episode 21
カチャリと弾を装填する音が頭上で聞こえた。誰もいない夜の街に静かに響くその音は俺の耳に微かな余韻を残した。
「サポートは任せなさい。何かあったらすぐに迎撃する準備は出来てるから」
そう言ったのは、いつもの小型銃ではなく銃口から引き金までの長さがライフル銃並みに長い黒い無機質を持ったディセルだった。屋根伝いに俊敏に移動しながら、銃の手入れをしているその様を見ていると任務への余裕が伺える。
「それ、ディセルの新しい銃なのか?」
「そうでもないわ。もう、一年ぐらい使ってる」
ディセルはそう言いながら、自身の愛銃の先からスコープのあたりまでをゆっくりと撫でた。月の光がそれに当たり、あざとく、そして妖しい黒光りを放つ。
「そうなのか。じゃあ、もしもの時は頼んだ」
「えぇ」
俺達はあの昼休みの後、各持ち場に戻り。自分するべき事を行った。そして、日は落ち、剣士としての仕事は役目を終えた。しかし、ここからは警備隊としての仕事が待っていた。本来なら俺やレイスも日没と共に家路へと帰るのだが、あいにく今日は俺達が警備隊としての役割を果たす日だった。そしてもう一つ、ディセルには俺達と組織内での立ち位置が少しばかり違うらしく。彼女には剣士や警備隊と言った、明確な役柄は定められていないらしい。なので、今日こうして俺達の周りを警戒し補佐をしてくれているのはあくまでもディセルの独断なのだ。
「うぅー・・・流石に秋になると寒いな」
「そう?私はこのくらいの気温の方が好きだけど」
隣を歩くレイスは、耳元を過ぎて行く風に髪をなびかせながら呟いた。
「俺も寒い方が好きだけどさ、なんかこう・・・夜の雰囲気とこの暗さが後押ししてるっていうか」
「私にはよく分からないけど____似てる・・・・・・」
レイスはこの状況に何かを感じたのだろうか、顔を曇らせ声が微かだがこわばっている様に見えた。
「あの日と一緒、って思ったんでしょ?」
不意にディセルが会話に入ってきた。
「あの日?」
「私たちが《二人の黒_ローゼン・ミッドナイト》で最後に遂行した任務の日よ」
俺はその日を知っている。
レイスとディセルの関係が決裂したその日を____。
「違うって・・・心の中では思ってるんだけど、何故か体の内側が震えていてね・・・」
「大丈夫か?怖いなら、ここからは俺とディセルだけで警備の続きをするけど?」
「ううん。それはダメ、いくら怖いからって言う理由だけで目の前の事から逃げたらいけないもの」
レイスは俺の提案をきっぱりと断った。それは慣れからくる自身などではなく、これ以上後悔はしたくないという心の補正がそう言わせたのだと俺は思った。しかし、事はそんな難しいことではなかった、白髪の少女を今もここに繋ぎ止めているのは、そう____強がりだ。
「分かった。なら、俺の傍から離れるなよ。何かあったら俺がきっと守ってやるから」
「____うん」
____ 俺はレイスの過去を知った上で再び、誓いを立てた。この誓いは望まれたモノではなく、俺が自ら望んだモノだ。例え、拒否されようと、忘れられようと俺は一生この誓いを守り続けるだろう____。
「何かっこつけてんのよ、あんた」
そんな空気を台無しにしたのは頭上からこちらを見下ろす黒髪ツインテールの少女だった。
「今の感じでそんなこと言わないでくれよ・・・・・・」
「だって、あまりにもそのセリフが滑稽だったから仕方ないじゃない。魔王から姫を守る_《勇者》ぐらいしか言わないわよ そのセリフ?」
「どういうことだよ・・・?それ・・・・・・」
「ま、どうだっていいでしょ?あんたがその子を守るのは随分と前から決まっていたみたいだし。今更、何の誓いだって私は思っただけよ」
「・・・そうか」
会話をしている最中も俺達は街の雰囲気、そして微かな物音を聞き逃さなかった。煉瓦の道をブーツが踏みしめる音、風によって吹かれた草木の揺れや葉のかすれる音。時折、聞こえる人の話し声と言った、自然現象から生物的物音を全てに意識を集中させていた。
「一つ思ったんだけど」
俺はひらめくように思いついた事を口にするべく声を出した。
「キット どうしたの?」
レイスが俺に声をかけた。
「誘拐事件へ、俺の推理と推測が反映されて今朝の様な態勢を取っているのだとしたら、夜の警備は意味がないんじゃないのか?」
事件は朝_白昼堂々の中で起きているという考えを少なくとも、団長のセリカは《今は無き最高位》の団長に話しているはずだ。俺の考えではあったがセリカも否定的な意見はしなかった。その様子から考えられるように、俺の推測は連日起きているこの事件の不明な点に肯定的な理由が着けられるからだろう。それがあちらの団長の組織を動かす要因になっているのは言うまでもないだろう。その理由として、朝、街の各地に配備されていた騎士たちがそうだろう。
「それはこの《少女誘拐事件》だけに任務を限定したらの話でしょ?セレクトリアで起こっている事件はそれだけとは限らないわ」
俺の疑問に最もな理由をつけたのはディセルだった。
「そうだよな」
「それに事件は何も人の手によって全てが起こっているわけではないし」
「どういう意味だ?」
「レイスから聞いてないの?この街・・・いや、この世界には魔物・魔獣といった存在がいるの。それらは無差別に人を襲い、殺す。私たちはそう言った存在を《無垢に殺すモノ》と呼ぶの」
「要するに事件以外にも討伐作戦とかあるのか?」
「まぁ、そういうことね」
