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ルレイの秘密

「なぁ。王女様もこう言っているんだ。物は相談なんだが、ここは1つ。俺たちを見逃してくれないか?」


まるで状況を理解していないかのような物言い。

そんな衝撃的な発言をしたルレイに対して、その場にいた者達の反応は分かれた。


ある者は茫然とし、ある者は小馬鹿にするように鼻で笑い。

そして、盗賊のお頭は青筋を立てて、紋章に力を込め始めた。


ルレイを害する意志を発現させるために。

その危険な輝きに気づき、ルレイの言葉に酷く混乱していたエリスはハッと我に返る。


「あ、あなた何を……っ!!?」


「おい、ガキ」


しかし、エリスの困惑を余所に事態はどんどん進んでいく。

場の主導権を握るお頭は、紋章がある太もも辺りに光を帯びながらルレイを恫喝する。


「おれぁ、冗談が嫌いなんだ。特に頭の悪い冗談がなあ。こちとら、コケにされたら終わりの商売やってんだ。ナメたことぬかしやがったんだ。覚悟は出来てんだよな?」


ルレイの方へと手を掲げ、力を込めた次の瞬間。


ドンッッッ。


洞窟の壁を抉る爆音が鳴り響いた。

ルレイのすぐ脇をエネルギーの塊が飛来したのだ。

ルレイは横目を向きもせず、一歩も動かなかった。

攻撃に反応出来なかったということか。

少なくとも盗賊達にはそう見えた。


「せっかく拾った命を無駄にしたな、王子様」


「や、やめなさい! 舌を噛み……」


「うるせぇ、クソアマがっ!! やってみろや、ゴラァ!」


「なっ……」


「おい王女様。自分の身体にどんだけの自信があんのか知らねぇけどな、王女様。勘違いすんなよ? 別に、だ。別にどうしてもお前を生かしておきたい、って訳じゃねえんだぜ?」


結局、最期は殺しちまうんだからなぁ。


ゾッとするほど冷たい目を向け、エリスを射抜く盗賊の頭。

規模は小さくとも、集団の上に立つ者でないと出せない凄みがある。


決めた覚悟が、揺らぎかける。

どうして、なんで。

なぜ、そのまま逃げてくれなかったの?


頭の中の至るところに疑問が噴き出し、処理しきれない分が水滴となって眦から流れていった。


「それになぁ、王女様。俺はきれいごとが大嫌いなんだよ。手を出すなだぁ、守るだなんだぁ、そんなきれいごとを並べられると吐き気がしてきやがる」


自分の言動をきれいごとと切り捨てられ、何も言わず黙りこむエリス。

すると頭は、彼女から興味が失せたかのようにあっさりと目を切り、自らのゴツゴツした手を再び、ルレイの方へと掲げた。


「おい。おいガキ。気でも狂っちまったか? せっかく、せぇっかくだ。王女様がきれいごと並べてお前を逃がそうとしたんだがな。王女様のことが嫌いだったのか? 何のためにここまで来た?」


