prologue
【あらすじ】
命を懸けて描き続けると誓った________。
少女と共に異世界へと舞い降りた少年は青い月の日を胸に刻み筆を取る。
それが何を意味するかも、どんな結末を迎えるかも分からない。けれど、そうしなければ死んでいたと思ってしまう程に少年の瞳に映る、【純白の天使】は美しかった。
レイスという一人の少女は二年の歳月を迎え散る____。
少年の右手は二年の描写の後に遺作を残し散り行く____。
____そう思っていた。
しかし、二人の行く末に待っていたのは________。
暗がりの中、目的を秘めた足取りで歩く。季節は秋に近く、肌には微かな寒さが横切る。街路樹は風の影響で不規則にしなり、時折、葉を散らせていた。青黒い空に観られたこの街は何もかもが新鮮で日々、驚きの連続だったがそんな、感情も今は薄れ、俺はこの街_ 《セレクトリア》に馴染んでいた。
数ある街でも、国規模の面積と人口を誇るこの国は一言で言い表すなら、帝国と言うべきだろう。朝になればこの道も無数の人々が行き交う大通りへと姿を変え、次にこの通りが静寂を取り戻すのは人の営みが終わりを告げる時。
足音だけがこだまする、路地裏に入った俺は辺りを見回し、再び歩みを再開した。
そして、数分の時間を歩き、一つの扉の前で立ち止まった。アンティーク調の黄金色をした扉を開き中に入った。
中は薄暗く照明をあえて落としていた。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」
店の主人、いや、ここではマスターの方が適切だろう。この場所は表向き、バーの様なもので仕事に疲れた者の憩いの場ともいえる場所だ。
「《黒ずくめの薔薇》で」
俺がこの言葉を口にした瞬間、棚の整理をしていた、マスターの動きが止まった。
「ご注文、しかと承りました」
《黒ずくめの薔薇》はたから聞いていれば、そういう、酒の名前だと思うかもしれないが、これはこの店の本当の名でこの店名を口にするものは極僅かだという。無論、その言葉を口にした俺も極僅かの一人なのだが。
「どうぞ、こちらに」
しばらく席に腰かけていると、奥の扉に入って行ったマスターが扉を開き、俺を呼んだ。
俺は促されるまま、扉の中に入った。
するとそこには、先ほどまでのバーの様な空間とは一変して、街角にある雑貨屋と何ら変わりのない部屋が姿を現した。部屋の中央に置かれた丸いテーブルには色とりどりの液体が入った小瓶、壁には硝子越しに無数の水晶などが置かれた棚が備え付けられていた。 ガラッと変わった景色は見る者に店を瞬間移動したのではないかと錯覚させる程だった。
「あまり、驚かれないのですね?」
マスターが疑問の表情を浮かべ、俺に尋ねる。
「来たのは今日が初めてだけど、この店に詳しい知り合いがいるんでね」
俺はそう切り返した。
「なるほど。・・・それでそんなあなたが何をお探しで?」
マスターに問われる。
「情報・・・・・・と言ったらどうする?」
俺はマスターに振り返るようにして、そう聞いた。
「無論、取り揃そろえておりますよ。ここは目に見えているものだけが《商品》ではないので」
マスターの返答は実にこの店らしかった。
《黒ずくめの薔薇》はセレクトリアの街では半非合法の店で表向きのバーは営業の許可を取っているが、本当の店の方は許可どころか存在自体を明あかるみに出していない。そんな店が実態のある商品だけを扱うとは到底思えなかった。仮に商品だけを扱っていたとしても変だ。それなら、もう一つ、雑貨屋としての店を出せばいいだけの話になってしまう。それにわざわざ、合言葉を作ってまで入る人間を選定し売る程の物がここに並んでいなかったからだ。
つまり、この空間はマスターと客人の一対一の話を盗み聞きされないために作られた《結界》の中という仮説を立てることができる。
