episode 35
深紅の瞳に映る世界は何色なのだろうと、ふと思う。
痛みを引きずる夜はどんなに不安なのだろう。
赤い魔眼を宿した少女は俺の顔を見て安心したのか優しく微笑んだ。本当に救いを求めていたのは少女のずなのに、俺はその表情で自分が救われた気がした。もしかしたら、無理な笑顔を作ったのかもしれない、それでもこんな状況下の中で今も生きようとしている少女は決して涙を流してはいなかった。
「・・・魔眼?君は《異能》持ちなのか・・・・・・?」
ディセルと同じ色合いの瞳に俺は何かしらの共通性を感じてしまう。
____・・・うん・・・・・・たぶん。・・・・・・でも・・・・こんな《め》はいらない。
少女は弱々しい口調で自らの《先天性的特徴》に否定的な言葉を発した。
そこで俺はディセルの過去を思い出した。魔眼を持って生まれて来たゆえに家族を殺され、連れ去られた挙句、地下競売に賭けられた彼女の過去を____。
そして、少女は今、ディセルと同じように、その目を持った故の運命に殺されかけている。
「材料ごときが助けてだと?何をおかしなことを言うんだね?」
俺と少女の中に土足で割って入ってきたゼオルに殺気が向く。
「____材料」
「だってそうじゃないか?キット=レイター君、君は知らないんだね・・・黒魔術には《魔なる者》の力が必要なんだよ。だからこそ、私はそんな力を持って生まれた、魔物を買い取ったんだよ。まぁ、例外もあるのだけど」
ゼオルの言葉に俺は引っかかる部分があった。
「____魔物だと・・・お前はこの少女を魔物と言うのか?」
「いや、そうではないんだよ。私は君の魔物の様に片目に赤い瞳を宿した生物の事を魔物と呼ぶんだよ。魔眼の中でもかなり強力な《悪魔の瞳》と同じ色合いだからね。」
確信が持てた。何故、俺がこんなに苛立っているのかの____。
「____それは」
「うん・・・?何かな、まだ説明が必要かい?」
「____それは・・・・・・ディセルのことかっ!!」
「やはりそこが引っかかるんだね?あぁ、そうさ。だって、彼女は魔物じゃないか?あんなに目立つ魔眼を持っているのだから。それに、本当は彼女・・・いや、あの魔物こそが黒魔術を成功させるのに最適な材料だと私は思っていたのだよ」
「____ディセルは・・・ディセルは____魔物なんかじゃないっ!!」
感情だけで動くのはいつぶりだろうか?今までの計画を全て壊すかもしれない、俺の行動。それでも、俺はここで思いを押し殺すわけにはいかなかった。それは、大切なモノを守り抜くという意味でも、彼女の今までを救うという意味でもだ。
「____あいつは、嬉しい時には笑顔を見せ、悲しい時には涙を浮かべることのできる、感情を持ったどこにでもいる普通の女の子と変わらないんなんだよっ____!これは誰にも否定はさせない、そして俺が決めたことは覆させはしない____!」
この言葉が決定打となったのか、その場は恐ろしいほどに静まり返り、辺りを深い闇が包む。
「なら、君は魔眼持ちの最期を知っているのかね?もし、君がそれを知ってでもなお、そんな偽善の言葉を言えるのかね?」
「____どういうことだ」
「まぁいい、とにかくこれを見たまえよ」
気が付くとゼオルの右手には短剣が握られており、その刃先はプラチナの様に白く輝いていた。その白さに俺は君の悪さを覚えた。
そして、次の瞬間、俺はゼオルの唱えた呪文により少女と離れた位置の壁に飛ばされ叩きつけられた。
「____うぐっ!」
呼吸が飛ぶ。
「君はそこで見てなさい。この短剣が真っ赤な色に染まるところを・・・ね」
その言葉でこの先起こるであろう展開は容易に理解できた。そして、その展開は現在進行形で起ころうとしている。
____い、いやぁぁぁぁぁーーーー!やめてっ!おねがい・・・おねがいっ・・・・・・ころさないでっ____!
ゼオルは俺を壁に飛ばした後、すぐさま魔眼を持つ少女の左手首を掴み上げた。その細い腕は今にも俺そうで泣き叫んでいる少女は半狂乱に陥っていた。この時の少女の目には恐ろしいほどの銀光を放つ、短剣だけが映っていたのだろう。少女はそれを見るや否や、力の入らない体を必死に動かし、拘束から逃れようとしていた。だが、そんな小さな抵抗も目の前の脅威によってかき消されてしまう。
そして____。
ゼオルは右手に握っていた鋭利を少女の首に____
サッ____!
グサッ____・・・・・・。
吹き上がる様に溢れ出す、朱色の液体。霧雨の様に振り続けるそれは血色の床をさらに染め上げてゆく。鼻を突く、鈍い鉄の匂いが部屋に充満する。これが戦場だとすればきっと、血は戦果の証なのだろう。しかし、ここは戦場でも処刑場でもない。そう、ただの一室に過ぎず、今、行われた行為はただの殺人に過ぎなかった。だからこそ、俺がここに来ることは最初から運命づけられていたのだと痛感する。誰かが俺に現実を見ろと言わんばかりに。
それでも、幸運だったと思えたことがあった。それは、ディセルがここに居なかったことだ。仮に左耳の秘具から俺の言葉が聞こえたとしても、この状況を見ていなのであれば、きっと大丈夫だろう。言い訳など、後からいくらでも出来る。
____だが、俺は一人の少女も救えないで彼女の前に顔を出すことはできなかった。だから____
「ぐはぁっ!き・・・貴様何をしたっ!私の邪魔をするなっ!!」
____要高等技量剣技 《ブラッド・シューティングスター》
ゼオルが少女の首に短剣を刺そうとした直後、俺は胸元のポケットに忍ばせた小型ナイフを取り出しダーツを放つ様にゼオルの右腕を狙ったのだ。この剣技は類まれなるセンスと絶妙な手首の捻りが必要な文字通りの高等技量剣技だ。
「____お前の右腕にナイフを刺しただけだ」
淡々と説明する。その際もゼオルは出血を続ける右腕を必死に抑えていた。その拍子に捕らえられている少女からも手を離した。少女は今もなお、怯えており小刻みに体を震わせていた。
「誰を刺してる・・・!何故だ・・・・私は・・・私は・・・・・・ここの・・・大聖堂の教祖だぞっ!お前の様な・・・・しがない絵描き風情が何故・・・そんな芸当が出来るんだっ!」
どうやら、ここまで来ても俺の正体は秘匿されているらしい。
「____絵描きだからどうした?ナイフも筆もどちらも同じ手を使って扱う物だろ。だったら、普段から絵を描いてる俺にだって出来て当然だ」
「そんなことがっ!理由になど、なるはずがない・・・!」
痛みと怒りの入り混じった怒声が俺に降りかかる。
「____それに、俺がお前にナイフを刺した理由は簡単だ」
____お前のその行為は【R指定に反するぜ】____。
そう言って、俺は流れ出した朱色の液体が作り出した海の上を波紋を砕きながら踏み出した。




