episode 2
「ここがセレクトリアの街。今は夜だけど朝になれば、無数の人々がこの通りを行き交うの」
レシウルの言葉を聞きながら、通りを見渡す。煉瓦で出来た道は所々にヒビがあり劣化を思わせる。そして、極端に人が少なく、死角になるような場所も多く、家の隙間にできた路地へと続く道の脇には街路樹が植えられており、いつ襲われてもおかしくないような場所が見受けられた。
「__うん」
見るもの全てが真新しく、レシウルの説明よりも視界に入る情報量の方が多かった。突き抜ける様に直線的なこの大通りは両脇に規則正しく、街灯が張り巡らされ、それに比例するように、無数の家々が立ち並んでいる。実際にRPGの世界に入ったらこんな感じなのではないかと思ってしまう程に。
「レシウルはいつもこんな夜遅くに出歩いているのか?」
「何でそんなこと聞くの?」
不思議そうな顔をするレシウル。確かにいきなりこんなことを聞かれても返答に困るのは無理もない。
しかし、何の理由もなく質問したのではない。
「えっと・・・君と会ったのがあっちの世界じゃ夜だったからかな?」
本来の理由とは少しずれてはいたがこれはこれで理由の半分はカバーできているだろう。もう半分はこっちの世界に来てから芽生えたもので、先ほど確認した、死角や路地の影だ。一見すれば何の問題もないように見えるが、それは《朝》の話だ。仮にも今は夜。こんな時間に人が出歩いていないのはそれを知っての事だろうか。もし、そうだとすれば今の俺やレシウルは《殺人鬼》や《人さらい》の格好かっこうの餌食となっている。
だから、レシウルにこの事だけは確認をしていたかったのだ。
「いつもではないけど時々、街を散歩するぐらい」
それを聞いて少し安心した。
「でも、私たち剣士は夜の街を警備する義務も持ってるから散歩っていうのは少し違うかも」
「警備?」
「犯罪の防止って言った方がいい?」
レシウルに謎の訂正を提案される。
「いや、どっちでも・・・。それで具体的にはどんなことをするんだ?その警備って」
「人が街を出歩かなくなった頃を見計って、街に出る。そして、危険な場所や過去に犯罪があった場所をくまなく調査」
やっていることは警察と何の違いもない。もし、違いを言うのであれば、この世界_セレクトリアには剣士と言う、職種が存在していることだ。剣士と言えばゲームや漫画、それにライトノベルなどで頻繁に登場する職業でゲームでは扱いやすさで定評がある。剣士は村人を守ったり、モンスターを倒したり、最後には魔王を倒すという責任まで課かされることもある。もちろん、魔王は勇者という絶対の者が倒すのが一般的な話なのだが・・・。それを踏まえると、剣士と警察の違いは携帯している物にあると考えるのが妥当だろう。
____剣と銃____
あまりにも対照的な二つに、もうそれしかないと思った。
「剣士もいろいろな事をするんだな」
「まぁ、夜の剣士は《警備隊》と呼ばれているけど」
「警備隊?」
「そう、警備隊。街の他にも城の場内を警備する事があるの」
「剣士と何か違いとかあるのか?」
この時の俺は質問に対する返答の意味を深くは考えなかった。
それが後に後悔とすれ違いを生むことも、異世界の街に気を取られていた俺の思考では考えることができなかった。
「剣士と違って、あらゆる負傷に対しての《正当防衛》が認められていることかな」
「正当防衛・・・・・・」
レシウルの足取りに合わせながらしばらく歩いていると、歩みが止まった。気づけば入り組んだ街中に俺達はいた。大通りとは違い、辺りには同じような家が並び窓からは笑い声や洗い場の水の音、そして民家の窓から漏れた光が地面の草木をほのかに照らしていた。
「ここは?」
「私の家」
少女が指示したのは周りにある一軒家並みの家ではなく、入り口に装飾が施された大きな鉄の格子扉だった。格子の隙間中庭が見え、一言で言うのであれば豪邸。何十人もの執事を雇っているのではないかと、あれこれ考えているうちに扉はガシャンッと音を立て中庭に弧を描く様に開いていく。
「入ろう」
「うん」
グラウンドの様に広い庭を真っ直ぐに歩くと、黒木で出来た扉に行きついた。どうやらここが本当の玄関だろう。レシウルは扉に手を掛かけるとそれを開いた。
外から入った風が家の中を吹き抜ける。
「靴は脱がなくていいよ」
「え・・・?」
世界が違えば文化も違う、それが靴一つでも違いは生まれる。玄関で靴を脱ぐ動作は俺達、日本人にとって当たり前で逆に脱がない方が気持ちが悪い。それは精神面と衛生面のどちらでも言えることだ。
違和感を感じつつも俺はレシウルについていく。この家は二階建ての構築で一階は食事をするための空間と客人を招き入れる客間、それと服や食料を備えておく部屋。その近くに風呂場。二階は玄関を入って、すぐ横にある階段で行き来でき一階ほどではないがそれなりに広い部屋が数部屋あった。二階はどの部屋も窓からロフトが出ており、レースを全開にして夜の景色を見れば爽快だろう。冷たい風はレースを大きくなびかせ、まるで天使の羽の様に羽ばたいていた。非日常的な景色は自然と俺の創作意欲を掻き立て、レシウルの声が耳に届いてはいなかった。
