episode 13
瞼が重い。いくら目を開けようとしても、何かに無理やり抑え込まれているかのようだ。体がだるい、熱でも出ているのだろうか。
ふと、記憶の回廊を俺は一人歩く。大きな図書館に迷い込んだ気分だ。この状況に至るまでの記憶や経緯が全く、思い出せない俺は題名の忘れた本を探す様に無茶な探し物を始める。
「俺は確か、雪山でディセルと____」
《雪山》と《ディセル》。口に出したのはそんな単語だった。
「デートしてたんだっけ?」
それは思い出さなくても良いと言いたげに、頭痛が走る。
「何か探してたような?」
記憶の探し物でさらに探し物を始める。
「____思い出せない」
場所と人の名はぼんやりと復元されたもののそれ以降がどうにも思い出せない。
「安直だと思うけど、俺、死んだのか?」
その考えは口に出してしまえば簡単で最もこの状況にあっていた。しかし、死というモノを経験したことのない俺はこれが本当に死んだという事なのかが分からなかった。もしも、この感覚が死だと言うのなら、死後の世界は本当に寂しく、誰もいない孤独な世界だと思ってしまう。それでも、自分自身という一人だけが存在し他に誰もいないここは、儚くもあり、静かでもあった。
「・・・・・・というか、この目に感じる圧は何だっ!」
俺はそんな思考を一時取りやめ、感触という部分に意識を向け、それを引き離した。
「きゃっ!____ちょ、ちょっと!何するのよっ!」
行動の結果についてきたのは、聞き馴染みのある少女の声。声色から察するに、不機嫌なようだ。
「え!?・・・ディセルなのか?」
視線の斜め左端にツインテールの少女が映る。
「そうよ!当たり前じゃない!それとも、記憶でも失ったわけ?」
「記憶を失ってたら、名前も思い出せないよ・・・・・・」
「なっ____!意識が戻ったと思ったらすぐこれ・・・はぁ」
そう言って、ディセルは頭を悩ませていた。
「それより、ここは?」
「あんたの家よ。と言っても、レイスの家なんだけどね」
「レイスの家?って事は俺は助かったのか?」
「えぇ、残念なことに・・・・・・」
「そこはそんな表情するとこじゃないだろ・・・!」
非常に残念だと言いたげなディセルの口調と表情に俺は思わず突っ込んっだ。
「そんなことより、俺をどうやって見つけたんだ?」
「魔眼よ。まぁ、間接的にだけど」
「間接的?」
「キット あんた、天使の眼を使ったでしょ?」
「あぁ、使ったよ。俺は天眼って呼ぶことにしたけど」
「天眼・・・どっちでもいいわ。それが私の魔眼と何らかの関係で共鳴したの」
「共鳴?」
「厳密に言えば、あんたのその、天眼が放つオーラを私の魔眼が察知しただけなんだけどね」
「それってつまり、GPSみたいなことか?」
「GPS?何それ、もしかして、あんたの世界の話?」
「そっか・・・こっちの世界には無いのか・・・・・・」
誘導尋問かそれとも、ただの会話の成り行きなのか。俺はディセルとの会話に自身の世界の話を出すのを何の躊躇いもなく話していた。
「やっぱり・・・転移者なんじゃない」
「・・・って、今気づいたのか!?俺はてっきり、もうばれてるのかと思ってたんだど・・・・・・」
俺はこの時、もう少し黙っていたなら、ディセルにバレなかったという事実を知り、落胆した。
「大方、そうなんじゃないかなとは思ってたけど、《まさかね?》の方が強かったのよ」
「それならそうと言ってくれよ・・・」
「それを言ったら、あんた、意地でも嘘を貫くでしょ?」
「そ、それは・・・・・・」
(というか、何でディセルにわざわざ本当の事を言わないといけないんだ?)
