episode 19
任務二日目の予定は早々に決まっていた。後は今からそれをなぞる様に行うだけだ。____と言っても、俺は個人的な計画を今朝、クレイに頼んだわけでそれを含めると俺はディセルよりも先に任務を始めていることになる。もちろんこのことは俺とクレイ以外は知らない。
「大聖堂で一体何をするんだろう?」
俺は目的地への道中で特に何かを考えわけでもなくそう呟く。
「神へのお祈りとかじゃない?私もあんまりそう言うことは詳しくないけど・・・」
隣を歩くディセルがそれらしい意見を述べる。
「やっぱりそんな感じだよな」
「どちらにせよ行ってみたら分かることだし」
「そうだな」
入信と言うモノを俺はこれまで一度も体験したことは無く、それについてあまり深く考えたことは無かった。しかし、ここに来てふと、神やその他の神秘的存在について興味を持ち始めていた。その中でも俺は【天使】という存在には特別な思い入れがあった。この事にレイスが影響しているのまず間違いなかった。夜の深い闇を払う様に姿を現した、あの純白の姿を俺は今でも忘れてはいない。だからこそ、もし、本当の天使がいたとしたら、どれほどの美しさを誇るのだろうと考えてしまう。
「でも、私たちがやることは・・・・・・先が思いやられるわね・・・」
ディセルが溜め息をこぼす。
「うん・・・?どうかしたか?」
そんな少女に俺は声をかける。
「当の本人は忘れてるのねっ____!」
俺を睨みつけるディセル。そうして俺はようやく、少女のその顔の意味を理解した。
「もしかして、神への永遠の愛を誓うってことに怒ってるのか?」
「な____っ!何っ、そんな事をこんな人がいるところでサラッと言うのよ!」
確かにそれは俺も思った。今、俺達が歩いているのは、ほぼ毎日のように使うこの大通りだ。そして、今は最も人の行き交いが激しい午前中だ。そんな場所で俺はディセルとの関係を街の人に公言していると言っても過言ではないのだ。あいにく今は馬車も通っておらず、辺りは比較的静かで俺の発した声は風に乗り、より通っていた。
「うわっ!」
「今度という今度は痛い目に合わないと分からないみたいね・・・!」
「え____」
向けられたのはいつもの銃で照準は一寸のズレも無く俺のこめかみへと向けられる。いつもの彼女なら、銃を持ったとしても、動揺して手がぶれ、照準は定まらないはずだった。しかし、今日の狙撃手はいつもと何かが違った。言葉で言い表すなら、何かが吹っ切れた様な感覚だろう。俺と行動を共にするようになってからの彼女は最初にあった頃のあの冷酷な雰囲気ではなく、どちらかと言うと《少女》に近かった。当たり前のように聞こえたかもしれないがこれは確実に的を射た言葉だと思った。任務の役柄の都合で仕方なく、ディセルは俺の恋人役を演じているはずなのに俺にはどうも、それが演技には思えなかった。
これは単に彼女の経験や演技力が見る人を欺く程のモノだけかもしれないが、《もし》を考えると自然と俺の鼓動は早くなるのだった。
「そっ、それより、ディセル!一つ決めておかないか!?」
咄嗟に現状回避の言葉を放つ。
「何をよ?」
低い声と鋭い目つきで質問をするディセル。
「俺達、一応・・・その恋人だろ?だからさ、もっと、こう・・・さ?」
当たり障りのないように俺は言葉を選んでゆく。それはまるで、ノートパソコンに入っている《マインスイーパー》をプレイする様に・・・・・・。
「だから何?」
(完全に選択を間違えた____。)
俺は心の中で後悔を口にする。普段なら、ここで何かもっと気の利いた言葉で話題をそらすはずなのだが、今日に限ってはそうはいかなかった。何故か目の前の少女を見つめると、心に来るモノがあった。そして、その得体の知れない何かは俺の思考までをも侵食し今もこうして、自身の状況を危機的状況に追いやっているのだ。
「さっきから気になってたけど、何で私から目線をそらすのよ!ちゃんと目を見て話しなさいよ・・・!」
