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秘密の暴露

 ……ぐうの音も出ない正論で、完膚なきまでにフラれた。


 あの夜以来、心に深刻なダメージを負ったオレは海底洞窟の隠れ家で、サフィリアを想っては身悶え、死にかけの魚のように地べたを這いつくばる日々を送っていた。まさに、どん底。



「あんな……今にも泣きそうな笑顔で、キスまでされて諦められるかよ……」


 サフィリアの唇が触れたおでこを指でなぞる。

 別れ話の最中、彼女が目を閉じたのは……嘘をついたのは一回だけ。

 オレを愛してるという言葉に偽りはないし、最後に目があった時、真紅の瞳には確かな熱が宿っていた。


 フラれた理由はオレの自業自得とサフィリアのトラウマの合わせ技だが、彼女にはまだ何か秘密がある気がしてならない。



 いつまでもヘコんでいたってダメだ。

 彼女との日常、かけがえのない時間を取り戻すために行動しなければ。


 オレは全身の砂を払って立ち上がると、洞窟の中央、サフィリアと出会ってから設置した大型の水盤を覗きこむ。


「水鏡よ水鏡、世界で一番愛おしい姫を映し出しておくれ」


 オレの鱗を沈めた水盤と離宮の大鏡は常に繋がっていて、呼びかければすぐにでも部屋の映像が浮かび上がる仕組みになっている。

 しかし銀の水面は突如輝きを失い、黒く染まってしまった。


 なにこれ、故障? いや、人間のマジックアイテムじゃあるまいし。

 

 ……まさかと思って指を入れると、水面で押し返される。

 鏡自体が何か固い物で塞がれ、物理的に遮断されているんだ。

 他ならぬ、サフィリアの手によって。



 

 …………別れを告げられた時、無理矢理連れ去っておけばよかったかなぁ?



 

 大鏡からサフィリアを引きずりこみ、逃げられないように閉じこめてしまえばいい。

 そしたら朝も昼も夜もずっと一緒にいられるね?

 想像の中で嫌がる彼女に泣きながら抵抗されて、オレは我に返る。



 好きなことに打ちこむ姿、妹思いのサフィリアを愛したのに。

 あからさまな拒絶に思わず闇墜ちしかけてしまった。


 大丈夫、オレは冷静だ。

 妙に生々しい背徳的な妄想を振り払い、力尽くで水面を押すと、指一本がやっと通るくらいのわずかな隙間ができる。




 ……取り付く島もなかったサフィリア。

 その顔はかたくなで、痛々しくて。

 望まないだろうけど、キミを苦しめる全てのものから守りたいと思ったんだ。


 オレは一匹の蛇を召喚して、隙間から差しこむ一筋の光の中に解き放った。

 




 

 にょろりと身を乗り出して、長い首で周囲を探る。

 大鏡は画布らしき物で目張りした上に板を打ちつけ、立てかけたテーブルに分厚い本、重そうな物を片っ端から積んで形成したバリケードで封鎖されていた。


 この、本気の仕事ぶり。

 力業で押し通ることはできるだろうが、軽蔑されるのは目に見えている。

 いや、蛇を使っての覗き行為(ストーカー)がバレてもアウトだろうけど。


 気を取り直してサフィリアを探すが、いつものソファにはいないな。

 別れ話を切り出されたバルコニーか?

 描きかけのキャンバスや画材はあるのに、肝心の彼女がいない。


 離宮の部屋数は多くても、彼女のプライベートスペースは限られているからすぐ見つけられるはず。

 そろそろ使用人もいなくなる時間帯だと高をくくると、オレは堂々と部屋を突っ切ってギャラリーへ向かい──愕然とする。




 サフィリアが、胸を押さえてうずくまっている…………!?




 オレは居ても立っても居られずに、速攻でバリケードを突き破って駆けつけた。



「サフィリア、大丈夫かっ!?」


 こぼれたミルクのように床に広がっていた髪が、びくりと震えた。

 血の気の引いた真っ白な顔で、サフィリアはオレを見上げる。

 見開いた瞳に浮かぶのは、驚愕と悲哀、そして絶望……。


「……なんでいるのよ……? あなたにだけは見られたくなかったのに!」

「今、使用人を呼び戻すから! いや、鏡を通って病院に行った方が早いか」


 取り乱すサフィリアをなだめすかして抱き上げようとするが、手を振り払われる。


「何もしなくていい! 慣れてるから、すぐに収まる……お願いだから帰って!!」


 ということは、いつも一人でこの苦しみに耐えていたんだね?



