episode 33
聖堂内は比較的落ち着いた様子で大人し気な静寂がフロア全体を覆っていた。足音が奏でる規則的な音は反響し鼓膜を刺激する。視界に映る信者は祈る様に天井を見上げ、虹色の色彩に瞳を閉じていた。
(なんか、今日はやけに人が多いな。もしかして、今日がその日なのか?)
見渡す限りでは人口密度はいつもの倍近くまで増えており、俺はこの全ての信者が黒魔術を信仰する者達ではないのかと疑っていた。
(これを一人で相手にするのは流石に厳しいな・・・・・・後はあいつがどのタイミングで介入してくるかだよな)
俺はひとまず、近くにあった椅子に腰かけると、神秘的な建造物内を眺めることにした。普段は捜査の事を意識しすぎて、あまり意識を向けてはいなかったが改めて見ると、色彩豊かなステンドガラスが実に美しく、見る者の気を魅かれさせる程だった。
(さてと、俺も何か祈るかな?といっても、俺にはそこまでの願い何て____)
考え事をしていると一人の男に声をかけられた。
「あなたも願いごとをしに来たんですか?」
見た目は普通の街人で何らおかしな点は一つも見当たらなかった。
「えっと・・・はい」
「そうですか。やっぱり今日は来ますよね?だって、今日は月に一度の《太陽の日》ですもんね!」
「《太陽の日》、何ですかそれ?」
俺は自然と質問を投げかける。
「まさか!?知らないんですか?セレクトリア市民なら・・・いや、この世界に生きてる人間なら誰もが知ってるはずですよ!?」
「あーーーー・・・・忘れっぽい性格なもんで・・・」
その反応を見てすぐに俺は修正をかける。
「驚きましたよ・・・まさか知らない人がいるとはって思ってしまいました・・・・・・」
「それでどんなことがあるんでしたっけ?」
話の流れを変わる前に次の質問にシフトチェンジする。
「どんな事って、今日は一番、神への願いが通りやすい日なんですよ。だから、ほら、あんなに人がいるんですよ。流れで話しましたけどまさかこの事も忘れてたなんて言わないですよね?」
「いいや・・・それはない・・・」
「でも、嬉しいことばかりではないんですよね・・・・・・。
「?」
「今日が終われば明日が来る。明日が来れば《月の日》が来るんです」
「《月の日》・・・?」
質問をしたい気持ちを抑え、俺は目の前の男の言葉を一語一句聞き逃さない様に集中した。
「《月の日》は《太陽の日》とは違って、あまり良くないとされている日なんですよ。神に願いが届きやすい《太陽の日》、そして悪魔に願いが届きやすい《月の日》・・・・・・この二つが連日存在するんですよ・・・。全く持って迷惑な事なんですけどね。迷信と思ってはいるんですけど、どうもその日は何も願わない様にしているんですよ、もしも悪魔に付け入られたら不幸な事しか起きませんから・・・」
長々と不満をこぼす様に喋り続けた男は諦めが付いたのかキリがが良い所まで話し終えると溜息をつきながらその場を後にした。最後の方は俺に話すのではなく、ただ独り言のように言葉を発していた。
「《月の日》・・・それに《太陽の日》、もしかして俺で言うところの《大安》と《仏滅》を指しているのか?」
覚えたての単語を口にしながら俺は聖堂へと視線を向ける。男は帰ったものの今も先ほどの人の多さは存在していた。
そして、時間は経ち今は昼だ。
俺は特にやることも無かったので時折、約束の下準備を始めていた。それはディセルに頼まれた仕事の依頼だ。彼女を描くという約束を俺はこの身を持って交わしたのだ。揺らめくエメラルドに魅き込まれるルビーは今もなお、俺の脳裏に鮮明に映し出されていた。
「やっぱり、ツインテールは風に靡かせたいな。それに、おもいっきり可愛く描いてやる!」
と、ディセルの意向を全く聞かずに俺は想い描いた通りのイラストを描いていく。無論、《おもいっきり可愛く描く》ことに悪意が無かったかと言えば・・・・・・それは想像に任せる。丸く削れた黒鉛の先に一筋の光が走る。
「(こんな時でも絵は描くのね?)」
俺はすっかり忘れていた左耳の連絡手段に気づく。
「あっ・・・ディセル・・・もしかして、今の聞いてたのか?」
「(聞いてたじゃなくて、聞こえた____の方が適切かしら?)」
「うっ・・・」
「(あんたがそこで何をしようが私は口出しする気はないけど、キット あんたの方がよっぽど緊張感を失くしてるんじゃない?)」
ディセルに最もなことを指摘されてしまう。
「確かにそうかもな____」
話をつづけようとした時だった。聖堂の奥からただならぬ気配を察知した。それはおぞましく、禍々《まがまが》しい、例える単語は他にもあるのだろうが今の俺にはそのぐらいしか言葉に出来るモノは無かった。
「(キット?どうかした?)」
異変に気づきすぐさまディセルが声を投げかけてくる。
「ディセル、今回は少々まずいかもしれない」
「(どうしたの キット!?)」
「聖堂内に良くない、何かが存在しているかもしれない」
「(何・・・何なの?)」
「分からない・・・でも、これはキット 《魔なる存在》だ。だから、ディセル、もし俺に何かあっても聖堂に近づくなよ」
「(そんな・・・私にあんたを見捨てろって言うの!?)」
「見捨てるんじゃない、見定めるんだ。今の自分に最適な判断を___」
「(何よ・・・何よそれ・・・・・)」
「ディセル、どうやら本命の登場だ。話は・・・後で____」
会話のさなか、聖堂奥から独特な雰囲気を露にする足音が聞こえてきた。恐らく、教祖のゼオルだろう。だが、俺が感じた《魔なる存在》とは異なるそれに敵が複数いるのではないかと考えた。
「(ちょっ!キット、大丈夫なの!?)」
返事は返さなかった。いや、返せなかった。
姿を現した教祖を崇高する様に信者は祈りを捧げ続ける。すると、教祖は何かを呟き始めた。
「教祖様こそ我が師であり、私達の神様です」
などなど、はたから見ている俺にはそれがどうも、洗脳のように思え気持ち悪くなる。だが、本当に気持ち悪くさせているのはもっと別の何かだという事に気が付いていた。死の匂いと言うのだろうか?
「君たちの信仰は必ず神へ届きますよ。なにせ今日は《太陽の日》、より一層の効果が訪れる事でしょう」
教祖の言葉を聞き、「おぉ!」と言った歓喜に満ちた声が響く。中には涙を流し、教祖の名を口にする者もいれば胸に手を置き自身に満ち溢れた表情をする者もいた。確かに、自身の力では到底、叶わないことが神によって可能にされるのであればその反応は正しいと思えた。しかし、ここに《黒魔術》の捜査で来ている俺からしたら、その様はとても哀れで残酷に思えた。
バタンッ____!
突如、聖堂の扉が勢いよく開けられた。
あまりの出来事に中に居た俺を含めた全員が驚き、音の方へと目をやった。
すると、そこには灰色のローブを被った何者かが立っていた。