怒りと、どこか不満気な口調でディセルは俺にそう言った。少女の言っていることは人として極当たり前の事をただ言っているだけに過ぎなかったがそれでも今は、今だけはその限りとはいかなかった。目線を合わせようとするだけで体がそれを拒絶する。言いようのない思いと、胸を締め付けるこの息苦しさ。そのどれもが今まで体験したことのない症状で普段からあまり風邪を引かない俺にはこれが何なのかは到底分かりえなかった。
それでも、一つだけ。この症状が出始めた瞬間だけは明確に覚えている。
それは____
________ディセルという少女の瞳を見つめ、彼女に触れた瞬間からだった。
「そう言われても・・・・・・」
「何よ・・・言いたいことがあるならちゃんと・・・・・・言いなさいよ」
しんみりとした空気が辺りを包む。これも俺達が引き起こしたことなのだろうか?体感的な感覚は非常に敏感で感情という人の言語、そして行動までをも支配するそれに俺達は今も捕らわれていた。
「えー・・・と、《君》付けとかしてみないか?」
「・・・・・・」
「あっ、あ・・・!別に嫌だったらいいんだけどさ!恋人とかって大体、お互いの名前の後にさ____」
何でこんなことを思いついたのかは俺自身でさえも理解不能だった。もちろん、君付けで呼ぶことも視野に入れてないわけではなかったのだが・・・。
「君付け・・・ねぇ・・・・・・。となると、私は《ディセルちゃん》ってこと・・・よね?」
突きつけられる銃____と思っていたのだが展開は俺の予想を裏切った。
あろうことか、ディセルは俺の提案をやれやれという顔で一旦受け止め、そして、次に自身の呼び方を口にする。
「どう・・・かな・・・?」
「いい____」
「それじゃあ!」
「わけないじゃないーーーー!!」
ジャキッ____!
ガチャッ____!
少女の怒声と共に聞こえる二つの効果音。
目線の先には二つの仕事道具を装備した少女が姿を現していた。仕事道具と言っても、俺達の世界の様に鞄やパソコンと言った非殺傷の物ではなく、今、少女が両手に持っているのはどちらも確実な元で使えば人を殺めることのできる物達だった。
「ご、ごめん!俺が少し調子に乗っていたっ!だから、だから、その銃とナイフを下ろしてくれ!」
「ふーん、じゃあ私からも提案してあげる」
「うん?」
ここに来てディセルは何を提案するつもりなのかと一瞬張りつめていた緊張感が緩む。
それが、俺の運の尽きだった____。
「撃たれるのと刺されるのどっちがいい?」
微笑みながらそう発した、少女の言葉に俺は恐怖を通り越して、精神的に硬直してしまう。
「____」
黙り込んでしまう。というより、声が出ない。
「黙ってたら、どうしたらいいか分からないじゃない?早く決めなさい?」
得意げにナイフを空にかざしながらそう言うディセル。
「ディセル____」
俺は尊くその名を口にしていた。憐れむような声色と蔑む様な瞳で少女を見つめながら____。
「何よ、その目・・・!そんなに刺されるのが怖いの?」
「・・・刺される方で決定なんだな・・・・・・」
「あんたがなかなか決めないから、私が選んであげたんじゃない!」
「そっか____」
「・・・・・・」
目を瞑ってしまう程の反射光が銀色の鋭利から放たれる。その視界の先で少女は俺を見ていた。この流れはいつもみたいな展開とほとんど変わらない。それでも、俺には何かが違うと思ってしまう。任務が最優先だというのに今はそんな事よりも、眼前の問題をどうにか解決したかった。それは、俺に向けられた二つの物に対してではなく、ディセルという少女に対してだ。
「____一緒に居てくれるのなら俺は刺されてもいいんだ」
「・・・キット・・・あんた、何を言ってるの?自分が今、何て言ったのか分かってるの!?それに____」
「俺は元々、死ぬつもりだったからな____だから、その次があるのなら一緒に居て欲しい」
「何よ・・・何よそれっ!私は・・・私は・・・・・・きっと、あんたと同じ場所には____」
ディセルが言葉を言い切ろうとした時、俺はそれを言わせまいと声を被せる。
「____て、言うのは冗談で今のは単に隙を作る為の作戦さ!」
暗く落ち込んだ空気を一気に払う。
「・・・な・・・・・・なっ・・・!何よ____!人がせっかく心配・・・じゃないわ!」
「心配してくれてたのか!?あの、ディセルが!?意外だな・・・!」
