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二人の結末は

本日二話目です。

 震え泣くカイルーを、今度はワタシが慰める……。

 パールごと包みこむようにして、頭を垂れたあなたの髪を撫でた。


 ……ずっと辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい……。


 ……愛しさと申し訳なさに思いを馳せていると、サクッと砂を踏む音が響いて、ワタシもカイルーも我に返った。

 

「そろそろいいかな?」


 ちゃんと待ってくれるあたりは律儀よね……。


「守護神獣さん。まず先に、名乗らない無礼を許してほしい。悪魔に呪われないよう、旧家の嫡男は十五になるまで家族以外には真名を隠す決まりなんだ。僕のことは公子とでも呼んでくれ」

「わかった。オレはカイルーでいい」


 警戒しているのか、カイルーは口数少なく応じた……。

 ……それに、嘘ではないけど公子は本名にコンプレックスがあるから廃れた風習を利用してるだけなのよね。

 公子の護衛を務める霊によると、彼の本名は…………。


「そうそう、これだけは伝えておかないと! 一応彼女、君に会おうと努力はしてたんだよ。僕に同行して双子島に訪れる度、夜の間は可能な限りこの三日月の島で過ごしていた。へったくそな歌を歌いながらね。臆病なりに彼女も頑張ってたんじゃない?」


 おもむろになんてことを暴露するのよ……! 言うつもりなんてなかったのに!


「絶対自分からは言わないと思って。僕なりの善意だよ♪」


 ……まるでワタシの心を見透かしたみたい。本当に恐ろしい人……。


「そうだったのか。全部終わらせてから会いに逝くつもりで、オレはここに来ることを避けてた。なにもかもすれ違っていたんだな……」

「えっ……」


 ……後追いを示唆するようなカイルーの呟きに思わず反応してしまう。

 もう少しで取り返しのつかないことになっていたと知って、背筋が寒くなったわ……。


「礼を言わせてくれ。サフィリアを助けてくれてありがとう。公子のおかげで、またサフィリアに会えた。こうして娘を抱くこともできた。本当に、ありがとう……」 


 言いながらカイルーはまた泣いていた。すっかり涙脆くなったわね……。


「僕はもつれた糸をほどいただけさ。不器用な恋人同士を最高のタイミングで引きあわせる手伝いをしただけ。

 ……サフィリア姫が失踪した次の夜に、本名も事情も話そうとしない訳ありの妊婦を保護して、病院を紹介したり安心して子どもを産める環境を整えたりもしたけど」


「……名を聞かれ、とっさに黒百合ブラックサレナから取った偽名、サレナを名乗ったの……。事情を話せる訳もなく、だんまりを決めこむワタシを保護してくれてことに感謝して、能力を磨き、公子の元で死霊術士として仕事に従事していた……」


 マダムに護衛に死霊の兵隊。

 道半ばに斃れ、未練を残した霊と常に優秀な人材を求める公子……結果的にウィンウィンが成立したわ。

 彼、人も死霊も差別しないし、使いどころが上手いのよ……。


「まあ、あとは知ってると思うけど。サンドラ姫にマダムを紹介したり、ルビーナの背中を押したり、サフィリア姫の死に様を鏡に映したり、それとなくルビーナを船に連れて行って姉と再会させたり、さっきの復讐の場では円滑に話が進むよう補助サポートもしたなぁ。

 エスメル姫を追い詰めた局面で、間一髪で通信アイテムを駆使して彼女の声を響かせたのは機転が利いてただろ?」

「アレもお前か!?」

「ちなみに、こっそり隠し持ってたハンマーで菓子器を砕いたのも僕だ。我ながらファインプレーだよね。そうそう、罪を認めたエスメル姫にも公平に、サフィリア姫が生きてることを耳打ちして罰を軽減するかも提案したよ。断られたけど」


 想像以上の暗躍ぶりにカイルーが頭を抱えている……。

 ……箱を見つけてもらうため、ほんの数日前にワタシは素性を打ち明けた。そこから即興で策を練ったとは到底思えないもの。


 それにエスメルのことはワタシも初耳だわ……。

 ……恩人だけど、公子にはいつも複雑な気持ちにさせられるのよ。……でもね。

 

