episode 13 【Innocence day】
【純白の剣姫の傍付き剣士になって最初の休日 二日目】
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瞳を開けるとモノクロの景色が広がっていた。半覚醒状態の意識のまま俺はベッドから体を起こし、辺りを見回した。そこには、いつもと変わらない風景が視界に現れ俺は安心感と孤独感が入り混じった一呼吸をした。今日は二日目の休日。こんな気持ちのまま一日を過ごすのかと思うと朝から気が重く、そのままベッドに横たわりたくなる。
俺は昨日、リフに言われた言葉を思い出していた。
____単刀直入に聞くけど 君はその右腕が後二年で使えなくなることに気づいているかい?____
「分かってるんだよ____」
脳内で再生されたその言葉に俺は怒りを感じ、そう吐き捨てる。握りしめたシーツには無数のシワが入り、力を込めていた俺の手には血管が浮いていた。
トントンッ
扉を叩く音が聞こえ、俺は我に返った。
「レイスか?入っていいぞ」
扉の向こうの誰かに俺は声をかけた、すると、入ってきたのはいつものパジャマ姿ではなく既に私服に身を包んでいたレイスだった。
白いカッターシャツに赤いギンガムチェックのミニスカート、そしてガーターが付いた黒いストッキングを履いたその姿は既に一枚の絵として完成していた。
「今日は早いんだな」
「うん」
俺が聞くとレイスは一言、そう返した。
「ねぇ、キット 今日は二人でどこか遊びに行こ?」
レイスからの申し出を断るはずもなく、俺はその提案に賛成した。
「レイスは俺と会う前は休日はどうやって過ごしてたんだ?」
「一人で街を散歩したり、ディセルと買い物に言ったかな」
「そうなんだ、最近はディセルと出かけたりしないのか?」
「時間が合わないことが多いから」
話を聞く感じだと、レイスはごく普通に少女らしく友達と休日を過ごしていることが分かった。レイスには他の人間とは違って、命を可視化することが出来、それが彼女の日常までをも侵食しているのではないかという心配は俺の問いに対する、返答でかき消された。
「今からどこか行きたい場所とかある?」
「行きたい場所・・・か・・・思いつかないな・・・・・・。と言うか、この街をまだ完全に把握しきれてないからな・・・」
「じゃあ今日は私に付き合って」
「あぁ、別に構わないよ」
「うん、ありがとう」
俺が返事をすると少女は小さく笑い、言葉を発した。
大通りをしばらく道なりに歩いていると、人込みのできている店の前まで来ていた。見た感じ、女性の割合が多いその店は一言で言うなら、洋服屋だろう。店外にまで並べられた衣服の数々は数十を優に超えており、そのどれもがきめ細やかな装飾と繊細な繊維で作られていた。
「洋服を買うのか?」
「それもあるけど____」
俺が聞くとレイスは簡潔に答えてくれたがその頰は少し赤みがかっていた。
「取りあえず、中に入ろ?」
「そうだな」
店内は大方予想通りだった。女性用の服が無数に取り揃えられ、虹色の色彩がフロアを彩っていた。
「この店って俺が入っても良かったのかな?」
「どうして?」
「ほら、女性用の服しか売ってない店に男が入るとなんか気まずいって言うか・・・」
言葉ではそうは言っていたが、内心では「やった!」と言う声を発していた。それもそのはずで、普段では決して入る勇気の出ないこの様な店も同伴の者がいれば怖くない。ましてや、傍にいるのは少女_女性だ。それを考えると今のこの状況は《彼女に付き添っている彼氏》と言ってもいいのではないかなどと考えていた。
「私と一緒にいれば大丈夫と思うよ・・・多分。でも、いくら資料集めの為と言っても着たりするのは無しだからね?」
「いやいや、俺はいくら資料集めの為でもそんなことはしないから!?」
「冗談だよ」
俺の動揺した様子を見てレイスはクスッと笑った。その表情と会話をしている内に俺はあることに気づいた。モノクロの視界に色がついたことに。もっと言えば、レイスと朝部屋であった瞬間から俺の精神的状態異常は回復していたのだと今改めて気づいた。
「それで、今日はどんな感じの服を買うか決めてるのか?」
「服も買おうと思ってるんだけど、他の物も見たいかな?」
「他の物って?」
「アクセサリー」
「レイスもお洒落とかするんだな。てっきり、あまりそういうのには興味ないのかと思ってたんだけど」
「それどういう意味?」
完全に言葉を間違えた。女の子に対して、容姿関連の話をする時は悪い意味にも良い意味にも取れる様な発言はしないに限る。そんな初歩的なことを、女の子どころか人との会話もろくにしてこなかった俺には気づくことが出来なかった。
「あ、いや!別に悪い意味とかじゃなくて。レイスは剣一筋って感じがしてたから・・・・・・・」
「____私もお洒落には興味が無いわけじゃないんだからね?もうしらない・・・!」
言い切ってレイスはそっぽを向いてしまった。
そんな彼女を俺は放っておけなくて、何か良い物はないかと店内を見回し、近くにあったアクセサリーに手を伸ばした。
