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プロローグ

「孤児院のみんなは好き? ーーー」


「……うん。すきだよ、シスター。」


 シスターのことも。


「そう、良かった。私も好きよ。みんなのことが」


 シスターと呼ばれた女性は、幼い子どもの返答を聞くと、その優しげな目を細め、はにかみながら続けた。


「いい、ーーー? よく聞いて」


「……うん」


「人は一人では生きていけないの。あなたが着ている洋服も、今日の朝に食べた食べ物も、顔も知らない誰かが、誰かを思って、誰かのために一生懸命作ったものなの」


「うん」


「あなたは孤児院のみんなが好きだと言ったわ。それはとても素敵なこと。だから、一人ではなくみんなで生きていくの」


「わかった」


 幼い子供はその胸のうちに、小さな体には見合わないほどの、大きな決意を宿す。


「他の誰かを想って、守って、助けて。そうしてあげたいと思えるくらい、自分にとって大切だと想う人が多ければ多いほど、人は強くなれるのよ」


「うん、わかった」


「忘れないでね? 約束よ」


 シスターと子供は指を結び、微笑みあいながら少しの間そうしていた。


 決して戻ることの出来ない、優しく穏やかに流れていた時間は、いつか戒めのように子どもの胸へと突き刺さる。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 燃えている。

 花が、布が、建物が。

 辺り一面を濃い朱色に染め上げていた。


 子どもが数人倒れている。

 その中で唯一人、大事な者を守るために立ち上がろうと、もがく幼子がいた。

 細い腕に力を込め、懸命に身を起こそうとしている。

 その身体は、朱の中に混ざる真っ黒な気体によって、煤だらけとなっていた。


 彼の目の前では二人の人物が、静かに向かい合っていた。


 一人は幼子たちを守るように。


 もう一人は、彼女を責めるかのように。


「弱くなったものだ……。お前も、俺も」


 バチバチ煙る音が周りで鳴る中でも、不思議と通る声で男は呟いた。

 それは自戒のようにも聞こえた。


「……確かにあなたは弱くなったわ。でも、私は違う」


 足元と手元まで覆い隠すシスター服に身を包んだ女性は、男の声を否定した。


 髪は乱れ、息も絶え絶えの彼女だが、その目には気高い意志を秘めた力強さがあった。


「……こんな状況で出る言葉がそれか」


 男は苦笑いすると、腰の剣に手をかける。

 その手は一瞬、躊躇するかのように止まりかけた。

 しかし、やがては鞘から一息に鋭い刀身を晒す。

 剣先は少し震えていた。


 女性は手を広げる。

 後ろの子どもたちを、何者からも守ろうとするかのように。


「震えているわ」


「……そうだな」


「それでも、あなたはきっと、私を殺すでしょう」


「ああ」


「一つ予言してもいいかしら?」


「お好きなように」


 男は手に力を込め、彼女のもとへ飛び込んだ。

 剣は貫通した。

 彼女はそれでも、にこっと笑う。


「……あな……たは、子ど……もたち……を……」


 血が器官に詰まり、口から飛び出した。


「……殺せ……ない、わ」


 飛び出した血は一筋だけ、男の目元へはり付いた。

 それはまるで涙のように、男の頬を伝っていく。


「……前言を撤回するよ」


 無表情で剣を引き抜いた男は、うつ向けに倒れていく女性を視線で追った。

 そして、彼を凄惨な形相で睨む幼子へ、ゆっくりと目を合わせ、そっと呟く。


「……お前は確かに俺なぞよりも、よっぽど強かったようだ」


「ううぁぁぁァァぁーー!!?!?!」


 甲高い叫び声を上げながら立ち上がった幼子から、男は背を向ける。

 まるで、逃げるかのように。

 男を追いかけようとした幼子は、足をもつれさせ転んでしまう。


 顔だけ上げた幼子が、最後に目にした光景は、赤い滴を瞳から垂らしながら真っ赤に燃える瓦礫の山へ、消えていく男の背中だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ッ?!」


 天井の軋む音さえ聞こえてきそうな、安宿の寝床。

 その上で勢いよく身体を起こしたのは、十代半ばを越えた少年だった。


 何時にも増して激しさを覚えた動悸。

 それを落ち着けるかのように、少年は胸の辺りに手を当てる。


 始めは早鐘のごとくなっていた心臓も、やがて手の温さに安堵した。


「……ハァハァ」


 ひどく汗をかいた額を、腕の裾でぬぐいながら、少年は短く息を整える。


「……久しぶりだな、あの夢を見たのは」


 いつもより、一も二も低いトーンの声だ。

 端的に言うと、少年はものすごく不機嫌になっていた。


「……ハァ、胸糞が悪い」


 悪し様に吐き捨てて、彼は仕事へ向かう準備に取り掛かる。

 決して詰まることなく、こなれたはずの作業も、今だけは初心の頃に戻ってしまったかのように、手が重く遅々として進まなかった。


「……嫌な予感しかしない」


 彼のぼやきは妙に、現実味を伴っている。


「……何が、強くなれる、だ。ふざけんな」


 それは、もう会えない誰かと、幼いころの自分を戒めるかのような響きを持つ。

 憂鬱になる心を意志の力でねじ伏せて、彼は自身の仮そめの部屋を出た。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「もんなしのお兄さーん」