そう仮定すると、本来の商品はこの部屋が発動している効果で起こる、《遮断》、つまりは《話している内容》_《情報》というわけになる。
「どのような情報をお探しで?」
「《黒の手紙》について・・・些細な事でも構わない」
俺が発した言葉でマスターの目の色が変わる。
「《黒の手紙》ですか・・・。最近はあまり、情報の出回っていない組織の名前ですね」
マスターは気難しそうに答える。それもそのはずだ、俺が独自の情報網で辿りつけなかったから、ここに来ているわけなのだから、マスターが有力な情報をそうやすやすと持っているとも思えない。それでも、ここには何かしらの可能性を感じずにはいられなかった。
「やっぱり、ここにもその《商品》は並ばないか・・・・・・。仕方ないな、日を置いてまた来るとするよ」
俺は頼みの綱を一時的につなぎ止め、部屋を後にしようとした時、マスターが口を開いた。
「《些細な商品》ならありますよ・・・?」
マスターが重い口取りで声を発した。
「えっ・・・それはどんな情報で?」
「これは人伝いに聞いた話ですが、連中は人ならざるものでありながら、とても人に近いという話を聞いたことがあります」
「人ならざる者?」
ここで推測できるのはあからさまな、獣の類なのだが、マスターのとても人に近いという部分を補足して推測を立てると、今の推測は疑問が生じる。人に近い、と言うだけあって見た目が獣ならその言葉は意味を無くしてしまう。そのことを踏まえて推測しなおすと、行きつく答えは一つに絞られる。
それは________
《黒の手紙》はすでに人の生の中で存在している》
「何かわかりましたか?」
マスターに問われる。
「あぁ、とてもいい情報だったよ。些細ではなかったようだ」
この考えがどこまで本当でどこまでが作り話になるかは今の俺には分からない。けれど、いづれは相まみえる時が必ずくる。俺はその時までに対策を準備しておかないといけない。そんなことを思いながら俺は店を後にする。
「あとそれから、これは私個人の意見なのですが____あまり深入りしない方がいいこともあると思いますよ」
マスターは去り際の俺に意を込めてかわ定かかではないが、そう忠告した。
____________________
鳥の冴さえ釣づりが聞こえたようなきがした。
チュンッ
再び同じことを思う。
チュンッチュンッ
三度目は流石に確信した。
「あぁ、もう朝か。昨日はあのまま帰って寝てしまってたのか・・・。えーと、今の時間は____!?」
時刻は朝の八時を優に超え、九時を示していた。このことが何を意味するのかを俺は瞬時に理解した。
だが、心は理解を拒否しようと必死に目に見えない内側の抵抗を行使し続けている。
____つまりは睡魔だ____
「今日は仮病でも使って休むかな?下手に急いで駆かけつけても、張りつめた空気を乱すだけだし、むしろ言葉の争いも人が少なければ、早めに鎮火するはず」
誰がどう聞いても言い訳と思われても仕方がないが今、俺が置かれている状況は単に遅刻をして慌てているだけの事じゃない。近頃街の治安は大きく崩れ、殺人から人さらい、それから物盗りと多種多様なまでの犯罪が頻発している。セレクトリアは大国家でありながら中身がない国とまで言われる有様ありさまにまで成り下がってしまっている。そんな国を立て直そうと、セレクトリアの兵士・剣士・警備隊などから選ばれた数十名が今日、会議を開こうというわけだ。
もちろん、俺も剣士兼警備隊の端くれの座に身を置かせてもらってはいるが俺の目的は少し違うのかもしれない。
「会議に呼ばれたのは俺達の団長だし、俺が行かなくても大丈夫だろう。それに存在自体、影みたいなもんだしな・・・」
一人吐き捨てる様に呟くと俺は再び横になろうと________
ドンッ!