 いつだってオレは、サフィリアの願いを叶えてきた。

 それは初めて見つけた大切な人に喜んでほしかったし、傷つけたくないと思ったから。

 ……裏を返せば失望されたくないし、自分が傷つきたくなかっただけだ。


 嫌われるのを恐れて、別れを告げられた時でさえ尻尾を巻いてすごすご逃げ帰ったさ。


 でもな。



「こんな状態のキミを置いて行けるかよ!!」


 サフィリアを横抱きにすると、すぐさま寝室に搬送する。

 ベッドに寝かせて、苦しそうなドレスの胸元をゆるめた。

 彼女はしきりに、やめて、見ないで、と繰り返しているが聞くもんか。


 オレはサフィリアの背を支え、手を握り続けた。

 その内、観念したのか彼女は絞り出すような声で懇願する。


「…………お願い。何を見ても、私のことを嫌悪しないで」

「見くびるな。何があろうが、オレはキミを嫌ったりしない!!」


 この一言が切っ掛けになったのか、サフィリアは意識を失った。

 大きな胸が激しく上下して、乱れた心臓の鼓動がオレの腕にまで伝わってくる。



 どくんと。

 一際大きく心臓が弾んだ瞬間。 

 サフィリアの露わになった胸から、渦を巻く黒いもやが噴出した。


「……なにが起こっている?」


 呪いや瘴気といった穢れ、人に害をなすものではない。

 もっと格調高い、純粋な“闇”の発現にオレは目を奪われる。


 この状態になって苦しみから解放されたのか、サフィリアの表情は穏やかになり、青白かった頬は上気する。

 活性化した闇が柔肌を這い回る度に、花びらのような唇から悩ましい吐息が漏れた。


────ああ、なんて妖しくも美しい姿なんだろう。

 

 普段の白い清浄な魔力に包まれた彼女は、例えるなら気品あふれる本真珠だ。

 そして高貴な黒、闇を纏わせた状態のサフィリアは、妖艶な輝きの黒真珠というべきか。

 どちらにも、抗い難い魅力がある。


 しかし、何百年と生きたオレでさえ初めて見る現象だ。

 狭い世界しか知らない島の住人には、この闇は異様に感じたに違いない。

 サフィリアの尋常ではない怯え方を思い出し、オレは届かないとわかっていても囁かずにはいられなかった。


「嫌いになんかなれないよ。キミはどんな時でも美しい」 

 

 昏々(こんこん)と死んだように眠り続けるサフィリアに、覆いかぶさってキスをする。

 口を介して、弱った体に生気を注ぐために。


 もう、一人で苦しまないでくれ……。

 靄が収束して彼女が目覚めるまで、オレは祈り続けた。





「隠しきれなくなったから別れたのに……。どうしてあのまま綺麗に終わらせてくれなかったの?」


 枕に突っ伏して落ちこむサフィリアの姿は、失恋で地べたを這いずる、さっきまでのオレのよう。まさに、どん底。

 すっかり闇は晴れたのに、別の意味で影を背負っている。


「全然綺麗に終わってないから。オレは未練たらたらだからね? ……もう知ってしまったんだ。全て話してくれるだろ?」


 すこし逡巡しゅんじゅんしたあと、彼女は重い口を開く。


アレ(・・)が初めて発生したのは、私の十三歳の誕生日だった。もともと心臓が弱かったけど、大きな発作を起こして倒れた時に、今と同じことがあったらしいわ」


 強い眠気を伴うため、サフィリアはあの闇を直接見たことがないそうだ。


「やれ悪魔憑きだの魔女だの、アレは禍々しいものに違いない、母親の血のせいだと散々責められて、私は王位継承権を剥奪、離宮暮らしを強いられた。

 王家の体面を保つための、都合よく改ざんされた情報うわさを流されて、皆それを信じたわ。

 ……使用人たちが影で私のことをなんて呼んでるか知ってる? 『忘れられた王女』よ。とても、みじめだった……」


 “忘れないで”と、サフィリアの声なき叫びが聞こえるようだ。

 ────忘れられていく悲しみを、オレは誰よりも知っている。

 オレたちは同じ思いを抱えていたからこそ共鳴して、大鏡に導かれるように出会ったんだ。



「あの闇は悪しきものではないよ。オレが居る限り、悪魔──魔族はこの島には入れないから悪魔憑きなんてあり得ない」


 試しに浄化の光を当ててみたけど、通じなかったしね。


「そもそも、オレの正体は蛇だ。頭なんか二つあるし。それに比べたら靄なんて全然大したことなくない?」


 サフィリアは上半身を起こすと、潤んだ目でオレを睨む。


「下手な慰めはやめて。あなたと私は違うわ。……あなたは蛇になっても格好いいもの。頭が二つあるなんて神々しいだけじゃない!」

「急にデレたっ!」


 自惚れてもいいよね?

 思っていたよりも彼女はオレのことを好きみたいだ。


「デレてないわ。本当のことを言っただけよ!」

「いや、でも、オレにだけは見られたくなかったんだよね?」

「うっ……」

「オレに嫌われたくないんだと解釈したけど、違う?」

「……違うもん」


 顔を真っ赤にして唇を尖らせたサフィリアの破壊力がヤバい。

 ギュッと目を閉じて言ってもねぇ。



「なあ、サフィリア。オレはフラれてもやっぱりキミが好きだ。白くても黒くても真珠は真珠、あの闇だって障害にはならない。改めて、オレと付き合わないか?」

「だから、無理なのよ……。大きな発作を起こしたって言ったでしょう。その時に母と同じ、心臓の病を患っているのが発覚したの」


 伏せられた瞳から光が消える。

 感情のこもらない淡々とした声音は、彼女なりの自己防衛だろうか。


「あなたは一生懸命に生きる私が好きだと言ったわね。それは、燃え尽きる寸前のロウソクの、一瞬の輝きでしかないわ。私の心臓は日に日に弱っていて、あと半年、いえ、五カ月も保たない。……出会った段階で、私はすでに余命を宣告されていたのよ」




 最後の秘密は、残酷な真実だった。

 サフィリア、キミと二人で歩む未来はどうあっても訪れないのか?




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