(これなら、いける____!」
俺は手に取ったそれをそっぽを向いたままの少女の白髪に近づけた。そして____
「きゃっ!何?」
「少し、大人しくしててくれ。あまりこういうのやったことが無いんだ」
「え?」
「ここをこうして・・・よしっ!」
絵を描くときは補佐としてしか使わない、左手を右手動揺にしっかりと使い、少女の髪に装飾を施した。
「鏡を見てみて」
「うん?」
俺がそう言うとレイスは少し、不安を残した表情でそう言って鏡の前に立った。
「え____これって、リボン?」
「うん。俺はリボンとか着けたことがないからそれで良いのか分からないけど、イラストで見てきた着け方にしてみたんだけどどうかな?」
「____ありがとう 着け方も上手で、この青い色も私は好きだよ」
レイスは鏡に映る自身の姿を見て優しく微笑んだ。今考えれば、レイスはとてもお洒落だった。理由は今、彼女所が着ている服も、派手過ぎず地味過ぎない、絶妙なラインを保っている。それに、色数の引き算がしっかりと出来ており、イラストの下地を考える俺にはその難しさが良くわかった。
「でも、私にリボンは似合わない____」
不意に告げられる、レイスの気持ち。
「どうして?」
すかさず、俺はその気持ちに語り掛ける。
「このリボンの青色が似合うのは、この銀髪だけ。私の本来の髪色は黒。キットがせっかく選んでくれた物だけど、私は心から喜べない____」
俺は後何度、レイスの心を揺らがせてしまうのだろうか?頭では分かっていても、体がそれを瞬時に認識できず、善意から生まれた行動が偽善に変わってしまう。レイスは今この瞬間でさえも、呪いを近くで感じながら生きている。忘れたくても、忘れられない、まさに悪夢と呼べるこの日常を彼女は精一杯歩んでいる。そんな、白髪に一時でも少女らしい生活があってもいいじゃないかと俺は心の中で怒りとどうしようもないジレンマを感じていた。
「レイス・・・ごめん。嫌な気分にさせてしまって・・・・・・」
「ううん、別に大丈夫だよ」
「・・・そうか」
「ほら、キット こっちに来てみて!」
レイスはこの重い空気を裂くように店の奥の方へと、駆けた。すると、そこには年頃の少女が着る様な服が並べられていた。薄い水色のワンピースやスカートの丈の部分にフリルが付いた可愛らしい物からコートといった多種多様な衣服がそこにはあった。
「もうすぐ冬だし、これとかどうかな?」
「似合ってると思うよ」
レイスは俺に紺色のダッフルコートを見せそう言った。
「キットも女の子だったら良かったのにな」
レイスは唐突に予想だにしない発言をした。
「え_!?それはどういう意味で?」
俺は瞬時に説明を求めた。
「この前、肩に治癒魔法をした時から思ってたんだけど、キットの肩って結構なで肩だよね?それに、全体的に細いし、女装とかすればきっと、女の子に間違われると思うな」
「なで肩なのは認めるけど、女装は・・・どうなんだ・・・・・・?」
このことが良いことなのか悪いことなのか俺には判断ができなかった。しかし、実際に女の子からそう言われると、そうなのではないかと言う、謎の肯定感が俺の考えを覆った。
「それより、レイスはそのコート買うのか?」
「うん この色、結構、好きなんだ。それにキットも似合当てるって言ってくれたから」
その後も俺とレイスは店の中を色々と見て回った。手袋といった季節特有の製品から雑貨品と思しき品の数々をしばらく見た後、俺達は店を後にした。
「しばらく付き合わせちゃって、ごめんね」
「いや、別に俺は付き合わされたなんて思ってないよ。それに、レイスの新しい服も買えたことだし、これでまた新たな一枚が描けるってもんさ」
「キットはいつでも、絵の事を考えてるんだね?夢中になれるモノがあるっていいことだと私は思うよ?」
「そう、かな・・・?あんまり、そういうこと考えたことなかったから、分からないな」
「夢中になってるから気づかなかっただけだと私は思うけどな」
「そっか____」
レイスの言っていることは恐らく正しいのだろう。俺は今まで絵を描いてきて、その様な考えに至った記憶がないのも正直、夢中だったからなのだろうと一人、解釈した。
「ねぇ、キット」
「うん、どうかしたか?」
不意にレイスに話しかけられ、俺は返事をした。
「たまには外で描いてみない?」
「外で?」
「うん。記憶に留めて置くんじゃなくて、《今を今》、この瞬間を描いてみない?」
「描くのは構わないけど、ペンどころか紙さえないけど?」
「それなら、あの店に行こ!」
何度目だろう、俺はレイスに腕を引かれ、街を走った。同じように思えたこの時間は一つだけ大きく違っていたことがあった。それは、レイスが笑っていたことだった。以前の彼女は俺を目的の場所まで連れて行く為に必死で顔すら見えなかった。しかし、今は俺の歩幅に合わせる様に時折、振り返りながら一歩一歩を踏み出していた。その際に見える彼女はとても生き生きとしていて、俺の心にまで少女の気持ちが伝わってくるようだった。




