのよっ!」
力づくで俺から少女を引きはがしたディセルは意識を失っている少女を一瞥すると____
カチャリッ____。
弾を装填した音が聞こえた。その後に引き金に指を置く音が微かに聞こえ。俺は強く目を閉じた。
だが、そんな目も、いつか聞いた、レイスとディセルの過去の話を思い出すと同時に開かれ、気づけば声を出していた。
________だったらさ、だったらなんで泣いてるんだよっ____!
ディセルという一人の女の子は右手に持った銃の引き金に指を置いたまま、頬に水滴を伝わらせていた。それは、躊躇いなんかじゃない。____きっと、後悔だ。
《呪いの体現者》によって家族を無意識に殺した少女を仕留めた時の感情がディセルを止めているのだろう。
「・・・・・・泣いてる?・・・私が・・・・・・?」
彼女自身も気づいてはいなかったらしい。
「____お前がどんな人生を送ってきた何を思ったのかは知らない。だけど、今のお前にそんなことをさせるのは出来ない。だから、銃を下ろしてくれ」
「・・・バカ・・・・・・ね?そんな言葉で私を止められるとでも思ったの?・・・・・・いいえ、むしろその言葉で決心がついたわ」
「____ディセル、まさか!」
引き金を引く刹那、彼女は言葉を発した。
________大切な人にこんなとこを見られるのは・・・やっぱり____嫌ね。
バンッ______________。
弾丸は少女の赤を貫通した。一発の衝動が一つの命を摘み取った。
衝撃音で一斉にはばたく鳥たちが俺とディセルの感情の様に見えて、その不規則に散らばる羽は俺達の思いの数々に見えた。
俺はまた、同じことを繰り返させてしまった____。これで彼女との繋がりはもう____。
_____________________________________
____だから俺は君の様に非情には生きられない。
____だから私はあんたの様に感情を持ちたくはない。
_____________________________________
これが彼女と交わした別れ際の言葉だった。
暗く沈んだ心はすぐには治らず、しばらく俺をその場に足止めした。それはディセルも同じの様でただ立ち尽くすことしかできなった。
そして俺は歩き出した。
ディセルはどうなのだろうと振り返ったが彼女からは何も感じえなかった。しかし、その華奢な後姿は今もなお泣いている様に見えて、俺は声をかけようとしたがその口を閉ざした。
この手に抱いた思いはこうも人を不幸にするのかと自信を呪わずにはいられなかった。もし、俺があの時、魔眼の少女を救わなかったらディセルにあんな思いを抱かせることはなっかたのだと強く自分を責めてしまう。これから俺は彼女に対する罪悪感と後悔の念を背負うことなるだろう。
そうして俺はようやく、レイスの気落ちに気づくことが出来た。
吹いた風が水滴を乾かす。前を向く瞳は視界を滲ませる。聞こえてくるのは風に揺れる木々の葉の掠れる音。そして____
________あんたが私の事を普通って言ってくれて嬉しかった____。
不意に聞こえた少女の声だった。




