episode 23
少女は文章をすべて読み終えるよりも先に心が折れてしまい本を閉じる。それは言うまでも無く、ハーブ園の件だ。震える体に拒絶感が生まれる。
「そんな・・・嘘でしょ・・・・・・。それじゃあ、あの紅茶は・・・」
レイスは文章を読み終えた頃には失意と現実を受け止めきれない感情が彼女の心を蝕んでいた。今まで幾度となくその紅茶の味を口にし、安らぎを与えられてきたことだろうか。それなのに、今はその全てを吐き出したい気持ちで一杯だった。ロイ家について何も知らなかった自分への怒りと後悔。しかし、当時の彼女は幼く少女と呼ぶのも違うと思ってしまう程、若かった。だから、家系の事情など知らなくても無理は無かったのだ、けれど、レイスはその事がどうしても悔やみきれなかった。あの日、家族を火事で失い。何もかもを取りこぼした、ただのレシウル=ロイという一人の少女は何も知らないままで今まで生きてきたのだ。ロイ家が保有していたハーブ園の事も、スレイシア家という存在も・・・その全てを彼女は今、押し付けられたのだ。もしも、これがただの偶然で自身の思い違いだったらと考えてしまう。それでも、抑えきれない感情がその抑止力を壊し始める。
【ロイ家の崩壊をスレイシア家は利用した】
「嫌よ・・・そんなの・・・そんな事・・・・・・あんまりよ・・・」
文章という表記の並びで綴られた一つの真実は年頃の少女の心に深い傷跡を残した。
「こんな事、信じたくないっ・・・!」
レイスは白い髪をかき上げると持っていた本を片手に席を立った。これは彼女の何かしらの決意の表れなのか現実を忘れようと行った行為なのかは分からない。それでも、彼女にはある一つの決意があった。《任務に私情は持ち込まない》____と。だからこそ今もこうして純白の少女はその場に精神的な意味で立ち続けられるのだろう。
「・・・確認してみないと。あそこに行けば、きっと____」
そう言ってレイスは本を元あった場所に返すべく歩き始めた。無論、彼女には本を戻すことは叶わず再び同じことを繰り返したいた。背伸びをしてやっと本の角が本棚に届く距離まで来ていた時、不意に誰かの話声が聞こえ、レイスは持っていた本を胸に抱きその方へ視線を向けた。
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「こーらっ!しっかり歩く!」
「あ、ははは・・・。マナは厳しいな・・・・・・」
目線の先には若い男女が仲睦まじく会話をしていて、書庫が静かだったぶん、その声は一際目立っていた。
(あれ?あの人、確か)
レイスは男の方に見覚えがあった。それもかなり最近だ。
(さっき、私の本を取ってくれた人だ!待たせてる人って彼女さんだったんだ。でも・・・)
少女の目にはその仲良さげな雰囲気には似つかわしくない物を映していた。それは、男の人が着ている、薄水色をしている服だ。その色合いは王国直属の医療組織_《天への検問人》が経営している病院の入院服だ。先程は突然の出来事に相手の身なりまでは意識していなかった。
「当たりまでしょ?いくら、思うように動かないからって怠けるのとは意味が違うんだから。それに外に出たいって言ったの、レイアでしょ?だったら、ちゃんと責任もって歩け!っての」
「ご、ごめん。でも、マナのおかげで俺はいつだって元気でいられるような気がするよ」
マナという女性はレイアという男性に対して厳しめな態度を取ってはいたがその様にはどこか想う人への愛が感じられた。彼のおぼつかない足取りを支えるように貸した方にレイアは手を置きゆっくりと歩みを進める。その様子を見ているとレイスは胸が締め付けられそうで思わず目をそらしてしまう。その理由はとっくに理解していたはずだ。しかし、いざそれを目の当たりにするとどうしようもなく怖くなる。いつか、《反転の呪い》が強まって、自分の体が動かなくなったらと____。
写し鏡の様な二人を見ていると、純白の少女はそう思わずにはいられなかった。
「もう!いっつもそう言って誤魔化すんだから!」
「でも、それは本当だよ?」
「本当?」
「本当、本当!だからさ、俺がもし、しっかり動けたなら君をどこかに連れて行ってあげたかったな」
「あげたかったなって・・・まだ治らないと決まったわけじゃないんだし・・・・・・」
マナは現実味のあった、未来に顔を俯かせてしまう。
「そう言ってくれるだけで俺は____」
「レイア・・・。あの、あのねっ!私、最近新しい仕事に就いたんだ・・・!そ、それでね、ある噂を聞いたんだ!」
これ以上は・・・とマナは話題を変えた。これは彼女にとっても本人にとっても触れたくない部分だった。だからこそ、お互いはそれをくみ取り、新たな会話へと分岐を促した。
「へぇ、それはどんな?」
「あくまで噂なんだけど、どんな病気でも直せる、《治癒魔術》が存在するんだって」
「《治癒魔術》?」
「うん!ある人から聞いた話なんだけど、その魔法は別名《白魔術》とも言われていて、神に近い者だけが使えるんだって!それでね、なんと・・・私の就いた仕事の中にその魔法が使える人がいるんかもしれないんだ!」
マナはサプライズプレゼントを渡す時の様に目を輝かせ、声を大きくしレイアに希望という奇跡を話した。
「えっ!?そ、そんなことが!?」
レイアの反応は当然の反応だった。