「おいおい、なにもかもお見通しかよ? 全てお前の手のひらの上じゃねーか。感謝はしてるけど、なんかこう、モヤモヤする……」

「はは、感謝なんていらないってば。モヤモヤして当然だよね。僕は目的があって行動してるんだから。巡り巡って自分のためなんだよ♪」


 あけすけに言って、胸を張る姿はいっそ清々しい……。

 不信感が頂点に達したのかワタシにパールを託すと、カイルーは鎌首をもたげて威嚇する蛇のように公子に立ちはだかった。


「お前の目的はなんだ? サフィリアたちに手を出すなら容赦はしない」

「僕の目的は君だよ?」

「オレかよ!?」

「一連の行動を見てわかると思うけど、僕は人よりもよくえる目を持っているだけで万能じゃない。……守りたいのに、守れなかった人だっている。僕の能力はサポート向きで、直接誰かを救う力はないんだ。だからこそ、補える仲間がほしいのさ」


 一瞬だけ陰りを見せたあと、ここぞとばかりに公子は笑顔を浮かべた……。

 胡散臭さここに極まれり、とても公子らしい真っ黒な笑みよ……。


「守護神獣をやめたなら、カイルー、僕の所で働かないか? 福利厚生のしっかりしたアットホームな職場だよ!」

「ブラック企業の常套句じゃねーか!?」


 逆に怪しいわ! とカイルーは切り捨てる……。


「悪魔や侵略者から国を守るやり甲斐のある仕事です。経験者優遇、昇給制度あり」

「国防をバイト感覚で勧誘するなよ!?」

「今なら戸籍と親子三人で住める物件もサービスするよ。サフィリア姫と名実ともに夫婦になれるし、僕の国の医療は双子島よりも発展していて安心だ」

「それは……いいな」


 明らかにカイルーの心が揺らいだ……。

 軽妙なやり取りで、すでに息の合ったコンビネーションを発揮してるし、案外相性良さそうね。


「……サフィリアはいいのか?」

「……この姿じゃ島では暮らせないもの。パールの存在を隠し通すのも難しいわ。妹が王位を継いで、異能への偏見が薄まるまでは離れた方がいいでしょう。どこにいても故郷を想うことはできるから……」

「そっか」


「僕の国は大陸と地続きだけど、海にも面してる。なんなら、僕が購入しておいた小さな島の別荘を譲ってあげよう。そこでなら初夏にストロベリームーンが鑑賞できるよ」


 さらに公子が駄目押した。……というか誰にも言ったことないのに、二人の思い出まで全部把握されてる気がする……。

 動揺するワタシと難しい顔のカイルーを見て、うにゃあとパールが声をもらす。


「オレは、最愛の人すら守れなかった腑抜けだ。かつての力も失われている。国一つを覆う結界を張ることも、最早できないぞ?」


 思わず抱きしめたくなる、無力に耐えるような弱々しい声……。

 そんなカイルーを公子はあっけらかんと一笑に付したわ……。


「全然オーケー。全盛期の力を無くしながら、復讐に力を割きつつ、あの規模の島を一年以上守れてたじゃないか。それに最愛の人を守れなかったというけれど、パールの命を繋いだのはカイルー、間違いなく君の功績だ」

「……えっ」


 ワタシを含めた皆の視線がパールに集中する。

 腕の中の娘はあどけなくきゃっきゃっと笑っていた……。


「サフィリア姫のように死んで生き返る能力者はレアケースだけど、まれにいる。この能力については未だ研究中だが、中には産褥さんじょく死で能力が発現した女性の例もあって、それでも生き返られるのは母体か子どもの二者択一なんだよ。

 特にパールの場合は妊娠初期で、神獣の血を引いてるとはいえまだまだ未成熟な胎児状態、生き延びる目はなかった。──神の妙薬(黄金の果実)でもない限りね」


 パールは奇跡の子と言われていた……。

 毒や()の影響を受けていないか、妊娠中から調べてもらったけれど、健康そのもので……ワタシの体の弱さも心臓の病も受け継いでいなかったわ。


 ……カイルーが命をかけて持ってきてくれた、神の妙薬のおかげだったのね。


「最初は困惑したけど……妹に殺され、カイルーにも会えず、荒んでいたワタシの希望はお腹の中ですくすくと育つこの子だった……。パールの存在が、後ろ向きなワタシの心も救ってくれたのよ。

 あらためて言うわ。カイルー、パールを授けてくれて……ワタシたちを守ってくれてありがとう」


 愛しい子を独り占めしてしまってごめんなさい……。

 寄り添って耳元でそう告げると、カイルーはワタシたちを号泣しながら抱き寄せた。


「こんな、出来すぎた話、嘘みたいだ。夢じゃ、ねーよなっ?」

「情報を、真実を伝えるのも僕の役目。偽りなんてないさ。僕個人としても、見返りを求めず誰かのために命を懸けた人は、すべからく報われるべきだと思う」


 ……傲慢なまでに信念を貫く公子の目は澄んでいて、その目は真っ直ぐカイルーに向けられている。


「どっかの神と違って、公子が上司ならちゃんと働きを評価してくれそうだな……」

「嫌だなぁ。僕はまだ未熟な子どもだよ? 人を使うなんてとてもとても」


 驚きのあまりカイルーの涙が止まる。

 ……確かに公子はルビーナと同じ十二歳。子どもと言えば子どもよ?

