少年の心情
「……そもそも、だ。全員がそんな試験を受けるのか?」
旗色が悪いと悟り、ルレイは話を戻した。
エリスの卒業試験についてだ。
騎士学校のことについて、ルレイは詳しく知らないが、エリスの課された試験の内容に、何か違和感のようなものを感じざるを得なかった。
それはヴィーも同じだったようで。
「……エリス様。そのような試験では、卒業できる者が極端に少なくなってしまうような気がするのですが」
ヴィーの言葉に、スアもこくこくと頷いている。
「……そうですね」
エリスは寂しそうな笑みを浮かべてから、目を伏せる。
「他の方の試験内容について、そう多くは知りませんが……。私の知る範囲では、騎士との模擬戦や集団でのオークの討伐などがほとんどだったでしょうか」
「……なんですか、それは。エリス様の試験と内容が違いすぎませんか?」
その難易度も。
口には出さなかったが、ヴィーは内心で不満を吐露する。
ルレイも、少なからず彼女と似たような考えを持った。
「……王女様を卒業でもさせたくないのかね?」
「……それって……。でも誰が?」
「さあな」
ルレイの発言に、ヴィーは顎を手に当て思案した。
彼はただ、ボッーと虚空を見つめている。
そんなルレイの無関心とも取れる態度に気づかないほど、思考の海に沈んでいたヴィーは、やがて何かに思い至ったのか、目をわずかに見開いた。
「……騎士学校は確か、第二王子が目をかけた貴族や教師が多くいたはずだわ」
「第二王子、ね。王女様の兄貴ってところか?」
「……ええ」
「じゃあ何だ。壮大な兄妹喧嘩っていうことか? 無理難題の試験を王女様に仕掛けて、嫌がらせをするなんていう」
「……むしろ、それだけで済めばいいんだけど……」
ルレイのような貴族では無い者からすれば、そう捉えるのは仕方がないことかもしれない。
ヴィーは、そう思った。
彼ら二人の関係性は、ある程度上の爵位を持つ貴族からすれば、有名なものだった。
紋章という才能が大きく物を言う王国では特に、そういった結果になるのも充分ありえる話だということも。
ヴィーは言葉を切る。
目線はエリスに向けている。
その表情には、何かに気を使っているかのような、一種の気まずさがあった。
そうしてヴィーが、自らの考えのその先を、言うか言わまいか迷っていると。
「……気を遣わないでください、ヴィー。恐らく、あなたが思っていることと同じことを、私も思い浮かべました」
「……そう、ですか」
所在なさげに、その一言だけ相槌を打ったヴィー。
エリスは、そんなヴィーの様子を見ると、申し訳なさそうな顔をして、彼女へ語りかけた。
「そのような表情をしないでください、ヴィー。あなたが悪いわけではありません」
「……申し訳ございません」
「謝る必要もありません」
エリスは首を横に振り、ヴィーを安心させるかのように微笑んだ。
そして、自分の想いを言葉にする。
「私はこの国の王になりたい訳ではありません。ただ王宮の奥に座って、誰かに守られるだけの存在になりたい訳でもありません」
胸に手を当て宣言するその様は、敬虔な教徒のように穏やかなものだった。
「国の皆とともにありたい。そして、たとえ微力でも、私にとって大切な人々を守ることの出来る存在に、わずかでもなっていきたい。ただ、それだけです」
「……エリス、様……」
「故に、私が取る行動は一つ。それがたとえ、無理難題や別の何かでも、その道へ進んで行きたいんです」
国とそこに住む民を想う王女の健気な気持ちを聞き、ヴィーは言葉を失くした。
こういった考えを持つ人物が、上に立った国の国民は、さぞかし幸せな人生を送るのだろう。
ただ一つ残念なのは、王国の今の現状では、真っ先に潰されるような思想であろうことだ。
先ほどエリスが言っていた、紋章の有無が人の価値を決めてはならない、という考えもしかり。
さらにそこへ、彼女たちを現実に呼び戻すかのごとく、客観的な意見を述べる者が一人。
「……で。騎士になるために、紋なしなんていう足手まといを連れて四等級の依頼を受けるのか? 命を捨てに行くようなもんだぞ?」
よっぽど才能がなければな。
ルレイは冷静沈着に淡々と、自らの予想を告げた。
そしてそれは、残酷とも言えるほど、真のことだった。
「……っ、ちょっと!! アンタねっ……!!!」
エリスの心意気を無視するかのように言い放ったルレイに、ヴィーは憤った。
しかし彼は、彼女の興奮をまるで意に返さず、驚くほど冷めた目をそちらへ向けた。
射竦めるようなルレイの目線は、ヴィーを思わずたじろかせた。
「……国の奴らを守りたい。大切だから。大いに結構な考えだ。みんな喜んで支持するだろう。ただ、俺は賛同しない。したくない。そんなもんはくそ食らえだ」
これまでの調子を一変させ、突如その口から吐き出されたルレイの発露。
まるで慟哭のようにも聞こえる彼の声を耳にし、エリスもヴィーもスアも言葉を失った。
「守る。口で言うのは簡単だ。だがな。それを実践するには力が必要だ。圧倒的な力が。なぜか。俺が王女様の敵ならば、王女様が大切だと言ったそいつらを真っ先に狙うからだ」
「……っ、それは……?!」
「大切だから守る、なんて言うのは所詮きれいごとだ。本人が守るつもりでも、その実そいつらを危険に晒してしかいない。そして、いつかは自分の命さえ無駄にするんだろうがっ……」
ルレイの言葉は言い聞かせるかのように。
自戒の響きがこもっている。
「守る、というつもりなら力の伴った責任を持て。あらゆる結果を、その身に受け止めるだけの覚悟を持て。何が起きても、自らの言動によって招いた状況だと、言い張れるだけの傲慢さを持て。それらを持たずに、ただ甘っちょろいことを口にするだけなら……」
ルレイは強調するかのように言葉を切ると、重い溜息を吐き出した。
「早死にするだけだ。何の意味もなく、な……」
ルレイ以外の三人は、言い切った彼をただ見つめることしか出来ない。
だが三人とも、不思議なことに。
言葉厳しく、大声で吐き捨てたルレイを、なぜか恐いと思うことはなかった。
それが、哭いているように見えたからかもしれない。
「……俺は協力しない。悪いが、他を当たれ。そして、自分の行動で自分がどうなろうと、誰かを守るためだから仕方ないなんていう甘ったれた考えを免罪符にするな」
ルレイは席を立ち、レストランの個室から去っていく。
残された三人は、重力が宿ったかのような雰囲気を纏わりつかせたまま、しばらく声を発することはなかった。
テーブルの上に並べられた料理の数々は、手をつけられることなく放置され、そのぬくもりを失っただけだった。