ベッドから体を起こそうとした時、俺は再び闇に視界を塞がれる。睡眠中に閉じる瞳の暗さではなく、何か別の要因が起こしたであろう暗闇は少しの圧力と熱を帯びており、振り払おうとする俺の手に爪を立てる。
「痛っ!」
痛覚は幸いにも正常に働いており、俺の薄れていた意識はここで完全に回復したのだと悟った。
「今は大人しくしてなさいっ!レイスが部屋に入ってきたらどう言い訳したら分からなくなるでしょ!」
レイスという名を聞いた時、俺はあの戦闘の最中に頭をよぎった、少女の顔が一瞬にしてフラッシュバックされる。そう、俺は約束と誓い、その二つを守り通す為に今もこうして、命を助けられ、ここに存在の意を示している。
「言い訳って・・・普通に俺が奈落に落ちてからの経緯を話せばいいだけじゃないのか?」
「それはこの家に来た時にすぐに話したわよ!そうでもしないと、・・・レイスに誤解さ____」
ディセルは最後に聞こえるか聞こえないかの瀬戸際で何かを話していた。あいにく俺は横になっており、その続きを聞き取ることはできなかったのだが。
「なら、大丈夫なんじゃ・・・?」
「そういうわけにもいかないのよ・・・だって、あんたの眼、今も青いままなのよ」
「それで、今もこうして俺を押さえつける形で眼を塞いでいるのか・・・・・・」
「押さえつけっ____押さえつけてないじゃない!」
「じゃあ、押し倒そうとしているってことで____」
グッ____!
黒蝶は全体重をかけ、俺の眼に置いている手のひらを押さえこんだ。ベッドに体が沈む。
「ぐはっ・・・!な、何するんだ ディセル!」
「それはこっちのセリフよ!人が善意でやってあげてるのにこの状況でもふざけていられるの?」
「・・・」
ディセルは何か思いつめた表情でそう言った。いったい彼女が何を思い、何を考えているのか俺には到底分からなかった。それでも、ツインテールの少女は自身の事など二の次と言わんばかりに俺をここまで運び介抱してくれていた。本来なら、ディセル自身も極寒の地での活動で体力を消耗しているはずなのに____。そんな彼女に俺はあまりに浅く接してしまっていた。今からでも遅くないのか?それとも、今からでも変われるか?答えは決まっていた。
________変えるんだ。
「ごめん ディセル」
単純な言葉と対象者の名を口にする。
「別に謝ってほしいわけじゃ・・・ない」
「じゃあ、どうしたら?」
「今日は・・・今日だけはキット あんたの傍に居させて」
本来ならここで俺は彼女に対して、何か茶化すような言葉を返すだろう。しかし、俺の眼に映る少女の顔はそんな言葉さえも起こさせる気を焼失させた。
「____わかった」
「____うん」
気づけば外の風景は夜景へと姿を変えており、電気の消えた一室に年頃の男女が二人。それに、直前の会話の絶妙な間を置いた、返答。そのどれもがこの雰囲気の中では《そうゆう》感じに持っていかれてしまう。だが、ここで一つはっきりさせておかなければならないことがある。それは、今俺達のいる場所だ。仮にも、ここはレイスの家の一部だ。そんな場所でディセルと二人きりだという事を忘れたはいけない。介抱の為と言ってはいたがレイスは内心、どう思っているのだろうか?
どんな答えも今となっては無意味だろう。何故なら、俺は今もこうしてディセルに眼を制御されているのだから。彼女はきっと、自身の過去と俺を重ねているのだろう。
もしも、俺の天眼が暴走し、《邪悪な者》を呼び寄せてしまったら。魔眼の力で《悪魔》を呼んで相殺させようと考えているに違いは無かった。だからこそ、ディセルは《傍に居させて》という仮の言葉に《守らせて》という意味合いを込めたのだと俺は思った。
「____と思ったんだけど・・・」
明らかに顔から圧力が消えていた。
「・・・・・・キ・・・ト・・・て・・ばぁ____」
しょうがないと言えばしょうがないのだが・・・・・・。
(何故!?あの一瞬で眠りに落ちたんだ!?)
などと、考えている間にも少女の体は徐々にベッドに横になっている俺の方へ傾いていた。何というか、俺得な状況ではあるがこれは色々な意味で不味い・・・。落下時の衝撃で思うように体の動かない俺には少女をちゃんとした場所に寝かしつけることも、起き上がって少女を回避することもできなかった。