「うわっ!なんだ?」
突如鳴り響いた、衝撃音で俺はすぐさま起き上がる。
「いつまで寝ているの?今日は大事な会議の日」
音の正体は俺の部屋の扉が半ば蹴り飛ばす形で開かれた衝撃音だった。
「レ・・・レシウル・・・・・・。今日はいつにもまして綺麗だよ・・・あはは」
そして声の正体は俺と同じ剣士兼警備隊の少女_レシウル=ロイ。経験値では俺の先輩にあたる剣士だ。
「今の私に冗談が通じると思う?・・・・・・どうやら、まだ寝ぼけているみたい・・・」
レシウルの淡々とした喋り方に冷酷な声色が重なりより一層、恐怖が込み上げる。
そして、不敵な笑えみがさらに後押しする。
「謝る・・・!謝るから、鞘に手を置こうとするのは____」
言葉を言い切るか言い切らないかの狭間で俺の脳天に何かが勢いよく刺さりかけた様な感じに襲われる。それと同時に部屋には突風が一瞬吹き荒れた。
「っと、紙一重といったところかな」
「剣士としての心構えはないくせにその瞬発力は宝の持ち腐れと言われても仕方ない程・・・・・・」
刺さりかけた何かの感触と突風の正体はレシウルの持つ剣の剣先から放たれた一振りだった。それを一歩引いただけで回避した俺に彼女は怒りよりも呆れた顔をしていた。俺が剣士になって日は浅い、それに初めて真剣を手にしたのもついこの間だ。そんな俺に剣士としての心構えと言われても無理な話である。
「天性の才能ってやつかな?こればっかりは俺にも分からないからな。それにこれがそんなに凄いことなのか?レシウルだってちょっと練習したらすぐ出来るように・・・・・・」
レシウルの表情を見てすぐに言葉を止めた。今にも何かを言い放ちたそうで怒りをも感じさせるその表情に____。
「キットは・・・心構えどころか誇りも、持ち合わせていないの・・・!!それだから、キットはいつまでたってもまともな生き方を見つけられない・・・・・・」
レシウルは頬に水滴を伝わらせながら声を上げる。俺の左手に一粒のそれが落ちた。ただ見つめることしかできなかったそれは彼女のこれまでの経験と感情がぶつかり合って生成されたものなのだと____。
「ごめん____そこまで真剣だとは考えもしていなかった」
彼女の顔もまともに見れないまま俺は独り言のようにそう言っていた。今更、何を言っても弁明の余地はないだろう。
それに、彼女_レシウルのあんな表情を見るのはこれで何度目になるのか。俺はただ自分の生き方を見つけたくて、いや、見つける成り行きで剣士になったのだ。今ではそれもきれいごとになってしまったというのに。
「そ、そうだ。会議に行かなくちゃいけなかったんだろ?早く支度して____」
「その必要はない。今のキットも、それに私も剣士としてそぐわない感情を抱いている。こんな気持ちのまま行くような場所ではない」
「でも、無断で欠席するような真似は罰の対象になるんじゃ・・・遅刻も・・・」
レシウルは高ぶった感情のまま俺の言葉に耳を傾けていた。
「このまま行くよりは、罰を受けた方がまし」
冷めきった声で彼女は言う。その言葉に偽りはなくただ郷に従うだけと、俺にはそう聞こえた。罰が何を指すのかは俺には見当もつかないが恐らく彼女はその内容を知っているのだろう。きっと彼女はそれを知ったうえで罰を受ける決意をしている。
「罰って具体的にはどんな?聞いてもいいかな?」
俺は彼女に問いをした。
「簡単に言ってしまえば、階級の降格」
「階級の降格?それってつまり、今の地位を失うってことじゃないか!?」
淡々というレシウルの答えに最初は言葉のまま受け入れた。だが、階級が下がるということは彼女の今まで築き上げたものを崩すということになる。見習い剣士という最低の位の俺とは違い、レシウルは俺が所属する組織_純白の剣姫の副団長だ。そんなあと一歩で団長になれるかもしれない彼女の足を引っ張てしまっていた。今まで副団長として下の者を動かしてきた者が次の日から下の者と同じ平行線に立つことになるかもしれない。もし、それが現実に起こってしまえば剣士としての誇りが高い彼女はどうなってしまうのだろう。それと、たかが一度や二度の遅刻や無断欠席だけでそこまでの処罰が必要なのか、俺には到底とうてい理解しえなかった。
「____それなら・・・・」
「・・・なに?」
「それなら、なんで・・・・・・こんな助ける価値もない俺なんかの所に来たんだ!俺はまだ剣士としての日も浅いし、階級も一番下だ。そんな、処罰に対して無敵の俺なんかを助けるんだ________」
パチンッ
左の頬に痛みが走った。
スローモーションの様に視界が右にずれる。
痛みは消えず、鈍痛は去らない。
「そんなこと、言ってほしくなかった________」
