王女の事情
ギルドの応接室から出てきた少年を迎え入れる反応は、二つに分かれた。
一つは関わると面倒なことになりそうだと、殊更に知らんぷりをするというものだ。
なんと言っても、少年がいつもいびられている副ギルド長に呼ばれてきた訳だ。
厄介事か無茶ぶりをされたに違いない。
下手に興味を持とうものなら、巻き込まれそうだと考える者が、一定数いたということだ。
そして、もう一つは良く言えば興味、悪く言えば奇異の目線を向けるというものだ。
彼らは、少年が入った応接室にいるのが、王女であることを知っている者たちであった。
そのような人物が、ギルド員にもなれず、しかも紋なしの少年に一体、何の用があったのかと好奇心を持つに至ったという訳だ。
しかしながら、彼らに共通して言えることと言えば、少年に声をかける者はいない。
彼が周りを寄せ付けないというのもあるし、紋なしでギルド員でもない者と積極的に関わろうとする奇特な人物は、ほとんどいないという事情もあった。
少年はそのまま、誰にも声をかけられることなく、ギルドの受付を横切り入口に向かうかに思えたが。
「ちょ、ちょっとアンタ!」
後少しで入口という所で、声をかけてくる奇特な人材が二人も現れた。
ヴィーとスアだった。
「……何か用か?」
「用か、って。アンタ何かしたの?」
「なんでだ?」
「……だって。副ギルド長はともかく、王女にも面会させられるなんて、あり得ないでしょ?」
「ああ、あり得ないはずだな。俺も聞きたいくらいだ」
少年はやる気のない目を見せながら、肩をすくめて見せる。
彼の呑気な様子に、厄介事があったわけではないようだと、スアは一先ず安心した。
「何よそれ。心配して損したわ」
「ああ。大損だぞ、それは」
「アンタね……」
茶化すような少年の言葉に、この男叱ってやろうとヴィーが思ったときだ。
派手な音を立てながら、少年が出てきた応接室の扉が開いた。
そこから出てきたのは、件の王女である。
彼女はキョロキョロと視線を彷徨わせ、ふと一点で止める。
その先には、少年が立っていた。
さらに、ヴィーたちが彼の近くにいることに気付くと、目をくわっとさせた。
少年は脇目も振らず、入口に向かおうとするが。
「少々お待ちを。お話だけでも、聞いていただけないでしょうか?」
彼の前に素早く回り込んだ王女の方が一歩早く、足を止められる。
少年はとりあえず、ダメ元で後ろを向いた。
「あなたに申し上げています。ルレイ様」
少年は名前を呼ばれ、上を見上げながら小指で耳をかいた後、ため息をついた。
「……アンタ、そんな名前だったの?」
「……ルレイ様、ルレイ様」
少年の名前を耳にし、ヴィーはそう言えば初めて聞いたというような反応を。
スアは記憶に刻み込むように、少年の名前を二度ほど呟いた。
「……はあ。分かった。そう言えば、用件を聞いてなかったな、王女様」
「これは申し遅れました。私の名前はエリスと申します」
「これはご丁寧に。俺の名前はご存知の通り、ルレイだ」
自分を王女と知っているにも関わらず、態度の変わらないルレイに、笑みを浮かべるエリス。
ヴィーは何か言いたげだが、エリス本人が何も言わないため、言及することはなかった。
スアはハラハラと、ルレイとエリスのやり取りを見守っている。
「ここではゆっくりとお話が出来ません。場所を変えませんか?」
「……お好きにどうぞ」
紋なしの少年と王女がやり取りをしている。
その奇妙な状況に、ギルド内はにわかに騒然としていた。
おちおち話すことも難しい。
エリスの提案に、ルレイは首肯した。
「よろしければ、お二人もご一緒にいかがですか?」
エリスはルレイと共にいたヴィーとスアにも声をかけた。
興味深そうに二人のやり取りを見学していた彼女たちは、その申し出を予想していなかったのか目を白黒させたが、やがて視線を合わせると一つ頷いた。
「……お声掛けいただきありがとうございます。ご一緒させていただきます」
ヴィーの返答に対し、エリスはにこやかに、了承の笑みを浮かべた。
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「ヴィーとはどのようなご関係なのですか?」
「……それが本題か?」
冒険者ギルドから、場所は変わって高級宿。
この町でエリスが寝泊まりしている宿だった。
そこのレストランに唯一ある個室を急遽貸し切り、四人は密会をしていた。
上質な革張りの席に着き、突然振られた話題は、ヴィーとの関係性。
ルレイは半眼になった。
「いえ、私の個人的な興味ですね」
「エ、エリス様?!」
「……帰っていいか?」
