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逆鱗

もう一度ギルドに向かうため、ルレイは宿を辞した。


昼食を取って重くなった腹が少し気になったが、食休みはしなかった。

あのままテーブルにいて、ニーダの顔を見ているのは途轍もなく気恥ずかしかったからだ。


とは言え過去の話をしてくれた理由が、沈んだ自分を見兼ねてだということは痛いほど伝わってきた。

本人は母親の死を乗り越えたかのように話しをしてくれたが、それでもあまり思い出したくはない類のものであることは容易に想像出来る。

しかし、そんな心情を抑えてまで励ましにも似た言葉をかけてくれた。

その気遣いに、ルレイは自分でも驚くほど素直に感謝の念を抱いていた。

その思いを口に出すかどうかは話が別であり、悟られることが照れ臭く外へ出てきてしまったわけだが。


「……おい……」


「……ああ」


青臭いとも言える内心の揺れ動きに戸惑いつつ街を歩いていると、悪い注目を集めていることに嫌でも気付く。

気に障る訳ではないが、面倒だという感情を消すことは中々難しい。


「……それもあと少し、か」


ルレイにはある目的があって、この街へとやって来ていた。

その目的を果たすまで、今からそう多くの時間はかからないはずだ。

だから面倒ではあるが仕方ない。

ルレイはそう思っておくことにしていた。


数分間、外野の様々な声を聞きながら地面を均していたルレイの目に、冒険者ギルドの建物が見えてきた。

この辺りまで来ると、金属の重たそうな鎧を身につけた男や手に杖を持って真っ黒なローブを被った女などが方々に行き交うようになる。

装備がカチャカチャ擦れる音や彼らの話し声は、独特の喧騒を伝えてくる。

その中に身を置くのが、ルレイは好きだった。

自分の周りに雑多な気配が混じるこの時だけは、大勢に紛れることが出来ているような気がして、一種の安心感があるからだ。

奇異な視線を向けられるこの街でも、それはほとんど変わらない。


ギルドの入り口。

そこの目と鼻の先まで来た時、ちょうど扉が開いた。


最初に出てきたのは少年。

普通の少年、ではない。

百人見れば九十九人は変哲がないどこにでもいそうな少年だと言うだろう。

だからルレイは違和感を感じた。

余りにも押し付けがましく〝普通“を全面に出している。

そのような印象を受けたからだ。


続いて出てきた人物が、その違和感を助長しているというのもあるのかもしれない。

ルレイが先ほど手酷く扱き下ろした王女様だった。

背筋を伸ばし、姿勢を正して歩く姿は気品が出ていて、なるほど、少なくともただの平民には見えない。

顔は少し強張っており、ルレイに気付くことはなかった。


二人はルレイが歩いてきた道とは逆方向へと進んでいく。

街の外へ出る門がある方角だ。


「……」


魚の骨がのどに引っかかった時のような顔をして、ルレイはギルドへと入っていった。

彼がギルドへ入ると、いつも通りに視線が集まりすぐに散った。

それを気にせずスタスタと、依頼が貼られた掲示板の前へと向かう。


依頼の内容は朝のものとほとんど変わらない。


『迷いペットの捜索』、『町中のゴミ拾い』、『町の南門の修理』などといった町中で完結する依頼。


『ロキ山ふもとのゴブリン退治』、『王都への護衛』などといった町の外で、場合によっては危険が伴う依頼。


「盗賊退治……」


朝に見たそれがなくなっていた。

ルレイの記憶では四級に格付けされていた依頼。

盗賊に四級とは数人程度の規模か実力者がいない集団か、はたまたそのどちらともということで。

結論、大したことがない盗賊だと言える。

しかしながら、油断は出来ない。

一対一ならともかく複数人と相対する場合は、何が起こるかわからない。

少なくとも昨日今日出会ったばかりの見知らぬ相手と積極的に受けたいと思う依頼ではない。


「ふっふっふっ。おやおやぁ? なぜこんなところにいる。なぁ、紋なしよ?」


「……」


そんなことを思いながら依頼板を眺めているルレイの思考を邪魔するかのように、駄肉を揺らした副ギルド長が粘っこささえ感じるほどの質量を持って話しかけた。

