妄想の帝国 その7 健康管理社会 成人式ダーティエステ退治篇
とある国の成人日。ダカスノビューティクリニックで酷使されるオシンは秘かにある行動に出る。そうとは知らない中年悪徳社長ダカスノはオシンに業務外の仕事までさせようと暴言を吐く。その声を聞きつけたのは、待合室にいた振袖の客ではなく、内偵を進めていた健康警察女性部隊であった。
増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。
“健康絶対促進法”の設立である。健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案である。個人の権利を侵害するとして反対もあったが
“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”
“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”
などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。
そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。
健康警察の活動は次第に拡大し、不健康を生じる組織、企業までが、取り締まりの対象となっていった。
一月半ば、ニホン国成人の儀式が各地で催されるこの日、とあるビルのトイレの一室で、秘かにスマートフォンをいじる女性がいた。
「こ、これで完了、よね」
周りをそっと見まわし、ボタンを押す。
ドンドン
途端、トイレのドアを蹴り飛ばす音
「なにやってんの!まだ仕事は終わってないわよ!」
ヒステリックな中年女性の声に、中にいた女性は慌てて返事をする
「あ、あの、すぐ出ます、社長」
ドアをあけると、軽くカールした短いショートカットの女性がたっていた。厚化粧にみえないが念の入ったメイクで荒れてくすんだ肌をうまくごまかしている。それでも、吊り上がった眉ととがらせた唇のせいで、顔のあちこちに皺ができている。
「あのね、オシン、今、仕事中よ!さっさと仕事に戻りなさい!お顔エステの次は着付け!もう美容師のセットも終わるわよ!」
「そのう、ダカスノ社長、成人の日のお客様の着付けは着物教室で資格をとった方がやるのでは」
「そんな人雇ったら、お金かかるでしょ!アンタ、昨日も一昨日もやれたでしょ!」
「それは、休日で来ないから仕方なく。それに、今日も朝5時からやって、ご飯も」
時計はすでに午後三時を回っていた。
「なーに言ってるの、いまは繁忙期、休みなしでやったっていいでしょ!」
「先週からずっと、その」
「ふん、何よ、あんたなんて、代わりはいくらでもいるんだからね!エステの資格なんてねえ、誰でも持ってるわよ!いいえ、なしでもいいの」
「そ、そんな、お客様に施術するのに」
「なんたら法律とかいろいろうるさいのよ!客が満足ならいいのよ!私の会社なんだから私が法律!ダカスノビューティクリニックは私のなんだからね!」
と、無茶苦茶をいうダカスノ社長。と、
「ふふふ、聞いたわよ」
待合室から声が聞こえてきた。
「へ」
目を丸くするダカスノ社長。さらに顔に皺がより、コンシーラーが剥がれ落ちシミが浮き出ている。
「法律を破っても従業員を無茶苦茶に働かせ、しかもエステを無資格でねえ。ビューティならぬダーティクリニックっていうわけね」
「あ、あのお客様?」
客の意味深なセリフに当惑するダカスノ社長。一方従業員のオシンは目を輝かせた
「まさか、貴女は」
「ほほほ、よくわかったわね」
と、そこには振袖を着込んだ客、いや
「健康警察、女性部隊!参上」
「悪徳エステ会社を取り締まりに来たわよ!」
目をむくダカスノ社長、一方オシンは感極まって叫んだ。
「き、来てくれたんですね!」
「もちろんよ、我々は心身の健康を脅かされる訴えを見過ごしはしないわ」
「従業員だけでなく、資格なし施術など客の健康を損なう恐れのあり。これは健康管理法に対する重大な違反よ」
「そ、そんな誰でも、それにそんな法律なんて、し、知らないし」
青くなって言い訳するダカスノ社長に
