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少女は少年を解きほぐす

 宿に入り、取り敢えずは食堂に向かったルレイ。

 自分の部屋に戻ることも考えたが。

 得意気に指を振り、注意してくる少女の姿が思い浮かび止めた。

 ルレイは時たま、変なところで律儀になる。


 食堂の二文字が描かれたのれんを越え、彼が目にしたものは。

 テーブルに突っ伏し、気持ち良さそうに寝息を立てる宿の少女だった。


 食堂の入口、つまり今ルレイが立つ場所へ向かって、顔だけを曲げた形で寝入っている。

 彼女の寝顔が、ルレイには見えた。

 むにゃむにゃと、なにがしかの寝言を喋っている。

 顔の中央で揺れている、小さな鼻ちょうちんも相まって、その表情の幼さが強調されていた。


「……仕事しろよ、従業員」


 呆れた口調で呟くルレイは、少女が鎮座するテーブルへ歩を進める。

 テーブルへ近づくと、そこに寄り掛かることで柔そうに形を変える、年齢には決してそぐわない女性特有の持ち物が、ルレイの目に衝撃を与えた。


 ルレイは顔を真横へと向ける。


「……アホか」


 咄嗟に出した口癖は、何かを誤魔化すためのものだろうか。


 彼自身にも分からない疑問を浮かべながら、ルレイは回れ右をした。

 少女がこの様子では、昼飯を無心できそうにもない。


 町へ出て腹ごしらえをするか。


 ルレイが宿の入口へ向かって一歩踏み出そうとした、その時。


「あれぇ……。やっぱりお兄さんだぁ……」


 彼の背中へと声が掛けられた。

 その響きは、昼寝起き直後ということもあって、寝惚けた調子を含んでいた。

 少女のいつもの声より、若干しまりがない。

 ルレイは彼女に構わず、真っ直ぐに足を進めうとした。


 ぐう~。


 しかし、彼の腹から抗議の声が鳴る。

 その音は、少女の覚醒を促すのにも、充分な大きさだった。

 彼女は目をまん丸と開き、頬を少し上げて。


「フフッ。お兄さん、お腹が減ってるの?」


 可笑しそうに笑いながら、彼へと聞いた。

 ばつの悪そうな表情を浮かべたルレイは、恥ずかしさを誤魔化すように口角を下げた後、彼女へ向き直った。


「……ああ」


「そうなんだ。余り物で良かったら、何か作れるけど?」


「……いいのか?」


「うん。そんな音を聞かされて、ほっとけないもん」


「……音のことは、ほっとけ」


「えーっ。どうしよっかな~」


 少女は嬉しそうに口ずさみながら席を立つ。

 そのまま、食堂にある調理場の方へと、向かっていった。


「……アホか」


 一人残された少年は、小指で耳をかき、ぽつねんと呟いて、椅子へと座った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 少年は少女が用意してくれた料理を、あっという間に平らげた。

 よっぽどお腹が減っていたのか、それとも。


「美味しかった?」


「……さあな」


「何それ。素直じゃないなあ」


 少年が食を進める間、向かいの席に座り。

 ニコニコと、満たされたような笑みを浮かべながら彼を見ていた、少女の問いが理由だったのかもしれない。


「ありがとう。ごちそうさま」


 少年は頭を下げた。

 少女は、今度は違う意味で、目を見開いた。


「えっ?!」


「……どうした?」


 突然、驚きの声を上げた少女に対し、少年は訝しげな顔をした。

 一方少女は、手を口に当て、そのままの表情で理由を発言する。


「だ、だって……。いつも無愛想で、お礼の一言も言わなさそうな、冷血漢のお兄さんが……」


「お前は俺を何だと思ってるんだ……?」


 ルレイはジト目で少女を睨み付けた。

 彼女は誤魔化すように、顔を横へ向けながら、鳴らない口笛を吹く。

 そのままの状態で数秒、時が流れた。


「……いや」


 もう少し続くかと思われた二人の均衡は、意外にもルレイによって破られた。


「そう思われても仕方ない、か……」


 ルレイは静かに、息を吐いた。


 少し沈んだ声の呟きを拾った少女は、手をワタワタと慌てて振りながら、少年へ向き直る。


「えっ?! い、いや、違うよ?! 冗談だよ!?」


「いや、いいんだ」


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて……」


「ああ、分かってる」


「ほ、ほんとに?! 怒ってない?」


「ああ」


 少年とのやり取りは、少女を少しだけ安心させた。

 口は悪いが、穏やかなその表情は、彼女へと向いている。


 いつも通りだ。

 そう考えた少女は、しかし、そこに隠れるわずかな違和感を感じた。

 彼の目は、少女を見ているようで、何か別のことを考えているかのように、ぼんやりとしている。


 それは、まるで。


「……寂しいの?」


「……は?」


「そういう顔してるよ、お兄さん」


「……どういう顔だよ、それは」


「女の子に振られでもした?」


「……アホか」


 ルレイは一瞬だけ咳き込みそうになった。

 何でそんな話になる。


 しかし、いやいやまてまて、と。

 そもそも、先程のあれは、そういった類いの話ではないし。

 しかも、それを言うなら、むしろ。


「……俺が振ってやったようなもんだよ」

 