「あんたねぇ・・・私が本当に刺さないと思ってるからそう言う態度を取るんでしょ?」
「当たり前だろ?だって、ディセルは本当は優しい子なんだからな」
「優しい子・・・ですって・・・・・・。誰が優しい子よっ!」
「じゃあ、悪い子で」
咄嗟に思いついた単語を返す。その間にも俺はディセルとの距離を取りつつ、街の通りを駆け抜ける。自分が置かれている、生きるか死ぬかの様な状況は不思議と俺の心に落ち着きを取り戻させる。いつもの様に、俺が少女をからかい、それを少女が真に受け、銃を取る。その一連の事を俺はいつしか楽しんでいた。だから。今もこうして、彼女から逃げるように走る街の景色はスリリングなモノではなく、どこかスカッとした秋晴れの様に思えた。
「どっちでもいいわよっ!そんなことより、待ちなさいよ!」
「待ったら、殺されるじゃないか・・・・・・。というか、ディセルが遅いだけだろ?」
「くっ・・・!」
「それに俺がここで死んだら、ディセルのその綺麗な瞳が描けないぞ、いいのか?」
「そ、それは____!・・・今それを引き合いに出すのは卑怯じゃない!」
「そうでもしないと、ディセルがその銃を下ろしてくれそうにないからだろ?」
「なーーーー!」
いつもの展開は案の定、いつもの様に始まりいつもの様に終わりを迎える。こんなやり取りは、ツンデレと言われる少女の傍に居れば基本的に起こりやすい出来事だ。そうして、最後はなんだかんだで和解し、いつしか惹かれ合う。____というのがラブコメなどの度定番展開なのだが俺と彼女に限って____。少なくとも、俺は思えなかった。
「ディセルも俺を仕留めるのに手こずる様になったのか!」
「うるさい・・・うるさい、うるさいわよ!あんた、なんかその気になれば一瞬で!」
「分かったよ。じゃあ、その瞬間は____な」
俺は不意に彼女の過去を思い出す。家族を殺され、人体売買にも似た競売に賭けられ、その全てを消し去った彼女の過去を____。自身が持ち合わせてしまった、先天的特徴が招いた最悪の事態。そして、その結末が引き起こした事も全て、俺は知っていた。彼女の境遇は決して恵まれたものではないことは言うまでもないだろう。決意が見つけた新たな場所でさえも、呪いという《魔なる者》によって一度は切り裂かれてしまった。それは俺がこの世界に来る前に起こった事で俺がどうこうできる事ではないのだがそれでも俺は今でもその日の話を思い出してしまう。現に今もこうして、何気ない瞬間でさえも俺は____。
レイスという少女、ディセルという少女。
どちらも、本当なら女の子らしい人生を送っていても良いはずだった。だけど、そんな日常は、いるかもわからない、《神》という絶対的な存在の予定の上で操作されていると思ってしまう。
ディセルはあの日の事をどう思っているのかは分からない。
それでも、俺にも分かることはあって____。
それを口にしてしまえばどれほど楽でどれほど残酷なのだろうと____。
だけど、俺にはそれを声という形にすることも、それを本当にすることも____。
数分の間の攻防の末、俺達は?正気を取り戻し、街を歩くペースを揃えていた。
「ねぇ、キット?」
「なんだ?」
「さっきの話だけど、あれやっぱりやってみない?」
「《君》付けの事か?」
「____そう」
「でも、ディセルは嫌なんじゃないのか?」
「任務の為って割り切れば・・・」
彼女が何故ここに来て、そんな事を言い出したのか分からなかった。けれど、今の彼女の顔を見るとどうやら、それを素直に受け止めてくれているらしい。これは俺の個人的な私情も混ざっていた部分もあって、ディセルがそれをしてくれるというのはどこか嬉しい部分があった。けれど____
「なら、出来る限りでいいからそれで頼めるかな?」
____なんで。
「うん/// じゃあ、えーと・・・キット・・・くん」
「う____///」
この時、初めて女の子に君付けで呼ばれた。
「じゃあ、ディセル・・・ちゃん」
____なんで。
「なんかこれ、逆に怪しまれない?ぎこちなさ過ぎるわよ?」
「・・・そうだな」
____笑顔でいられるんだよ。
「大聖堂に着くまでには慣らしておかないと・・・」
