episode 17
「何で・・・何でアシエルはその名を知っているんだ!?」
ディセルに問いただす。
「し、知らないわよっ!でも、アシエルがミザキという名前を口にしたのは確かに覚えてるんだから・・・」
「そうか・・・」
近づいては離れる関係性に可能性。もしかしたらという、仮説が俺の脳内で次々に生まれてくる。イラストレーターの名前だけでこうも、驚いたことは今までにあっただろうか?少なくとも、俺にはそんな記憶はない。
「でも一つだけ、こんなことを言ってたわね」
「何て言ってたんだ?」
「あの人は今までどんな世界を見てきて、どんな事を想ったんだろうってね」
「____どんな世界か________」
もうここまで来たら、間違いないだろう。アシエルという人物は確実に一度、こちら側に来ている。こんな展開を誰が予想しただろうか?俺から見た、異世界人が俺達の住む世界に来たという事実を。逆に考えれば、それは俺にも言えた事なのだが、それでもこの話にはどこか決定的な何かが欠けている気がした。それも、アシエル本人の人物像についてだ。
「それで、ディセルはそのパソコンが今どこにあるのか知らないのか?」
「知らないわ」
「知らないのか・・・・・・」
「うるさいわね・・・!仕方ないじゃない、使ったのは随分前の話だし、それにこれがあんたの世界の物だってことも今の今まで知らかったのよ!?」
今どこにあるか分からないとしても、ディセルとの会話には《確かにあった》と断定できるものがある。
「それも、そうだよな・・・」
イラスト関連の話になると、遂、話を急かしてしまう悪い癖だ。アシエルがいたとすれば、仲良くなれたのかもしれないと思う俺であった。
「あ____!」
俺は突然何かを閃いた。
「ディセル、そう言えばセリカ団長の部屋に俺が描いた様なイラストがあったんだけど、それについて何か知らないか?」
「団長の部屋に?」
「あぁ、赤髪の少女の絵なんだけど」
俺がこの世界に来て二日目の事だ。レイスに連れてこられた、《純白の剣姫》で団長に初めて会った時に俺はそれを見た。無造作に散らばった書類の下に隠れるように置かれていた一枚のイラスト。絵描きの俺にとってそれはすぐに目を引いた。鮮やかな色彩と滑らかな曲線。とてもじゃないがそれをデジタル画ではなくアナログ画で描いたと言われても信じられそうにはなかった。
「赤髪・・・あぁ、あれね。私も詳しいことは聞いてないけど、多分あれは、アシエルの絵で間違いないわ」
「でも何で?セリカ団長はアシエルと何か関係があったのか?」
「キット あんた、レイスから聞いてない?」
「聞いてない?って何が?」
「なら、いいわ。私が教えてあげる。団長とアシエルは恋人だったのよ?それも婚約を視野に入れた」
「婚約!?」
団長の話からそんな単語が出てくるとは夢にも思っていなかった俺は思わず驚いてしまう。剣士という立場、そして、団長という下の者を導く人間にそんな話がったことに俺は半ば疑い半分だった。
「まぁ、それも《魔竜討伐戦》を境に無くなっちゃたんだけどね」
「それってつまりは、アシエルが死んだから婚約も破棄になったてことか?」
「何、当たり前の事を言ってるの?でも、私にも分からないのよ」
「?」
「その頃私はレイスとの件もあって、任務に行ってなかったから。それにこの話もどこまでが本当でどこまでが嘘なのか分からない噂に過ぎないんだけどね?」
もしも、レイスとディセルの二人の間に何事も無かったとしたら、二人は恐らく前線のメンバーとして《魔竜討伐戦》に参加していただろう。そう考えると、俺は知らない世界で大切な人を失くしたことも知らずに今も現実の世界で生きていたのかと思ってしまう。もちろん、この思いはここに来て彼女たちとの触れ合いの中で培われてきたものであって、セレクトリアの存在、ましてや、【純白の天使】に会う事が無ければ、芽生えなかったモノに過ぎない。
「じゃあ、婚約の話も・・・?」
「・・・それは本当だと思う・・・・・・だって____」
「うん?どうかしたか?」
「アシエルのフルネームって知ってる?」
「知らないけど?」
「そっかなら教えてあげる、アシエルの下の名前はね____ 《グランシスト》。アシエル=グランシストが彼の名よ」
グランシスト、俺はその名に聞き覚えがあった。それもかなり身近なところに。
「察しがついたようね?そうよ、《純白の剣姫》の団長_セリカ=グランシストよ。正式なモノなのかは分からないけど、二人の中ではちゃんと____」
「そうか____そうゆう事だったのか」