魔物や魔獣と言った言葉の数々は何も初めて聞いたことではない。RPGゲームの中ではまず間違いなく登場するそれらはプレイヤー、つまりは俺達が必然的に戦う定めにある生物だ。もちろん、それは架空の生物で実際には存在しない。しかし、このセレクトリアが実際に存在している以上、この世界に限ってはその限りではないということが言える。記憶に新しい情報で言えば、俺がこの世界に来るより前に起こった、《魔獣討伐戦》だろう。大きな損害をもたらしにも関わらず、討伐が叶わなかった魔獣。ただ一人、生き残った_《純白の剣姫》の団長_セリカはその時の事をレイス曰く、組織の人間には未だに語っていないらしい。
「じゃあ、ディセルは今日、別の何かにも警戒しろって言いたいのか?」
「警戒は怠らないに越したことはないと思うけど」
「・・・そう、だよな」
正論に言葉を失う。
「キット この辺りが今朝、人だかりができていた片方の家だよ」
レイスが斜め前の家を指さした。
一見ただの民家にも見えなくもない、それは夜と言うのに灯り一つ付いておらず、どことなく異様な雰囲気を感じさせた。
「居ないのかな?」
人の気配が感じられず俺は確認の為にも家を訪ねようと考えた。仮にもし、ここで誰の応答も無ければ真っ先に考えられるのは_外出中。だが、それは考えにくい。レイスから聞いた話では街の人は夜になるとほとんどの人が外に出ないと言っていたからだ。
俺はそのどちらかを確かめようと扉の前に歩みを寄せた時、レイスの震えるような声が耳に届いた。
「嘘っ・・・嘘よ・・・・・・いや、いやぁぁぁぁーーーー!」
尋常ではない悲鳴が辺りに響く。
「レイスッ____!」
俺は目の前で震えながら頭を押さえしゃがみこんでいる、白い髪の少女に慌てて声をかけた。その今まで俺に見せたことのない絶望と恐怖の表情、そして今にも壊れそうな精神状態が伺えるその様に俺はどうすればいいか分からず、ディセルの方を見た。
「ディセル、これは一体・・・!?」
「____恐らく、それね」
ディセルは俺の足元を指示した。
「うん?」
俺はディセルの指し示す、方向に視線を向けた。
すると、そこにはこの深い夜の闇よりも暗く、そして月の光に照らされ絶妙に光沢を感じさせる、黒い手紙入れが落ちていた。
「これは?」
「____《手紙入れ》ね」
「《手紙入れ》____?」
「神出鬼没・正体不明・犯行手段不明・目的不明・存在不明・・・その他いろいろあるけど間違いなく、それ_《黒の手紙》の物よ」
ディセルは曖昧かつ情報量の薄さを思わせる単語を並べた後、落ちていた黒い手紙入れに意味をつけた。
「このセレクトリアの国が最も警戒し最も探し追っている闇の組織の名前よ____。無論 未だにその素性の一切を掴めていないのだけど」
俺はその組織の事を間接的ではあるが記憶の断片に刻んでいることを思い出した。レイスの過去の話の中に登場したそれを俺は不意に思い出した。ロイ家はレイスが剣士学校に入学した日、家は何者かの手で全焼させられ、焼け跡の灰の中からは身元不明の遺体が二つ発見された。レイスは間違いなく、自分の両親だと言っていた。そして、焼け跡にはもう一つ、黒い手紙が置かれていた____と。これで一つ、はっきりしたことがある_
____レイスの家族を殺したのは《黒い手紙》だということが。
「・・・いや・・・・・・いや____」
レイスは未だに心を過去のトラウマに囚われ、その場で震えている。俺はそんな彼女に何ができると言うのだろうか?家族を失ったことが無い____自ら失ったのか?そんな俺にどのような言葉がかけられたものだろうか?
____綺麗ごとを並べるのか?
心に問われる
「違うっ!そうじゃない」
____同じ気持ちにでもなれると思うのか?
感情に問われる
「無理だ」
____なら、お前は何をする?
自分に問われる
「俺は____」
問いかけは至って簡単だった。そして、それに伴う答えも。難しい事なんてなかったんだ。
だけど、それに気づけるまでの自分になるのが難しかったんだ。日に日に近づく死への階段をレイスは今も一人で上り続けている。家族を失い、一人で剣士として生きてきた彼女はどんな心境をこれまでに抱いてきたのだろう。俺は今までに何度も死のうと思ったことはあった。しかし、それは自身が決定できるという保身的な思いがあったからそう思えたのであって。自身の思いとは反対に一方的な死を向けられた事は一度もなかった。だが、今、俺の目の前で不安定になっている白髪の少女はそれを真に向けられた存在だ。それでも、俺はそんな少女を描きたいと思った。二年と言う、短い時間の中で淡く儚く揺らめくその白い髪の少女_レシウル=ロイに俺はきっと________をしていたんだと思う。自身の夢を叶える為、彼女の心を守る為____と決めた。
だから、俺は____彼女の心を補佐する傍付き剣士になると誓ったんだ。
「レイス こっちを向いて」
俺は白髪の少女と同じ目線になってそう言った。しかし、俺の声は彼女の心と感情が遮断し届いてはいなかった。世界のなにもかもに怯えた様なその様はまるで子猫の様に見えて、俺は思わず少女に手を伸ばす。
声も届かず、気配すら感じられていないのなら、やることは決まっていた。
それは、感覚だ。彼女に対する何かしらの接触があればきっと、気づいてくれる。
そう思った俺は心を落ち着かせ、自身の心音を穏やかにする。鼓動は一定のリズムを取り、呼吸も静かにゆっくりと行うように心がけた。
そうして、一通りの動作を均等にした後、俺の手はレイスの頭に優しく触れていた。
【これが、彼女の白髪に初めて触れた瞬間だった】