「知らないなら学ばなければいけないのよ、エステ産業、美容産業は、客の健康にかかわる業種なのよ。健康に関する法律を学ぶのは当然、もちろん会社の経営者として労働法を熟知するのは当たり前でしょう」
「でも、でも、知らなくても今までやってきたしいい」
と、さらに言い訳にならない言い訳を述べるダカスノ社長に
「知らなければ、いいってわけじゃないのよ!」
女性隊隊長がきっつーい一言。
「今までそういうことをやってきたから、われわれ健康警察が創設されたのよ!あんたたちがきっちり法律を守り、従業員と客の心身の健康を守ってきたなら必要はなかった。前に見逃してもらったからと言ってこれからはそうはいかないわよ」
「そ、そんなー」
「営業許可は取り消し。社長は取り調べ、以前の違反も含めきっちりやるわよ」
隊長の言うそばから、隊員たちは振袖を脱ぎ捨てて身軽な作業服に素早く着替えて、待合室や事務所にある書類などを運び出す。隊員が脱ぎ捨てた着物を手に取り、オシンは驚きの声を上げた。
「こ、これは“ハレハレの日”に預けたはずの私の振袖、なんで…」
「“ダカスノビューティクリニックでは成人式の振袖まで一式そろえております”というので、借りてみたんだけど、やはりあの悪徳社長とつながっていたのね。どうりでこんないい着物が安く借りられたはずだわ」
「本当はおばあちゃんの着物なんです。昔はいい家だったけど、戦後没落して、家も土地もなくなったけど、この着物だけが残ったって。本当は着付けもおばあちゃんがしてくれるはずだったのに具合が悪くなって、仕方なく”ハレハレの日“に頼んだのに…」
涙を流すオシン。隊員たちもつられて目頭を押さえる。
隊長はしばらく考え込み、
「いいわ、あなた、それ着なさいな」
「へ?」
驚くオシンとダカスノ社長。隊員たちは無言でうなずき、オシンを囲んで、
「あ、あの、え、ぬ、脱ぐんですか」
瞬く間にオシンの服を脱がせ、数人でオシンに襦袢を着せ足袋をはかせて振袖を着せて帯を締める。
「さあてこれでよし」
隊長は自分がつけていた華やかな髪飾りをオシンの髪にさした。
「あ、あの」
「二十歳の成人式には間に合わなかったけど、今日が貴女の成人式ってことで」
「で、でも」
「このダーティ企業、ダカスノビューティクリニックから抜け出すために勇気をふるって連絡したんでしょう。我々も秘密裏に捜査は行っていたけど、あなたの通報がなければ逮捕に踏み切れなかった」
「ちゃんとしたかったんです、自分で生きていくために」
「その勇気があなたの成人としての通過儀礼、本物の成人の儀式よ。自分で自分の道を切り開き生きていくために必要なことをやれたってこと、だから今日でもいいんじゃない」
「成人、大人として自立する第一歩が今日。そう…ですね」
隊長の言葉にうなずくオシン。
「ありがとうございます、写真をとって施設のおばあちゃんにも見せてきます!」
「あ、一応それ証拠品だから、今日中にいったんこちらが預かるわよ。もちろんすべて終わった後にはお返しするけど」
「は、はい、もちろん!でも間に合うかな」
「隊長、私が彼女に付き添い、証拠品を持ち帰ってもよろしいでしょうか」
隊員の一人が申し出た。
「もちろん、彼女と同行し、無事、証拠品を持ち帰りなさい」
隊長が言い終わると同時に隊員はオシンの手を取り
「さ、早く車に乗っていきましょう」
二人で事務所をでた。
隊長以下隊員たちは二人を笑顔で見送っていたがダカスノ社長は
「なんでー、私だけええ」
と泣き言をいった。隊長がすかさず
「あんたはこれから一人前になるために再教育が必要なようね。我々がきっちり取り調べ、罪を償わせて、更生させてあげるわよ~」
というやいなや、隊員がダカスノ社長の両脇をかかえてひきずっていく。
「ぎょえええー、み、見逃してええ」
「だめよ、もう一回ちゃんと学びなおして。そうしたら再度、成人式やってあげてもいいわよ。ま、振袖は無理でしょうけど」
隊長は微笑みながら、厚化粧がはげ落ちおちたダカスノ社長を連行していった。
遅れましたが、成人式ネタです。ちょっとマンネリですが、新春のネタということで。
今年は皆さままずまずのお式だったようで、大変よろしいことです。