点が線で繋がった。あの日の赤髪の少女の絵の描き手もその後に見せた雰囲気も、そして、俺の会話で驚いた表情も。以前レイスにディセルとの過去の話をしてもらった時、セリカの下の名前を《イグナイト》と言っていた。これは恐らくセリカの旧姓にあたるのだろう。レイス自身はそのことに気づいた様子はなく、そのまま会話を続けていた。この事も、含めセリカとアシエルの関係は割と知られたいたのではないかと思ってしまう。何故、今まで俺はその話を聞くことが出来なかったというと、原因はテレサだろう。彼女があの場で俺達にお茶をひっくり返しそうになるアクシデントが起きさえしなければ俺は早い段階でアシエルという人物に近づけたのではないかと考えた。そんな話を知らなかった俺は何も分からないまま、剣士になって今もこうして《純白の剣姫》に身を置かせてもらっている。
全部、そういう事だったんだ____
____アシエルに似ていたから、セリカは俺を____。
「そうゆう事。具体的な根拠としては、傍付き剣士認可の試験ね?最低でも一般剣士以上の資格が必要なのにあんたはそれを持っていなかった。それなのに試験を受けられた、それが何よりの証拠ね」
「そっか____」
大体の疑問には解決という出口を見つけた。あの厳格な性格の団長の豹変っぷり、薬指付けていた指輪の様な物、その全てが今は話の内容にあっている気がした。
「団長の話はこんな所ね・・・ってなんでこんな話になってるのよ・・・・・・」
「それは・・・成り行き?」
「成り行き・・・ねぇ・・・」
一通りの会話が終わると俺達はしばらく黙った。
椅子に腰かけ、俺のパソコンを現在も物色し続けるディセル、それを複雑な気持ちでベッドに腰かけ見ている俺。カチカチッとフォルダをダブルクリックする音が何度も聞こえる。それは俺のプライバシーのさらに奥の方へと入って行っていることを意味していた。特に見られたら困るモノも入れてはいないし、それ以前に俺のイラストを見られた時点で・・・の話だ。
「そう言えば、あんた、何か忘れてない?」
俺の方へ振り向いたディセルは不満気な顔でそう言う。
「うん?忘れてるって何がだ?」
「あんたに付き合ったお礼よっ!忘れたなんて言わせないから・・・!」
「・・・・・・お礼・・・すっかり忘れてたなとは言えないな・・・」
「言ってるじゃない!」
「それでお礼って何をすればいいんだ?」
「そ、それは____///私を・・・私を描いて見せてよ」
そう言った彼女は右手を口に当て俯いていた。どことなく頬を赤らめた、その表情は好意を寄せている相手に想いを告げた時の様な顔だった。いつも、俺に対して敵意?を向けてきている彼女の顔とはあまりにもかけ離れたその様は俺の創作意欲を掻き立たせた。
「____分かった。その依頼しかと承ったよ」
「____ありがと」
「____ツインテールを描くのは初めてじゃないけど、《魔眼》を描くのは久々だから」
「____キット その一つ頼みがあるんだけど」
ディセルは小さめな声で俺に声をかけた。
「____その、《魔眼》は描かないで欲しい。できれば、本来の私の瞳の色で描いてほしいな」
「____それは両目をエメラルド色にしてほしいって事か?」
「____うん」
「____なら、その綺麗な瞳をもう一度見せてくれないかな?」
俺は確実な美しさと正確さを求める為、ディセルに瞳の確認を頼んだ。
「____いいよ」
ディセルはそう言うと、マウスを操作していた手を止め、俺の方へ歩み寄り自身の顔を俺の方へと近づけた。
(ん?)
何故、彼女がそんな行動をとったのかは分からなかったが、どうやらこの流れは俺がディセルの前髪に触れ、その瞳を確認するしかないようだった。
ゆっくりと動かした右手は黒髪の髪に触れる。サラッとした感触が手に伝わる。俺はその手を静かに上げる。物音ひとつしないこの空間で俺は一人息を呑んだ。今まであんなに俺の事を嫌っていた少女が今はどうだ、あろうことか俺と僅か数十センチ程の距離に近づいているのにも関わらず、銃を取り出していないのだ。体の事を気にかけ、今日だけは大人しくしてくれているのか?と考えたりもしたが、それもどこか違う様な気がして俺はより一層、ディセルの行動が理解不能だった。
露になった瞳を見つめる。
俺から見て右側には引き込まれそうな程、赤い色をしたルビーと左側には新緑の葉のように光が差し込み眩く揺らめくエメラルドがそこにはあった。芸術的なまでのその色合い。両極端が対照的な色にも関わらず、お互いの色を殺していないその組み合わせは、最早、奇跡としか言いようがなかった。
「____どう?」
しばらくすると、ディセルが弱弱しい声で俺に問いかけてきた。
「____きっとこの色合いを再現して見せるよ」
その瞳の美しさと整った容姿を目の当たりにして俺は言葉よりも先に心が声を発していた。
「____絶対だからね」
「____うん」
繋いだ手を名残惜しそうに離す様に俺は少女の髪にかけていた手をそっと戻す。その手の去り際まで俺の手の甲を撫でるようについてきた、髪の感触を俺は今でも忘れていない。
心がとても穏やかでどことなく脈が速いことに気づいた。それに体も少しだけ熱い。これは単なる風邪の引き始めだったのだろうか、それとも今も俺の視界に映り続けている、黒い髪を二つに結んだ少女のせいなのかは、分からなかった________。




