出動要請
少年はギルドから退出した後、やることもないので宿へと帰ってきていた。
「チェックインは午後の3時からよ」
紋なしのおにいさん、と少年は宿へ入るなり、一人娘の少女に言われた。
そのため、他の客も仕事で出払ってガランとした食堂で一人、椅子に座って暇を持て余していた。
否。
正確に言うと、二人で持て余していた。
「暇ねぇ……」
「……仕事しろよ、宿の従業員」
「何か面白い話でもしてくれないかしら? 紋なしのおにいさん」
「話聞けよ」
あの親父してこの娘ありとは、正しく二人のような父娘のために作られた言葉である。
少年。
あと紋なし言うのやめろと、聞き入れられないと分かっている要求を、付け加えることを忘れない。
「仕事って言っても、この時間帯は部屋のベットメイクをして、軽く掃除するだけなのよ」
そこまで言ってから一端区切った後、それに、と頬杖をつきながら少女は続ける。
「お客さんはみんな冒険者で、どうせすぐ汚れるし、それを気にする人もいないから念入りにやる必要はないしね」
だから、そんなものは父さん一人にやらせとけばいいのよ。
少女は言うだけ言うと、食堂のテーブルに突っ伏した。
「……親父さん泣くぞ」
父と娘の関係性とは、かくも冷めたものなのだろうかと。
少年が世の父娘の無常さを感じていると。
少女は殊更強調するかのごとく、最後に一つだけ付け加えた。
「あっ。でも、紋なしのおにいさんの部屋だけは、わたしが念入りに掃除しておいたから安心してね」
「……安心できる要素がねえよ」
「むむ。それはどういう意味かな?」
「すまん、失言だった」
「そんなあっさり認められると、何か釈然としないような」
そんな、何の目的もないやり取りを、幾分か繰り返している時だった。
こちらの方向へ迫ってくる複数の足音。
届けられたその警報に、少年は眉をピクリとさせ、その身を少し起こした。
彼を見つめていた宿の少女も、少年の様子が変わったことに気づく。
「……どうかした?」
彼女はひとまず、何かを気にするような仕草を見せた少年へ確認した。
問われた彼はすぐに答えず、手を顎へ当て思案顔になる。
続いて、いや、と口では前置きをしつつも、少女の問いかけに対して返事をした。
「……ここらへんで、人が多く来るような場所とか建物ってあるか?」
「んん? んー……」
少年の、奇妙と言えば奇妙な逆質問に、彼女は細い顎へ人指し指を当てながら、小さくうなった。
それも長くは続かず、やがて結論を出す。
「……ここらへんって言ったら、うちのぼろ宿以外は、特にないわねぇ」
「……」
少女の返答は半ば予想通りで、少年は内心、舌を打つ。
恐らく、いや、間違いなく厄介事である。
だからそういってるだろ、と言わんばかりに、彼の髪へ一片のそよ風が吹く。
少年はおもむろに立ち上がった。
のんびりしていた宿の少女も、何かあったのかしらと、さすがに不安な気持ちが沸き上がる。
「……とうさんを呼んできた方がいいかしら……?」
「……いや、たぶん……」
二人がやり取りをしたその時。
バァン、と入り口の方からけたたましい音を響かせる者が現れた。
ああ!?
こないだ直したばっかりなのに?!
ボロい扉に対する、若干ずれた少女の悲鳴を尻目に、少年は宿の入り口の方へ視線を移す。
「おい! この宿に、凶暴で根暗で目つきが悪く、ムッツリスケベな紋なしの男が泊まっていると聞いたが、間違いないか!?」
「……どこのどいつだ。そんな悪意しかねえこと抜かしたのは」
そいつらは、宿に入ってくるなり、大声で悪口を叫んだ。
恐らくは、自分のことを言っているのだろうと思いつつも、小声でツッコミを入れるのを止められない少年。
頭痛を堪えるかのように、こめかみの辺りを押さえた。
「うちにそんな人は……。おにいさんくらいしかいないわね」
「……辛辣だな、おい」
ボソッとした少女の回答に、少年からはジト目が向けられる。
あっ、と手で口を押さえた宿の少女は、とっさに真横へ目線をずらし、鳴らない口笛を吹き始めた。
「……アホか」
口癖を発しつつ、恐らく自分を呼んでいるのであろう人物たちへ、とりあえずは姿を見せる。
「……何の用だ」
「ムム。キサマが件の人物か」
扉を開け放ったまま、そこから一歩も動かず突っ立っていたのは、全部で三人の男たちだった。
全員が冒険者ギルド職員の制服を身に付けている。
彼らは、自分たちの前に現れた少年へ、不躾かつ値踏みするかのような視線を、少しも隠すことなく向けていた。
「……紋なし以外は否定したいところだが……」
「そうか。キサマに冒険者ギルドへの出動要請が出ている。疾く、応えるように」
自分の希望を、そうか、の一言で済ませた男の言葉に、少年は眉を潜めた。
「……理由は?」
少年の最もな疑問に帰ってきた答えは、驚くほど身勝手なものだった。
「そんなもの、キサマが知る必要はない。キサマはただ、冒険者ギルドの要請に従えばいいのだ」
とりあえず、手を出さなかった自分を、褒めたい気持ちで一杯になる少年。
それほど、今回の要求は横暴で不当なものだった。
普通であれば、断固拒否するのだが。
「……」
少年はチラっと、後ろへ視線をやった。
そこには緊張した面持ちで、先程からこちらのやり取りを伺っている少女の姿がある。
「……アホか」
今日何度目になるか分からない口癖を、ギルド職員には聞こえないよう口の中で転がし。
「……今から行く」
ふざけた命令を出してきた奴の面を、この目でしかと拝んでやろうと、少年は一先ず、要請に従うことにした。
「最初からそう答えればいいのだ。我々の手を煩わせるな、このグズめ」
こいつら後でシメる。
三人の男職員たちの顔を、しかと脳裏に刻む少年なのだった。




