めくるめく愛欲の日々(?)
流れ星は真夜中に貢ぎ物を持って離宮を訪れ、朝日が昇る前に帰っていく。
いつ現れるかは彼の気まぐれ次第、七日に一度の時もあれば三日続けて足を運ぶこともあった。
プレゼントは毎回違うものが用意されている。
豪華な花束に流行りの香水、普段使いのアクセサリー、それに珍しいお菓子が多いわね。
ねだればどんなに小さな希望も叶えてくれて、面白い話もたくさん知っている。
マメだし、彼氏としては理想的なのかもしれない。
私は次第に流れ星との逢瀬を心待ちにするようになっていた。
「今夜はショコラを持ってきたよ。どう、食べさせてあげようか?」
キャンドルの明かりで照らされた部屋。
彼は整った顔にショコラのように甘い笑みを浮かべて、真っ赤な薔薇の花束と上等な木の箱を差し出してきた。
宝石のように並べられた、赤い砂糖でコーティングした薔薇のショコラは、ふんわり金箔が乗せられていてとても綺麗。
王宮にいた頃でもお目にかかったことはないので、多分輸入品ね。絶対お高い……。
「そうね。お言葉に甘えようかしら」
イチャイチャしながらショコラを食べさせてもらう。
親密な関係じゃないとできないシチュエーション、『あーん』というやつだ。
一つのソファで寄り添うなんてはしたないけど、どうせ咎める人は誰もいないもの。
「……ん」
ショコラのほろ苦さに、たっぷりの蒸留酒の風味、トドメに強い薔薇の香りが口いっぱいに広がる。
マズ……いえ、高級なお味だわ。
はっきり言って、場末の王女には格式が高過ぎる。
「キミには刺激が強すぎたかな?」
顔に出してないつもりだったのに、見透かされた。
何気ない動作であごを持ち上げられてそのままキス、口の中から芳香と苦みが消える。
……私、初めてのキスなんだけど、すごく自然な動作で奪われてしまった。
「ふふっ、ちょっと大人の味過ぎたみたい。ねぇ流れ星、私は砂糖菓子や甘酸っぱい果物の方が好みなの。次はりんごがほしいな」
平静を装って流れ星の肩にしな垂れかかると、腰に手を回されて、たくましい胸の中へ抱き寄せられた。
彼のぬくもりと、前とは違う香水の香りに包まれる。
相変わらず他の彼女はころころ変わっているらしい。退廃的ねぇ……。
「可愛い真珠姫、今度はキミの瞳のように真っ赤なりんごを用意するよ」
「嬉しいわ、ありがとう」
そうだ、“真っ赤な”で思い出したけど、使用人に見つかる前にもらった薔薇を証拠隠滅しておかないと。
もったいないし、ついでに今度から花はやめてもらおうかしら? ……なんて甘さのカケラもないことを考えていたら、もう一度キスされた。
今度は余裕を持って受け入れられたと思う。
妹おすすめの恋愛小説で勉強してるけど、リアルの恋愛って難しいわ……。
次の夜、流れ星は約束通り籠いっぱいのりんごを持ってきてくれた。
(┴)(┴)(┴)
めくるめく愛欲の日々を送る私たち。
あれから幾つの夜を流れ星と過ごしたかしら?
「キミはいつも同じ真珠の髪飾りを付けているね」
新しいのをプレゼントしようかと、私の髪に口づけながら囁く流れ星。いろんな意味でくすぐったい。
「いいの。これを気に入ってるから」
適当に誤魔化して、私はそっと目を閉じた。
変わり映えしないと思われるでしょうけど、この髪飾りを替える気も外すつもりもないの。
“百合の咲く三日月”──王家の紋章を模ったものだから。
王宮を出される際にティアラは返上したから、私にとって王家と繋がる唯一のよすがなのよ。
『忘れられた王女』の最後の誇りと言ってもいい。
……こんな恋愛ゲームに現を抜かしておいて、なにが王女のプライドだ、と鼻で嗤われそうだけど。
「オレが贈ったアクセサリーも全然つけてないみたいだし?」
もしかして気にしてたの? それは悪いことをしたわね……。
定位置になったソファの上、彼の腕の中で反省する。
流れ星はふてくされたように、私の長い髪をくるくる指に巻いていた。
拗ねていても、見惚れるような美形だわ……。
「あら、ごめんなさい。アクセサリー類は使うのがもったいなくて、全部大切にしまっているわ」
これは本当。以前もらったショコラの箱に保管して、たまに取り出しては鑑賞している。
「創作意欲が湧くし、綺麗なアクセサリーを見るのは好きよ? 繊細な白金の糸に小さな涙型のルビーを連ねたネックレスなんて、ため息が出るほど美しかった。
流れ星はセンスがいいのよね。どれもこれも職人の熟練の技術が光る一品で……ぶっちゃけ、汚しそうで怖くて身に付けられないのよ」
普段使いのアクセサリーなのに、大ぶりな物はないのに、それでも一級品ばかり。
あなたの資金源と経済感覚は一体どうなってるの、と思わず問いただしたくなった。
「私がパーティーに呼ばれることはないし、どんなに着飾っても見せるのは流れ星だけだから、これ以上アクセサリーは贈らなくていいわ。
物より思い出、この間のりんごみたいに美味しいものを二人で食べる方が私は嬉しいな」
いつもお金を使わせるのは悪いからと、つい白状した私の本音に、しばらく彼は目を丸くして考えこんでいた。
「……一緒に遠出したり、食事にでも行けたらいいのだけど、私の体が弱いせいでままならないものね」
もう何年も離宮の外に出ていない。
私が悲しげにうつむくと、流れ星はそんなことない、と笑って頭を撫でてくれる。
「キミが欲しがるのはりんごや甘い砂糖菓子とか、消えてしまうものばかりだから、オレとしては形に残る物も望んでほしかっただけだよ。
愛らしい真珠姫、キミと過ごす夜は楽しい。もっと、わがままを言っていいんだ。遠慮なくオレに甘えてくれ」
実は、たまに派遣される宮廷医師がケチって処方してくれない薬や、画材や嗜好品の類は妹たちが差し入れてくれてるの。
どうせだから、妹には頼みにくかったものをお願いしようかな。
「そう? じゃあ遠慮なく────」
なんだか悪女みたいね、と内心自虐しながら、私はずっとほしかったものを彼に告げた。