姉妹の絆
お姉様の恋人の哀哭に同調するように、ルビーナはわんわん泣いて、亡霊に抱きかかえられたままのエスメルは打ちひしがれている。
皆が皆、自分を責め、悲しみの底に沈んでいた……。
わたしといえば衝撃的な展開に心が追いつかず、涙一つ出なかった。
思い出の絵も売り払い、平気で利用するわたしはルビーナが言うように薄情なのかもしれない。
……お姉様が死んでしまったのは、わたしのせいでもある。
エスメルの悲しみに気付くことも、寄り添ってあげることもできなかった。
わたしとお父様の会話が、エスメルの殺意の引き金になるなんて。持っていった菓子に毒が盛られていたなんて。
ルビーナにも、エスメルにもかける言葉が見つからないわ。
わたしは呆然と立ち尽くすしかなかった。
『……私の最愛の妹たちにも伝言があるの。叶うなら、手紙では伝え切れなかった思いを届けてほしい』
お姉様のメッセージは終わっていないようだ。
だけどわたしは一体、どんな顔で聞けばいいのかわからないの。
『ルビーナ、いつもお菓子をありがとう。私が作品を作ると、あなたはいつも驚き、喜んでくれた。
私が絵を描くきっかけは、あなたがすごいと褒めてくれたからなの。ルビーナの素直さは長所よ。その純粋さが周囲に与える影響力は大きいわ。でも、あなたは失敗しても立ち直れる、めげない子だから大丈夫。これからも姉たちを支えてあげてね』
いつも真っ直ぐなルビーナ。
その生き方はわたし達にはできないもので、羨ましくもある。
『サンドラ。あなたはおっとりしているようで勝ち気で、いつも誰かのために行動している。手段を選ばないから誤解されやすいけど、とても優しい子。
絵を売りたいと言い出した時、本名を出すわけにはいかないから、一緒に仮の名を考えたね。“スノーホワイト”なんて名前負けだと、恥ずかしがる私にあなたが強く薦めてくれた。童話のお姫様にあやかって、幸せになってほしいって。
……寂しいことも悲しいこともあったけど、私は幸せになれたよ。迷わなくていい、あなたの信じた道を突き進んでね』
いつもわたしを認めて後押ししてくれたお姉様。
彼が居てくれたからお姉様は幸せだったのね……。
熱いものが、涙が自然と湧いてくる。
『最後に、エスメル』
もはや危険はないと判断したのか、エスメルが亡霊の手から降ろされた。
『エスメル、私はあなたが一番気がかりなの。私やお母様にそっくり、悲観的で思い詰めやすくて、すぐ拗らせてしまうから。……なのに、あなたに全てを押しつけてしまった。王宮はすこしの傷でも突いてくる輩ばかり。
私のせいで嫌な思いをしたでしょう? ごめんなさい』
エスメルは……その場にへたりこんだ。
『国王も側室も自分たちしか愛さない人よ。なにを言われても惑わされないで。
お母様と同じく、私もあなたを置いていくけど、辛く寂しい夜を一緒に乗り越えた、サンドラとルビーナはあなたの傍に居てくれるわ。私はエスメルたちがいてくれたから、妹という味方がいたから頑張れたのよ。
覚えてる? 昔、お見舞いのりんごを一番に持ってきてくれたのはエスメルだった。嬉しかったなぁ。
愛しい子、あなたは一人じゃない。絶対に見放さないのは誰なのかを間違えないでね』
わたし、間違えちゃったよ……。
虚ろな表情で滂沱の涙を流しながら、エスメルの唇は確かにそう紡いでいた。
『────伝えたいことはこれが全て。どうかこの箱は約束の場所に、私のお墓に埋めてほしい……』
ささやかな波音の余韻を残して、お姉様のメッセージは終わる。
「……想いを受け取ってください」
絨毯から降りたマダムが、恭しく絵を献上する。
彼は触れただけで壊れる物のように、慎重に受け取った。
短いやり取りなのに神聖な儀式を見ているみたい、尊い場面だ。
「サフィリア……」
彼はお姉様の絵と箱を清らかな銀の光で包み、大切に抱き締めると、現れた時のように噴水へ消える。
脇に退けられていた蛇も、潮が引くようにどこかへ去っていった。
お姉様の墓所がどこにあるのか尋ねたかったけど……立ち入ってはいけない二人の秘密だと思うと、聞けなかった。
色んな思いをこめて、わたしは深々と頭を下げる。
守護神獣が姿を現すことは二度とない──そんな予感がした。
わたしが進むべき道がわかった気がする。
きっとお姉様も応援してくださるわ。
マダムが指を鳴らすと、亡霊達も空気中に溶けて消える。
周囲には平穏が戻ってきた。
ただ一人無関心で、テーブルから離れなかった公子が動きだし、地面に片足をつけてエスメルに話しかける。
「……、…………よ。同胞の血が流れる誼で、罪状を軽くするよう口添えしてあげようか?」
どうする? と天使のようにあどけない笑みを浮かべる公子。
前半は小さすぎてよく聞こえなかった。
でも優しい口調とは裏腹に、承諾したら最後、さらなる地獄に突き落とす悪魔の囁きとしか思えない……。
「いいえ。お姉様はわたしを案じてくれていた。殺そうとしたのに、ルビーナもサンドラもずっとわたしを庇ってくれた。そんな姉妹を裏切った事実は変わらない。……どんな罰でも甘んじて受けるわ」
その返答に、公子は満足そうに頷いた。
空気のように控えていた護衛が、ゆっくりエスメルを立たせて連れて行く。
公子や侍女たちの証言だけで、こんな荒唐無稽な話が信じてもらえるか微妙だけど……これから頑張らないとね。
わたしは知らなかった。
他ならぬ守護神獣の手によって、断罪が島中に中継されていたなんて。
短い時間で王家とお姉様の評価が逆転しているなんて、思いもしなかったわ。




