episode 34
開かれた扉は限界まで開閉し、その反動で元の位置へ戻ろうとする。
「この聖堂は神聖なものなどではないっ!黒魔術を信仰する時点でたかが知れてる____!」
ローブの何者かが発した言葉が密室の神秘に響く。その発言を聞くや否や、聖堂に訪れていた信者たちの間で動揺が始まる。俺はその現象を確認しすぐさま、教祖の方へと視線を向けた。流石にこれは想定外の事だった故、何かしらのアクションは起こすはずだ。
(・・・動揺してない?)
しかし、俺の目に映る教祖は動揺どころかいかなる感情も表には出してはいなかった。
「教祖様が黒魔術を・・・そんなこと・・・・・」
「嘘ですよね・・・?だって、私達には《白魔術》の在り方を教えてくれたじゃないですか!」
慌てる信者に無言の教祖。
「____落ち着き給え。私は黒魔術など信仰はしておらんよ。それにローブの方、どこでそんな話を耳になされたのかな?良ければ聞かせてくれないかな?」
信者の声が収まったことを見計らって、教祖はローブの方に顔を向け声をかける。
「この大聖堂が黒魔術を信仰しているって話は街では有名だ!そんな噂が立つ時点で信用は無い!」
怒声交じりの声に正論を入れたその発言は信者の中に少しの不信感を抱かせた。
(これだ・・・!)
俺が求めていたのはこの心境の変化だ。人は弱い、故に流されやすいものだ。だからこそ、こんな不確定な発言にも心が揺れてしまうのだ。
「なるほど。あなたの言いたいことは分かりました。しかし、それを否定することも潔白を主張することも今の私には出来ないのです。それは、証拠がないからです。どうか、今日の所はお引き取り願えないかな?」
当たり障りのない言葉でその場を制する教祖。その口調は恐ろしい程に落ち着いており、見ている俺でさえも本当に黒魔術と関係がないのではないかと思わされてしまう程だった。
そしてローブの者は教祖の言葉に納得したのか、静かにその場を去った。
「思わぬことがあって、皆さんも動揺しているようなので今日は皆さんもお帰りならてはいかがかな?私も今日はもうここを閉めることにするよ」
模範的な行動と臨機応変に対応をした教祖は何事も無かったかのように、集まっていた信者たちを制した。それは異能の《心読》を使った結果。人の心を読み取り、一番適切な手段を取ったのかもしれない。
(俺も今日は帰るかな・・・)
静まり返った聖堂には俺と教祖しかおらず、何かが始まるのだとすればこの時だろうと感じた。単に俺が信者たちと同じタイミングで聖堂を後にしなかった事が引き起こした、シチュエーションなのだが、それでも先程の《想定外行為》が教祖と信者の間に不信感を作ったのは間違いないだろう。
「少しいいかな?キット=レイターくん」
その場を後にしようとした俺を教祖は止めた。その呼び止めは金縛りの様に俺の体を凍り付かせる。
「君に聞いておきたいことがあるんだ」
一方的な語り掛けは穏やかに、そして冷ややかに俺の心情を乱す。
「君取って有益な情報何だけど・・・どうかな?」
問いかけをされ、やっと発言が出来るようになった。
「えっと・・・どの様な事ですか?」
「なに、ちょっとした人生のヒントだよ」
「人生のヒント・・・・・・?」
「はっは、まぁ口で言っても分からないかな?なら、私についてきなさい。もちろん、このまま帰るも良しだよ。そこは君の判断に任せることにするよ」
判断を委ねる・・・・・・つまり、俺の選択で今後の展開が変わるというわけだ。捜査対象者からの誘いというだけあって、この話は危険な事は重々承知だった。だが、俺の本来の目的と言うのは《黒魔術》の有無ではなく、《反転の呪いの解呪方法》を探すことだった。そう考えると、必然的に答えは出た。
「分かりました。それで俺に聞きたいことって何ですか?」
意を決して問いかける。
「ここで話すのも退屈だろう。もし良かったら、この聖堂に備え付けてある来客室で話すのはどうだろうか?」
「俺はどこでも構いませんよ。____その前に少し、時間を貰えませんか?」
「どうかしたのかね?」
「いえ、これと言った理由は無いんですけど。今日は《太陽の日》ってこともあって神様に祈りを捧げようと思っただけです」
「あぁ、それなら、心置きなく祈ると良い。私は奥で待っているよ?祈りが終わったら声をかけてくれたまえ」
「はい」
俺は軽く返事を返した後、教祖の姿が見えなくなったのを確認し、すぐさま聖堂を出た。
「ディセル、聞こえてるか?」
「(えぇ、それで何か進展があったの?)」
「教祖に聞きたいことがるって言われて、聖堂内の来客室に呼ばれてるんだ」
左耳の秘具はお互いの声しか通さない性質を持っているため、今までの一連の会話は彼女には聞こえてはいなかったのだ。これが秘具のデメリット部分ということになるだろう。
「(それは困ったわね。私の目の届く場所から、見えなくなったらあんたを守ることも出来ないわよ?)」
「だけど、ここまで来たら後には引けないだろ?」
「(そうだけど・・・)」
ディセルの声色は心配というよりは、あまりに不確定な事が交わり過ぎて困惑しているようだった。
「出来るだけ穏便に済ませるから、安心してくれ」
「(・・・・・・気をつけてなさいよ)」
「わかった」
会話を済ませ、再び扉に手を掛ける。ゆっくりと引いた扉は微かな音を立てながら開き、俺はその隙間を静かに通過する。教祖に気づかれない為だ。祈ると言った者が外に出ていたなっては不思議がられかねないからだ。