 でも、これだけ立ち回っておいてどこが未熟なの……。

 開いた口のふさがらないワタシたちに、公子は年相応に笑って親指を立てた。


「部下なんていらない。ほしいのは互いを補える仲間だってば。だから僕らの関係は対等。そこは間違えないでよね♪」


 ……きっとこれが最後の決め手となって、カイルーは島を出る決意を固めたわ……。






 波を切り裂いて進む大型帆船の甲板……。

 月の光を浴びながら、彼の国に思いを馳せているのか、カイルーは遠くを見ていた……。


 一人ではない……。手首に小さな白い蛇が巻きついている。

 もう片方の手をかざすと、白蛇はカイルーの髪や鱗のような銀の光を放ち……夜の海に飛びこんでいった。

 神聖で、なんだか立ち入りがたい光景ね……。


「……カイルー」

「サフィリア! ああ、今はサレナだったな」

「二人きりの時はサフィリアでいいわよ……」


 ……嬉しそうなカイルーの隣に立つと、ちょうど蛇が波の間に消えるところだった。


「パールは連れてきてないのか?」

「……赤ん坊を夜中に連れ回すのはよくないだろって、公子が絵本を読んだあと、子守歌を歌いながら寝かしつけてくれてるわ」

「手厚いなぁ」

 

 パールはワタシが歌うと嫌そうなのに……公子の歌にはご機嫌になるのよ……。


「……なにをしてたの?」

「んー、眷族に力を分けてた。いきなり島から守りが消えたら混乱するし、最低限の魔族対策ぐらいしておかないと」


 いつだって優しくて、実は面倒見もいい……。そんなところにも惹かれたのよね……。

 愛しい彼の肩に頭を預ける。

 ……カイルーはワタシの左手を取ると、幸せそうに頬ずりしてきた。


「ふふふ、温かい。オレの大好きな魔法の手だ」

「……唐突に恥ずかしいことを言わないで」


 カイルーの目からこぼれた一粒の涙が、流れ星のように黒い腕を伝っていく。……ワタシはこの手が大っ嫌いだったのに。


「二度とすれ違わないように、オレたちはなんでも思ったことを素直に言うべきじゃないか?」

「……じゃあワタシも言わせてもらうけど。お願いだから金輪際、後追いなんて考えないでよ……?」


 ワタシが気になっていたことを突きつけると、カイルーは悲しむどころか……むしろ喜んでいた。


「後追いなんて、する必要がなくなった。霊の存在を教えてくれたのはキミじゃないか! 今後キミに先立たれても、肉体が無くなったとしても、魂だけになってもオレの傍にいてくれるよね。

 オレの方が先に死んだら、その時はサフィリアの守護霊になるから。

 もう、死が二人を分かつことはない。未来永劫ずっと一緒だよ……」


 ……愛が重い。激しく重い。

 だけどワタシも満更ではないの……。


「……チャラい思ってたのに。あなたがこんなに重くなるなんてね……」

「それをキミが言うか。オレだって初めて会った時は、簡単にゲームに乗ってくるなんてチョロいなーと思ってたよ。両想いになるまでが、いや、なっても、こんなに一筋縄でいかないとは……」

「あら、嫌なの……?」

「全然。オレはずっと、サフィリアに振り回されていたいんだ」


 ……カイルーはその場に跪いて、ワタシの左手にキスを落とす。


「サフィリア、これからもよろしくな。長い付き合いになるのは確定だ。向こうに着いたら結婚式も挙げないと」

「……ええ、カイルー。よろしくお願いね。ゲームはワタシの完敗よ。愛してるわ……」

「オレもだよ」

 

 ……恋愛ゲームから始まり、短い付き合いで終わると思った二人の関係は、三人になって、これからもずっと続いていくのね。


 ────こんな素敵なことはないわ。







  真珠姫のりんご~すれ違った二人の結末~ 完。



お読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m

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