 階段を降りて、宿の食堂へと向かった彼を向かえたのは、自分よりも少し年下の少女だった。

 幼さを表すかのように、そばかすの少し残った彼女の顔は、それでもパーツパーツが整っており、素朴な可憐さを持っている。


 彼女は自分のもとまで来ると一言、小声で呟いた。


「夕べはお楽しみでしたね」


 純朴さを台無しにするようなニヤつき顔と台詞だった。

 早朝のため、まだ誰もいない食堂にも関わらず、声を聞かれないように辺りを気にする素振りまで見せるおまけ付きだ。


「……アホか」


 朝からよくそんな元気な声が出せるもんだと、鬱陶しく思いながら少年は吐き捨てる。

 どっからそんな言葉を覚えてくるんだかと、ぼやきながら彼は歩く。


「むむ。あほとは何よ、あほとは」


 少女は冗談混じりに眉を吊り上げながら、腕を組んだ。

 彼女の懐の深さを表すかのように豊かなかたまりが、柔らかそうに自在に形を変える。

 少年はそっと目を逸らした。


「……宿がボロすぎて、軋む音でも出たんだろ」


 お楽しむような出来事は、断じてない。


「なるほど。それは言えてるわ。でもでも! 本当に女の人を内緒で連れ込んだわけではないのね?」


「んなこと、するか」


 話題を変えようと宿のボロさを貶したのだが、それをあっさり肯定されてしまい、彼は少々、ばつが悪くなった。

 だから、少年の返答を聞き、嬉しそうに良かったと囁くように呟いた少女の声は、彼の耳に届かない。


「……大体、この街で俺に近づいてくるような女はいない」


「そ、そんなことは……。あるわねえ」


「傷つくな、おい」


「だってあなたの評判、よくないもの」


 少女の父親がいるカウンターまで、二人は他愛もない会話をしながら、並んで歩いていった。

 二人の様子を見た宿の親父が、出会い頭に一言。


「夕べはお楽しみだったようだな」


「……親子揃ってアホか」


 あんたが教えたのかよ、と少年は内心ツッコミを入れた。


「うちの娘はやらんぞ」


「いらん」


「欲しれけば俺の屍を越えていくんだな」


「話聞けよ」


「ええ?! いらないの?!」


「……めんどくさいから話を混ぜっ返すんじゃねえよ」


 一通り朝のコミュニケーション(?)を終えた少年は、親父から朝食を受けとり、一番近くの席に座った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 安いボロ宿の癖に、飯だけは相変わらず旨いもんだと。

 育ち盛りの少年は、今日も今日とて、いつも通りの感想を思い浮かべながら、あっという間に朝食を食べ終えた。


 顔を上げた彼の視界には、食堂に足を運ぶ他の客がチラホラと入り始めている。


 それを横目に食器を親父へ返却すると、そのまま少年は宿を出る。

 出掛けに少女の声が背中に投げられたが、手を上げて反応するだけだった。


 表へ出て、少年が向かう先は彼の仕事場、正確には仕事を探すための建物だ。


 冒険者ギルド。

 どんなに小さな町でも、かならず支部が存在する、世界規模の組織である。


 冒険者ギルドの役割は何でも屋だ。

 あらゆる場所の人々や組織から、毎日のように依頼が集まる。

 内容は、フィールドの魔物討伐からペットの散歩、はては家の雑事までと、何でも屋という言葉に恥じないものだった。


 冒険者ギルドは、そこ自体で働く職員以外、九割九分が冒険者と呼ばれる者で構成されており。

 彼らが様々な依頼をこなすことによって、冒険者ギルドの運営は成り立っている。


 冒険者になるためには、ギルドが課す試験に合格し、ギルド員となる必要がある。

 試験とは言っても非常に簡単なものとなっており、ほぼほぼ冒険者として認められるのが常識だった。

 多種多様な依頼が日々舞い込んでくるギルドでは、それに対応できるだけの様々な能力を持つ人材が求められているという訳だ。

 故に、基本的には来るもの拒まずの姿勢を持っている。


 そんな来るもの拒まずな冒険者ギルドなのだが。

 悲しいかな、何事にも例外が存在するのだった。

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