「教祖様、祈りは終わりました」
「そうか、なら行くとしようか」
「はい、よろしくお願いします」
薄水色の通路を沈黙と共に歩く。とこどころに陽の光が指し、床にステンドガラスの色彩を映している。風通しの良い、吹き抜けがあるここは神秘的な空気感が特徴的で聖堂と言うよりは、教会の様な錯覚に捕らわれてしまう。
「キット=レイター君、君は大切な人はいるかい?」
「え、え!?」
不意の質問に言葉を詰まらせてしまう。
「驚かせてしまったかな?すまないね、もっと順を追って話すべきだったよ。それじゃあ、君自身の存在意味って何だい?」
「それは____存在意味を見つけてくれた人がいる限りです」
「なるほど。だとすれば、君は自分自身で意味は見つけられていないという事だね」
「それが何か?」
「別に否定はしないさ。だけど、他人に決めてもらった存在意味はいつか自信の身を滅ぼすことになるよ」
「俺は別にそれでも構いませんよ。例え、それが脆くて短いモノだったとしても。俺が納得して、決意したことなんですから」
「そうか____やはり君は愚かだね」
「愚か?」
「だってそうじゃないか?他人が自身の存在意味だとすれば、その存在がなくなった時、君は一瞬にして存在意味を失くすのだよ?そして、最後はその人を呪わずにはいられなくなる。こんな結末が目に見えていても君はその信念を貫けるのかね?」
教祖_ゼオルの言い分は殆どが正しかった。確かに他人に決められたことに不満を持ったことがないと言えば嘘になるだろう。だからこそ、ゼオルの言葉には苛立ちを覚えずにはいられなかった。あたかも、俺の内側を全て知っているかのようなその言い様に____。
「あんたに何が分かるんだ。____いくら人の心が読めるからといって、そこまで俺の内側に入る権利は無いはずだ」
「やはり気づかれていたようだね。だが、それを知ったところで君は私を捕まえることはできない。何故なら、証拠が無いからだ。さっきのローブも君の仲間だろ?あんな真似をして私の信者の心を迷わせるのはやめてくれないか?まぁ、あれはただの信者に過ぎないけどね」
「ただの信者?」
ゼオルの言葉には含みがあった。まるで、本当の信者はもっと別の場所に居る様な。
「そんなことはどうでもいい。さぁ、キット=レイター君こっちだ」
いざなわれるように俺はゼオルの後を行く。会話をしていたこともあって、俺はここまでの道のりを思い出すことが出来なかった。これも相手の思惑なのだとすれば俺はここに来た時から既にはめられていたのだろう。
ギィ____。
木造の扉に手を掛けるゼオル。その古めかしさは来客を招く様な部屋の一部としては不釣り合いでどことなく不気味さを出していた。例えるなら《牢獄》だろう。それに、中からは先程感じた、死の匂いが微かながら感じ取れた。
「なっ____!」
徐々に開かれる扉と共に視界に映る無残な光景。灰色の床にべったりと付着した赤。今もなお、ひたひたと滴り続ける朱色の液体。黒魔術の儀式に使われたと思われる、銀色の器具は赤に染まり、それだけで事の残虐さが伺える。
「・・・ここは・・・・・・」
「見ての通りだよ。ここは来客室だよ____黒魔術の材料のね」
本性を現した教祖のその乾いた声色と視界の隅々に映る、残酷な景色に自分を忘れそうになる。誰も助からない、誰も救えない、誰も逃れられない。そんな混沌が渦巻く、部屋という名の地獄に俺は意識が薄れる。
そんな時だった、五感の一つの聴覚にか細く声が聞こえた。
____たす・・・けて・・・・・・おね・・・が・・・い・・・・・・ここ・・・から・・・だして。
とぎれとぎれの言葉ではあったが確かに聞こえたその声。こんな残酷な箱庭で今もなお生きようとしている、者の声だ。声質からして、歳はまだ二けたになったばかりの少女だろう。それに今にも切れてしまいそうな程、衰弱していると思う程の力のなさ。
「____どこだ・・・どこにいるっ!」
俺は意識を無理やり繋ぎ止め、声の主を探す。吐き気がするほどの血の匂いと立ち込める死の匂いに耐え、視線を左右に向けた。急がなければ少女は助からない。そう思った俺はより一層、体に力を込め、血だまりの海に足を踏み出した。ビシャッ____と頬に血が飛ぶ。その血はとても冷たかった。まるでここで殺された誰かが泣いている様に頬を伝う。一歩また一歩と赤の地を進む。
そうして、俺は少女を見つけた。
手足を鎖で繋がれ暴れたのだろうか、固定部分には無数の擦り傷があった。肌の至る所に斬られた様な傷跡が複数存在し、絶え間なく流血していた。
「ごめん・・・俺には君を治せる程の治癒魔法は使えないんだ・・・ごめん・・・ごめん」
謝ることしかできなくて。目を見ることもできなかった。
俺が流ちょうに計画を運んだせいでこの少女はこんなに傷だらけなのだと、自分を責め続ける。
____おにい・・・ちゃん・・・・・・は・・・わたし・・を・・・たす・・・・・・ようと・・・・してくれ・・・るんだ・・・・ね・・・・・・・ありがとう。
そんな俺を見て、弱々しく少女は言葉を紡ぐ。
「俺は・・・俺は・・・・・・君にお礼を言われるような事なんて____」
懺悔をする様に俺は否定的な言葉を発した。
「____!」
そのまま、顔を上げ少女の方に目を向ける。そこで俺は息が止まった。こんな偶然もあるのだろうか。
____視界に映る、その少女の左目は真っ赤なルビー色をしていた。