「ねぇ、聞いてる?」
「う・・・うん?」
「二階の部屋は好きに使っていいから」
「えっ?」
「言葉の通り」
「で、でも、他の人の部屋を勝手に使うってのは・・・」
「何言ってるの?ここには元々、私しか住んでない」
「は・・・・・・?」
言葉のままをそのまま受け入れるなら、今この家には少年と少女が二人きりということになる。仮にも俺は二日前、十八回目の誕生日を迎えた身。俺の世界で言うなら、もう《大人》と言ってもおかしくはない。このことは別に何の意味も持たないのだが今から彼女にする質問によってはかなり良くない誤解を招くことになるだろう。
「レシウルは今何歳?」
「二日前で十四歳になったけど。それがどうかしたの」
「・・・十四」
十四と言う微妙に危うい数字に俺は何とも言えない思いを抱く。十八と十六、この二つの数字の意味を知っているだろうか?俺の世界じゃまず知らない人間はいないだろう。もちろん、数字を知っているかを聞いたわけではない。何が言いたいかと言うと、結婚ができる男女それぞれの年齢の事だ。こっちの世界がどのような設定を設ているかは知らないが俺の世界じゃかなりまずいこの状況。
これは後になって気づいたのだが俺とレシウルは同じ誕生日の生まれだった。
・誰の邪魔の入らない豪邸に男女が二人っきり
・十八歳になったばかりの俺と十四歳になったばかりの限りなく十三歳に近い少女
「どうかした?」
「いや別に・・・」
「じゃあ私から一つ、名前レイスでいいよ」
「レイス?」
「私の名前を略したもの。レシウルって言いにくいでしょ?」
「そうでもないけど。わかった。これからはそう呼ぶよ _レイス」
これが俺にとって彼女に親しみを込めて名前を呼んだ、初めての時だった。
「うん それでいいよ。後あなたの名前フルネームで呼ぶには長いから、下の名前を略して_キットでどうかな?」
「キット・・・?」
「その方が呼びやすいし、覚えやすいから」
レイスから提案された名前は偶然にも俺がネットゲームやTwitterで使っているニックネームだった。これには少し驚いた。ゲームの中の俺はいつもキットという名前で広大な大地を旅していて、そんなゲームの中の自分に憧れていた。だから、実際に異世界ゲームの世界に近い世界に来て、その名で呼ばれることになると思うと胸が高鳴った。
「それじゃあ、私は部屋に戻るから、また何かあったら言って」
「分かった」
レイスにキットという名を付けてもらった後、部屋に戻る俺は階段から一番奥の部屋を自室にすることにした。
部屋の中はとても広く、新生活を始めたばかりと思ってしまう程、物がなく部屋の左側にベッド、右側の壁に設置する形で机と服掛けが備え付けられていた。その部屋で俺は灯あかりをつけづ、レースの隙間から射す、月の光を見ていた。その月光をしばらく見た後、俺は机に息をつくように腰かけ《液タブ》の電源を付けた。
何故、液タブを持っているのかというと______
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「それじゃあ、行こうか」
「うん でも、何も持っていかなくていいの?」
「そんな猶予あるの?」
「あの時計の針が両方とも天井に指すまでは大丈夫」
レイスは視線を上げた場所に位置する、大きな時計を見てそう言った。
「わかった 少し待っていてくれ。すぐに戻ってくるから・・・!」
「その必要はないよ」
「うん・・・・・・?」
レイスは左手を俺の方へ向け、何か呪文のようなものを唱となえていた。
すると突然、視界が光に包まれ俺は咄嗟とっさに目を塞ぐ。次に目を開けるとそこは自室だった。
「転移したのか・・・?」
疑うまでもないだろう。
目に映るのは俺がイラストを描き上げていた部屋なのだから。パソコンは長時間の未操作でスリープ状態に入り、電源ボタンの青いランプが点滅てんめつしていた。俺は軽くキーボードに触れ、相棒を起動させる。画面には自信が描いた少女の壁紙が表示され、もう一つの画面_液タブの方には描きかけの少女が表示されていた。
「どうせなら描き上げたかったな。流石にこの時間で完成させるのは難しいな・・・」
液タブに表示されたイラストはまだ、ラフ画がの状態で主線と補助線の境界線が曖昧で、まずはそこから仕上げなければならない状態だった。
だが一つ手はあった、それはもう一つの機械だった。
俺は基本、家でしかデジタルイラストを描かないがたまには外で描きたいと思う時もある。そんな液タブ使用者のニーズに応こたえたのがコンパクトな液タブだった。俺の愛用しているデスクトップ型PCと連携させて使うものではなく、ノートパソコンと連携させることで持ち運びが便利な液タブだ。
もしもの時の為ために購入しておいた、それに今のアカウントを移行すれば、無理な話ではないはずだ。
「これなら、いける!」
鞄にノートパソコンと液タブを詰め俺はレイスに呼び掛かけようとした。
「おっと、服がこのままだ」
