少年は考え、少女は夢を見る
「……アホか」
自分には縁のない高級宿を跡にして、ルレイは一人、口癖をぼやきながら町を歩いていた。
どうにも感情の収まりがつかない。
イライラしているのか、嫉妬しているのか、焦がれているのか。
その正体が分からない。
そしてそれが、夢見がちに聞こえた王女の戯言に対してなのか、それとも……。
ただ一つ分かるのは、自分が彼女たちへ、言わなくてもいいことを言ったという事実。
別に、自分は協力しない、他を当たれ、とだけでも言えば良かったものを、感情的な言葉まで吐いてしまった。
後悔しているのかもしれない。
ただ、その念は、相手を傷つけてしまったかもしれないことに対してではなく。
簡単に乱してしまった自らの言動に対して。
ぶつけた情動は、嘘のものではない。
本当に甘ったれた考えだと思っているし、むしろ、あれでもまだ抑えた方だ。
しかしながら、無駄なことでもあったと感じている。
そういったものが嫌いな自分らしからぬ行動だ。
ルレイは機械的に足を動かしながら、一向に答えの出せない愚考を巡らせていた。
「……おい、あれ……」
「……ああ、間違いない」
町を移動していると、時折耳に入ってくるのは、自分を指し示す住民の会話。
「冒険者ギルドで、女にしつこく言い寄って、それを注意してきた副ギルド長に暴力をふるったっていう……」
「ああ。しかも、その女っていうのが、次代の聖女様の候補の一人。スア=アルライトだっていうんだから、無謀なんてものじゃあねえよな」
「ま、マジかよ……。男爵家の奇跡って言われる、あの……」
「正にその通り。さらに驚け。あの男、紋なしなんだとよ。ギルド員にもなれなかったらしい」
「それって、エセ冒険者ってやつか……。良いところが全くねえじゃねえか」
「違いねぇ。しっかし、何でアルライトの聖女さまは、こんな町まで来て、冒険者ギルドに入ったのかねぇ?」
「それはあれだろ。紋章の活動を活性化させるには、モンスターと戦うのが一番手っ取り早えってことだ。この町に来た理由は分からねぇが……」
「なるほどなぁ……。あっ、そういやぁよ……」
その通りだ。
聞けば聞くほど、悪いところしか見当たらない。
途中まで、彼らの会話を耳にしていたルレイは、内心で同意した。
しかし、ムキになって否定することはない。
否定したところで、余計に状況が悪くなるだけだろうし、信じられることもない。
向こうは伯爵、こちらは庶民。
おまけに紋なし、と来ている。
分が悪いどころの話ではない。
スアに関わった自分の行動に、後悔していないと言ったら嘘になる。
しかしそれは、自分に悪評がつけられたことに対してではない。
結果的に、彼女を守ることになってしまった、その一点に尽きる。
他人を助ける。
これほど甘っちょろく、無謀で無駄なことはない。
少なくともルレイは、そう考える。
考えるようにしているのかもしれない。
これでは、先程エリスへ偉そうに言い放った数々を、肯定できない。
恥ずべきだ。
まるで矛盾している。
「……アホか」
ルレイは再度、自分に対して言い捨てた。
そうか、ようやく気づいた。
矛盾した自分の行動。
全く合理的でない、安易な自分の行いに、ほとほと嫌気がさしているのだ。
ルレイはようやく、納得した。
高級宿を出たときからの、収まりのつかない胸焼けの正体を知って。
ただ、それを知ったところで、胸の鼓動が安らぎを得る訳ではなく。
自分の考えが変わることも、ない。
そこを変えてしまうと、自分の中にある激情が萎んでしまうのではないか。
ルレイは無意識の内に、そんな恐れを抱いていた。
『……』
『……アホか』
仮住まいまで、あと少しのところで。
頭の中に聞こえてきた声に、頭の中で返す。
先程は思わず、小声でも口にしてしまったルレイだが、今度はいつも通り、思ったことを考えるだけに留めた。
それだけでも、相手には届くことを知っている。
『……』
『……それをして何になる』
『……』
『……知るか。死にたきゃ勝手に死ねば良い』
『……』
『……余計なことはするなと言ったんだが』
『……』
『……アホか』
頭の中で妙なやり取りをしていると、いつの間にか帰ってきていた。
扉の前に立つと、ぐう、と腹が鳴る。
そろそろ昼も過ぎる時間帯。
今日は朝飯以降、何も食べていなかった。
さっきの宿で何か食えば良かったと、ルレイは思い返した。
滅多に見ることのないご馳走。
王族ってのは普段から、あんなものを食べているのかと、今更になって少し羨ましく思う。
しかし、あの場では何かを口にする気が起きなかった。
それだけだ。
チェックインの時間はまだだが、昼飯くらいは作ってくれまいか。
淡い期待を胸に、ルレイは宿の中へと戻っていった。
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「どこ見て歩いてやがるっ!?」
夢の中だ。
ニーダはすぐに気づいた。
理由は、自分の頭のつむじが見えるから。
それだけではない。
柄の悪い二人の男が、おばあさんに因縁をつけている。
周りの人たちは目を伏せて、見て見ぬふりをしている。
視野が広い。
どうやら、高いところから見下ろしているようだ。
助けなきゃ。
確かそう考えていたはずだと、自分を観察しているニーダは思い出していた。
ただ、足は動かない。
自分があの場に出ていっても、何の解決にもならない。
むしろ、自分も何かしらのいちゃもんをつけられて、酷い目に合わされる。
状況が悪くなるだけだ。
そうやって自分に言い訳をして、正当化した。
たかが、宿の一人娘に何が出来る。
そうだ、お父さんを呼んでこよう!
