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真珠姫はチョロい

 オレの名はカイルー。


 一見チャラいイケメンだけど、その正体は南国の双子島を守る守護神獣、双頭の大蛇である。

 念のため言っておくが、頭は二つあっても人格は一つだけだからね?


 片方の頭が人格を司り、人間たちを守り導き、もう片方は補助器官、全ての蛇を支配し統率する蛇の王として機能する。

 そんな特別なオレは“守護神獣”なんて仰々しく呼ばれているが、要は神族の使いパシリ、信仰心を得るための道具に過ぎない。



 海流を操り、悪しき存在から島を守るのはオレ。

 島の信仰の対象にして、手柄を総取りするのが直属の上司()

 ちなみにその上司の口癖は、《お前なんて代わりはいくらでもいる》だ。


 ……これでやる気を出せというのが無理な話じゃね?



 昔はまだよかった。

 ミリナッツでは豊富な魔石が採れ、ミリベルーはありとあらゆる果実が実るこの世の楽園だ。


 豊かな島の資源を狙う魔族や海賊から民を守るだけで信仰を集められたし、オレのことも島を守る存在として認識され、感謝されてた。

 社畜のように働いて、それで満足してたよ。



 しかし航海技術が進歩した現代、他国との交流が盛んになると、人間の興味は外の世界に向けられる。

 魔法やマジックアイテムなど便利な技術が広まって行くと、宗教なんてあっけなくすたれてお終いだ。


 人間はなんで目先のことしか考えないのかね?


 上司から無茶なノルマを課せられるのに信仰は集まらず、人間は守ってもらうのが当たり前だと、傲慢な考えを持つようになる。

 いつしか守護神獣は伝説の存在となり、オレは人間の記憶から消されてしまった。


 誰のおかげで平和な暮らしが送れると思ってるんだよ。

 まじめにやるのがアホらしくなるわ。

 …………やってらんねー。


 オレは憂さを晴らすように、見守っていただけの人間の営みに混じって遊ぶことを覚えた。


 人の姿になって、何も考えずにバカ騒ぎをするのは面白かったよ? 

 でも、すぐに飽きた。

 恋だ宴だと盛り上がって、その時は楽しいけど……酒の高揚も快楽も瞬く間に過ぎ去って、あとには何も残らない。


 彼女をたくさん作っては、とっかえひっかえ恋のゲームに興じるようになったのも、退屈で心を動かすものが何もなかったからだ。

 二つの島の繁華街を渡り歩き、疲れたら元の姿に戻って海に帰る。

 そんなただれた生活を、ここ百年ほど送って来たかな?

 

 そろそろこの暮らしにも飽きて、これから何をして遊ぼうか、ぼんやり考えていた頃……ちょうど一年ぐらい前だ。

 オレは決まった時間に姿を見せる少女の存在に気づいた。



 夜の海から見上げるバルコニー。

 遠目でもわかる美貌の少女は、憂い顔がとても色っぽく大人びている。

 弱々しいけど汚れ一つない純白の魔力を放出していて、地上に落ちた月、闇夜に輝く一粒の真珠のようだった。



 初めは今まで遊んできた女の子とは違うタイプの、清楚な容姿に興味を引かれたのだと思う。

 美しい少女の素性が気になり、遊び仲間や当時の彼女たちにそれとなく尋ねたら、ある噂を面白おかしく教えてくれた。


 少女の正体は王族。

 白百合とうたわれた美姫で優秀な後継者だったのに、病弱なせいで立場を放棄、離宮に引きこもった変わり者の『忘れられた王女』だという。

 なんとなく、親近感を覚える境遇じゃないか。


 だからだろうか、オレと繋がりのある鏡から彼女に呼びかけられた時、つい応じてしまった。

 


『鏡よ鏡よ鏡さん、この世で一番綺麗なものを映し出しておくれ』

 


 おどけた口調なのに、聞いていると切なくなる、何かに焦がれた響き。

 初めて聞く透き通った声は、なぜかオレを呼んでいる気がしたんだ。







 おお。遠くから垣間見た時よりも、ずっと美人だ!


 ハンマーを防ぐ名目で触れたけど、きめ細かい肌は極上のシルクもかくやのすべらかさ、まさに白百合のようにしなやかな手である。


 驚きに見開いた瞳は熟れたりんごのように赤く、大きな目を縁取る睫毛まつげや緩やかに波打つ髪は、蜂蜜をたっぷり溶かしたミルクの色。

 質素な薄手の淡いブルーのドレスが豊かな胸と細い腰、魅惑的なボディラインを強調していて、あまり肌を出していないのに逆にエロい。


 なんておいしそうな美少女だと、オレは心の中で舌なめずりをする。是非、お近づきになりたいね。



「一目で気に入ったよ。どう、オレの彼女ハニーの一人にならない?」

「彼女の一人?」


 戸惑う少女に畳みかけるように、恋愛ゲームを持ちかける。


「警戒しなくていいよ? 無理強いはしないし。重くない、割り切った関係で付き合おうよってこと。

 深く考えないでさ、遊び……ゲームだと思って。そう、恋愛ゲーム」

「ゲーム?」


「プレゼント持ってたまに遊びにくるからさ、恋人みたいにデートしたりおしゃべりしよう。

 欲しいものは宝石でもなんでも好きなものをあげるし、どこにでも連れて行く。二人きりの時はキミしか見ないし、甘い言葉だって囁いてあげる。オレはどんなわがままだって叶えてみせるよ」


「ただし、『私だけを愛して』って束縛するのはなし! オレほどの男が一人に縛られるなんてもったいないからね。結婚なんてもっての外。恋人ゴッコって言い換えてもいいな。やることはやるけど」


 初心うぶな少女に何を言ってるんだと思われるかもしれないが、キミ一人だけを愛するなんて不誠実な嘘はつかない。

 遊びの関係をはっきり告げるのは、相手への礼儀だとオレは考えている。


 それに……試したかったのかもしれないな。彼女は、他の女とは違うって。



「本気で好きになったら負け、関係は終了。後腐れはなし。──ねぇ、オレと遊ぼうよ」

「いいわ」


 あれ、意外とチョロい。


 大人しいまじめな女ほどオレみたいな軽いノリの男にハマりやすいけどさ、いくらなんでも決断が早くねー?

 もっと駆け引きを楽しみたかったのに、結局この少女も他の彼女と変わらないか。

 ……すこしだけ、がっかりした。


「あなたのゲームに付き合ってあげる」

「そうこなくっちゃ!」


 内心の落胆を悟られないように、あえて大げさに喜んでみせる。

 彼女が何を思ってオレの提案を受け入れたかなんて、これっぽっちも考えやしなかった。


 この時のオレは失意もあったけど、遠くから見つめるだけだった少女との熱い夜を想像して胸を弾ませ、退屈がすこしでも紛れたらいいなと傲慢にも思っていた。







「これからよろしくな、真珠姫。長い付き合いになることを祈ってるよ」


 でも、この言葉は掛け値無しの本音だよ?

────無意識の領分で、オレは真珠姫に惹かれていたんだ。




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