「そうだな・・・怪しまれたらそれで全てが台無しになるからな」
____どうして、お前は________。
「それにしても、ディセルがここまで女の子らしいとは思わなかったぞ?」
「どういう意味よそれ・・・?また、さっきの続きがしたいの?」
「それは嫌かな・・・」
____それで・・・それで、ディセルが笑っていられるなら俺はそれでも____。
「それじゃあ、行こうか ディセルちゃん」
「うん キットくん」
________儚く今にも壊れてしまいそうなこの心が制御する。
会話や行動、仕草はいつものディセルと何ら変わりはなかった。けれど、ここ数日の彼女はどこかに何かを忘却している様に思えた。それは、忘れたい過去の事なのかそれとも別の何かによる結末を忘れようとしているのか____。
あの静かな、朝を二人で迎え。彼女と交わした約束。
そして、記憶に焼き付けた、アレキサンドライトの色合い。
サラサラとした、髪。
赤く染まる頬に今にも泣き出してしまいそうな、あの少女の顔。
経験のしたことの事柄が俺の周りを取り巻く。どこから掴めばよいのかも、どう処理していけば良いのかも分からない俺にそっと、傍であり続けてくれている少女。感情の起伏が少々激しい所もあるがそれは多分、偽りの姿だろう。本当の彼女は寂しがり屋でいつも誰かが隣に居てやらないと泣いてしまう。それが少女の本当なのだと俺は思ってしまう。だから、こそ俺に向けられる銃も彼女なりの触れ合いなのだと____。赤面した表情に少しの怒りを混ぜた様な顔をした少女。普段は冷酷なクールフェイスを見せ、この二つの表情が彼女にとっての唯一の表情差分だと思っていた。
だけど、俺は気づいてしまった。
ディーセルシ=ラニという少女の心の本質という部分に____。もしも、そのことを告げてしまったら俺はもう、彼女をどういう目で見て、どういう関りの中で生きてゆけばいいか分からなくなる。気づき上げてきた、お互いの関係が例え偽りの上で成り立っていたとしても、それはそれで俺は別に良かった。黒髪を二つに束ねた少女がそれで笑っていられるのなら、俺はそれでだけで____。
希望というよりは、これはただのエゴだ。俺が抱いた一方的な感情の押し付け。
だとしても、こうする事しかできなくて、これ以上を踏み込む勇気は持ち合わせていなかった。
笑顔の裏に隠した本当の気持ち、はたから見れば表の顔だけがその人に取っての第一印象になるだろう。しかい、俺にはどうも、昔から相手の本質を見抜く才能が備わっていた。目線が嫌いで人が嫌い。かといって、好きなものはあった。確かにあったんだよ____。それは何気ない安らぎとの会話であったり、非日常的な景色の長めだったりした。そんな、お金では買えないモノを俺はこうして手に入れた。だからこそ、俺のこの心の景観に映る一つの儚さが気がかりだった。
朝の目覚めの様に冴えた思考で物事を考えることが出来たなら俺はこの時、どんな行動を取ったのだろうか?瞳を見つめた時の様に素直に女の子らしい素振りを見せてくれたのなら俺はきっと、彼女を優しく抱きしめるだろうか____?いや、きっとそれは跳ね返されるだろうな・・・・・・。言葉をかけようと考える。しかし、思うようにはいかない。彼女自身が自覚しているのかそれとも彼女の心がそれを思っているのか。
口にすることも憚られる、この思いを俺は無理やり抑え込んだ。
だから、俺はその思いを胸に刻み込むように思った。
【________何で・・・・・・そんなに悲しい顔をしているんだよ】
心の中で何かが吹き抜ける。
胸が苦しくて、吐きそうだ。それでも、俺は耐え続ける。
だって、目の前の少女はこんな苦しみ以上に重いモノを背負って生きているはずなのだから。
ディセルに、この事を悟られない様にポーカーフェイスでその場を凌ぐ。
そんな時だった、耳元で微かに聞こえた少女の声。
「いつか、本当の__で____させてね」
肝心な事は聞き取れなかった。
けれど、それが彼女の本心なのだとしたら俺はそれを叶えないといけないと思ってしまう。それが唯一、俺という一人の剣士_キット=レイターが出来る彼女に対する、精一杯の心の慰めなのだから。