「レイス・・・?」
俺は組織内での彼女の名を呼んでいた。
「私はただ、キットとの約束を守るために____」
レイスの頬を光の曲線が伝う。
「ごめん」
俺はただ謝ることしかできなくて。彼女の心情を起用に掴むことができなかった。
「副団長でなくなるのは堪える・・・だけど・・・だけど・・・!それよりも_キットとの約束が無くなることの方が私には____」
そこから先はまるで時間が止まったかのように静かで何も耳には届かなかった。
だけど、確かに心に温かさを感じさせる何かだったということは分かった。
「あぁ 忘れるわけがない。俺はその約束と引き換えに____」
時間にすればほんの数分だった。
暖かな日差しと柔らかな風が窓から通り抜けてゆく空間で俺とレイスはあの時の会話をした。
今でもあの選択が正しかったのかは分からないままだ。
それでも、ここにいる意味_生かされている意味を俺は少しずつでも探していこうと思った。
「ところで話は変わるけど」
気づけばレイスの顔はいつものように整っていて、先ほどまでの悲しい顔は姿を消していた。
「どうした? レイス」
「キットはさっき 階級も一番下だから処罰に対しても無敵と言ってたけどそれは違う?」
「・・・・・・えっ?」
レイスの言葉に俺は思わず目を見開き、声を発していた。
「それってどういう?」
「だから、キットの階級が一番下でも処罰は行われる。これが意味することは一つ_組織からの除名」
一瞬、思考がシャットダウンする。数分前の喜怒哀楽の感情にプラスαの形で焦りが追加される。レイスが嘘をつくようには見えず、《もし本当ならではなく、本当》なのだ。
「それじゃあ、今、危ういのって・・・」
「____キットの方」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
沈黙が訪れる。
そして
「レイス!俺は君が処罰を受けることは許せない。だから、今すぐにここを出よう!」
俺は掛けてあった剣士用のコートに腕を通し、右ポケットに手を入れた。
「まだ、間に合う。このまま走っていけば何とか・・・!」
勢いに任せる様に、俺はレイスの右腕を取り部屋を駆け出した。
「それじゃあ私が一番困っているように・・・!?」
「安心してこのまま連れ去られてください。あなたは私が無事、会場まで送り届けますよ」
姫を連れ去りに来た怪盗の様な口調で俺はレイスに語りかける。
「責任を押し付けられた感じがするけどこの時間からの逆転劇を起こせるの?」
ふてくされた様な表情をしていたレイスだが観念したのかそれとも俺の話に乗ってくれる気になったのか、やれやれという表情でレイスはそう言った。
「少々危険ですがこの街特有の無数の民家を屋根伝いに駆け抜ければ、可能でしょう」
「分かった。キットに任せる。でも、もし不可能になったら終わるのはキットの方だから?」
「重々、承知ですよ。姫様」
「・・・!人をからかうのもたいがいに」
(よかった。元の表情だ)
「さぁ、まずはあの屋根にしましょうか?」
「今はキットに全てを委ねる。キットの実力を見せて」
「そうきましたか、では____」
俺は跳はねる様に大地を蹴けった。
すると、視界には海の様に青くて広大な空、そして目線を少し下ろすと、不規則に建てられた無数の家々が連なっていた。そして、セレクトリアの街の中心には他の建物とは比べ物にならないほど巨大で神々しい城がそびえたっていた。俺達が目指すのは城の周辺に隣接する形で建てられている施設だ。
「レイス この道を行こう」
「分かった。無事、時間に間に合わせよう」
視界の横を目にも止まらぬ速さで景色が流れてゆく。風になびくコートのポケットから落としそうになった、それを俺は間一髪でキャッチした。
「おっと、危ない。これを無くすといろいろと面倒だからな」
「前から思っていたのだけど、その右手に持っている、小さな板は何なの?」
「あぁ これ? これは俺にとって、とても大事な必需品さ」
「そう・・・・・・そんなものが役に立つようには見えないけど?」
「それもそうかも。 さぁ、目的地まで急ごう!」
「う、うん!」
俺の掛け声に促されたのかレイスも咄嗟に返事を返す。
俺はポケットの奥にそれを入れ再び全速力で駆け抜けた。突風の音が耳を掠め、隣を走っているレイスの髪が波のように靡いていた。その銀色はあの日、あの夜に見た銀髪とは真逆で陽の光を浴びて、金色にも近く、言葉で言い表すなら、《銀光》とでもいうのだろうか。息を呑むような美しさのそれに俺は思わず、駆けるスピードを落としていた。
前を行く、レイスに俺は遅れまいと再び速度を上げた。
俺がきっと、君の最後の最期まで___________