私が選んだ
「ビー様は何を得意とされているのですか?」
「……」
街を出て二人で目的地へと向かうエリスとビー。
これから協力して盗賊を倒すのだ。
少しでもお互いのことを知って連携出来た方が、不慮の事故なども防げる。
油断しなければ、自分の力は盗賊にも劣らないはず。
しかし、万が一がないとも限らない。
極力、その可能性は減らしておくべきだ。
そう思い、先ほどから話しかけているエリスだったが。
「これも答えてはくれません、か……」
「……」
ギルドで自己紹介をしたっきり、ここまでビーは一言も喋らない。
いや、喋らないだけならまだしも、目を合わせもしない。
この状況に、フトイから彼を紹介された時に感じた疑念や違和感が膨れ上がる。
やはり、今回の試験は諦めるべきだったのかもしれない。
今回の試験にこだわるべきでなかったのかもしれない。
今すぐにこの試験を突破して騎士になる。
いや、ならなければならない。
騎士になれば皆を守れる。
騎士になれば……認められる。
そう思っていた自分に、それは違うと。
今のお前が目指している場所はそんなに甘いものではない、と。
覚悟を持て、と。
力が必要だと教えてくれた、哭いていた少年。
諦める覚悟、そして今回が駄目でも、また次の試験に挑戦する覚悟を持たなければならないと思った。
引き返しましょう。
エリスがそれを口に出そうと、決心したその時。
彼女の内心を察したかのように、そして彼女を引き留めようとするかのごとくビーが問いを口にする。
「……王女様は……」
「……は、はい?!」
突然話しかけられ、エリスは戸惑い声を裏返してしまった。
しかし、すぐに我に返ってビーへ答える。
「いえ、失礼しました……。それと、私のことはエリスで構いません」
ビーはエリスの方を振り向いた。
またも突然のことに驚きながらも、目を合わせて王女の意地で微笑みかけた。
ビーは再度、口を開く。
「……王女様は、なぜ騎士になりたい?」
「え、あの……」
呼び方を訂正せずに聞くだけ聞いて、ビーはまた前を向いてしまう。
しかし向こうから投げられたせっかくのチャンスだ。
エリスは急いで投げ返す。
「お、王女でいることが。ただの王女だけでいることが申し訳ない……。いや……。耐えられない。そう思ったから、ですかね」
「……」
ビーは何も口にせず、ただ足だけは止めた。
それに釣られて、エリスもビーに習う。
ここはまだ、盗賊が現れるという場所ではない。
街道から多少外れてはいるが、副ギルド長から貰った地図によると、盗賊が根城にしているという森は、もう少し先だ。
しかし、自分だけ歩いていく訳にはいかない。
一人で相手をするよりも二人の方が確実だからだ。
何事か起きたのか、ビーに確認しようとした、その時だった。
「……王女のままで……」
「……はい?」
ビーの雰囲気が変わった。
エリスがそれに気付くよりも前に、事態は動いていた。
動き出してしまっていた。
「王女のままで、大人しくしていたら、こんなことにはならなかったのに」
「……っ?!」
「てめぇら行ぐぞぉぁ!!!」
怒声とともに十人ほどの男達が、どこからか踊りかかってきた。
ビーの背中は光を発していた。
(紋章術っ……?!)