そんな当たり前のことに気づくのも時間がかかった。
しかし。
(そう、ダメだった……)
自分の家はここからそう遠くはないが、通り道のちょうど真ん中に、おばあさんと男たちがいる。
そちらへ向かえば、間違いなく視界に入る。
そう考えた。
だから自分も、周りの人たちと同じように、じっとして時が過ぎるのを待っていた。
しかし目を伏せることはしない。
それだけは、意地でも堪える。
直視は出来ないが、視界の端には入れる。
そして、いよいよとなった時は、一か八か飛び出す。
そう心に決めた、その時だ。
「……アホか」
耳にすぅっと飛び込む、心地良い音。
言葉は悪いのに、なぜか安心したのを覚えている。
目線を向けるとそこには。
「どこ見て歩いてやがる、だっけか?」
「おい?! いきなり出てきて何のつもりだ、ガキ!!」
自分とそう変わらない年頃の少年が、柄の悪い男の内の一人へ、ぶつかりに行っていた。
「何のつもり、か。さっきのお前らの真似をしただけだ」
「あ、あんだとコラッ!?」
おばあさんへとつけた因縁を、今度は少年からつけられた男二人。
「耳もとでギャーギャー騒ぐな、みっともない。それよりもホラ……」
言うと、少年は手を広げた。
それは牛を挑発する闘牛士のごとく。
「イライラしてるんだろ? 殴られてやるよ」
「何だぁ、それは?! ナめてんじゃねぇぞ!?」
「……いいから来いよ。口だけか?」
「んだとっ?!」
男たちはまんまと、少年の言葉に乗った。
額に青筋を浮かべ、拳を握った。
「いいぜぇ!! そこまで言うなら、望み通りにしてやるよ?!」
「後悔するんじゃねぇぞ!!」
「お好きにどうぞ」
大人げなく、二人して少年の元へと向かった男たち。
何か策があるに違いない。
あれほど不敵に、自信満々な態度でいるのだ。
思いもよらない何かが、炸裂する。
あの時は、そう期待していた。
「キャーーーッ!!!」
そんなわたしの耳に聞こえてきたのは、甲高い女性の声。
そして、視界に入ってきたのは、見事なまでに派手に吹っ飛ぶ少年の姿。
少年は普通に殴られていた。
なんじゃ、そりゃ!?
心の中でツッコミを入れたのを、ニーダは鮮明に覚えている。
まさか本当に殴られるとは、思ってもみなかった。
嘘でしょ?!
わたしどうすればいいの、と夢の中のわたしが半ば混乱の境地に至っていると。
「悲鳴が聞こえてきたぞ?!」
「何事だ!?」
ドタバタと、町の警邏隊、の依頼を受けた冒険者の人たちが、こちらに向かってくるのが見えた。
ガチャガチャと、装備の音を騒がしく鳴らしながら数人でやって来るので、少し遠くからでも分かった。
それは、そこにいるわたしも同じだった。
そして、男たちも気づいたようで。
「ヤベッ?! おい、ずらかるぞ!!」
「ま、待ってくれよ?!」
柄の悪い二人の男は尻尾を巻いて逃げてった。
あの時のわたしは、そちらに視線を向けていた。
だから気づかなかった。
しかし、今のニーダには見えている。
殴られたのが嘘であったかのように、何事もなく少年は立ち上がると。
冒険者の者たちがここへ着く前に、誰にも気づかれることなく、その場を去っていったのだ。
(いや……)
ニーダは否定する。
今の自分ともう一人、少年がいなくなったことに気づいた者がいる。
「フッフッフッ……」
見た目からは想像できないほど若々しい声で笑うのは、先程まで男たちに絡まれていたおばあさん。
「弟子の様子を、ちょこっとだけ見に来たら……」
夢の中で呆然とする自分の傍へ、いつの間にか来ていたおばあさん。
しかし、そこにいるわたしは気づかない。
(……嘘っ?!)
ニーダは驚愕する。
おばあさんは確かに、こちらを向いた。
夢の中の自分の方を、ではない。
夢を見ている自分の方を、だ。
「面白い子が、二人もいたわ」
改めて、これは夢だとニーダは実感した。
なぜなら、おばあさんの容姿が、妖艶で清楚な美女の姿に変わっていたから。
(なんじゃ、そりゃ!?)
最後にニーダはツッコミを入れると、やがて徐々に覚醒していく。
「……アホか」
その途中で聞こえてきた空耳は、既に慣れた少年のぼやきだった。