王女のお遊びに、ヴィーはたじたじとなり、ルレイは白い目を向けている。
スアはどうして良いか分からず、オロオロとするばかりだ。
「まあ、その話はまた後で詳しく聞くとして……」
「エリス様!」
「冗談ですよ」
ニコッと微笑んだエリスに対し、ヴィーは少しゲッソリとした。
「……どのようなご用件で?」
らちが明かないと感じたのか、ルレイは話の先を促す。
王女も一通り満足したのか、こくんと頷くと、咳払いを一つ。
「私に課された試験。それに協力していただきたいのです」
「……試験?」
「はい」
エリスは返事をすると、話を続けた。
「私は現在、王都にある騎士学校に通っております」
「……随分と酔狂なことで」
「ええ、良く言われます」
ルレイの言動にも気を悪くした様子を見せず、笑みさえ浮かべるエリス。
「幸いにも、これまで無事に進級することが出来ていまして。あとは卒業試験を残すのみ、となったところなのですが……」
エリスは初めて、わずかに表情を曇らせる。
「その内容というのが、ギルド員ではない方を連れ、四等級以上の依頼を一つ達成するというものでして」
「……四等級、ね。それは冒険者ギルドの依頼か?」
「いえ。四等級以上の依頼であれば、冒険者ギルドでも商業ギルドでも、どこのものでも構わないとのことです」
「何よ、それ……」
ギルドの依頼は、大きく分けて八つのランク付けがされている。
最も簡単な八等級から始まり、最高難易度の一等級。
エリスの言う四等級は、単純に表すならば、上から四番目くらいに難しい依頼ということになる。
冒険者ギルドの依頼という観点で見れば、中堅以上の実力、もっと言うと強さが必要なものだ。
これが他のギルドの依頼となると、単純に強さで測れるものではなくなるが、その難易度が落ちるという訳ではない。
むしろ、何でも屋たる冒険者ギルドの依頼が、最も分かりやすく、達成しやすいと言えるかもしれない。
「……激ムズだな。御愁傷さま」
「あ、アンタね……」
ルレイの歯に衣着せぬ物言いに、ヴィーは流石に咎める素振りを見せる。
「いいのです。それは私にも分かっていることですから」
エリスはヴィーの心遣いに感謝しつつも、ルレイの言葉に納得した。
「ここ数週間、様々な場所やギルドを回っていましたが、ギルド員ではないという人物はついぞ見つからず。流石に、ギルド員になる前の子どもを連れていくというわけにもいきませんし。そこに来て、ようやくの思いで見つけたというのが……」
「この変人だった、という訳ですか……」
「……物申すぞコラ」
ヴィーの変人発言に、ルレイはツッコミを入れた。
二人のやり取りを見たエリスは、ふふっと面白そうに笑う。
しかし、次には眉を下げた。
「ただ……」
エリスは少し、声の調子を堅くしてヴィーの後に続けた。
「副ギルド長の言動には衝撃を受けました。ルレイ様がギルド員ではないというだけで、あれほど横柄な態度を取るとは……」
ともすれば、義憤に駆られたと聞こえるエリスの言葉に、ルレイは目を丸くする。
一方、ヴィーとスアは気まずげな表情を見せた。
彼らの雰囲気に気付いたのか、エリスが首を傾げながら問いを投げる。
「何か事情があるのですか?」
「……実は」
「あのブタは俺のことが嫌いなだけだ。何せ、俺は紋なしだしな」
意を決して何かを伝えようとしたスアの言葉に被せるように、ルレイは自虐とも取れる発言をした。
スアは悲しそうな顔でルレイを見つめるだけだ。
ヴィーはギロっとルレイを睨んだ後、慰めるようにスアの肩をぽんっと叩いた。
彼らの様子を見たエリスは、副ギルド長のルレイへの接し方について、何かしらの理由がありそうだということを察しつつ。
「それでも、です。紋章の有無だけで人の価値を決めるなんてことは、決してあってはなりません」
「……」
エリスの考えは、そこに行き着く。
ルレイはチッと舌を打ちそうになるも、自重した。
彼女の言葉に嘘はない。
それはルレイにも、充分過ぎるほど伝わってきた。
そこには同情も他意もない。
ただ単純に、そういった現状があるのが気に食わないと、王女自信の心情が吐露されているだけだ。
だからこそ、自らの心をざわつかせ足り得ている。
ただ、そこでこの名もない感情を留めることなく表に出せば、王女と話す資格はない。
何より、自分がガキに過ぎるところまで行ってしまうと感じた。
謎の意地である。
「……アホか」
しかし、思わず口癖は声に出ていた。
それは自分に対するものだったのか、はたまたエリスに対するものだったのかは、ルレイ自身分からない。
「ふふ。良く言われます」
ルレイの葛藤を知ってか知らずか。
エリスは目を細めて反応するのだった。