頭の紋章の光が一際強くなり、薄暗い洞窟内を照らす。

それによって見えたルレイの顔は一貫して変わっておらず、無機で無関心に男へ告げる。


「もう一度言う。これが最後だ。王女様と俺を見逃してくれないか?」


「……ダメだ、こいつは。紋章だけじゃなくて頭の中も足りねえみたいだな」


頭は吐き捨てた後、躊躇うことなく力を開放した。

先ほどよりも威力が高い最大出力の光のエネルギーが、ルレイを直撃する。


エリスの身体は半ば反射的に自らの言葉に従った。


「……っ」


「おい! おいおいおい?! お頭!? 王女様の野郎、本当に舌を噛みやがったぜ!?」


「ハッ、ほっとけや。どうせ死ぬまでは噛み千切れてはしねえよ。どこかで加減しちまうもんだからな。この会話も案外、聞こえてるだろうぜ」


クタっと彼女の身体から力が抜けるのを確認した盗賊は、信じられないものを見たかのように大声で報告する。

それを聞いても、お頭は鼻で笑うだけだ。


エネルギーの炸裂により、砂ぼこりが舞い散る。

それが指向性を渦巻き出したのに気付いたのはビーだけであった。


「なぁ」


「……は?」


お頭が、男達が一斉に振り向いた。

そのタイミングで、周りに上がった土煙を邪魔だと言うかのごとく、一陣の風がルレイのいる空間をさらっていく。


「王女様のやったことは、本当にきれいごとだと思うか?」


空気が入れ替わったその場所に立っていたのは、何の傷、果ては汚れすら付いていないルレイだった。

無傷な彼を見た男達が、状況を理解出来ずに目を白黒させる。

ビーは自らの懸念が現実のものとなったことを悟り、警戒心を露わにした。


「……本気でやった?」


突然のビーの問いかけにお頭は数秒間、答えることが出来なかった。


「……殺すつもりでやった。もちろん本気だぞ……っ!」


未だ冷めやまらない衝撃は脇に置いて、何とか口にした。


「なぁ、王女様のやったことは、本当にきれいごとだと思うか?」


そんな男達の驚きをまったく意に介さず、ルレイは淡々と同じ問いを投げつける。

その異様な威圧感を前に、盗賊達は何か自分達は得体の知れない怪物を相手にしているのでは、と拉致もあかないことを思い浮かべていた。


「は、はん……っ! 所詮そんなもんはきれいごとだろうが?! それ以外に何があるってんだ!? ご立派で高尚な行いだとでも言うつもりかぁ!?」


内心の緊張を塗り潰すかのように大声で張り上げるお頭。


自分たちの優位は崩れない。

相手は紋なしで出来損ないのガキが一人。

万が一にも何が起こるわけでも……。


「本当にそう思うのか?」


そんなお頭の思考を切り裂くように鋭く、ルレイが三度、問いただした。

自らの不安を当てられたかのような声音に、流石の頭も無意識のうち一歩後ずさった。

しかし即座に、それを誤魔化すかのごとく虚勢をあげる。


「な、何が言いたい!?」


「きれいごとは俺も嫌いだ。否定する」


「は、ハッ?! てめえの命を助けようとした奴に随分な物言いだなあっ!?」


自らの発言を肯定するような返答に、頭は声を裏返してしまった。

それには取り合わず、ルレイは悠々と続ける。


「それが、本当にきれいごと、ならだ」


「あ、ああ?! 何を言ってやがる!?」


「口だけ立派なことを言って行動が伴っていない。俺の考えるきれいごとは、それだ」


ルレイの身体が淡く光を帯び始める。

その変化に、彼が紋なしだと聞いていた盗賊たちは眼を見張る。

それは間違いなく、紋章術の煌めき。

紋なしのルレイには、決して出すことが出来ない。

そんな常識を打ち破ってしまうような現象だった。


頭も部下達と同様、驚きを隠せなくなってきていた。


「は、ハハッ。じゃあなんだ。王女様は立派な行動をしたって、そう言ってやがんのかぁ!?」


「いや、それも違う」


「っ?!」


「口で立派なことを言い、行動も伴っている。だが、それを遂行できるほどの力が伴っていない。これは愚か者のやること。そうだな……。愚行、と言うところか」


愚という言葉を使いながらも、ルレイの声の響きにはエリスを馬鹿にするようなものがない。

むしろ、敬意さえ感じられた。


しかし、そんなルレイの口調に込められた思いに気付かない盗賊の頭は、益々混乱する。


「そ、それがどうしたっていうんだ!? 結局、てめえも王女様のことを馬鹿にしてるってことだろうが?!」


「エリスは俺を救うために自らの身を差し出し、俺が死んだと思うや否や自分の言う通りに舌を噛み切った。つまり、だ。この極限の状態、土壇場で愚行をやってみせたのさ」


「そ、そうだ?! てめえが愚かで間抜けなせいで自分の身を犠牲に……」


「死なないさ」


ここで初めてルレイの表情が変わった。

街で彼を知っている者が見れば眼を疑うような真摯な表情。

それが向けられるのは、舌を噛み切って気を失っているエリスだ。


「な、なんだとっ!? なぜっ、そう言い切れる!?」


「それが俺の意志だからだ」


そう宣言した瞬間、淡くルレイの身を照らしていた光は、ゆっくりと彼から離れていき、フヨフヨと空間を漂いながらエリスのもとへ移動すると、その身を包み込んだ。

それはまるで、彼女を慈しむかのように穏やかで優しいものだった。

その神秘的な光景を目の当たりにした盗賊達の顔は、徐々に強張っていく。

自分達がとんでもない思い違いをしている。

そのことを嫌でも自覚させられたからだ。


「なぁ。それなら、エリスの愚行に力が伴えば、それは一体、何になるんだろうな?」


「う、うるせぇっ!! おい、てめぇら!! 何突っ立ってやがる!? とっとと攻撃しねえか!!?!」


「う、ウォォぁーーー?!」


「答えを教えてやろうか?」


男達は一斉に自らの力を開放し、全力でルレイに攻撃を仕掛けた。

視界を奪われるほどの密度で、様々な力の塊が彼へと殺到する。

先ほどよりも濃い土煙が充満した結果に。


「や、やったか……っ!?」


盗賊達は喜声を上げかけたが。


「正義だ」


「……くそが……っ!!」


その喜びは直ぐに、偽物へとかわった。


「つまり、だ」


何も変わらないルレイの声がすぅっと耳に染み込んで理解させられた。

格が違うということを。


「エリスの愚行は、力の伴った正義を呼び起こしたんだ」


「ほ、ほざけっ、紋なしがぁっ?!」


そんな言葉に反論するかのごとく、ルレイの身体へ纏わる輝きが増す。


「ああ、その通りだ。俺は確かに紋章がない。なにせ、目で見ることが出来ないんだ。紋なしだと言われても仕方ない」


最早、身体から溢れ出る光を留めることはなかった。

自らの秘密を隠しておく必要はない。

積極的に秘密にしておいた訳でもないが。

そしてルレイは胸の辺りを指差し、その真実を口にする。


「身体の中にあるからな」


心臓を中心として、ルレイの身体から眩いばかりの極光が放たれた。

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