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原点回帰と予想外

「……私は……。間違っているのでしょうか……」


 ルレイのいなくなった後の部屋。

 ぽつりと、エリスの懺悔にも似たような呟きが漏れる。


 テーブルの上に並べられているのは、手をつけられていない数々の料理。

 それが、傷心なエリスの目には物寂しく見える。

 うすら空間に漂っている仄かな香りは、ルレイが部屋を出ていってから、思いのほか経過した時間を表しているように感じた。


「……間違っては、いないと思います」


 ヴィーは言葉を選びながら慎重に応える。

 沈黙を嫌ってか、声には少しの焦りが含まれた。


 横ではスアが、不安そうな面持ちを見せている。

 そんな彼女に、ヴィーは横目でチラと視線を合せ、安心させようと頷く。


 乾いた口から自らの緊張を自覚しつつも、ヴィーは言葉を続けた。


「エリス様がおっしゃった願いは、とても立派で、尊いものです。それが間違っているとは、とても思えません」


「……」


 間違いではない。

 その言葉を耳にしても、エリスの表情は曇ったままだ。


「……実現するには力が必要です」


 ヴィーの声には、ルレイの言葉を肯定する響きがあった。


 エリスはそっと、俯いた。

 彼女の直面している現状は重い。


 これまでなるべく見ないようにしていた部分。

 この卒業試験。

 そして、仮に試験に合格し騎士になったところで。

 一体、何が出来るというのか。

 騎士の価値とは。

 王女という身分を捨てるに値するものなのか。

 そもそも、その肩書きでさえ、少し揺れれば崩れるような、脆いものでしかないのだ。


「……選択肢は、いくつかあると思います」


 ヴィーの言葉は、王女の内心を読んでいるかのように鋭い。

 彼女の表情も表情も、エリスと同様に曇っている。

 しかし、そこには確かな忠誠が。

 主君へ忠言を伝える大臣が持つような聡明さがあった。


 ヴィーの話を聞きながら、エリスは思考を深く沈めていった。


 なぜ自分は騎士になりたいと思ったか。

 強くなりたいと、そう思ったからだ。


 ならば、なぜ騎士になれば強くなれると思ったのか。

 確か、それは……。


 底まで沈んでいた意識を浮上させるかのように、エリスは面を上げた。

 口は何かを叱責するかのように、きつく結ばれていた。

 それは大切なことを忘れかけていたことに気付いた自分へと向けたものだ。

 自身の均整な胸の内にある、譲ることのできない思いが、確かに根底にあった。


「……そうですね。ヴィーの言う通り、騎士になる以外にも、道はあるのでしょう。きっと」


 エリスにはもう、落ち込んだ様子は見られない。

 むしろ、静かな笑みさえ浮かべていた。

 紛れもなく挑む者の顔だった。


「……私の。王女としての私の言葉に、一体どれほどの重みがあるでしょう」


 ある日、唐突に降って沸いた話だ。

 上から数えた方が早いほどの高い位を得たとはいえ、根っこの部分は既に庶民としてのもの。

 自分の手には有り余る。

 ならば、そんなものを一生懸命振り回したところで、ただ滑稽なだけだ。


「今回の試験で卒業できなくとも、また次の試験を。次がだめでも、またその次を。考えてみれば、それだけの話でした」


 エリスはルレイに感謝すら抱いた。

 自らが望む道を進んでいけば、いずれは必ずぶつかる壁。

 気づくのが早いか遅いかの違いでしかない。

 それでも彼女にとっては、今気づけたことに大きな価値があるように思えた。


 頭お花畑のまま騎士を目指していれば、道端の小枝のように、ポキッと折れていたに違いない。

 そんなものには誰も、見向きもしないだろう。


「心配をかけましたね」


「……力になれることがあれば、何でもおっしゃってください」


 ヴィーとスアは目を細め、胸に手を当て頭を下げた。

 それは臣下の礼だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 エリスの姿は冒険者ギルドにあった。

 理由は二つ。


 一つは副ギルド長へ顔見せに。

 もう一つはルレイに会うために。


 もっとも後者は、駄目元であったが。


 ここで見つからないのなら、他の街に行くしかない。

 この地を去る前に、喧嘩別れのような状況形となった副ギルド長へ、せめて挨拶だけでもと思っての行動だった。


 少しの注目を受けながらギルドの受付まで来ると、エリスは受付にいる職員へ声をかける。


「副ギルド長まで取り次いでいただくことは出来ますか?」


「は、はい! ただいま!」


 頼まれた職員は、少し慌てながら奥へと下がっていった。

 それから間もないうちに、目的の人物がエリスの前に姿を現した。


「これはこれは! 先ほどはありがとうございました!」


「……いえ。今回は無茶なお願いをしたと思っています。他を探そうかと考え……」


 副ギルド長の態度に少しの違和感を覚えつつ、別れの挨拶を済ませようとしたエリスだったが。


「エリス様、そのことなんですが……」


 副ギルド長は食い気味に言葉へ割り込んできた。

 何とはなしにエリスは身構える。


 そのことに気づき、フトイは僅かに身を引いた。


「これは失礼。エリス様の力になることのできる人物を見つけたものですから」


 フトイの発言は、エリスの目を見開かせた。


 先ほど別れてから今まで、それほど多くの時間は経っていないはずだ。

 仮にルレイの代わりだったとして、それほど早く見つかるものなのだろうか。

 

 いくつか疑問は浮かんだが、口には出さずに確認を取る。


「ほ、本当ですか? ギルド員ではない方が、ともに四級の依頼を受けていただけると……?」


 エリスの声音には、若干の戸惑いが含まれていた。

 ルレイに説かれ、自分の頼みがどれほど困難なものなのか。

 その考えに至ったからだ。


 しかし、そんな彼女を安心させるかのように、フトイはにこやかな笑みを浮かべ、頷きを返した。


「その通りですとも。エリス様を手ぶらで返すわけにはいかない。その思いで手を尽くし、急ぎ見つけて参りました」


 その落ち着いた態度に、やはり少しの違和感が拭えない。

 それでも、自分の無理に近い願いを聞いてくれたという言葉を、頭ごなしに疑うことは出来なかった。


「そう、ですか。感謝します。それで、その方はどちらに……?」

 

 エリスは遠慮がちに、人物の所在を尋ねた。

 フトイは満足したように自らの頬を緩めた後、何事かをギルド職員に伝え、その場を離れていった。


 そして数分後、エリスたちの前に二人の人物が現れた。

 一人はフトイ、もう一人は余りにも普通に見える、何の変哲もないただの少年だった。


「この、方が……?」


 疑いたくないが、どうしても探り探りの視線になってしまったエリスに気を悪くした様子も見せず、フトイは自信満々に頷いた。


「そうですとも! もちろん、彼の能力の高さは保障します! 惜しむらくは年齢がまだ、ギルド入会の基準に達していないということです」


「なるほど……」


 フトイの言葉を聞き、ひとまずは納得しようと、エリスは相槌を打った。

 確かに、彼をよくよく観察すると、王女の自分に対して全く緊張した様子を見せていない。

 それどころか堂に入っているようにさえ見えた。


 これならば、ともに依頼を受けたとして、最悪お互い死ぬようなことはないのでは。

 自然とそのような考えに至った。


「お名前をお聞かせください」


「……ビー」


 少年は静かに名前を告げた。

 抑揚が乏しく、かなり大人びている。

 頷きを返しながら、そのような印象を持つエリス。


「では、ビーさん。私に力を貸してください」


 ビーは淡々と頷いた。


 その近くで、エリス達には見えないように、フトイは頬を震わせていた。

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