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紋なし

 宿を出て十分ほどが経ったのち、少年の姿は冒険者ギルドの前にあった。

 彼がギルドの中に入ると、いつも通り視線が集中し、やがてはあいつかと言わんばかりに離れていく。


 少年は気にせず、依頼書が貼り付けられたボードへ向かう。

 その途中で、彼を遮るようにして現れる者がいた。


 腹にデップリと肉を付け、面はぶくぶくと太っている。

 頬が顔全体を押し上げており、瞳がどこにあるのか分からないほどだ。


 あれで前が見えているのかと、マイペースに疑問を浮かべる少年は、ひとまず足を止めた。


「おや? おやおやおやぁ? ここは冒険者ギルド。冒険者が来る場所のはずだが……」


 重たい頬を必死に押し上げ、なんとか笑みを形取った男は、ネバついた悪意を吐き出す。


「なぜ、冒険者でもない者が来ている? なあ、紋なしよ」


「「!!!」」


 事情を知らない者たちによって、ギルド内がにわかにざわつく。

 既知の者は、また始まったよと思いながらも、止めようとする素振りは一切見せない。

 所詮は他人だった。


 醜く太った男は、ニチャアと音が聞こえてきそうなほど、嫌らしく笑いながら続ける。


「お前も毎日頑張るものだ、なあ紋なしよ。いくら依頼をこなそうとも、紋なしが冒険者として認められることは、決してない」


 同じ言葉でも、これほど違く聞こえてくるんだな。

 少年は、宿の少女と交わした今朝のやり取りを思い出しながら、何も言わずに立っていた。


「他のギルドでも相手にされんだろうなぁ」


 黙ったままの少年に気を良くしたのか、男は饒舌だ。

 自分の脂肪の油によって、口の滑りが良くなったかのように。


「まあ。安い報酬で、この副ギルド長のために頑張るが良い」


 それで満足したのか、副ギルド長は笑い声をあげながら、ギルドの奥へと引っ込んでいく。

 喉に脂肪が詰まり、空気が漏れ出ていることにより、豚の鳴き声のような笑い声だった。

 そのため、ギルド内にいた者たちは、笑いを噛み殺すのに必死となる。


「……」


 ぽつねんと一人残された少年は、小指で耳をかいた。

 やがて、小さなため息をつくと、目的の場所へ向かう。


「……あ、あああ、あの」


「「「!?!?!」」」


 すると、またしても少年の足を止める者が表れる。

 事情を知らない者たちによって、副ギルド長が登場した時よりもさらに、ギルド内がざわつく。

 ついでに既知の者たちも、歯ぎしりしながら、それに加わった。


「……アホか」


 副ギルド長の時とは違い、少年は足を止めなかった。

 声が似ていただけで関わるもんじゃなかったと、彼は今更ながら後悔の念を浮かべる。

 少年の一言が、自分へと向けられたものだと勘違いし、少女はショックで固まった。

 結局、彼女の横を通っても、再度少年が呼び止められることはなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 少年はボードの前に立ち、依頼を物色する。


『迷いペットの捜索』、『町中のゴミ拾い』、『町の南門の修理』などといった町中で完結する依頼。


『ロキ山ふもとのゴブリン退治』、『ヒピラシ森の盗賊退治』、『王都への護衛』などといった町の外で、場合によっては危険が伴う依頼。


 様々なものがあった。


 今日は外れか、と思いかけた少年の視界に、目当てのものが引っ掛かる。


『ポーションの原材料、キュラシ草の採集』。


 ポーションは、患部に直接振りかけるか飲むかすれば、傷を癒す優れものだ。

 怪我をすることが多い冒険者にとっては、なかば必需品のようなものとなっていた。

 稼ぎが転がっていたと、表情を少し和らげながら、少年はその依頼書に手を伸ばす。


 しかし、またしても彼の行く手を阻む者が表れる。

 彼女は横からニュッと腕を伸ばし、少年の前で飯の種をかっさらっていった。

 それを視線で追った彼の目に止まったのは。


「ちょっと、アンタ」


 依頼書を持つ手は腰にかけ、違う手でビシッと少年を指差してきたのは、勝ち気な目をしながらも、きれいな顔立ちの少女だった。


 その後ろでは、不安そうな表情を浮かべた先程の少女がいる。

 胸元を押し上げる布の前で、眉を下げながら、両手をギュッと握り締めていた。

 それによって、彼女の柔和な母性を表すかのように巨大なかたまりが、反発することなく形を変える。


 少年はそっと目を逸らした。


「ちょっと、アンタ! なに目をそらしてんのよ!」


 人と喋る時は目線を合わせるように、うんたらかんたら。

 講釈を述べる少女が鬱陶しくなり、少年は口を開く。


「……何か用か?」


 相変わらず腕を突き刺してくる少女の、肩剥き出しな服装ゆえに見える紋章を視界に納めながら、彼は用件を聞いた。


「うちのスアが話しかけているのに、なに無視してんのよ!」


「ヴィ、ヴィーちゃん……。私はいいから」


「よくないわ!」


 激しい性格と大人しめの性格。

 真逆の性格を持つ二人が、よく一緒にいるもんだと、かしましい声を耳に入れながら。

 少年は他人事のように考えていた。


「……俺の評判は知ってるだろ?」


 やり取りをしている二人の少女の元へ、ふいに少年の声が届いた。

 理由は知らないが、それは何故か、自分たちを慮る口調のようだと。

 二人の少女には感じられた。


「凶暴で、根暗で、近寄りがたくて、冒険者でもなくて。スケベでいやらしくて」


「……評判を捏造するな」


 指折り数えながら、言葉を出すヴィーと呼ばれた少女へ、少年はツッコミを入れた。


「確かにあなたの評判は良くないわ。でも……」


 彼のツッコミは意に介さず、ヴィーは続ける。


「事情を知ってるアタシたちにまで、それを言う?」


 後ろでは、スアと呼ばれた少女が、ヴィーへと同意するかのように、遠慮がちに首を縦に振っていた。


 少年は少し目を開くと、いつもの口癖を言葉にしそうになるのを、何とか留めて。


「……その依頼」


「……なによ?」


「受けるのか?」


 あっ、と思い出したようにヴィーは慌てて、くしゃくしゃになった依頼書を広げた。

 その内容を目にし、うげっと顔を歪める。


「あ、あたしが先に取った依頼よ?!」


「そうだな」


「あたしたちで受けるわ?!」


「そうか」


「な、なにか文句ある!?」


「いや、ない」


「えぇ?!」


 文句がないと返され、ヴィーは動揺した。

 思わず、そのまま自分たちの横を通り過ぎて行こうとする少年の腕を、反射的に掴んでしまう。


「……何だ?」


 思いのほかガッシリとした腕に、ドキマギと丸めてしまったヴィーの瞳の先では、スアが羨ましそうに自分たちを見ていた。


「あ、あああ、あんたも……」


 恥ずかしそうに顔を伏せるヴィーを見ていたギルド内の野郎共は、ハンカチを噛みちぎらんばかりに歯ぎしりした。


 その時である。

 やけに目立つ扉の開閉音が鳴り響いた。


 その場にいた面々は、まるで吸い寄せられるかのように、そちらへ視線を向ける。

 野郎共も思わず、嫉妬さえ忘れて、それに習った。

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