機嫌が良いのか、声がいつもよりも半音は高い。

そちらの方を見ずに、ルレイは一つ、フトイに問いかける。


「王女様は……」


「あぁ?」


「王女様は何の依頼を受けた?」


ルレイに問われたフトイの顔は、ニチャアという音が聞こえてきそうなほど嫌らしく歪んだ。


「王女様? あぁ、あの王女様か。なぁに、大したことはない。たかが四級の盗賊退治よ」


フトイの態度には最早、敬意の欠片もなかった。

取り繕うことさえせず、侮蔑の念を隠しもしない。

ルレイを相手にする時か、はたまたそれよりもなお酷く傲慢なものだ。


「 2人で……か?」


「……あぁん? なんだ貴様、見ていたのか?」


何が可笑しいのかルレイの質問に対し、フトイは落ちそうな頬をプルプルと震わせる。

ルレイはそれを見ずに、ただただ淡々としている。

まるで、必要事項を確認する単純作業のように。


そんなルレイの態度に、機嫌が良かったらしいフトイも眉を顰めた。

しかし、次には面白いことを思いついたとばかりに意地悪な顔になって続ける。


「その通りだとも。なんせ、あの王女様はギルド員ではない者を供にしてぇ? 四級の依頼を受ける必要があったというではないか!

そこで、だ。親切なこのわしが! 王女様のためにぃ! それらをどちらとも用意してやったという訳だぁ!!!」


その親切には、フトイの悪意がたっぷりと含まれている。

王女エリスの望みを、最悪な形で絶つための。

そして、それが分かるように、理解することを命ずるかのごとく、ルレイの鼓膜へと響かせる。


「……」


「しかし、だ。それがどうした紋なしよ? ま、まさかではあるまいがっ。同情でもしたか? 」


フトイの鳴き肥には、ルレイを最大限に馬鹿にしてやろうというとても強い意思が、多分に含蓄されている。


「それとも何か……感じるモノでもあったのかあ? 紋章がないと蔑まされている自分とぉ? 市井あがりの王女様を重ねでもしたかぁ? 貴様なぞにそんなことをされるとは、とんだ恥知らずの王女様よ。なぁ、そうは思わないか? 紋なしよ」


「……っ?!」


ルレイの視界の端には、今にもフトイへと食って掛かって来そうなスアと、それを必死に引き留めているヴィーが映っていた。

周囲の人混みに紛れて、こちらを見ていたようだ。

心底間の悪い奴らだと、ルレイは他人事のように感じていた。


「……」


ルレイは無言でゆっくりと振り向いた。

ついに動きを見せたルレイに、自分の吐き出した毒が効いたようだと満足したフトイが、さて奴はどんな表情をしているのか、せせら嗤ってやろうと顔を覗き込んだ時。


フトイの全身に鳥肌が立ち。

凍えるかのように寒気だち。

そして、どっと汗をかいた。

睨んでいる訳ではないルレイの、無機質で無感情な目と自分のそれとを合わせた瞬間の、一瞬の反射だった。


「よくわかった」


「な、なぁっ……」


「じゃあな」


「ふっ、ふざけるな!!」


突然声を荒げたフトイに、またやっているよと密かに聞き耳を立てていた周りの目がギョっと注目した。

そして、それらの視線に気付かないほど取り乱しているフトイは、自分でも何に怒っているかが分からずに戸惑いながら怒鳴りごちた。

その横をルレイはスタスタ歩いていく。

ゆったりとしたその歩みを、フトイは止められない。

見送ることしか出来ない。

身体がまったく動かない。

動けない。

いつもは見られぬ光景に、ますますの注目を浴びながら、ルレイはただ淡々と扉の前まで来た。

そこでようやく動けるようになったフトイが、急ぎルレイの方を振り向いて、苦し紛れにしか聞こえない口調で叫ぶ。


「ば、バカが?! も、紋なしに、な、なぁにが出来る!? 貴様は所詮、紋なしよぉ! 皆が当たり前のように出来ることも出来ない、で、でぇきそこないなんだぁ!!!」


ルレイは一瞥することなく扉を開けて、建物から出て行った。

フトイは茫然と立ち尽くした。

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