エリスはすぐに応戦する。
自らの紋章を滾らせ力を使おうとした。
「うぅっ?!」
しかし、ビーの手の平から放たれた光弾がエリスを邪魔した。
エリスと同等か、それ以上の練度だ。
態勢を崩したその隙を男達は見逃さず、エリスを引き倒した。
「はっはぁーーー!!!」
「ウォォーーー!!!」
「く、くぅっ?!」
口に布をあてがわれたエリスは、同時に気が遠くなる。
最後に彼女が見た光景は。
「……」
たちまち盗賊たちに捕らえられた自分を、無感情な目で見下ろすビーだった。
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「……ううっ……」
ジャラリと鎖が鳴る音でエリスは目を覚ました。
酷いほど身体が怠く、重苦しい。
気分もこれ以上ないと言っていいほど最悪だ。
まんまと囚われた。
自分の現状を悟るのに、余り多くの時間はかからなかった。
その事実と薄暗く湿っぽい空気が、彼女をより陰鬱にさせる。
エリスは唯一、何とか動かせる首を巡らした。
ゴツゴツとした岩肌が目に映った。
どうやら洞窟にいるらしい。
エリスはそう当たりをつけた。
自分の身体を見ると、禍々しい鎖で縛られている。
そこには謎の紋様が、ところ狭しと刻まれていた。
目が覚めてからずっと、紋章術を使おうと試みていたのだが、自分の身体に何ら変化が起きない。
「お! 目ぇ覚ましたかぁ?」
「ほ、ほんとですか、お頭ぁ!?」
「ようやくのお楽しみだぁ!!」
「「ギャハハハハ」」
エリスが身動ぎした音で意識が戻ったと気がついた盗賊たちは、下品に騒ぎ立てた。
これから自分の身に起こる不幸を想像し、心が折れかける。
“大切だから守る、なんて言うのは所詮きれいごとだ”。
ふいにルレイの言葉を思い出した。
そうか、自分が口にしていたことは所詮、きれいごとだったのか。
“口で言うのは簡単だ”。
現実にならない理想を口にすることは、なるほど。
なんて簡単で、気持ちの良いことか。
“いつかは自分の命さえ無駄にするんだろうが”。
正にその通り。
これから自分は、女であることを後悔させられ、そして惨たらしく殺されるのだ。
「しかし、副ギルド長も太っ腹でさぁ! たかがこんな小娘を罠にかけて、最後に殺すならば好きにして構わないなんてなぁ!」
「おいおい、それは言っちゃ不味いんじゃねぇのかぁ?」
「ふへへっ。良いんだよぉ。どうせバレやしねぇ。このことを知ってんのはここにいる俺らと、副ギルド長が寄越したガキ。そして哀れな王女様だけだからなぁ!」
この状況は副ギルド長の仕業だったらしい。
そして、協力してくれると紹介されたビーという少年も自分を嵌めるための手段。
エリスは唇を噛んだ。
無様に泣き喚きたい気分だった。
それをして喜ぶのは、下卑た盗賊達だけだ。
“あらゆる結果を、その身に受け止めるだけの覚悟を持て。何が起きても、自らの言動によって招いた状況だと、言い張れるだけの傲慢さを持て”。
まるでルレイの言葉が自分に対する予言であったかのように、エリスへと重くのし掛かってきている。
しかし、真実だ。
この現状は紛れもなく、自分が招いた惨状だ。
“王女のままで、大人しくしていたら、こんなことにはならなかったのに”。
ビーの言葉も的を得ている。
自分の内に閉じこもって、ただ漫然と王女をしていたらこんなことには間違いなくなっていない。
王位継承権を放棄し、どこかの貴族に嫁入りし、子供を産んで。
そういった道もあったはずだ。
否、その道“しか”なかったはずだ。
まるで人形遊びだ。
側から見たら幸せだと思われるだろう。
市井の時とは比べ物にならないほどの贅沢も出来る。
そのことにどれほどの価値があるというのか。
決められた道しか行くことの出来ない自分に、いったい何の価値がある。
突然ただ降って湧いた王女の身分。
それを持って、人形のように生きていく自分は何なんだ。
そう思ってしまったから。
“自分の行動で自分がどうなろうと”。
そちらの方が幸せじゃないか。
「おい、ガキ。お前もこっちに来たらどうだ。お零れくらいはやるぞぉ!」
「やるようなお零れが余りますかねぇ?」
「ギヒヒ。それもそうかぁ! 人形を相手したってつまんねえもんなぁ!」
「そりゃ、違ぇねぇや!!」
「……」
男達の聞くに堪えない笑い声が狭い洞窟内で木霊する中、ビーは相も変わらず興味なさげに静かに佇むだけだ。
ふと、ビーがエリスを見つめた。
自分の方へ視線をやってくるビーへと気づいたエリスも、同じくそちらに目を向けた。
薄暗い洞窟の中でお互いの視線が交錯すると、ビーは目を見張った。
「そんじゃあ、始めっけどよお! 何か言っておきたいことはあるかぁ?」
ようやくビーからの興味を得ることの出来たエリスは、男の宣告に悲鳴をあげる。
のではなく。
「あなたのせいではありません。私が選んだ道ですから!」
盗賊達が呆気に取られるほど、聖母のように優しく、女神のように美しく微笑んだ目の端から、一筋の滴が流れていった。
今更ではあるけれど、もう覚悟は決めた。
……アホか。
だから、それは幻聴なのだろうと、幻聴に違いないと。
そう思った。