 そんなことはなかったと、否定すればいいだけの状況。

 しかしなぜか、ルレイは意地になって、声に出していた。

 口を滑らせてしまったと、直後にハッとし、彼は急いで訂正しようとするが。


 しかし、ルレイの息継ぐ間もなく、少女は質問を続けた。


「付き合ってって、告白されたの?」


「……そんな感じだ」


「何で断ったの?」


「何で、って……」


 すっかり否定出来ず、少女の話のペースに乗ってしまったルレイ。

 変なところで生真面目な彼は、話をすり替えてしまったことに自分でも気づかず。

 ふと、エリスの望みを思い出し、理由を自問自答した。


 断った理由。

 エリスの頼みを断った、その理由。


 彼女の言葉が、似ていたから。


 自分は絶対に、そんなことはしないと。

 心に決めたから。

 それを、真っ向から覆されてしまうと思ったから。

 でも、それを出来るなら自分だって。

 

 だけど。

 小さな頃に、大好きだったあの人が、いなくなったから。


「何で、だ……?」


「……」


「何で、俺たちを、守ったんだ……」


「……」


「俺たちが、大切だから、って。それで、自分が死んでどうするんだ……」


「……」


「死んじまったら、意味がないだろ……」


「……似てるね、お兄さん。似てる」


「……似て、る……?」


「うん、似てる。小さい頃のわたしに」


「小さい、頃の……」


「うん。おかあさんがいなくて、寂しがって泣いていた、小さい頃のわたしに」


「……悪い」


「ううん。いいの」


「……母親は……」


「わたしを産んだときにしんじゃったって」


「……」


「物心ついた時、おかあさんがいないことに、どうしても耐えられなくなっちゃって。悲しくなっちゃって。気づいたら、毎日ずっと泣いてた」


「……そっか」


「うん。お父さんに怒った。なんでうちにはおかあさんがいないの? 寂しいよ、って」


「……ああ」


「お父さんが教えてくれたの。おかあさんは、わたしを愛してる、って」


「……」


「わたしがお腹の中にいる時から、話してたって。わたしとあんなことをしたい、一緒にこんなことをしたい。いろんなことを教えてあげたい。そして……」


「……」


「たくさん愛してあげたい、って……」


 少女の頬をゆっくりと進む一滴の滴が、今のルレイには、とても尊く思えた。


「おかあさんがしんでも、それは変わらない、って。なぜなら、おかあさんは、わたしを必死になって産んでくれたから。それこそ、自分の命を使い果たしてまで……」


 少女はそれから、ニコッと頬を上げ、滴の流れを少しだけ変える。

 ルレイは、自分の中にある形容しがたいわだかまりが、わずかに柔らかくなるのを感じた。


「わたしが生きているのが、証だから。おかあさんがわたしを、愛してるっていう。だから、寂しくなんてないんだ。しんだら、それで終わりだなんて、意味がないだなんて。そんなのは寂しいでしょ?」


 少女は言い聞かせる。

 それはルレイと。


「……お兄さん、寂しいの?」


「……いや、そこまでではない」


「そ。良かった」


 いつの間にか、少女の目から流れるものがなくなっている。

 ルレイはなぜか、それを少しだけ残念に思った。

 彼の目も、先程より乾いていた。


「さっきの話、内緒だからね? でないと、お兄さんが寂しくて泣きそうな顔をしてたって、宿のお客さんにバラしちゃうんだから」


「……アホか」


 ルレイはいつも通り、顔を渋めながら減らず口を叩いた。

 それを聞き、少女はうんうん頷き。


「うんうん。やっぱりお兄さんはそうでないと。あ、それから……」


「何だ?」


「とっても強い人だっだんだね」


「……なんで、そう思う?」


「だって、お兄さんをそんなに悩ませて、それでもお兄さんを必死に導こうとしているから」


 何のことか分からず、ルレイは首を傾げた。

 フフッと少女は嬉しそうに笑い。


「夢の中で、わたしに聞いておいて!」


 それを聞き、ルレイの疑問は、ますます深まるばかりなのだった。

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