すっかり忘れていたが今の俺はあの白い部屋で着せられていた服のままだった。せっかくの門出だというのにこの格好はあまりに癪に障わる。せめて何か私服をと思い、俺は自室のクローゼットに手を掛ける。そして、カッターシャツと青いジーパンを着て、ベッドに無造作に投げられていた、コートの袖に手を通した。
「準備できたぞ」
呟くように言葉を発する。
「うん わかった」
すると、どこからともなくレイスの声が聞こえた。
「それだけでいいの?」
目の前のには白髪少女があたかも最初からそこにいたかのように立っていた。今の会話の間に戻って来たようだ。
「あぁ、本当は参考書とか持ってこようと思ったけど」
「思ったけど、なに?」
「いや、気にしないでくれ」
「うん」
今の俺には資料よりも大事で最も参考になる君がいる_とは到底言えなかった。
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というわけで現在に至いたる。
「__こう広いと落ち着かないな」
俺はあまり広い部屋が得意ではなかった。集中し始めると、そんなことも気にならなくなるのだが、今はまだ集中に入ってはいなかった。それに液タブとノートパソコンをまだ鞄から取り出してすらいなかったのだ。
扉の横にスイッチがあり、それを押すと部屋に灯りがともった。正直、この設備には驚いた。大抵の異世界転生ものの室内はアルコールランプや直に火を灯し発光させる物が多く登場する。それなのにこの部屋は俺の部屋と何ら変わらない、現代の技術を採用している。もしかしたら、この世界は俺のいた世界と文明の差はさほどないのではないかと推測した。
だからと言って、コンセントの穴まではなかったのだが・・・・・・。
「あ、これ完全に失敗したな・・・・・・・・」
言わなくても分かるだろうが、
コンセントの穴がない=コンセントを刺せない_つまり、ノートパソコンを起動できない=液タブでイラストが描けない
という数式じみた関係がここに成り立つ。
「・・・・・・レイスならどうにかしてくれるかな」
仮にもこの家の主人に当たる彼女ならもしかしたらこの状況を一変させてくれるのでは?と、淡い期待を俺は抱いた。
レイスと俺は互たがいの約束を交わし、こうして今に至るわけで、俺の約束_彼女を描くという《約束》は液タブなくしては意味がない。このことが意味することは一つ_約束が結ばれていないことを意味する。
「と言っても、『自業自得』とか言われそうだしな・・・」
中々、意思を決められない俺は次の行動に悩みながらも体は自然と作業環境のセッティングに取り掛かっていた。いつの間にやら完成した理想の作業場に俺は「おぉ」と一人称賛し、いつものようにパソコンの電源ボタンを押す。電力供給ができていないパソコンを起動させようとしたところで返ってくるのは無機質な画面・・・のはずだった。しかし、その予想もしていなかった俺はパソコンの電源が付いたことに違和感を覚えず、早速データとアカウントの移行作業に入っていた。
作業が終わり、ひと段落着いたところで俺はようやく《事》に気づいた。
「__何で電源がついてるんだ・・・・・・!?」
普段からデスクトップ型PCしか使わない俺はノートパソコンに備え付けてある、バッテリー機能を知らなかった。ある程度の時間なら電源が無くても使えるその機能は俺のデスクトップPCの方にはなかったからだ。
「ラッキー・・・なんかよく分からないけど、助かった」
神の救済と言わんばかりにこの幸運を俺は噛みしめていた。
そして・・・
「よしっ!一枚仕上げるか・・・!」
俺は数秒、瞳を閉じ、そして開いた。
永い眠りから覚めた感覚と開けておいた窓からの風が右腕に絡みつく。オーラが宿った様な利き手でタッチペンを持ち、スウッと画面を滑らせる。
次に思考を巡らせ、主体になる人物を鮮明かつ正確に脳裏に映し出す。
そして、その人物の心情とそれに至るまでの状況を自身の心の在り方で補正していく。
体の基本骨子を最短最速で描き上げ新たなレイヤーを生み、青い筆ペン先でそれを構築する様にラフ画を描く。
そうして、出来たラフに新たな白を被せ、《黒い閃光》を走らせる。
最後に色彩しきさいを躍らせ、一枚の完璧の完成。
「終わったのか・・・・・・?」
作業中は自身の意識はほとんど無く、ただ右手がイラストを描き上げていく。そんな感じに陥ることがよくある。
「____はっ」
液タブの画面にはあの月の夜に見た、《銀髪の少女》が描えがかれており、自分で描いた物なのに思わず息を呑む。
「__思った通りだ。俺は最高の被写体と出会ったんだ」
描くまでは確信を持てなかったが、いざこうして出来上がった絵を見るとそう思わざるをえなかった。
やっと、自分の思うような絵が描けると確信した俺の心はまた一つ、色を足していた。
「白髪っていう、題名はなんか変だな」
下描き段階で仮に付けていた、《白髪》という題名に違和感を覚えた俺はこれまでの事、そしてこれからの事を遠い瞳で見据え、題名の場所でバックキーを押した。
そして、新たな題名を打ち込んだ。
【with】________と。