「私もまだ、その魔法自体を見たわけじゃないけど、もし、そんな魔法が本当に存在していたなら、どんなに素敵かなって・・・。だってさ、《白魔術》なんて、私が一生かけても習得できないと思うし・・・それに、もうその方法しかな____」
「マナ____ッ!」
自身の不甲斐なさを攻めようとしていた、マナをレイアは咄嗟に強く抱く。それは、レイア自身が起こした行動であったにも関わらず、彼の心が彼を突き動かしたようだった。レイアの胸に顔をうずめて、いる彼女の顔をレイスは視認することはできなかったが、それでも小刻みに震えているその姿は全てを物語っていた。
「もういいんだよ____。これも運命と俺は思ってるし、その日が来るのはまだ先だろ?だったらさ、泣いてないで____。俺と一緒に居て、その顔を傍で見せ続けてくれ。それが俺にとっての一番の《白魔術》なんだからさ____」
今もなおレイアの胸の中で感情が湧き上がらせている彼女にレイアはゆっくりと右手を伸ばし、頭に置いた。
「レイア・・・・・・?」
そう発した、マナの頭をレイアは優しく撫でる。その時の彼の顔は尊く儚いモノを見つめる瞳をしていた。大事な人がいて、その人を思い、その人を守り続けると誓った人。
そんな、大切な人を自身は置いてこの地を去らなければいけないことを悟っていたレイアは彼女の髪をこれが最後だと思って撫でていたのだろうか。人の心は分からない、けれど、人間という、一個体の行動原理は気持ち・感情・心といった目に見えない、異質で歪な存在が行動を促しているに過ぎない。時に青く澄み渡り、時に黒く濁るそれは人に取っての当たり前の変化で、それが自身の今を形成している。
「今は・・・今だけはこうしててもいいだろ?」
「うん・・・うん・・・・・・」
書庫という静かな空間で二人の男女は互いの存在意義を確かめる様ににそうしていた。その様子を本を胸に抱き見ていたレイスは何故かその二人が他人事の様には思えず、その場から立ち去ることを余儀なくされていた。仮にこの行動停止に意味を付けるとするならば、それは自身も《反転の呪い》という奇跡でしか治せようにないモノに未来を決定づけられているからだろう。
(キットは私の事を本当はどう思ってるんだろう____)
不意に脳裏に芽吹くその思い。
誓いは破れない____けれど、その後の彼はどうするのだろうと考えてしまう。
一人の少年は私を描きたいと強く願った。髪路を決して否定せず、肯定してくれた優しい描きて。
そんな彼は私とこの世界来て本当に正解だったのかと____。
どんなに未来を望んでも、私は二年後には____。
じゃあ、キットは? 本当の彼_____はこの世界で・・・二年後の先は____?
急に押し寄せる罪悪感。血の気が引く程の後悔と懺悔。
もしかしたら、私はキットに残酷な選択を迫っているのかもしれない。頭が真っ白になる、何も考えられない____。いや、考えたくないからそうしたんだ。
「ごめん・・・ごめんね・・・・・・キット・・・私は、私はどうして____君の前に降り立ってしまったんだろうね・・・・・・」
頬を伝う、涙を拭いはしなかった。泣くことを押し殺している自分が今も水滴の粒を滴らせているという事を確かなモノにしない為だ。
「こんな私はキットに描いてもらう資格なんて____」
言えない____。続きが発せられない。それを言ってしまえば私は崩壊する。精神も気持ちも何もかも____。
「・・・うっ、うぅ・・・・・・うぅ____」
抵抗と本心がぶつかり合う。
そのどちらもが正解だ。
だから、純白の少女は泣いているのだ____。
とめどなく湧き上がる感情。
処理しきれなくなるまで張りつめた精神は今にも千切れそうだ。
降りしきる雨の中にいるように慰めの言葉は届くはずもなく、かき消される。
「でも、でも・・・それでも私は____」
本当は分かっていた。自分が弱いことに。剣士になったことでそれを忘れようとしていただけなのだ。そして、追い打ちをかけるように降りしきる雪に包まれた髪。どうしていいか分からなかった、けれどそんな私を意味のある存在にしてくれた人がいた。だから、今も崩れずに立っていられるのだ。
「私はこの時間を行き切ると決めたんだ____」
自力で本を棚に戻した後、少女は歩き出す。
雨曝しになった感情を抱いて一歩一歩を踏みしめる。
芽生えた後悔は取り返せない。
抱いた感情はすぐには消えない。
けれど、希望は今も隣にあって、それだけが唯一の座標だった。
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外に出ると青い空がそこにはあった。何の変哲もないそれは何を思っているのか、何を見ているのかも分からなかったけど、それが今だけはそうあって欲しいと思えた。見上げた視線を前に向ける。
レイスは気を取り直す様に胸に手を当て瞳を閉じ深呼吸をする。新たに取り入れた酸素を吐き出した時、少女は閉じていた瞳を開ける。眼前に広がる、見慣れた風景は心境の変化と共に新鮮なモノに感じられ、レイスに新たな旅の始まりを予感させる。
「キット____きっと、私は君との出会いを決して________」
深く刻み込むようにレイスは心に誓う。
これは個人的な誓いであって誰にも語られることのない思いだ。
だけど、その誓いは確かに一人の少女に刻まれた。
そうして、レイスは自身の過去と未来を委ねるように最初の一歩を踏み出すのだった。




